HUNTER×HUNTER立志伝〜世界に追放された異能たち〜 作:ゆゆ式
立派な建物があった。和と洋を折衷したような、均整のとれた建物だ。惜しげもなく金細工が施されている様子からは、やんごとなき身分の者が住んでいることがよく窺える。
だがそこに住まうのが実際には誰なのか、知る者はいない。そのことから、真の王の子を匿っているだとか、影の支配者がいるだとか、あることないことがまことしやかに囁かれている。
少なくとも、その館の主人の姿を見た者は誰もいない。周辺住民も、館を守る警護兵ですらも。ある種、徹底した隠匿主義だ。何かあると言っているようなもの。
しかし、文句を言う者はそういない。彼らが住まうこの国が、元来そういう体質の国だったからだ。ここはカキン帝国。そのとある地域。館の主人を探ろうとする者は、誰もいない。
民主主義の国とはいえ、住民にとっては、それが当たり前だ。古くから国を支えてきた貴き者を尊重するのは当然のこと。貴きものを敬えないような国は、もはや死んだようなもの。
そしてこのような建物を建てることを許されるのは、どう見ても貴き者なのだから、探るだけ無駄。むしろ不敬。故に佇むその建物に、住民達は関心を向けてもそれ以上のことはしない。すべては、根底に根づいた敬意ゆえに。
なんとも、敬虔である。ニシヤは、誰にも悟られないルートでその建物に入る途中、そう思った。
とりあえずは、ビヨンドに先導されながら、その建物へと繋がる地下道を歩く。頼りない明かりが、道中で揺れた。
音のこもりやすいその場所で、カツカツと足音を響かせる。前を行くビヨンドの背中は大きかった。ある意味、自分にはない存在感だ。何かはわからないけれど、この人なら必ずやる、という確信を抱かせる。
そんな風に歩いていると、地下道の終わりが見えてきた。手前に、石製の階段が姿を現す。ほどなくしてそこにたどり着くと、前のビヨンドが振り返った。
「で、だ。まずは俺のスタンスから言っとこうか。単純なもんだ。来る者拒まず去る者追わず。着いてくる奴は徹底的に利用するし、着いてこねー奴はそれでもいい。お前はどっちにする?」
「そりゃあ来る方でしょ。ここまで来て去らないよ。というかこの豪華な屋敷はなに?国でもバックに着いてるの?」
「まあそんなとこだ……それじゃようこそ。暗黒大陸探検隊へ」
階段を上り、屋敷の中に入る。明確な目的をもって屋敷を歩きながら、道中の豪華な調度品に感嘆しつつ、ビヨンドに先導されていく。屋敷の広さだけでも、ビヨンドが相当な準備を重ねてきたことが窺えた。
ニシヤのような実行要員を集めていることからしても、暗黒大陸への渡航はすでに目処が立っているのだろう。所詮まだ一介のハンターであるニシヤには、及びもつかない領域だ。
そしてビヨンドは、ニシヤをある部屋の前まで案内する。誘うように歓迎の言葉を発しながら、ビヨンドがその手で扉が開いた。
『暗黒大陸探検隊』
その言葉を体現するように、扉の先には、洗練されたオーラを纏った人物達が何人かいる。彼らは、開かれた部屋の入口に気づき、全員が意識をこちらに向けてきた。
「おっ、ビヨンドに……新入りか。っておめー!めちゃんこちいせえじゃねえかべらんめえ!」
「ウサメーン。見た目で侮るな。それよりも新入りくん。俺はマッシュルだ。よろしく。在野のハンターからビヨンドに見初められたと聞いてるよ。その歳で凄いな」
「同感。余程凄い能力を持ってるのかしら?ビヨンドが注目するほどだし、ぜひ仲良くしたいわ。あ、私はスィンチ=リッター。奥の子達は右からマリオネ、カワサキ、ネウロイ、クルリ」
扉を開けた先の部屋で、様々な特徴を持つ人物達がニシヤに声をかけてくる。どこか魚市場にいそうな格好をしたウサメーン。どう見てもキノコヘアーのマッシュル。
やや風変わりな女中のような服装をしたスィンチに、部屋の奥の方で佇む人物達。
特にマリオネという、機械仕掛けの人形のような姿をした人物はかなり強そうだ。どす黒い、かつて一度見た死者の念に通じるものを感じる。
そんな彼らを前に、ニシヤも挨拶を返した。
「俺はニシヤ=フーズーです。新参者ですがよろしくお願いします。しかしカキンなんて相当な大国なのに、よくこんな屋敷を用意できましたね。ビヨンドに聞いた限り国がバックにいるそうですけど」
「ああ、そら坊主。ビヨンドがここの国王様と仲良しだからな。それ以上は言えねーがお前が着いてきたのはそういう奴だ」
ソファで一人、寝転がっていたウサメーンが答えてくれる。先ほどはニシヤの幼さに驚いていたが、その言葉に侮りの色はなかった。
そ様子見混じりに視線をうろつかせると、スィンチにまとめて紹介された四人が奥で軍儀をしているのが見える。
どうやら、ウサメーンは混ぜてもらえなかったらしい。その事実に気づき、僅かに哀れみの視線を送った。
「て、てやんでい!そんな目で見るんじゃねえ!それよかビヨンド!新入りの能力を聞いてるが、これならそろそろ暗黒大陸へ行けるんじゃねえか!?」
「いや、まだ無理だ。こいつとの約束もあるが、それ以上にまだ準備が済んでねえ。だが10年以内には必ず行く」
10年か。だいぶ長い。しかし現実的な数字だ。どうも、暗黒大陸はV5を筆頭に、世界から情報を隔離されている節がある。転生者ネットで調べた限り、まず間違いないだろう。
本来暗黒大陸の情報はネットでアデプトのランクにならないと知れないが、それでもその程度の情報は知ることができた。つまり暗黒大陸は世界にとってかなりグレー、というよりも黒に近い存在。
そんなところへ行くというビヨンド。彼もまた間違いなく黒。だがハンターとしては間違っていない、と思う。大まかにそのあたりの事情を知った所感としては、V5は逃げ腰にすぎる。
せめて何らかの対抗策はひねり出すべきだ。なのにそれをやっていない。念の力があれば十分できるはずなのに。それこそ転生者ネットのような半
なのにそれをしないのは、できないからか。いや、そんなこともないはず。ならば、V5は本気になればできることを、リスクを考えて渋っている。ある意味それは国らしい判断だが………。
「ねえビヨンド。暗黒大陸でのリスクマネジメントはどうするの?正直俺の能力なら初動さえ間違わなければほぼ勝ちだけど、逆に言えば初動を間違ったら死ぬよ?V5が一般に知られないようにしてるってそういうことでしょ」
「ああ、わかってる。お前の能力はまだ詳細がわかってねーしその能力内容を今こちらから探る気もねーが、お前のような決定打になりうるやつ用の支援要員はある程度目星をつけてる。あとはそこから選別するだけだ」
部屋の中に入り込み、ビヨンドと向かい合って立つ。それを、先にいた暗黒大陸探検隊のメンバー達が見ていた。そして彼らもビヨンドに聞きたいことがあったのか、ふと口を挟んでくる。
「はい。暗黒大陸は世界の禁忌。でも同時にその分リターンもあるはず。そこは夢のようなところかもしれないし、悪夢のようなところかもしれない。でも俺達はビヨンド、あんたについて行くと決めた」
「おう、そうだな。感謝してるぜ」
「多分、あんたについて行くと決めている人間はかなり多いはずだ。ハンター協会でもそういう派閥ができつつある。でも前から疑問なんだ。どうしてそこまで暗黒大陸に執着する?その執着が俺達を引き寄せたのは前提だけど」
キノコヘアーのマッシュルが、核心を突く。確かに。ビヨンドの暗黒大陸に対する執心はかなり異様だった。もちろん、暗黒大陸にはビヨンドほどの実力者でさえ驚くような何かがあるのだろう。
しかしその為に10年。あるいは何十年。準備だけに時間を費やすというのは、人間としては非現実的な執念だ。あまりにも膨大な時間を、行けるかもしれないという可能性ひとつに注ぎすぎている。
ましてやV5が妨害してくるのだ。なのに何故、諦めないのか。知り合ったばかりでも、その異常さはよく理解できた。
「面白い質問だな。ここからは持論だが……退屈だとは思わねえか?この世界。近代5大陸。V5。ご大層な名前だがよ。その大陸がどんなところに存在するか知ってるか?」
「いや、普通にこの世界じゃないですか」
「そうだ。この世界だ………暗黒大陸の中にこの世界は存在している」
「は?仰ってる意味がわからないんですが」
「だから、そのままの意味だ。暗黒大陸の一角にあるメビウス湖。そこに浮かぶ6つの浮島。それがV5(近代五大陸同盟)と、今俺達がいる国、カキン帝国がある大陸をそのまま表している。ちょうど6つだろ?」
それは、つまり……人類は霊長の長などではなく、ただの井の中の蛙だということになる。ビヨンドの言葉が正しいなら。
「おいちょっと待てよ!そんなこと……!」
「それが本当だとしたら………」
「可能性は十分あると判断。プログラムを組み直します」
「そ、そそ、それは本当に触れてはならない禁忌なのでは!?わ、私としては、新大陸のことを暗黒大陸だと思っていたのですが……!でも!可能性で言うと十分ありえるかと!ええ!」
大なり小なり、部屋の中に混乱が広がる。プロのハンターであるはずの彼らも、さすがにビヨンドのその回答は予想していなかったようだ。
しかし、機械人形のような見た目のマリオネという少女は冷静に対応する。また学者のように丸眼鏡をかけたクルリという人物もまた、興味を引かれたように言葉を発した。
この場にいるビヨンドとニシヤを除いた七人。全員が顔に驚愕を浮かべている。だが、話された内容があまりにも荒唐無稽すぎて、誰も反論の言葉を口にできない。それどころか、その言葉をどこか真実だと感じている者もいた。
ニシヤとしても、可能性は十分あると思う。外界とか、暗黒大陸をそう呼ぶくらいなのだから。
そういうふうな事実を前に、場はさらに混沌としていく。もはやニシヤの新入りどうこうは誰の眼中にもなかった。
そしてニシヤも、ある程度ほかの者より情報面で優位に立っていた分、衝撃こそ少なかったが、しかし。そういう規模の世界なのかと、独特な視点から受け止めてはいた。
そんな時、唯一初めからその事実を胸に秘めていたビヨンドが動く。ある程度の機を見計らって、まとめにかかった。
「お前ら。暗黒大陸っつーもんがどんなもんかだいたいわかったか?ならもう一度聞こう。俺と来るか。それとも巨大な事実を前に去るか。全部、お前たちの自由だ。暗黒大陸に踏み入れるかどうかも。全て!」
来る者拒まず去る者追わず。どこまでも徹底した男だ。ある意味、感心すら覚える。
そう思いニシヤが部屋を見渡すと、プロの確かな判断力を持ったハンター達が手を挙げ、自身の立場を表明していくのが見えた。
正直、ビヨンドは人間的に、良くも悪くも好きにはなれない。でも上に立つ者として嫌な人間、というわけでもない。
つまり何が言いたいかというと、面白そうではある、ということだ。故に、ニシヤも僅かに熱を帯びながら、手を挙げた。