わたしの庭にはよく野良猫たちがやってくる。
ニャースにニャビー、ニューラにニャルマー。チョロネコやエネコ。これらの進化系は言うに及ばず。
様々な種族が好き勝手にやって来ては、自由気儘に過ごしている。
大して面白い庭でもないだろうに、三方を高い生垣に囲まれ、人から見られる心配がないからか、実にのんびりした様子だ。
わたしは、庭でうんちやおしっこを撒き散らさなければ何をしてもいいというスタンスでいる。平たく言えば放任主義だ。こちらから餌をあげたりはしないし、構ったりもしない。飼うつもりもないのに半端な愛情を与えるのは、一種の虐待だと思うからだ。
そんな毎日に、最近、妙な新顔が増えた。
明らかに他の猫とは違う。異様に大きいし、なにより、口の端から剣のような牙がにょっきり生えているのだ。どう考えても普通の個体ではない。
シンオウ図鑑を紐解いてみたが、該当するポケモンは見当たらなかった。
わたしは幼馴染に電話した。幼馴染は考古学を学ぶ傍ら、シンオウのチャンピオンになったという異色の才女だ。きっとたちどころにこの謎のポケモンの正体を教えてくれるに違いない。
─────と、思っていたのだが。
「見たことないわ、こんな子」
スマホロトムの画面に映る幼馴染の眉は、見事な八の字になっていた。
「一度も見たことない? ほんとに?」
わたしは信じられなかった。チャンピオンは色々な人と勝負をするし、公私を問わずあらゆる地方に足を伸ばす。つまり、そんじょそこらのトレーナーでは比較にならないぐらい、多種多様なポケモンと出会っているはずなのだ。
その彼女すら見覚えがないと言う。
それはつまり、このポケモンがとても希少であることを示してはいないか。
わたし達は画面越しに目を見交わし、同時に呟いた。
「「ま、いっか」」
珍しかろうがなんだろうが、うちの庭に来たからには放っておく。公平にして平等なルールだ。
「知り合いの博士にも声をかけてみるわ。後でその子の写真を送ってくれる?」
「おけ」
忙しい中ごめんねー、無理しなくていいからねーと言って電話を切る。彼女がチャンピオンになって八年。いまだ王座防衛戦に敗れたことがないのは、日々の鍛錬の賜物だと知っている。あまり手間をかけさせるのも忍びない。
わたしは正体不明猫をつくづく眺め、雪のように白い毛並みからユキと呼ばわることにした。いつまでも正体不明猫と呼ぶわけにもいかなかったので。
〇〇〇
数日後。
正体不明猫が増えた。
正確には、全く同じ猫の色違いが現れたのだ。ユキが白い毛なのに対し、新顔二号はチョコレートのような色をしている。
便宜上、こちらはチョコと呼ぶことにした。
ユキとチョコはとても仲が良く、しょっちゅうじゃれあっては猫プロレスをしていた。大柄なものだから、暴れ回ると結構凄い音を立てる。あんまりうるさいときは、庭のボスであるコリンクのリンタロウが電気ショックを浴びせ、頭を冷やさせていた。
「いつもありがとね」
濡れ縁から部屋にあがってきたコリンクに声をかける。この子だけは野良じゃない。わたしのたったひとりの手持ちだ。
六歳から二十年連れ添っただけあって、もはや以心伝心だ。いまリンタロウは、仕事をしたんだからおやつを寄越せと思っている。そんな顔をしている。
わたしはすぐに煮干しをあげた。
あぐあぐと美味しそうに食べるリンタロウを眺めていると、スマホロトムが鳴った。幼馴染からの電話だった。
「もしもし? 例のあの子の正体がわかったわ」
「なんだった?」
「その子、パルデアでは
名前はパオジアンというんですって」
「へえ。よくそんな遠い地方の伝承まで知ってるね。さすが考古学博士だ」
「まだ博士号は持ってないわ」
幼馴染は苦笑した。それに、と話を続ける。
「私が見つけたんじゃないの。人づての人づての人づてを辿ってようやく分かったのよ」
「どういうこと?」
「ええとね」
幼馴染はカサカサ軽い音を立てながら、いくつかのメモを取り上げた。
「まずイッシュのアララギ博士に相談して……彼女がガラルのソニア博士に連絡したら、お祖母さまのマグノリア博士にまで話が伝わって、彼女の同窓生のクラベルさんという方に協力していただけることになって、その人の部下のレホールさんという方が四災伝説を教えてくれたの」
なんかめちゃくちゃ名前でてきた。
「ほーん。なんかようわからんけど色んな人が手伝ってくれたんだね。ありがたい」
「そうよ。これだけのメンツが揃うことって滅多にないんだから。感謝してね」
「恩にきまーす」
ぺこりと頭を下げる。第三者が聞けば甚だ不真面目な態度に見えるだろうが、安心してほしい。きっちり不真面目である。
「パオジアンねえ」
通話を終わらせたあと、丸くなって寄り添いながら眠るユキとチョコを見やった。
そうしていると、まったくもって、デカいだけの猫だった。
〇〇〇
「今度はこんなの来たんだけど」
画像を添えて送ったメッセージは、爆速で既読がついた。すぐに電話がかかってくる。幼馴染の顔はやけに血の気が引いていた。
「あ、あ、あなた、そのポケモン知ってる?」
「知らない。誰? この子」
「ら、ライコウよ。ジョウト地方の守り神だわ」
「へえ、ライコウっての、あんた」
顎の下を掻いてやりながら話しかけると、ライコウは気持ちよさそうに目を細めたまま、くるぁと鳴いた。
このポケモン、やけに人懐こくて、初めて庭に来た日から撫でろ撫でろとうるさいのだ。
放っとくと一日中でも鳴きわめくので、仕方なくこうして相手している。
「ユキたちも大概ハデだったけど、あんたも派手な毛並みしてるねー」
顔の両側についている白いモフモフを、両手でわしゃわしゃーっとかき混ぜる。
ライコウの喉が、バイクのエンジン音のような、ドルルンドルルンという唸りをあげた。
猫系ポケモンにみられる特徴で、とくに気持ちのいいときに聞ける声である。
ライコウはそのままぐでぇっと倒れこみ、ヘソ天状態になった。もうどうにでもしてのポーズである。
ジョウトの守り神の姿か? これが。
「…………やっぱり、その子も捕まえる気ないのよね?」
幼馴染の言葉に、わたしはきょとんと瞬いた。
「へ? 勿論。こんなでっかいの飼うなんてムリムリ」
コリンクのリンタロウぐらいちっちゃければまだしも、わたしを丸かじりできそうな巨大猫なんて飼えるわけがない。
いかに懐っこいといっても、それとこれとは別問題だ。
幼馴染は言いたいことを百個くらい飲み下したような顔で、短く吐息した。
「……学者の端くれとして言わせてもらえば、その庭とあなたこそ研究してみたいわ」
〇〇〇
じいちゃんとばあちゃんから譲り受けた家に住んで、今年で十年になる。
ということは、二人が天国に旅立ってから十年になるということだ。
カンナギの人達からは、いまだにじいちゃん達との思い出話を聞かされる。
ポケセンも病院もない僻地のために鍼と漢方を学び、村の医療に尽くしたじいちゃん達のことを、彼らは心底尊敬しているのだ。
その孫というだけでどこにいっても厚くもてなされるのは、なんだかむず痒い。
わたし自身は何も偉くないんだけどな。
近頃、庭に見慣れないポケモンが来ることが増えた。
彼らはパオジアンとかライコウとかいうらしい。
わたしにはデカくて派手な猫という印象しかないのだけど、幼馴染いわく、喉から手が出るほど欲しい人が世界中にいる、めっっっっっっちゃくちゃ珍しいポケモンなんだって。
わたしの庭で暴れたりしなければ、別に誰が来ても構わない。
好きなだけ遊んで、寝て、帰ればいい。
眠くなってきた。日記おわり。
長編のほうがあまりに起伏の激しいストーリーになっちゃったので平坦なのほほん物語を書きたくなり投稿。
ゆるゆるした主人公と世界で思いついたぶん書いていきます。