わたしの庭にはよく野生ポケモンがやってくる。
ひときわ多いのは猫系で、そのつぎに鳥、そのつぎに虫と続く。
なかでもニャビーは常連であり、晴れた日には必ずと言っていいほどに、濡れ縁で日向ぼっこするか、ボール形態のマギアナと戯れていた。
そのニャビーがいない。
代わりに、見慣れない子犬が二匹、折り重なるようにして穏やかな寝息を立てていた。
どちらも随分小さい。生まれて間もないのだろう。片方は鮮やかな水色の毛並みで、もう片方は目の覚めるような赤い毛並みをしていた。
わたしの視線に気づいたか、赤色のほうが不意に瞼を開き、わたしを見上げた。遅れて目覚めた水色の方も、じっと視線を注いでくる。
目の中に敵意はない。わたしに害意がないのを察したからだろう。
「庭でうんちとかしないでね」
ここに来た誰にでも言う言葉だけ投げて、わたしは畳に寝転んだ。
今日はほんとうにいい天気だ。
こんな日は、昼寝するに限る。
〇〇〇
脇の下が妙にあたたかい。
ぷすー、ぷすー、と規則正しい音がする。
「……んあ?」
寝ぼけ眼を擦ってみれば、さきほどの子犬がわたしの両脇に鼻面を突っ込み、寝こけていた。
「なんだってこんなとこに……」
起こさないよう慎重に身を捩り、二匹の間から脱出する。別に家の中に入ってきたからって怒りはしないが、初対面のポケモンにここまで接近されたことがないので、流石にびっくりした。
「こいつらの名前はなんじゃろな、っと」
スマホロトムで撮影し、検索する。しかし、何度試してみてもそれらしいポケモンはヒットしなかった。
「パオジアン系かあ?」
庭にくるポケモンのなかには、たまに物凄く希少な個体がいて、インターネットで探してもおいそれと情報が見つからないことがある。
最近来るようになった剣みたいな牙を持つパオジアンなるポケモンも、その類いだった。
また幼馴染に聞いてみるかとメッセージアプリを立ち上げたのと前後して、廊下側の襖が開いた。
「不用心だな。鍵くらいかけろよ姉ちゃん」
そう言いながら入ってきたのは、随分前に独り立ちした弟だった。
「うわびっくりした。なに、どしたの」
「何ってこともないけど、近くに来たから寄ってみた」
弟はあくびする子犬たちをじっと見やり、小首を傾げる。
「……姉ちゃんのポケモン? コリンク以外も捕まえたんだ?」
「ちゃうちゃう。勝手に入ってきたんだよ」
「勝手に? ますます不用心だな。野良が家に入り込むってことは泥棒だって入り放題じゃないか」
「盗まれて困るようなモンなんかないよ」
「そういう問題じゃないだろ、ここはじいちゃんとばあちゃんが大切にしてた家なんだから」
くどくどした説教が始まりそうだったので、わたしは両耳を塞いで死んだフリをした。
まったく、弟は岩タイプのジムリーダーだけあって頭が固い。鋼タイプの専門家である親父はもうすこし柔軟性があるのだが。
「まあでも丁度よかった。この子達の名前教えてよ」
そう訊ねると、弟はぴたりと口を閉ざした。
「…………ごめん。わかんない。こんなポケモン初めて見た」
「まじでぇ?」
これはますますレアポケの可能性が高まってきた。子犬たちはこちらの困惑など露知らぬ体でじゃれあっている。仲良いねきみたち。
みたところ青い方が兄だか姉らしい。すこし調子に乗りすぎた弟だか妹を窘めるように前足で抑えたり、しつこく噛んでくるのを短く吠えて止めさせたりしている。うんうん、躾は大事だわね。
「……んー、ま、分かんないなら分かんないでいいや。飼うわけでなし」
「またそんな……姉ちゃんはやたらポケモンに懐かれるんだから育ててみなよ」
「やーだね」
わたしは横たわりながら舌を出した。
「この勝手気ままなスローライフが心底気に入ってんのよ」
弟は呆れたように溜息をついた。
鉱山発掘にジムリーダーにと、毎日あくせく働く人間には理解できまい。それでいいのだ弟よ、姉の屍を越えていけ。人間には向き不向きがあるのだ。
「…………また顔見にくるよ。せめてご飯くらいはちゃんと食べてくれよな」
「うーい」
寝そべったままぴらりと手を振る。
食事については問題ないぞ弟よ。なんてったって料理上手なヨクバリスが居るからね。
〇〇〇
「…………もしもし。あ、父さん? よかった電話繋がって。採掘は? 中休み? そっか。…………うん。姉ちゃんの様子見てきた。元気そうだったよ。いきなりマギアナの動画なんてSNSに投稿してどうしたのかと思ったけど、たぶんあれ、うっかりアップしただけだと思う。姉ちゃんが目立ちたがるわけないからね。
────え、マギアナはいたのかって? いたよ、普通に。猫たちに転がされてた。……うん、言いたいことは分かる。すごくレアなポケモンだからね。普通なら庭に放置なんかしないよね。でもほら、姉ちゃんてそういうとこあるから。
……ああ、ダイゴさんはカゲツさんたちが止めてくれたみたい。ギリギリでシンオウ行きの飛行機に乗るの阻止できたって連絡来たよ。今度菓子折りでも持っていかないと。その時は父さんも来てよね。おれだけじゃ彼らの労に釣り合わないから。
…………うん。うんうん。わかってる。これからもちょくちょく姉ちゃんのとこに行くよ。それじゃ、仕事お疲れ様」
〇〇〇
どういう風の吹き回しか、弟がひょっこり現れた。
クロガネの鉱夫になってからこちら、盆暮れ正月も帰ってこなかったけど、順調に出世を重ねていまやジムリーダーだ。男子三日会わざれば、の句を思い出すのはわたしだけじゃないよね。
父さんは口に出さないけど、弟のことは目に入れても痛くないほど可愛いに違いない。長男が自分と同じ立場に並ぶのを悪く思う男親はいないだろうしね。
まして、長女のわたしがこんな体たらくじゃ、弟への期待は増す一方だろう。
頑張れよ、弟。
姉は死ぬまでのんびりするぞ。
……まあでも、しんどくなったらいつでも帰ってきていいからね。
日記おわり。
ヒョウタに姉ちゃんって言わせたくってぇ……