鳥のさえずりと、いつものごとく街から喧騒が聞こえてくる早朝。私はお姉さんより早起きだから、退屈を紛らわすため、いつもは二度寝している時間だ。
しかし、今日は違う。今日は二度寝せずに…手には、昨日寝る前に作った紙の聖剣を手にして、お姉さんの部屋に向かっている最中だ。
前回、私がお姉さんに捕まってしまった原因はきっと、フォルスさんが作ってくれたあの紙の聖剣のリーチが短かったことだ。だから、今回は自分で一から作り、前回の倍ほどの長さの聖剣を作ってきた。これで、遠くからお姉さんの頭を叩くことができる。そうして、即座に部屋の外に逃げて、責任はフォルスさんに押し付けるという計画だ。
「……ふぅ……」
お姉さんの部屋の前にきた。失敗したら、またお姉さんの毛布に取り込まれてしまう。そう考えると、別に何の問題もないのだけれど、それでもすこし緊張してきた。自分の心拍が、ちょっとだけ早くなっているのが分かる。
扉をゆっくり、ギギッ……という音もたてないように開けると、このまえのように、すやすやと寝ているお姉さんの姿があった。お姉さんの呼吸にあわせて、白い高級な毛布が、上下にゆっくりと動いている。
外から誰にも見られないように、バタン……と静かに扉を閉めてから慎重に、抜き足差し足で近づく。大人の腕一本分くらいの距離にくると、すぅ……すぅ……と、お姉さんの寝息がより鮮明に聞こえてくる。
「……よし……いくよ……!」
私は紙の聖剣を振り上げて、それを勢いよく、しかし丁寧に振り下ろした。
パァァァンッ!!と、これまた気持ちの良い音が鳴り響く。
お姉さんの反応を見る暇はない。すぐさま扉の方に駆け抜けて、お姉さんから逃げ出す。このまま扉を開けて、フォルスさんに紙の聖剣を持たせれば私の勝ちだ!
しかし、なぜかドアノブを捻ってもドアが開かない。
「……あっ……え?……な、なんで……!?」
バンバンと、体当りするように扉を開けようとすると、ようやく少し扉が開きかけた。一瞬だけ、扉の隙間からフォルスさんの黄色い獣毛がチラリと見えた。
「ふぉ、フォルスさん!?なにしてるの!?……早くどいてよぉ!」
「……リーシャン様。……私は……ブラッシングという名目のお仕置きから逃れなければならないのです……!せめてこういうところで、私も功績を示して罰を回避しなければ……!」
「……ど、どうでも良いよぉ……!!早く!早くしないと来ちゃうから!」
私が扉を必死に叩いていると、扉に、私を余裕で覆ってしまうほどに大きな黒い影が映る。
「……誰が来ちゃうのかしらねぇ……?リーシャンちゃん……?」
振り向く暇もなく、私はお姉さんに首根っこを掴み上げられ、床に足がつかなくなってしまった。
「……あらあら〜?。……このまえも、こうして可愛い子猫ちゃんが、アタシのお部屋に侵入してきた気がするのだけれど……?今回はいったいどうされたいのかしら?……ねぇフォルス。……この小さな子猫ちゃんがどうなるべきか……考えてみて?」
フォルスさんがドアノブを握りしめて、手袋と擦れてギチギチと音が鳴る。
「……そ、そうですね……ふむ。リーシャン様は……お嬢様の命令を一つ聞く……というのはどうでしょうか…?」
「ふふっ……あははは!!……それ、とても最高ね!……フォルス!これで、ブラッシングは一回だけ無しにしてあげるわ!」
「ありがとうございます!」
「ふぉる……!フォルスさぁぁぁん!!!」
足をジタバタと暴れさせて、必死に抵抗するけど、意味はない。
私の身体が、くるりと回される。
お姉さんの端正な顔がぐいっ…と目の前まで近づいてきて、お姉さんの吐息が私の顔に当たる距離だ。それはすっごく熱くて……。直接触れてはいないのに、なんだかお姉さんの鼓動までトクトクと伝わってくる感じがする。
「……な、なに……するの……?」
私がジタバタと暴れさせていた足は、一瞬で静かになった。今は、目の前のお姉さんの顔を見ることしか出来ない。お姉さんの目は、獲物を襲うオオカミのように、鋭く、繊細に細められていた。少しだけ、ほんの少しだけ怖くなって、私の耳がペタンと伏せられた。
「……ふふっ……ほら、ペタンってするくらいなら、最初からやらなければ良かったのよ?……じゃあ、そうね……今日は1日、ずっとアタシのお膝の上で大人しくしていて?」
「……ひざのうえ……?」
私は、『フォルスさんを撫で回しているところを数時間にわたって見せられる』とか、『お姉さんの髪を櫛で梳かす』だとか、いったいどんな凄い命令をされてしまうんだろうかと身体を強張らせていたのだけれど、実際はとっても優しい命令だった。
「……まぁ、そのくらい……なら……良いかな」
「決まりね!両者の合意!これほど幸せなことって無いわね〜!」
そのまま、私は首根っこを掴み上げられたまま、お姉さんの執務室に連れて行かれたのであった。