お姉さんのお家で、今日も明日もほのぼの生活   作:TTKTW

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第三話 安寧の危機

 

 

 水垢の一つも無い綺麗で大きな姿見で、私は自分の生まれ変わった姿に感動していた。

 

「これ……本当に……私?」

 

 水溜りで自分を見たときとは全く違う。鏡に映る私の顔はツヤツヤで、銀色の髪の毛は高級な絹のように、眩い光沢を放っていた。偶然か必然か、私とお姉さんの髪色は同じである事を、改めて実感する。

 

「えぇ、そうよ?子猫ちゃんはこんなに可愛いのよ〜?」

「……リーシャン」

「え……?なんて言ったの?」

「私……子猫ちゃんじゃない。……名前は……リーシャン」

 

 気づけば、勝手に口を動かしていた。この人に名前を呼んでほしいと、そう思ったからだ。

 

「……あははっ!……あはははっ!分かったわよ!リーシャンちゃん!……貴方はただの子猫ちゃんじゃない!……私の大切なリーシャンちゃんね!」

「た……たいせつ……。私……たいせつ……?」

 

 姿見の中の私が、しっぽを満足気にゆらゆらと揺らしているのが見える。お姉さんは、そんな私の頭をゆっくりと丁寧に撫でている。お風呂に入れられた後、綺麗で清潔な服を着せられそうになったが、結局は私のわがままを通し、綺麗に洗われた元の服装のままだ。高級な服は私に似合わないし、なにより……お母さんのくれたこの服が、やっぱり私の個性な気がしたから。

 

 それに……お母さんの温もりを……この質の悪い生地が保ってくれているはず。……路地裏で暮らしていた頃と同じ服なはずなのに、本当に……別の人生を歩んでいるかのような感覚になった。

 

「そうよ!私の大切なリーシャン!リーシャン〜!リーシャンちゃん〜!」

「うぅ……」

 

 あんまり名前を連呼されると、少し恥ずかしくなる。今まで他人に注目されてこなかった分を取り戻すかのように、私は名前を呼ばれる度にしっぽをパタパタと動かし、猫耳をペタンと伏せ、赤くなっていく自分の顔を両手で必死に隠した。

 

「ふふふっ……。その猫耳はよくペタンってなるわね〜?……あぁ……本当に可愛い……」

 

 本当に、よく褒めてくれる人だ。最初は警戒してたのに…。今では、この人のペースに完全に飲まれてしまっている。

 

「さぁて、ちょっと待っててね〜!……リーシャンちゃんにはとっておきのご飯を食べさせてあげるわ!」

「とっておきっ……!!」

 

 この人の言う『とっておき』は、きっと、私には想像もつかないほど豪勢なものなんだろう。私からすれば、この人の基準での普通でも、たぶん……豪華だと感じる気がする。

 

 

「さ、ここに座って……。良い子にしてるのよ!」

「……分かった……」

 

 これまた大きな食卓に並べられた椅子の一つにひょいっと乗せられた。私の頭をポンポンと触ったあとに、お姉さんはどこかに向かったようだ。

 

 

 10分ほどお利口さんに待っていると、お姉さん……ではなく、多分、執事らしき人が私に近づいてきた。

 

 

「……リーシャン様。……お食事の時間です。」

 

 

 その人は、若いキツネの獣族男性だった。ハーフではなく、純粋な獣族。ビシッと整えられた黒色の執事服を華麗に着こなし、背丈もそれなりにあった。私が小柄だから、そう見えるだけかもしれないけど。

 

 私の目の前に出されたのは、銀の皿に乗せられ、綺麗に盛り付けがされた鶏の丸焼きであった。まだ熱気がもわもわと出ており、調理されてすぐの状態のようだ。肉汁が部屋の照明の光を反射し、鶏肉がまるで宝石の様に輝いている。

 

「……お……美味しそう……っ……!」

 

 あまりの魅力に、私は鶏肉に飛びかかって噛みつきそうになったが、動き出そうとした直後、嫌な予感が私の頭の中を走った。まるで彫像になったかのように、私は動かなくなった。

 

 (もしかしたら……マナーを守れなかったら追い出されるかも……)

 

 あのお姉さんの事を、私は詳しくは知らない。優しく見えるけど、もしかしたら……ルールに厳しい人かもしれない。貴族だし…執事さんもいるし……家が大きいし……。そういうのを重視する人の可能性も全く無視できない。

 

 目の前には鶏肉。そして……その横には、フォークとナイフ。……これは……やっぱり……。危なかった。……私の感が正しかった。噛みつきに行くなんて……そんな事をしていたら今頃きっと……私は路地裏に捨てられていた…!

 

 震える手でフォークとナイフを掴み、自分の胸の前で腕が止まる。食器の使い方なんて……あんまり覚えていない。使ったことはあるはずだけど。

 

 お母さんとお父さんが捕まって売られる前、ちょっとは普通に暮らせていたんだから。……でも……長年の路地裏生活で、食器の使い方なんていう古い知識は……大浴場で洗ってもらった時の黒く汚れた水みたいに、既に流されていた。

 

「……」

 

 私の右で待機している執事さんの方を、こっそりと見てみる。すると、私が見た途端、首をぷいっ……と反対側に向けた。人間族なら、あまりに早いその動作によって、執事さんが元々そっちを向いていたように見えるかもしれない。でも、獣族特有の身体能力が、その動作を見逃さなかった。

 

 (やっぱり……この執事さんも……私の事を試してるんだっ……!もしくは……。……はっ!……も、もしかして……いきなりお姉さんに拾われてきた私が気に食わなくて……わざとお姉さんに見限られるように誘導するつもりなのかも……!?)

 

 私の周りには、実は怖いかもしれないお姉さんに、私を捨てさせようとするキツネの獣族の執事さん……。他にもきっとたくさんいる……。

 

 幸せになれると思っていたのに……やっぱり現実は、そんなに甘くないみたいだ。

 

 もし失敗したら……どうなってしまうのか。路地裏に捨てられるのは、まだマシなのかどうか。……考えていると、路地裏でお姉さんに拾われたあと、お姉さんの邪魔をして切られた男の人の事を思い出してしまった。

 

「っ……」

 

 

 まだ私は……頑張らないと……いけないみたい……。

 

 

 

 

 

 

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