食事のマナーに迷ったまま、1秒……10秒と、時間は過ぎていく。さすがに、ずっと食べないのも良くないと思い、意を決して鶏の丸焼きにナイフを持つ腕を伸ばした。
「ぅ……」
ゴクリっ……と、自分がツバを飲む音が静かな食堂に響いた。もう数センチで、鶏肉にナイフが触れる……。
「っ……!」
ナイフが触れた瞬間、鶏肉が切れるというよりは、溶けるかのように刃がスーっ……と入り込んでいく。本当に、すごい切れ味だ。
ナイフの切れ味に感動していると、背後から誰かの腕が伸びて、バシッ……と私の腕を掴んできた。
「ひぃっ!?」
私が動いた反動でガタっ……とテーブルが揺れるが、私の腕は掴まれているため、全く動かなかった。
「……ふぅ……ヒヤヒヤさせないでよ〜!……まったくぅ……フォルス!貴方……!なんでこの子にナイフ渡したわけ?」
私の腕を掴んだのは…お姉さんであった。
お姉さんが執事さんに鋭く問い詰めると、執事さんはギグっと擬音が鳴りそうなくらいに動揺した。
「いっ、いえ……お嬢様。……お食事の際には……ナイフとフォークが定番かと思いまして……」
「はぁ?……アタシの可愛いリーシャンちゃんが傷ついちゃうかもしれないでしょう?……フォルス……あとで部屋に来なさい」
執事さんが、さらにビクビクと怯え始めた。……やっぱり……お姉さんは怖い人なのかも……。
「……は、はい……承知……しました……」
「ふんっ……来る前にしっかりと毛並みを整えて来なさいよ!」
(毛並み……?……怖い事をする時に……毛並みが大切なの……?)
執事さんは、早歩きで食堂から出ていった。どこに行くんだろうか。見当もつかない。音が鳴らないよう、静かに扉が閉められたあと、食堂で私とお姉さんの2人きりになった。
(毛並み……整える……まさか……はっ、剥製に……!?可哀想っ……!だけど……私じゃ……きっと救えないよぉ……っ!)
「……さぁ、リーシャンちゃん!……ナイフとフォークも、無理して使わなくて良いのよ〜!……マナーなんて一切不要よ!」
「……はいっ……一切不要……なんだね……?」
「あら?……なんで猫耳がペタンってしてるの?……怖いことなんて何もないはずよ?……大丈夫?体調が悪いならすぐに治療術者を……」
お姉さんが、本心から不思議そうな目で私の目を見つめる。顔が近くて、お姉さんの瞳に反射した自分が見える。……お姉さんの瞳の中の私は、猫耳がペタンとなり、少しだけ顔が強張っている。
「いや……本当に私がこんなに豪華なもの……食べていいのかなって……」
私がそう誤魔化すと、怪訝そうなお姉さんの顔がパアッと明るくなり、氷のような張り詰めた雰囲気も霧散して消えた。
「あはははっ!……本当に、何もかもが愛おしいわ!……心配しなくてもいいのよリーシャン!……好きに食べてしまいなさい!」
お姉さんの情緒が全く分からない。いきなり執事さんに怒っても、私には物凄く良くしてくれる。いつ怒られるか分からなくて、逆に少し怖く感じてしまう。
「……はいっ!……あーんして?……美味しいわよ!」
お姉さんが、鶏肉をナイフで丁寧に、しかも一瞬で切り取り、フォークに刺して私の口元に寄せた。まだまだ温かくて、濃厚なお肉の匂いが私の鼻を刺激して、口の中に唾液がたくさん出てきてしまう。
「……ほら!……あ、毒も入ってないわよ?……もしかしてそれが心配だったのかしら?……、……。…ほら!大丈夫よ!……あーんして!」
お姉さんはフォークに刺さった鶏肉を少し齧り、毒見をしたうえで私の口元に、鶏のお肉を再度近づけてきた。
「……あ、あーんっ……」
私はぎこちなく口を開いた。他の人から優しくご飯を分け与えてもらった記憶なんて最近は無いから、なんだか違和感があって上手く口が動かなかったのだ。
口に入れられた鶏肉からは、ホクホクとした温かい湯気と、獣族の本能を刺激してくる濃厚な味と、少しの甘さも感じる。
「どう?美味しいかしら?……フォルスの料理は本当に美味しいのよねぇ〜!」
「……うんっ……美味しい……!」
フォルスは……確かさっきの執事さんの名前だったはずだ。どうやらあの人がこの料理を作ったらしい。本当に美味しい。……お姉さんは、本当にあの執事さんを剥製にするのだろうか。……この優しいお姉さんがそんなことするなんて……考えられない。もしかして……私がなにか勘違いしてるだけなんじゃ…?
「……ねぇ…お姉さん。……さっきの執事さん……あとでどうなっちゃうの?」
私は勇気を振り絞り、嬉しそうな顔をしているお姉さんに質問した。私のしっぽは、きっとまた恐怖でピンっと固まっていることだろう。
「……執事さん?……あぁ、あのおバカさんね!……心配してあげてるの?……リーシャンちゃん!なんて優しいのかしら〜!……大丈夫よ、あのおバカさんは私がしぃ〜っかりと…………毛並みを整えてあげるだけだからっ……!」
……自信満々に答えるお姉さんからは、路地裏の怖い人が出すような殺気も、人を傷つけるのが趣味なヤバイ人が出す雰囲気も感じられなかった。……私の直感は、獣族だけあって鋭いはず。
だから……多分……優しい人……なのかな……?
「さぁさぁっ!……もっとお食べ〜!……ここではお腹を空かせる暇なんて与えないわよ〜?」
その後も、お姉さんによって私はお肉を食べさせてもらっていた。恐怖は……無くなった……かも。
この物語の主人公である少女リーシャンですが、ポケットモンスターに全く同じ名前のポケモンがいることに気づきました。うちのリーシャンは電気工事士(エレクトリシャン)からとった名前で、特に意味はないので、気にせずリーシャンちゃんの可愛さだけを見ていてください。
【6月7日追記】
キャラクタープチステータス:
③フォルス
年齢:21歳
身長:173センチ
種族:狐の獣族(寿命は人間族と同じ程度。つまり、推定寿命は100年前後)
好み:肉料理
好きな人:リーシャン、屋敷の人全員