お姉さんの自室の中、テーブルの上に乗せられた甘い焼き菓子の良い香りが部屋に充満し、パキッ……と、お菓子が噛み砕かれる音が定期的に響く。
私がお姉さんの膝の上に座り、キツネの執事……フォルスさんが、妙に毛並みがツヤツヤになった状態で私達の右後ろに立っている。
「……フォルスさん……生きてたんだね」
私がそう聞くと、お姉さんとフォルスの2人の動きが同時に止まった。
「……いえ……。死んでいましたよ。……先日のお嬢様の教育は……非常に独創的な拷問でした……」
「フォルス。……今すぐその口を閉じなさい………それとも……今ここで2回目をお望みかしら?」
「……いえ」
お姉さんの一挙手一投足で、フォルスさんはすぐ萎縮する。……もしかして……ポンコツ執事さんなのかもしれない。……いや、そうに違いない。……料理はおいしいけど……。
「さ、リーシャンちゃん。…このお菓子はアタシが作ってあげたのよ?……魔条から取り寄せた白い小麦粉と、甘~いハチミツに……アタシの愛情がたっぷり!……フォルスがつまみ食いする前に食べるのよ?」
「……そんなことしませんよ。…リーシャン様に…私が役に立たない木偶の坊。……もしくは……仮に……人の食事を奪い取る蛮族のように思われでもしたらどうするのですかっ……!」
「……はい、リーシャンちゃん。……まずはこの、少し柔らかいものから試してみなさい。……これから貴方が食べられるお菓子は、私が作ったものだけよ」
まるで、「こんなダメな執事は無視して、アタシと甘いお菓子を食べましょう」とでも言わんばかりにフォルスさんを無視して、私に丸い焼き菓子を差し出してきた。お姉さんの細長くて綺麗な指に摘まれたそのお菓子からは、酸っぱいフルーツのような…爽やかな香りが漂ってくる。
「……あむっ」
路地裏で、汚いパンを食べた時と同じ食べ方。……まずは少しだけ咥える癖は、ここでも変わらない。……前に感じたのは……路地裏の土と、硬くて薄い小麦粉の味。……でも……今回、舌に感じるのは……酸っぱくて……でも甘くて……どこか……救われるような。……そんな味。気づけば、視界が滲み始め、勝手に涙が溢れてきてしまった。
「……あら?……リーシャンちゃん!?……なんで…………まさか……毒が入っていたのかしら……!?」
お姉さんの顔から血の気が失せ、一瞬だけフォルスさんの方を殺気の籠った目で一瞥したあと、私に突撃するかのような勢いで肩を掴み、私の口内に手を突っ込んできた。
どうやら、感動で出てきた私の涙は、お姉さんには「毒物による苦痛で分泌された涙」に見えてしまったらしい。今度は感動ではなく、お姉さんの勘違いによる行動の被害に遭い、吐き気を感じて涙が出てきた。お姉さんの目は、いつもの私を愛おしく見る時の目から、大切な物を壊そうとした犯人への強い敵対心を宿した瞳に変わっていた。
「早く吐き出しなさい!リーシャン!……そしてフォルス!今すぐここに治療術者を呼びなさい!犯人探しは後よ!今はリーシャンちゃんをっ……!」
柄にもなく焦るお姉さんの姿に、私は恐怖するでもなく……軽蔑するでもなく……私を本気で愛してくれているんだという……安心や信頼を感じた。
「ぅ……うぅ……くるじ……」
「お嬢様……リーシャン様は……恐らく感動で涙を流してしまっただけかと……」
「はぁ!?感動!?…………そうなの?リーシャンちゃん……!本当に大丈夫なのね……?」
「うん……だ、大丈夫だよ……」
私がそう告げるとお姉さんは、まだ私の喉奥から焼き菓子を取り出そうとしていた指を慌てて引き抜き、私の唇を湿らせて離れていく。
「……フォルス!分かってたなら早く言いなさい!リーシャンちゃんが余計な苦痛を味わってしまったでしょう!?」
「……えぇっ……お、お嬢様が……私が止める暇もなく音速で飛びかかられたのでしょう……?」
「……ぐっ……言うようになったじゃない……次の手入れは倍の強さで行うことにしたわ……覚悟なさい……」
私は、今度こそと思い、お姉さんの手作り焼き菓子をひょいっと口に含む。もう一度、酸っぱさと甘さが両立した愛情の味が口に広がっていく。
「……ふふっ……。……どう?……甘くて、口どけも良くって……。街で売られているような質の悪いお菓子なんて……食べたくなくなるでしょう?……もしかしたら……アタシの愛っていう麻痺毒は入ってたかもしれないわね?」
憂いが無くなったお姉さんは、いつもの調子に戻った。……こんな生活が、幸せで仕方がない。お姉さんに心配させたくない。ずっとこうやって、みんなで楽しく生きていきたいと、そう感じた。