百合の間に挟まりたくないけれどなぜか向こうから挟みにくる(仮)   作:ちお

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プロローグ

 

『溶けかけのミントチョコ 甘い風にまかせて 坂道をくだってく 君の背中を追いかけて』

 

どこかの店先から流れてきた流行りのポップスが、白帆島(しらほじま)の湿った夏の空気に溶けていく。

 

肌をジリジリと焼くような強烈な日差しの中、俺は隣を歩く幼馴染に声をかけた。

 

「しっかし、ほんと、今日は晴れて良かったな」

 

眩しさに目を細め、額に滲んだ汗を手の甲で拭う。見上げた空は、暴力的なまでの青だった。

 

「晴れでも雨でも変わんないよ。私の行くプールは屋内なんだし」

 

呆れたようにため息をつく七瀬莉緒(ななせりお)の横顔は、ひどく涼しげだった。

 

白帆学園(しらほがくえん)の水泳部のスター。

まったく日焼けしていない透き通るような白い肌。

 

これから大一番を迎えるというのに、彼女には悲壮感がまったくない。

 

ショートヘアの毛先が潮風に揺れるたび、塩素で少し色素の抜けたアッシュ系の髪がキラキラと光る。

幼馴染の欲目を抜きにしても、こいつは誰もが振り返る、光を纏った美少女だ。

 

「いやま、そりゃそうなんだけどさ。気分的にこう、違うだろ?」

 

俺は少しむきになって、莉緒の顔を覗き込んだ。

 

「んー。そうねぇ、ちょっとは違うかも。雨降りとか、今日だけ寒かったりとかしたら、体調崩しちゃうかもしれないもんね」

 

莉緒は顎に手を当てて、ふふっと小さく微笑む。

 

「だろ? せっかく今日のために、お互い色々調整して来たんだしさ」

「ふふふ。(じん)ってば、本気で気合入ってるね」

「さすが全国三位様は、余裕があるな」

 

両腕を頭の後ろで組みながら、俺はわざとらしく軽口を叩いた。

 

「そんな事ないよ、未来の全日本王者さん?」

 

莉緒は悪戯っぽく肩をすくめた。

 

「ほんと俺もだけど、莉緒も全然緊張しないよな」

「そうだとしたら、きっと、それはアレだ。私にはいつも、お日様が付いているから」

「お日様ときたか」

「そ、お日様。太陽サンサンいー気持ち、ってね」

 

無邪気に笑うその笑顔に、俺は少しだけ目を細めた。

 

「それはアレ? 皆様の温かいご声援に恵まれまして、って感じの優等生コメント?」

 

あえて深い意味は考えないようにして茶化すと、莉緒は少しだけ唇を尖らせた。

 

「ん、まぁ、そんなとこ」

 

適当に誤魔化す莉緒の言葉を遮るように、背後からけたたましい足音が近づいてきた。

アスファルトを蹴りつけるような、乱暴な響きだ。

 

「ん? おぉっと、うるさいのが来たな」

「元気な証拠で大変よろしいっ」

「莉緒先輩! おはようございますっっ」

「琴音、おはよう」

 

振り返ると、水泳部マネージャーの立華(たちばな)琴音(ことね)が、俺を親の仇でも見るかのような鋭い目で睨みつけていた。

 

黒髪のハーフツインを揺らす、小柄で勝気な猫目。

莉緒を熱狂的に信奉する彼女にとって、俺の存在は目障りでしかないのだろう。

 

大海(おおみ)先輩、一つあたしと賭けをしませんか?」

 

挑戦的な視線を俺から外すことなく、琴音がズイッと一歩前に出る。

 

「急すぎない……ってか賭けってなんだよ?」

 

「もし大海先輩が全日本チャンピオンになれなかったら、莉緒先輩から手を引いてください」

 

「ほう? …………で、お前はなにを賭けるんだ?」

 

俺は組んでいた腕を解き、真っ向から琴音を見下ろした。

むっとするような熱気が二人の間に立ち込める。

 

「もし大海先輩が全日本チャンピオンになったら……、あたしが莉緒先輩から手を引きます」

 

それだけ言い捨てて、琴音は嵐のように踵を返して去っていった。

 

莉緒への執着が透けて見えるような、揺れるハーフツインの毛先が、夏の陽を浴びて黒く光る。

 

隣を歩く莉緒を見やると、彼女も微かに頬を朱に染め、気まずげに視線を泳がせていた。

 

「あー……えっと、ごめんね。あの子、変なこと言って」

 

誤魔化すように苦笑いを浮かべ、莉緒が俺の肩をポンポンと軽く叩く。

 

「え? あぁ、いや。別に」

「ふふふ。根はいい子なんだけどね。それにしても、今日も元気だなぁ」

 

遠ざかっていく琴音の背中を見つめながら、莉緒はわざとらしいほど明るい声を出した。

俺もその不自然な空気をどうにかしたくて、無理に会話を繋ぐ。

 

「どんな些細なことにも意味はある、か」

「はい?」

「……せっかくの賭けだ。さらに気を引き締めてみるのもありだな」

 

俺は胸の内の居心地の悪さを振り払うように、ギラギラと燃える夏の太陽を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関の鏡の前で、琴音はハーフツインの毛先を念入りに整えていた。

いよいよやってきた、県大会当日の朝。

 

「……絶対に、今日こそあの大海先輩の余裕ぶった顔を歪ませてやるんだから」

 

ぶつぶつと物騒な独り言をこぼす双子の妹に、見送りに来た綾音(あやね)は苦笑する。

 

琴音と同じ小柄な体躯と、勝気な猫目。

妹がハーフツインなら、姉の綾音は肩まである黒髪を後ろで一つにまとめ、白いエプロンを身に着けた、落ち着いた雰囲気の少女だった。鏡に映る妹の姿を見つめる瞳には、呆れと共に柔らかな愛情が滲んでいる。

 

マネージャーとして大好きな七瀬先輩をサポートするはずなのに、琴音は朝からずっと、水泳部とは関係のない『大海迅』のことばかりを気にしていた。

 

「遠足に行く前の子供ね、まるで」

「む。そんなことないもんっ」

「はいはい。忘れ物はない? 気をつけてね」

「うんっ! 行ってきまーす!」

 

嵐のように元気な声を残して、琴音はバタバタと扉の向こうへ駆けていった。

ふふふ、と綾音の小さな笑い声が、誰もいなくなった玄関に落ちる。

 

 

一生懸命、応援しなくちゃね。うん、がんばれ、こと。

 

 

そんな静かな独り言を胸の内で呟き、綾音は小さく伸びをした。

 

「さって、今日はお天気もいいし、ぱぱっとお洗濯しちゃおうかしらねぇ」

 

綾音が洗濯かごに手を伸ばしたとき、玄関の扉が開いた。

隙間から、むせ返るような外の熱気が流れ込んでくる。

 

「ただいまー」

「なんだお母さんか。おかえり」

「あ……ことはもう、出ちゃった?」

 

パンプスを脱ぎ捨てながら、母はキョロキョロと廊下を見回した。

 

「うん。ついさっき出ちゃったよ」

「えー、なんだぁ……。見送ってあげたかったのに。……はーーっ」

「お疲れ様。なに? 結局、会社で雑魚寝?」

「ん? 大丈夫よ。ちゃんとしたシティホテルに泊まったから」

「へー。豪気な会社だ」

「あーぁ。でもやっぱり、うちが一番。可愛い我が子の顔が見られるし」

「またそうやっておだてて。なにも出ませんよー」

 

靴を脱ぎながら肩を揉む母に、綾音は苦笑する。

 

「お茶くらいなら出してくれる?」

「ウーロン茶? 冷えたのが冷蔵庫にあるよ。ちょっと待っててね。……あ、ブルーベリー&ヨーグルトもあるよー」

「んー、ウーロン茶がいいー」

「はーい」

 

キッチンから、グラスに氷がぶつかる涼しげな音が響く。

ソファに倒れ込んだ母は「あ゛ーーーーー……疲れたーぁ」と情けない声を上げた。

首振りの扇風機が、母の乱れた髪をゆっくりと揺らしている。

 

「やっぱり疲れてるんじゃない」

「……あ、ねえ、あや?」

「なに?」

「県大会って、どのチャンネルでやるの?」

「え、やらないよ?」

「えっ? うそっ?」

「テレビ欄見ればわかるでしょ?」

「載ってないから訊いてるのよ」

「じゃ、やらないのよ」

「ええっ、そんなぁ」

 

肩を落とす母に綾音は冷えたウーロン茶を差し出した。

グラスの表面に、室内の湿気を吸ってすぐに水滴が結露していく。

 

「もぅ。別にことが泳ぐわけじゃないんだからいいじゃない」

「いやでもっ、気になるじゃん? マネージャーとは言え、子供が所属してる部活動の活躍って。それに有名なんでしょ? 白帆学園の水泳部って」

「みたいね」

「あとはほら、ことが大好きな七瀬先輩の勇姿とか」

「ああ……うん。そうだね。すごい選手みたいだし」

 

綾音は少しだけトーンを落として、曖昧な相槌を打つ。

莉緒のことは嫌いではないし、妹がお世話になっていることには感謝している。ただ、彼女が全国レベルのスター選手であることに対しては、どこか他人事というか、あまり強い関心を持てずにいた。

 

「でしょ? あ〜ああ〜、残念だなぁ」

 

ソファの背もたれに深く沈み込み、母は子供のように唇を尖らせた。

首振りの扇風機が、生ぬるい風を運んでくる。

 

「あ、そうだ。もう一人いるじゃない、白帆の有名人。ことがいっつも目の敵にしてる……」

「大海先輩、迅さんのこと?」

「そうそう! 格闘技やってるっていう子。あの子の試合は見られないの?」

「迅くんの試合なら、アマバであと一時間後くらいに配信するよ? 今日勝てば全日本への切符が手に入るんだって」

 

迷いなく即答し、エプロンのポケットからスマホを取り出しながら、綾音は微笑んだ。

 

「えっ、本当!? スマホで見られるの?」

「うん。プロ入り目前の若き天才ってことで、大注目されてるみたいだから」

「へええ! さすがねぇ。じゃあ今日は、そっちの配信を見ながらこっからエールを送ろっかな」

 

機嫌を直した母は、嬉しそうに冷えたグラスに両手を添えた。

 

 

 

 

「ふふ、そうだね」

「……頑張れ、こと。迅くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「……莉緒……」

「んー? なに?」

 

隣を歩く幼馴染に、俺は立ち止まることなく声をかけた。

視線は前を向けたまま。

全国大会に向けてひたむきに輝く彼女の顔が、今日の太陽よりも眩しい。

 

「お前さぁ……実際のところ、立華のことどう思ってるんだ?」

「ええ? なっ、何よ、いきなり。ホントにどうしたの?」

「いや、どうって事もないんだけどさ。なんか、ふと気になって」

 

少しの間があった。

アスファルトを擦る二人の靴音だけが、やけに大きく響く。

 

「んーーーーー」

 

莉緒は少し考える素振りを見せてから、夏の高い空を仰ぐようにして、明るく澄んだ声で言った。

 

「好きだよ。大好き」

 

迷いのない、純粋な響き。

その後輩への無邪気な「親愛」の情を耳にして、俺の胸の中にストンと落ちるものがあった。

 

「……そうか」

「うんっ。さて今日は頑張らなくちゃね」

 

俺の短い返事に、莉緒は太陽のように笑った。

 

希望に満ちた熱い夏が、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが。

 

 

 

 

 

夏は終わった。

いや、正確には。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には、夏の終わりが一足早くやってきただけだ。

 

参考までに。どのキャラクターとの絡みが見たいですか?

  • 七瀬莉緒(幼馴染)
  • 立華琴音(アホの子)
  • 立華綾音(良い子)
  • 風畑さゆり(お嬢様)
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