百合の間に挟まりたくないけれどなぜか向こうから挟みにくる(仮)   作:匿名さん

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うっかりリライトしてしまうと行間ずれてしまってせっかく頂いたここすき がずれてしまうという。しっかり推敲してから載せないとね!


10話『双子』

「迅ーーーっ、起きてるーーーっ?」

 

まだ薄暗さの残る早朝。開け放たれたキッチンの窓からは、夜露に濡れたアスファルトと、むせ返るような青葉の匂いが微かに風に乗って忍び込んでくる。

 

その澄んだ空気を震わせるように、明るい声が響いた。

 

網戸越しに見えたのは、朝練へ向かう前のラフなジャージ姿でふらりと立ち寄った莉緒の姿だ。

 

「起きてるぞーー」

 

「って、さすがに起きてるか。さすが」

 

ひょっこりと顔を覗かせた莉緒は、テーブルについている俺の様子を見てふふっと笑った。

 

俺は自分で茹でた味気ない朝食を、タッパーから直接黙々と()き込んでいるところだった。

 

時刻はまだ大半の学生が夢の中にいる時間帯だが、朝練がある俺たちにとってはいつもの日常だ。

 

「ん、飯食ってる」

「プロテインにブロッコリーにササミにゆで卵……いつも通りだね」

「今日もちゃんと朝練に向かうから安心したまえ七瀬クン」

「それは心配していないけどさ……」

 

玄関に回って家に上がり込んできた莉緒は、呆れたように苦笑すると、勝手知ったる様子で俺の目の前にある空の食器を手に取った。

 

「この食器、下げておくね」

「んぁ? すまんありがと」

「どいたまー」

 

シンクで軽やかな水音が跳ねる。そんな早朝の穏やかな空気を切り裂くように、

 

 

 

バンッ!!!

 

 

 

「たのもーーーーーーうっ!!!」

 

 

凄まじい勢いで玄関の扉が開かれ、琴音がなぜか俺の家に乱入してきた。

肩で息をする彼女の姿に、俺と莉緒は思わず目を丸くして顔を見合わせる。

 

「は? え?」

「おはようございます七瀬先輩!!」

 

莉緒の姿を認めるなり、琴音の顔がパッと華やぐ。

 

「あっ、おはよう、琴音」

「おぅ、おはよ」

 

俺が片手を上げて挨拶すると、琴音は一転して親の仇でも見るかのように露骨に顔をしかめた。

 

「ああ、アンタいたの」

「……殴る前にバカのお前に教えてやる。ここは俺の家だ、さぁそこに座れ不法侵入者」

「なによ!? 七瀬先輩だって勝手に上がりこんできているでしょっ!?」

 

 

噛み付いてくる琴音の言葉に、俺は首を傾げた。

 

 

なんだ? なにか言い方に棘というか、珍しい言い回しというか、気が付いてないのか?

 

 

「莉緒は特別なんだよ」

 

「とーくーべーつーーー!?」

 

「長い付き合いで、家族みたいなものだからな」

 

 

俺の家には一年を通して、実の母親が年に数回帰ってきてはすぐに仕事で飛んでいき、アホな姉は男が出来るたびにそいつの家に転がり込んで、フラれれば帰ってきてはまた男ができてすぐ出ていく。

 

要するに俺以外ほとんど家にいないし、何なら莉緒の方が家族よりこの家にいる時間が圧倒的に長い。

 

「じゃあもう家族だね」と莉緒に言われて「あぁ、たしかにそうか」「そうだよ」と答えた遠い昔の記憶から、今に至るのだ。

 

「う……」

「ん?」

「あぅぅ、ぅぅぅぅっ、ぅぅ、う、ぅ」

 

琴音が小動物のようにプルプルと震えだす。

 

「あ、琴音……。特別って言ってもね、そういう意味じゃなくて」

「立華……」

「……っ!」

 

立華が俺を睨みつける。その大きな瞳は、すっかり涙で潤んでいた。

いじめっ子になったような罪悪感を覚え、俺は慌てて取り繕う。

 

「……どういう意味をキミが想像しているか知らないが、特別というのはまぁ、いわゆるひとつの特に別って意味だ」

 

焦ったせいで、なんかパイプをくわえた政治評論家みたいな口調になってしまった。

凄く適当なことを言っているという自覚はある。

 

「あぶねっ!?」

 

咄嗟に顔を背けた直後、俺の頬のすぐ横を琴音の掌が風を切って通り過ぎた。

 

「避けんな馬鹿!! やっぱりアンタなんか大嫌いっ!!!」

「待て、軽い冗談だ。慣れないことをしてすまなかった、聞き流してくれ、うん。なぁ、莉緒?」

「……今のは迅が悪いと思う」

「ドウモスミマセンデシタ」

「はぁ……っ」

 

重いため息の後、莉緒は立華へと哀しみと憐憫(れんびん)の籠った眼差しで笑みを向ける。

 

「ごめんね、琴音。この男ってば、本っと女の子の気持ちを汲み取れないバカだから……」

「ちっ、違うんです!!」

「いいの。私はわかってるから」

「いやだからそうじゃなくて!」

「ううん。でも自分に正直になんなきゃだめだよ? いつまでもいがみ合ったままじゃ先に進めないから」

「違うんですってば~~っ!!」

 

コントのようなやり取りが続く中、立華は急に思い詰めたような顔をして押し黙った。

 

「……うん?」

「……七瀬先輩……」

「はい?」

「あの、その……」

 

立華は口ごもってしまう。

向き合う二人を、俺は椅子に座ったままで静かに見守っていた。

 

「そのあのっ、これっ!!」

「はい?」

 

肩に提げたトートバックから立華が取り出したのは……。

 

「受け取ってくださいっ!!」

 

紫色のリボンが十字にかけられた四角い包みだった。

 

「あっ、はい……」

「あっ、受け取るだけじゃなくて、読んでくださいっ!!」

「は、はい」

「じゃっ、それじゃあまたプールでっ!!」

 

立華は顔を真っ赤にして叫ぶと、そのまま嵐のように玄関から走り去っていった。

 

「忙しい奴だな……」

「あはは……」

 

残された俺たちは、テーブルの上に置かれた包みをまじまじと見つめた。

 

「それで、それはなんなんだ?」

 

包装(ほうそう)はシックなワインレッド。

掛けられたリボンの紫も、滑らかに光を反射して高級感を漂わせている。

 

「……本?」

「読めって言ってたよな」

「うん。見てみようか」

「そうだな」

 

莉緒は丁寧にリボンを解く。

 

「綺麗なリボンだなぁ。高いよ? これ」

「それはまぁ、莉緒への贈り物だからな。金はかけるんじゃないかな、それなりに」

「ふぅむ……なんかお返ししなくちゃダメかなぁ……」

 

横顔を覗き込むと、照れているのか、莉緒の耳がほんのりと赤く染まっていた。

 

「……耳がちょっと赤いぞ莉緒」

「あら」

「立華にしては随分と……」

「もう、そういう失礼なことは言わないっ」

「まだ何も言ってないんだが」

 

包装紙の中から現れたのは、落ち着いた色調のハードカバーだった。だが、タイトルがどこにも書いていない。

これは(むし)ろ、日記帳、か?

 

「中に秘密があるのかなぁ?」

 

莉緒は俺のすぐ隣の椅子へと腰を下ろすと、表紙を開き、最初のページを(めく)った。

そこに綴られていたのは――。

 

『先輩……先輩は今、どこで、このPAGEを読んでいらっしゃるのでしょうか?

ベッドの上?部室? 教室?それとも喫茶店? ああ、けれど、先輩がどこにいても、私のそばにあなたが今いないことに変わりはなくて、そしてああ……先輩がどこにいなくても……All is full of Love……。

私の心が貴方でいっぱいなことには変わりがない。

その声、その顔、その仕草、その心。

先輩の指先が私の二の腕を伝って肘の裏側へ落ちっていく感触まで私はすぐに思い出して夢のバスタブへ口まで浸かる事が出来る……だって、私は先輩の全て、先輩は私の魂、そう、ソウル。

愛そのものいわゆる一つのLovesexy……先輩が欲しいって言ってくれるなら。私、大きな白い百合の花をバックにヌード写真を撮られたっていい。

あなたに受け取ってほしい。

他にはもう何もないただ一つの私のカラダをz

他には何もないただ一つの私の裸の心を。

But私ときたら泳ぎもあんまり得意じゃなくて。

科学の実験ではアルコールランプを爆発させてばっかりで。

先輩の薬指にはめるダイヤモンドリングを買えるほどのお金ももっていない。

それでも、私は。

ああ、私は。

土砂降りの中、ひたすらにただあなたの返事を待っていたい。

あなたの愛を待っていたい。

ただひたすらにあなたを想って紫の雨に濡れていたい。

紫の雨……。ああ紫の雨……』

 

後輩の脳内に広がる凄まじいなにかを垣間見てしまい、俺と莉緒はしばらく無言で顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「琴音たーん頑張ってーーーー!!」

「えへへっ」

 

ひらひら。

 

放課後のプールサイド。

焼き付けられたコンクリートの熱気と、ツンと鼻を突く塩素の匂い。夏の午後特有のまとわりつくような空気を切り裂くように、白帆島ビーチガールズ(略称SBG)に向かって、立華は機嫌良く手を振り返していた。

 

「大海先輩!! 大好きです今すぐ抱きしめてくれませんかねぇっっ!?」

「遊佐、あんたもう無敵の人になってるじゃん」

 

彼女たちが雑務を手伝ってくれたおかげで、今日はこうして練習を早めに始める事が出来ていた。

 

「期待されてるな」

「なによっ!!なんか文句あるのっ!?」

 

俺が声をかけると、立華は唐突に牙を剥いた。

 

「なに怒ってるんだ?」

「ガルルルルルルッ!!」

 

犬のように(うな)り威嚇してくる琴音に、俺は深々と溜息をついた。

 

「はーーーーっ」

「まったく、最近の素直な後輩の立華琴音ちゃんはどこへ行ったんだ……」

「そんなものは幻想ッ!まほろばッ! ゆめうつつッ!」

「最近はあんなに可愛かったのにな」

「誤解を招くようなことを言うんじゃないっ!」

 

パシンッ、と腕を叩かれる。

 

「こら叩くな。仕方ないだろ、本当のことなんだから」

「なに?アンタはアタシが可愛いって思ってるっていうわけ!?」

「少なくとも最近は可愛げがあったな。もっと親しくなりたいと思うくらいには」

「はっ!?大海先輩なんか過激なこと言ってない!?私には!?」

「知らないから……」

 

ギャーギャー騒ぐSBGの外野は置いておくとして。俺は向き直って立華を見た。

 

「立華、今日はなんでそんなにいきり立ってるんだ?」

「いきり立つ必然性があるからよっ!!決まってんじゃないっ!」

「わからないな……」

「大海先輩なんかにアタシの置かれた複雑な状況はわかんないわよ!!」

 

立華の涙交じりの怒声がプール中に響き渡る。

 

「……はぁー……」

「うぅううぅぅぅ」

「とにかく、練習を始めるぞ」

「ううううううう」

「あとで事情は聞いてやるから……」

「ないもんっ、事情なんかないもんっ! もぅないったらないんだもんッ」

 

意地を張ってそっぽを向く立華。

 

「そうなのか?」

「ほんとだよ!?ほんとになにもないんだよ!?」

「じゃあ別になくてもいいけど」

「あ、嘘。本当はちょっとある」

「それはわかってる」

「あ、いやいやないない!やっぱりないっ」

 

一人で百面相を続ける立華に呆れつつ、俺は準備を促した。

 

「取りあえず練習するぞ。泳げるようになりたいって気持ちまでは変わった訳じゃないんだろ?」

「……ぅん」

「他の事に気をとられていると水に足をすくわれるからな」

「はーい」

「まぁ、水に入ればそんな余裕はないだろうが」

「すみません……初心者で」

「だから練習するんだろ?」

「うん……」

「さて、まずは準備体操からだな」

 

屈伸を始めると、隣から小さな声が聞こえた。

 

「……大海先輩……」

「あいよ」

「ごめんね」

「気にするな。生きていれば色々あるだろ、立華も俺も」

「はぁう~~ぁ~~」

「ただまぁ、朝からあの莉緒に書いたポエムは、すごく愛が、愛が、籠っていて素敵だと思ったぞ」

 

ピタッ、と。立華の動きが止まった。

 

「え。見たの?」

「…………見てない」

「……ぁアあ゛ぁぁ゛」

 

やらかした。

 

「すまない、あれは、俺がいるところで中を読めってお前が言ったのも悪いぞ!? だから立華、少し落ち着いて深呼吸をだな」

 

「ばかぁぁぁぁぁっ!!!あんたなんか本気で大嫌いっ!!!!」

 

振り被られた小柄な拳が、俺の腹に向かって真っ直ぐに飛んでくる。

 

これは、避けずにもらおう。立華に嫌な思いをさせたからな、仕方ない。

 

「ぐぁ!?」

 

ドスッという鈍い音が響いた。

ちゃんと拳が重いのすごいよ立華。

普通に痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうしてあんたとアタシが一緒に帰ってる訳?」

 

夕暮れの道を歩きながら、立華が不満げに口を尖らせる。

影が長く伸びたアスファルトからは、昼間に溜め込んだ熱がじんわりと吐き出されている。どこかの家から漂ってくる蚊取り線香の微かな匂いが、郷愁のようなものを纏って鼻腔をくすぐった。

 

「白帆島ビーチガールズ、通称SBGの皆様が我々の仕事を引き受けてくださったので、やることがなくなったからだよ」

 

「あーもうぅっ……」

 

「何度も言うけど、厚意は素直に受けておけよ」

 

「わかってるわよそんなこと」

 

「それならいいけどな」

 

「……性格なんだからしょうがないじゃない」

 

「それならしょうがないな」

 

遠くで鳴り始めた蜩(ひぐらし)の声だけが響く中、立華が突然立ち止まった。

 

「つーかね!?」

「はい」

「なんっか、誤解がより一層深まっていってる気がするのよ~~~!!!」

 

立華が涙目で俺を捕らえた。

 

「誤解……ねぇ?」

 

そもそも何が誤解なのかがよくわからない。

泳ぎの練習の間も立華は妙に人目を気にしている風だった。

おかげで注意力が散漫で3度ほど溺れていた。

 

「練習に集中しろよ危ないから」などと何度も注意をしたのだが、ほとんど効果なし。

 

まぁ、待てと言われて待つ泥棒はいないって言うしな……。

 

例えが不適切な気もするが、大体のところはそういうことだろう。

 

だから俺がコーチでいいのか聞いたんだけどな。こうなると心配事そのものを取り除いてやったほうが早い気がする。コーチっていうのも色々と難しいものだ。

 

「ふぅ……っ」

「ちーーーがーーーうーーーアタシ、そんなんじゃない~~」

「じゃあどんななんだ?」

 

それとなく聞き出す態勢に移ってみる。

 

「アタシが好きなのは、七瀬先輩なの!!!」

「そうだな、知ってる」

「あんたじゃないのよっ!!」

「わかるぞそれも」

「あーーううーーーーー」

 

頭を抱えてしゃがみ込む立華。そこへ。

 

「琴音っ!!琴音っ!!」

 

背後から莉緒の声が聞こえた。

 

「七瀬先輩!?」

 

立華が振り返るので俺も振り返る。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

息を切らせているところを見ると、走ってきたらしい。

 

「どうしたんですか先輩」

 

心配げに眉を寄せて琴音に近づく莉緒。俺も静かに近づいた。

 

「琴音、これ……」

 

「はい?」

 

莉緒が片手を立華の方へと差し出す。

その指が大切そうに掴んでいたのは、立華から今朝送られた……あの日記帳だった。

 

「えっ」

「莉緒……」

 

確かに。

十ページ近くにわたって書かれたあのポエムは電波バリバリだったかもしれない。

 

だがしかし。

 

立華は真心を込めて真剣に書いたのだ。

 

最愛の莉緒に日記帳を送るための献辞として。

 

きっと何時間も、いや立華のことだから、昨日の日曜は丸一日潰して書いた可能性だってある。

 

その想いは大切に受け止めるべきだと思った。

 

「せっかくだから、交換日記でもしようかなーと思って」

 

「交・換・日・記!!!!??」

 

「……莉緒、お前いくつだ?」

 

「えー。だってこれ沢山ページあるし、私一人で使うなんて勿体ないよ~」

 

「間違いない」

 

「あっ。でも確かに琴音の意思も尊重しなくちゃね……えーと。琴音、いや?」

 

「とーーーーーーーんでもないっ!!!」

 

立華がものすごい勢いで首を横に振る。

 

「無理しなくてもいいよ?」

「いやいやいやいや、是が非でも!!!!」

「そう?」

「はい!!」

「良かったぁ。じゃあ、受け取ってくれるよね?」

「あ、ああ……ああぅぅ」

 

日記帳を受け取る立華の手が震えていた。

 

「ぅぅぅぅあ゛ぅ゛ぅぅぅぅぇああぁぁ゛」

 

ついでに全身も激しく震えていた。

 

「気色悪い声をだすな……」

「んもぅ!琴音ってば、いい子!」

 

莉緒が、愛おしそうに立華をぎゅっと抱きしめる。

 

「きゃぁっ!」

「よしよし……いい子いい子……」

 

立華の頭を撫でる莉緒。その胸元で、立華は完全に溶けかけていた。

 

「あ…………あああ……ああぅぅぅ……」

「ん?」

「はぁう~……しやわせ~~……」

「そう? それはよかった」

 

頭の天辺から優しく……いとおしげに首筋まで。滑らかに降りて行く、莉緒の手。

 

「あ……ぁ……あ……」

 

肌をなぞる指先を、莉緒はそのまま襟の中へと滑り込ませた。

 

「ふぅ…………っ」

 

立華の耳へ、甘く小さく息を吹きかける莉緒。

 

「あっ……!!」

 

びくっ、と立華の肩が跳ね上がる。莉緒に抱かれたまま。

 

「……ちょんっ、なぁんてしてみたりして」

 

立華の襟の奥に隠れた莉緒の指先。

それが、服の上からは見えない立華の奥深いスイッチに触れた。

 

「……ひぅっ」

 

一押し。ほんの一押し。

そのスイッチに莉緒が触れただけで、立華の頭の中のヒューズは完全に飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱぁい、せんぱぁい……」

「はいはい、大海先輩だったらすぐここにいますよ」

「あっ、先輩ってばなんてことするの?」

「なにもしてませんよ~、おぶってるだけで」

 

すっかりショートしてしまった立華をおぶったまま、俺は彼女が住むマンションの敷地へと足を踏み入れた。

首筋にじわりと張り付くような夏の湿気と、背中から伝わる立華の熱い体温。足を怪我しているとはいえ、立華の小柄な体をおぶるくらいなんてことなかった。と強がってみる。

 

「そんなことされちゃったりしたら、あたしもうまるで秘密の花園に四泊五日でご招待されたミツバチのぼうやみたいになっちゃう……しなやかなRを描く白百合の花弁に腰掛けて、スゥインギーな羽音で愛の黙示録を奏でるの……」

「そうかそうかわかるわかる」

 

首筋に熱い息を吐きながら幻覚を見続ける琴音を背負ったまま、チャイムを鳴らす。

 

ピンポーン。

 

「はーーい」

 

「すみません、大海ですがー」

 

「あっ!! はいっ、ちょっとお待ちくださいね!」

 

バタバタという足音が近づき、ガチャリと扉が開いた。

 

顔を出したのは、琴音の姉である綾音ちゃんだった。クーラーの効いた涼しい風が、火照った肌を優しく撫でる。

 

「本当にすみません。怪我をしているのにわざわざ送っていただいたりして…」

 

「大丈夫、これもコーチ務めってことで」

 

「あっ、そのソファーにでもおろしてあげてくださいな」

 

「了解。よいしょっと」

 

 

リビングのソファーに寝かせても、琴音はブツブツと呟き続けている。

 

「あっやだー 七瀬先輩に押し倒されちゃった。きゃっ」

 

「……この子、大丈夫かしら?」

 

呆れたように妹を見下ろす綾音ちゃんに、俺は苦笑いを返す。

 

「のぼせ上ってるだけで、頭の中身までは心配することはないんじゃないか?たぶん」

 

「ああ、そうじゃなくって、将来」

 

「あぁ……どう、なんだろうな」

 

「この子ってば思い込んだら本当に一途で」

 

「好きになってしまったのは仕方ないんだろうな。まぁ、その好きな相手が莉緒なのは、茨の道かもしれないけども」

 

「だから心配なんです」

 

「そうだよな」

 

「ええ。なにかやらかしたときにフォローを入れるの、結局、いつも私なんですもの」

 

「間違いないなぁ」

 

「……うぅせんぱいのからだやーらかぁいじゅるる……」

 

よだれを垂らしそうな琴音から視線を外し、俺は綾音ちゃんに向き直った。

 

「まぁほらなんだ」

 

「はい」

 

「寝る子は育つって言うしさ」

 

「ふふ」

 

「ちょっと違うな」

 

「一人でも気楽にやっていけるくらいに育ってくれると気が楽だわ、やっぱり」

 

「…………」

 

「ああ、座ってくださいな。今、お茶でもお持ちしますから」

 

「ああ、お構いなく」

 

「いいえ、構わせてもらいます。せっかく迅さんが久しぶりに来てくれたんですし、志野のお茶碗買ったのだし」

 

「それは、お心遣い感謝します」

 

「心ばかりのお礼です」

 

キッチンに向かおうとする綾音ちゃnの背中を見て、俺は玄関先からずっと気になって、必死に目のやり場に困っていたことを口にした。

 

「まぁ、その前に綾音ちゃん」

「はいな?」

 

振り返った彼女の姿は、ひどく体のラインに密着した布地一枚だった。

 

「ああ、いや……着替えたほうがいいのではないかと思うのだけど」

「え?」

「あーその、目に毒というか……」

「…………あっ!!!」

 

自分の格好に今更気がついた綾音ちゃんが、顔を真っ赤にして胸元を隠す。

 

「俺はいいけどね?」

 

冗談っぽく笑うと、彼女はさらに慌てふためいた。

 

「あっ、もうヤダ私ったらっ!! これもその、新品で買ってきたばっかりだったので、ほら、あのそのっ、つい嬉しくてっ」

 

「部活?」

 

「はいっ。私、実は新体操部なんです」

 

「立華から聞いてたよ。全国3位なんだって? 凄いよ」

 

「いえ!いえ……迅さんに比べたら私なんてぜんぜんで――――」

 

「なんで俺と比べるんだ。綾音ちゃんの努力、勝ち取った結果は綾音ちゃんだけのモノだ。謙遜しないで凄いでしょって胸を張っていればいいと思うけどな」

 

真っ直ぐに伝えると、彼女は少しだけ俯いた。 その耳元が、ほんのりと赤く染まっているのが見える。

 

 

「……ぁ。……だから、好きなんです」

 

 

消え入りそうなほど小さな声。 彼女がひそやかに何かを囁いたのは分かったが、その言葉の輪郭まではうまく拾い切ることはできなかった。

 

 

「あっ! その」

 

「うん?」

 

「レオタード、初めて見せましたけど……似合ってますか?」

 

 

上目遣いで尋ねてくる綾音ちゃんに、俺は素直に親指を立てた。

 

 

「素敵だと思う。下心無しってことを信じてもらえるなら、すごくしなやかで綺麗な体のラインをしている……ってこれはセクハラになるのか、難しいな」

 

「綺麗、ですか、そうですか綺麗……」

 

顔を覆って照れている綾音ちゃんは可愛い。

微笑ましく見ていると、不意に彼女は顔を上げ、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。

 

「じ、迅さんの体も、カッコいいです、すごく」

 

「ん? マジか? ありがとう。ボコボコして気持ち悪いってよく妹の方には言われるけど、引かれてないならよかった」

 

「……えっ」

 

「ん?」

 

「琴音も、迅さんの体好きだと思いますよ、気持ち悪いなんて思ってないと思います。絶対に」

 

「そうなの? なんでそう思ったんだ?」

 

「だって」

 

綾音ちゃんは一歩だけ俺に近づくと、吐息が届きそうな距離で、意味深に艶やかな、ゾクリとする色気を含んだ笑みを浮かべた。

 

開いた窓から吹き込んだ夜風が、夏の終わりのような甘く気怠い匂いをふわりと運んでくる。

 

 

「――――私たち姉妹、昔から『好き』が被らないことって、一度もなかったんです」

 

 

甘い言葉の余韻を残したまま、彼女は逃げ場を奪うように俺の目を真っ直ぐに射抜く。

 

 

「……あ、七瀬先輩は例外です」

 

 

そして、悪戯を成功させた子供のように、けれどひどく蠱惑的に、綾音ちゃんはくすりと笑った。

 

参考までに。どのキャラクターとの絡みが見たいですか?

  • 七瀬莉緒(幼馴染)
  • 立華琴音(アホの子)
  • 立華綾音(良い子)
  • 風畑さゆり(お嬢様)
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