魔族との国境線沿いにて小競り合いが多発しながらも、約1000ミラベル(現実に訳すとおよそ10キロ)の前線が膠着状態が半年(公国歴にて160日余り)続いていた。
先の戦いで両陣営のエネルギー源である地表最大の『魔鉱晶』の鉱脈である『ヒュージマウンテン』を人類最大の王国『プライテン公国』の男子人口を約半分にすることと引き換えに獲得した。
これは『勇者パーティー』を戦略的に組み込まなかった人類側初の大反抗作戦の成功であり、これによるエネルギー事情の改善により、人類は半年の平和と繁栄を得ることとなった。
商人ギルドが物資を絶え間なく戦場へと送り込み、騎士ギルドが派遣する騎士の価値を各王国の足元を見ながら交渉を続けていた結果として戦力は歪となっていった。
そんな仮初の平和と、歪な戦力構造によるアンバランスな配置が人類でありながら魔族についた『シャドーマン』により伝わり、脆弱極まる『イルネン砦』が陥落し国境線が破られた日より二週間後の時点から、物語は始まる。
◇◇◇◇◇
ここでは誰もが
七日毎に行われる教会で祈りを捧げていた神も、憎しみ合い刃を向けあう相手ですらも、ここでは等しく無意味であり、同時に一瞬の輝きのように眩しかった。
「おい、馬鹿、目を覚ませ!!! ……クソっ!!! だから純銀のソードの値段を下げろってあれほど!!」
「今頃、あの
昨晩の雨の影響か、泥濘の塹壕の中で隣村のギィとアルフが罵りあっている。それも無理もない。彼らが泥と血にまみれながらも両手に抱き込んでいるのは、昨日まで切り株を切るために使っていたアックスや、農具の鋤なのだから。
半年前までは仮にも徴兵された傭兵はギリギリ武器と言えるものを持たせてもらっていたが、本国決戦に備えてというありがたいお題目の下、それらは奪われてしまっていた。
隣の隣の更に隣の村の先。突発的に始まった戦火があっという間にこっちまで燃え広がり、先週まで一緒にエールを片手に冗談を言い合っていたクソ親父が物言わぬ炭になって帰ってきた時、俺は村を立ち、戦場に立つことに決めた。
実際に来た場所は地獄以上の何かであり、ここにオヤジがいた事を考えると、父親の背中とは何とも偉大なものだと深く痛感してしまう。
飛んでくる粗末なゴブリン製の弩や、魔法使いによる遠距離攻撃から身を潜めるために土を掘り進め、モグラのように身を隠しながら3日余りが過ぎた。その間やったことと言えば、ミミズやよく分からない虫の食べ方の考察や、泥の塊だかパンの欠片だか分からないものを口に放り込み、飢えを凌ぎ死なないように神経を集中することだけだった。
「おい、聞いたか? 明日の明朝、突撃を敢行するらしい」
「嘘だろ? あと三日は騎士団の到着を待つって」
「功に焦った公爵様が独断で決めたって聞いたぜ? 死にたくねぇよなぁ……」
隣でエルフと人間の肢体について語り合ったダニーが天を仰ぐ。俺だって同じ気持ちだ。何も目と鼻の先に転がる青白いナニかと同じ運命を辿りたいわけじゃない。
それでも俺がここに立つと決めたのは……
「それでも、魔族の糞どもを殺せるなら俺は飛び出してぇよ」
「……俺は帰りてぇんだ。村で可愛いかーちゃんも妹も待ってる。生きて、金だけ貰ってな。それまで死ねねぇんだよ」
ダニーは肩を揺らすと、「明日は早い、寝るぞ」とアイアンヘルムを枕に目を閉じた。またそれに倣い目を閉じる。
遠くでは鳴り止まぬ地響きと、誰かの断末魔が聞こえてきたような気がした。
◇◇◇◇◇◇
明け方、噂通り突撃は敢行された。
対魔族連合として派兵されたエルフ達の弓と、魔法により血路の発端を作り出す。その綻びに向かい俺達は塊となり突進する。
その合図のラッパが吹き鳴らされると、放たれた弦のように全員が雄たけびを上げて、泥と穴まみれの焦土を駆け抜けていった。
何千人もの人間が叫びを上げながら、敵の作り上げた陣地へと走り出していき、何千人もの生命が弩や魔法によって
口に一杯に跳ねてきた泥を噛み締めながら走っていると、斜め前から血飛沫が上がる。くぐもった声に聞き覚えがありつい振り向くと、昨日文句を垂らし続けていたアルフの首元に、太い矢が突き刺さっている。彼は血の泡を口の端に浮かべながら泥に沈み、踏み越えられていく。
その光景に息を呑む間も無く、俺は弩を再装填しているゴブリンに肉薄し、オヤジの形見のショートソードを叩き込んだ。ガキン、という骨と金属がぶつかる音とグジュッ、といった肉の裂ける音が聞こえ、老婆と馬の叫び声の間のような汚い声が耳に届く。
「お、オヤジの仇っ!! このっ、クソっ!! くたばれ!!!」
初めて敵を殺した、という感慨にふける間もなく、ショートソードソードを引き抜く為に、敵の死体に足を掛け、体重を乗せ一気に引き抜く。するとまるで噴水のように飛び出してきた血液を頭から浴びてしまい、大量の血を目の当たりにしたことで、意識が遠のく。
そんな数秒。その隙、それが命取りだった。
「おい! あぶねぇ!!!」
ドン、と誰かに押されてよろめくのと、すぐ横で血飛沫が上がるのは、ほぼ同時だった。
飛び散った肉片の中にあったのは、何時ぞやにダニーが妹から貰ったと、誇らしげに掲げていた木彫りの魔除け。それが真っ二つに裂けて『誰か』の右半身と同時に宙へ舞っていた。
ソイツの名前を叫びながら振り向く。
そこに立っていたのは、人間の倍も体躯あろうかという
そいつは巨木をそのまま引き抜いて武器に転用したのかと見間違うほど大きな棍棒を、ダニーの半身であったものから持ち上げ、こちらに向けて振り被っている。
「───っぁ!!?」
声にならない声が喉を震わせて、金縛りにあった身体を無理矢理動かした。
ドン、と地面が揺れ、身体が軽く浮いて地面に転がる。「無理だ、あんなの勝てるわけがない」と
「■■■■■■■■!!!」
「ひぃぃっ! イヤだっ! やめてくれっ! 死にたくない!!!」
みっともなく叫びながら逃げ回る。周りがどうかとか、敵討ちなんて頭の片隅からも消えていて、「ただ生きたい」そう神に願うばかりだった。
その時だった。突然、オーガが真っ二つに裂けた。
否、正確には誰かの剣が巨体を断ち切ったのだ。
その姿は俺よりも幼くて、噂によると15や16の少年らしい。ただ遠くの王国の証が輝いていて、優しげにソイツが「間に合って良かった」と笑顔を浮かべながら手を差し伸べていた。
「あ、アンタが『勇者』……?」
「その名前、慣れていないんですけどね……」
危険ですから離れていてください。と彼は言い、戦場へと舞い戻っていく。その足取りは確かな自信を感じさせ、逃げ回っていた俺ですら心の奥底を奮起させるものであった。
◇◇◇◇◇◇
戦場では誰しもが英雄であり、そして石ころだ。そして俺は英雄になれる側だと思っていた。
でも、現実は違う。父親が殺され、友達だと思っていた奴が死んだ。それでも俺は死に殉ずる事なく怯え、糞尿を撒き散らし逃げ回った。それが戦場で得た答えだった。
天に浮かぶ勇者パーティーの魔法使いを見る。俺よりも小さい女の子が自身の何倍もある火球を作り出し、魔族の陣営を火の海に変えていた。
飛び出していった筋骨隆々の戦士の男は、俺が怯え逃げ回った
美しくも神々しさを感じる僧侶が手を翳すと、死んだと思われた奴らが息を吹き返し、神に感謝を捧げてつつも手遅れだった同胞を抱きかかえ泣いていた。
そして、その中心にいる『勇者』。彼が一振り剣を振りかざせば敵の群が吹き飛び、歓声が上がる。一声発する度に、パーティーが戦場の勢力図を塗り替えていく。
戦場にいる生命は決して平等ではなく、誰しもが英雄ではない。
ヒーローはあそこに居て、俺はただの石ころだ。
「ちくしょう……ちくしょう……!! やっちまえ!! 全部だ、全部!! ぶっ壊せ!!」
涙を溢し、嗚咽を呑み込みながら、遅れてやってきた
それは救いであり、そして、あまりにも残酷な現実だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうして救われて、母さんと出会ったんだよ」
情けないだろ? と肩を竦めてみせる。
結局、逃げ帰るようにして俺は戦場から離れた。折れて曲がったショートソードと泥の中を這いずるように探し回って見つけた木彫りの魔除けを持って、故郷へと帰ってきたのだ。
ショートソードは納屋に丁寧にしまい、半分に砕けた木彫りの魔除けは伴侶が大事にしまっている。
「それでもね、父さん。俺は嬉しいよ」
強くの面影が残る息子が、俺に笑い掛ける。
「だって、アレだけ強い魔族に立ち向かったなんて、カッケェじゃん……どした? 泣いてるのか?」
結局、永遠に続くと思われた戦争は呆気なく遠方の何処かで勇者が終わらせて平和が訪れることになった。
それを知ったのも随分と後で、英雄とはこういうものなのかもしれないと、遠く空を見上げながら花を手向ける。
在りし日の情景と、現実を静かに眺めながら。