タイトルは『動かない』ですが、結構動いています。
レゼが由花子と握手した日の放課後。
デンジは小走りで通学路を下校していた。
「ヤベー! 遅くなっちまった! 早く帰ってレゼと夕飯の準備しねえと!」
日直であったデンジは担任から雑用を頼まれた為、先にレゼに帰宅してもらっていたのだ。
杜王町からS市へ向かう鉄道の線路を渡り、退勤する人々のごった返す合間を縫うようにして杜王駅前の商店街を通り抜ける。
その途中でデンジは、スケッチブックを持った男性とぶつかってしまった。
「うおっ、スンマセン! 急いでたもんで!」
「あぁキミ、大丈夫かい? 失礼したね」
デンジは知らなかったが、その人こそ大人気漫画『ピンクダークの少年』の作者である岸辺露伴であった。
道端でデンジとぶつかった事も、もちろん偶然ではない。
三日前、駅前のカフェにてデンジとレゼが仗助と億泰に語った内容を盗み聞きし、取材として『読む』機会を伺っていたのだ。
そして、ようやく訪れたデンジが一人になったタイミングを好機と見て、わざとデンジの前に歩き出してぶつかったのだ。
「高校生かい? 気を付けて帰るんだよ」
「ありがとうございます! 急いでンで、それじゃ!」
露伴は普段なら絶対に吐かないような優しい言葉をデンジに投げかけ、二人は別れた。
────
10分後
デンジが辿り着いたのは、レゼと住むマンションではなく、閑静な住宅街にある大きな一軒家だった。
表札には『岸辺』と書いてある。
「あれ、ここどこだ? 俺ァレゼん所に帰ろうとして……。
岸辺? 先生と同じ名前だ。
ドアが開いてる……? 不用心だなァ」
デンジはまるで誘蛾灯に惹かれる虫のように、フラフラと岸辺邸へ入ってゆく。
「やぁデンジ君。キミを待っていたよ、本当に」
「アンタはさっき駅前でぶつかった人……?」
不法侵入したデンジを嬉しそうに出迎えたのは、この家の主である岸辺露伴その人だ。
「僕の名前は岸辺露伴。漫画家さ。
読んだことあるかい? ピンクダークの少年。結構有名だと自負しているのだけれど」
「あ、オレ知ってるわ。ジャンプで何回か読んだコトある」
「何回か読んだことある? チッ、ファンならサインくらいくれてやろうと思っていたのに」
予想に反したデンジの反応に、不機嫌そうに露伴が返した。
「まぁいい。キミにこれから『取材』をしようと思ってね。
承太郎さんが、いやスピードワゴン財団が大枚を叩いて確保しようとする程の人間。しかも『悪魔』関連と来た。
前々から悪魔を題材に漫画を一本描きたいと思っていたんだが、いかんせん杜王町では中々出現しない上に、何より危険だからな」
「何でそんな事まで知ってんだ。アンタ一体何モンだ?」
市場で珍しい高級食材を見つけた料理人のように、興味津々でズカズカと近づいてくる露伴に、デンジも警戒を強めシャツの胸のボタンを外す。
「そしてキミのガールフレンド、レゼっていう女の子にも取材してみたいなァ」
「テメェ! レゼに何かしやがったら許さねェぞ!!」
露伴がレゼの名前を出したのが決定打となって、デンジは露伴を敵と認識し、胸のスターターロープを引こうとする。
だが、指は掛けられても引っ張ることができない。
「駅前でぶつかった時に書き込ませてもらったよ。
『ヘブンズ・ドアー』、そういう能力なんだ」
デンジの肩口が本のページのようにパラッとめくれ、そこには手書きで文字が書き込まれていた。
[岸辺露伴の家へ行く]
[岸辺露伴を攻撃できない]
スターターに手を掛けたまま固まるデンジを満足気に見た露伴は、自身の『スタンド』を出現させる。
現れたのは露伴の身長の半分程の、白いシルクハットを被った少年のヴィジョンだ。
「それではデンジ君。キミの人生はこの岸辺露伴にどんなインスピレーションをくれるんだァ!?」
『ヘブンズ・ドアー』
心の扉は、今開かれる
デンジはその場で意識を失い、倒れた衝撃で本にされた顔と胴体のページが舞い上がる。
「どれどれ……
名前はデンジ。年は16歳で、誕生日と血液型は分からない。
レゼが好き。レゼが大好き。レゼとさえ一緒に居られれば良い。前はマキマさんが好きだったけど、今はレゼが一番。レゼを傷つけるヤツが何より許せねぇ。ポチタは大切な相棒。
このガキ、自分の彼女の事しか頭に無いのか? ポチタってのは飼い犬か?」
数ページ渡り書かれたレゼに対する想いに呆れた露伴は、ページを進めてゆく。そこでようやく、露伴の求める情報が現れた。
「なにッ! コイツ、失った自分の心臓の代わりに『チェンソーの悪魔』が融合しているのかッ!
人間の意識を保ったまま悪魔と融合するなんて聞いた事が無いッ!
凄いッ、凄いぞッ! しかも胸のロープを引っ張るとチェンソーマンに変身できるだとッ!?
最高だッ! 後で変身させてスケッチを取らなければッ!!」
興奮しながら読み進める露伴。
だがしばらく読み進めると、見慣れない状態になっているページにだどり着いた。ちょうどデンジのスターターがある胸の辺りだ。
「なんだ? ドアのイラストのページにベタベタとノリで封がされている……?
『絶対に開けちゃダメだ』
これがコイツの一番見られたくない記憶って訳か。
チッ やたらと頑丈に貼り付いているな」
露伴は苦労してドアを模したページに施された封印を一枚一枚剥がしていった。そして最後の一枚を剥がそうとしたその時
ヴヴヴンンン……
ギュイイイイイイイ!!!
本のページの間からエンジン音と共にチェンソーが飛び出してきた。
「なにィーッ!!
コイツは僕に攻撃できないはず! なにより、本になっていて意識が無いはずなのにッ!
いや違う! これは、コイツの心臓になっている『チェンソーの悪魔』だッ!
マズいッ! 本を閉じなければッ!」
デンジのページをめくっていた、命より大事な商売道具である利き手を切断されそうになり、露伴は能力を解除した。
「あ、危なかった……。
だが、コイツの体験はネタの宝庫だぞッ! ガンガン創作意欲が湧いてくるッ!
とりあえず意識の無い内に胸のスターターを引いてみよう……」
危険な目に遭ったにも関わらず、全く懲りずに露伴がデンジの胸のスターターに手を掛けたその時
ドガァン!!
とてつもない爆発音と共に岸辺邸の玄関が吹っ飛んだ。
爆発による黒煙が晴れると、そこに立っていたのは制服姿のままボムに変身したレゼだ。
「デンジ君に何をしているの?」
レゼの声色は、怒りを通り越して無機質とさえ思える絶対零度のものだった。
ボムの頭に覆われて表情は読み取れないが、そこには確かに『漆黒の意思』が宿っていた。
「コイツッ! デンジの恋人のレゼかッ!」
デンジの記憶から読み取った情報により、露伴は異形の来訪者の正体を知った。
直後、レゼは警告すらせず、右手を露伴の方に向けると中指と親指を擦り合わせる。
パチンと鳴らした指先より放たれた光弾が、露伴の目の前まで飛んできた。
「ヘブンズ・ドアー!!」
光弾が着弾する直前、露伴はヘブンズ・ドアーを出現させ光弾を弾き飛ばす事に成功する。
さっきデンジの記憶を読んだ露伴は、レゼの攻撃方法を知っていたのだ。
弾かれた光弾が、露伴の蔵書の詰まった本棚を爆破した。
「クソッ! あの画集、高かったんだぞ」
露伴は悪態を付くも、レゼは矢継ぎ早に攻撃を放つ。
ヘブンズ・ドアーは、発動さえしてしまえば相手の意識を奪える無敵の能力だが、いかんせん範囲攻撃や遠距離攻撃と相性が悪い。
レゼの放つ爆発が次々と岸辺邸を破壊する。資料として取り寄せた貴重な品々、編集部より返却された原稿の山、商品化されたピンクダークの少年の等身大フィギュア。
破壊の奔流から逃げ惑うも、仕事机を背に追い詰められた。その身体には既に数ヶ所の大火傷を負っている。
そしてレゼがとどめを放とうとしたその時
「やめろ! レゼ!」
意識を取り戻したデンジが後ろからレゼに抱きついた。
「デンジ君……」
「それ以上は、殺しちまうよ……」
自分の最愛の恋人の無事な姿を見て、ボムの頭がドロリと溶けてレゼの顔が現れる。
「でもデンジく、んっ」
デンジはレゼの口にキスをした。
たっぷり30秒口づけし、デンジが顔を離した時、レゼの瞳の奥にはもう『漆黒の意思』は宿ってはいなかった。
「いい構図だなあ~
一度は引き裂かれそうになった二人の、逃避行の果ての熱い抱擁とキス!
こういうのこそリアリティがモノを言うからなあ~」
シャシャシャシャシャッ!
露伴は爆風と火傷でボロボロになりながらも、仕事机の上にあったペンを取り猛烈な速度でスケッチを描いてゆく。
半殺しな目に遭いつつもその顔は、嬉しそうに笑っていた。
「間近で悪魔を見られるなんて! しかもこの爆発と戦闘能力!
こんな体験滅多にできるもんじゃあないよ……
これは作品に活かせるぞ! うれしいなあ~~」
自宅を大破させられ、自身も大怪我を負いながらも夢中でスケッチを描き続ける露伴を見て、デンジとレゼはドン引きした。
「デンジ君、私ちょっとこの人怖いかも……」
「多分コイツ、死なねえ限り何でも漫画のネタにしちまうぞこりゃ」
デンジとレゼは、夢中で作業を続ける露伴を尻目に、岸辺邸を後にした。
この後二人は、カメユーデパートに寄って仲良く夕飯のメニューを考えながら食材を買い、マンションに帰宅した。
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『ピンクダークの少年 一ヶ月あまり休載のお知らせ』
この事件の後、露伴は残った全財産を賭けたチンチロのリベンジマッチを仗助に仕掛け、今度は逆にイカサマを使い見事勝利し大怪我をクレイジー・ダイヤモンドに治させた。
大部分を爆破された自宅も直させようとしたが、そこまでは賭けの条件に設定されておらず、原因も自業自得だった為仗助に同情もされず、自宅が再建されるまでしばらく康一の家に居候する事となった。
TO BE CONTINUED