二日目。
再びエミリアはカナメに起こされ朝食を一緒に取った。
本日は”ワルキューレ”のレッスンがあるため朝食を取った後に分かれ宛がわれた機体へ乗り込み慣らし運転を行っていた。
予定されていた慣熟飛行を終え”アイテール”へ着陸すると少女が出迎えた。
「お疲れ様中尉…本当に可変戦闘機に乗るのは初めて?」
少し疑うような視線にエミリアは特に気分を害することなく答えた。
「前の世界でモビルスーツ…航空戦闘機には一通り乗った。勝手は分かっている」
練習を終えて格納庫に戻ってくるとアイシャが待機しており整備兵と共に作業を開始していた。
「もう慣らし運転は必要ないみたいね…明日の模擬線頑張ってね」
「ああ。感謝する。」
機体へ一礼して格納庫を立ち去るエアリスを見送った後アイシャが端末と視線を行き来しながら呟く。
「其にしても綺麗な飛び方…エンジンの最大出力を巧みに使っているわ。其に最大加速時のGをなんともない風に耐えているのは…異常よ」
スーツに備え付けられたセンサーとリンクしたデータを確認し驚愕する。
「荒々しいのに綺麗な飛び方…しかもそのISCの最大稼働時間を越えちゃっている…?」
アイシャは戦々恐々としていた。が直ぐ様表情が開発者としての側面を見せた。
「こんなに綺麗に機体を使ってくれるのは嬉しいわね。もっと乗りたい、って思わせるぐらい綺麗に整備するわ」
アイシャは手にした端末を見て呟いた。
「でも本当に貴女は一体何者…?」
◆ ◆ ◆
「加速度は中々だな。発生するGを溜め込むことが出来るというのは凄まじいな」
訓練後にシャワー室にやってきた。
汗で汚れたパイロットスーツを自動洗濯装置に押し込み下着を脱ぎシャワーブースへ入りコックを回し降り注ぐ温水が玉汗を流していく。気持ちと身体が洗われる感覚を覚えつつ自らの愛機となる機体の感想をこぼした。
「あら、お疲れ様エミリアちゃん」
「カナメか。そちらこそお疲れ様」
訓練後、シャワーを浴びた後更衣室に戻るとトレーニングウェアに着替えたカナメ達とばったり出会う。
「練習見学?」
「ええ。オーディエンスがいた方が練習にも気合いが入るから…どうかしら?」
”ワルキューレ”の生音声…となれば涎もの貴重な体験だろうと興味があったため即答した。
「行こう。今日はもうオフだからな」
「じゃあ行きましょう」
カナメ達に連れられてレッスンルームに連れてこられた。武骨な鋼鉄艦である見た目とは想像もつかないガラスと木製の手すりが備えられたスタジオのような空間に歌姫四人が集っていた。
「はぁい。改めて自己紹介するわ。美雲・ギンヌメールよ」
そう言って近づいてきたのはミステリアスな雰囲気を漂わせる女性。”ワルキューレ”のメインボーカルである美雲・ギンヌメールだ。
「エミリアだ。」
「ふーん…ふふっ」
「???なんだ」
自己紹介するが離れることなく此方を見つめている。訳が分からず見つめ返していると突如と微笑み出した。
いったいなんなのだろうか?
「貴女…私たちにいいビートを奏でてくれそうね」
「悪いが音楽は専門外だぞ?」
「ふふっ、今に分かるわよ」
「???(意味が分からん…不思議系、という奴か?)」
会話をしているとカナメが手を叩き互いに定位置に着くエミリアは練習光景が見える場所へ移動する。
「さて…其じゃ今日はオーディエンスがいるから本番だと思って練習よ!まずは発声練習から!」
生の音声、と言うのは其だけで迫力があるが彼女達は”歌姫”…其でなぞの奇病に対抗する部隊”ワルキューレ”なのだと再認するには十分だった。
発声練習であったも身体に伝わるプレッシャー…それでいて圧迫感、ではなく高揚するような雰囲気が身体を包んでいるような感覚すらあった。肉声でありながらその声量は驚嘆の一言。耳を打つ音がまるでスピーカーから聞こえているようだ。
パチパチパチ…
「いい声だ」
「お気に召したかしら?」
「ああ、その…曲が掛かっていない状態のアカペラ…練習状態でこれだ。生の本番を聞いたらとんでもない事になりそうだ」
そう告げると美雲は笑って見せた。
「それじゃあ…特別に歌声、聞かせてあげるわ?一旦休憩して通しで歌いましょう」
「良いわね」
「流石クモクモ~」
「ん、エミリアを”ワルキューレ”墜ちさせる…」
休憩を挟みレイナがリモコンを操作するとステージと壁からフォールドアンプが出現する。
暫くしてイントロが流れる。”いけないボーダーライン”が始まった。
(これは……暖かい感情が広がっていく…!)
Aメロから暫くしてサビに入った。
その瞬間エミリアの中で何かが弾ける。悪感情ではなく気持ちの良い感情。それは波となって広がっていく。
今まで感じたことの無い感覚だ。
感情の波が歌声として混ざり束ねあっていく。声色は違うのに一つの音として重なり奏でられる。
演奏が止まり歌詞もそこで止まった筈なのにその余韻がスタジオ内に漂っているかに思える程だ。
暫くすると美雲がクスクス、と笑い始め次第に輪唱するようにメンバーの笑い声が響きエミリアは聞き入っていた事にハッとした。
「っ、すまない。聞き入っていた…」
頭を下げ謝罪するエアリスはしまった、と後悔する。
カナメがフォローに入る。
「ううん。良いのよ。でもどうしてかしらね…あなたいたから此方も歌いやすかった。美雲もノリノリだったわね」
「ええ。とても歌いやすかった…私もつい気持ち良くなってしまったわ」
「皆フォールドレセプターがアクティブになってた。これは凄い」
「エミエミ~どんな魔法を使ったの?」
どんな魔法を使ったのか?と言われても分からない。と思っているとカナメが無茶振りをして見せた。
「これ、使ってみてくれないかしら?」
「…此は?」
「ギターよ。実は全員で演奏してやってみましょう、って提案したことがあってね?でもそれは無くなってレッスンスタジオの肥やしになっちゃってたんだけど…」
ギターなんてものは触ったことがない。そもそもどうやって弾くのかも知れないものを突然渡されても困るのだが…だがカナメから渡された手前受け取らないというのは何故か阻まれた。
「………」
預かり触りどういう風に扱うのか音を鳴らし法則性を探り弦を抑えコードと呼ばれるモノを素早く”理解し”た
「………下手でも笑うなよ」
ギターをかき鳴らし”いけないボーダーライン”を演奏し始めると突如として美雲が歌い始めた。
「!?クモクモ”フォールドレセプター”アクティブ…!」
「うそ…アル・シャハルで検知したときよりも高い数値よ…!」
「そんなことよりも…私たちも歌うわ!」
「クモクモノリノリ!私たちも!」
広がる音…美雲やカナメ、マキナとレイナの歌声…そしてエミリアの演奏が重なって一つの音へ生まれ変わる。
「………心地良いわ」
演奏がストップし歌が止まる。
全員の視線がエミリアに集中し全員が首を傾げた後にクスクスと笑いだしたがエミリアはポカンとした表情を浮かべているのを可笑しい、とカナメが笑い涙を拭った。
「ごめんごめん。それにしても驚いたわ美雲、突然歌い出すんだもの。そんなにエミリアちゃんの演奏が良かった?」
「ええ。そうよ。ギターを掻き鳴らした瞬間にね。まるで音楽の奔流…その身を全身で浴びて任せたい位に」
うっとりした表情で手放しで誉める美雲はエミリアを見る。当の本人は困惑していた。
「凄い…皆がフォールドレセプターがアクティブになってた」
「うん。本番じゃなかったのに。エミリア、本当に初めて楽器を触ったの?」
そう問われ困惑するエミリア。
「あ、ああ…ギターというものも初めて見た。…だが何となくだが
完全掌握…エミリアの大元は姉エアリスの身体でありその頭脳も然り…どの分野に置いて天才的な才能を発揮する。
一度見れば”理解”出来てしまうのだ。それこそが彼女に与えられた
「だが素人のギターだぞ?そこまで高揚するとはとても…」
データで調べたことだが”ワルキューレ”が何故戦場で歌うのか?ライブ会場で安全な場所で歌えば良いと思ったがそれは間違いでありレセプターを持つ”ワルキューレ”が戦場で歌うのは命の危機…つまりは鉄火場でその効力が爆増、効力を増して発揮しアクティブになる、と…即ち。
「貴方の演奏は戦場で歌うのと同じぐらい効力を発揮するということよ。」
「はぁ…買いかぶり過ぎだ。あり得ん」
「でも実際にレセプターはアクティブになっている。カナメ、彼女を”ワルキューレ”に加入させない?」
突如の事にエミリアは持っていたギターを落っことしそうになるが咄嗟に掴む。
そう問われたカナメは少し考えてから真面目な表情になってエミリアに向き直る。
「…その案一度考えさせてもらっても良いかしら?」
「カナメ…!?何を…!」
「ワクチンライブなら貴方のフォールドレセプター…いやフォールドコンバーターと呼ぶべきかしらね。増幅し広範囲に広げられればヴァール化を高い数値で無力化できる。鎮圧ライブに出て貰えばその効力は今以上に発揮される…それに彼女は…でも……」
「???…そんなことか」
持っていたギターを肩掛けしカナメへ近づき手を取って見せる。
「鉄火場に立つことはなれてるさ。歌を歌うことは勘弁して欲しいが…それに今さら戦うことに躊躇いなんて無い。歌を聞きながら戦えるなんて最高じゃないか?」
「エミリアちゃん…」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて見せるのは彼女の不安を掻き消して見せた。
その反応に”ワルキューレ”メンバーが顔を赤くする。
「人誑し、ねエミリア」
「わーお…エミエミ、男前…」
「美少女で男口調…カナメ、少し表情が乙女になってる」
「なっ…なんてこというのよ皆…!」
カナメは自分よりも幼い少女に情緒をぐずぐずにされていた。が当の本人は頭に「???」を浮かべその光景を見つつ「私がアイドルか…」と見当違いな事を呟いた。
◆ ◆ ◆
三日目。メッサーとの模擬戦当日。本日の天候晴天、快風なり。
”アイテール”飛行甲板にて。
「それじゃ双方に説明するぞ。今回の模擬戦の勝敗は互いに一撃貰ったら終了だ。どの部位に当たってもやり直しなしの一発勝負だ」
<了解しました>
「了解した」
「それでは…各機発進せよ!」
指示を受けメッサーのVF-31Cが飛び立つ。
<続けてエミリア機、発進準備完了コールサイン”オメガ1”とします。>
「了解した。オールシステムズゴー…オメガ1発進する」
機体各所を確認し動作をする。サポートシステムとICSに不備がないことを視認しスロットルレバーを押し込んだ。
大空へ飛翔するVFはメインスラスターを起動させ上昇し身体に掛かるGが心地が良い。
「良いレスポンスだ…少佐とマキナは良い仕事をしてくれた。何処までも飛んでいけそうだッ」
雲を突き抜け武装の安全装置を解除する。模擬戦のため搭載弾頭はペイント弾となっている。
カリカリにチューンされた核熱反応タービンエンジンが脚部ベクタードノズルを小刻みに動かした。
「…来るかッ」
キラリ、と太陽の反射光をエミリアが捉える。同時に敵意を感じとり反射的に操縦桿を倒しブレイクすると先程までいた場所にペイント弾が通り抜ける。
高速でメッサーのVFがすれ違った。エミリアは狂暴な笑みを浮かべた。
「さぁ…見せてみろ…この世界のパイロットの実力を!」
”マクロスエリシオン”艦橋
「うん…良い具合に仕上がっているわね」
飛び回るエミリアの機体を見てタブレットを持っていたアイシャが満足そうに頷く。
「マジかよ…なんだよあの無茶苦茶な機動は!?」
チャックが驚きの声をあげる。
二機の機体が交差し互いにペイント弾を放つがその姿を捉えられずに残弾を減らすに止まっている。
両者の機体は同じ…ではなくエミリアの機体は珍しいものに搭乗していたからだ。
「キレキレ…まさに”聖剣”の如き切れ味…」
「エミエミ、切れ味抜群だよぉ~!」
「凄い機動…メッサー君に追い付いている…?」
「良い動き…また歌いたくなっちゃうわね」
歌姫それぞれが感想をのべる視線の先にはエミリアが操縦する可変戦闘機が太陽を背に飛び回る。
西暦二○四○年代に計画された”スーパーノヴァ計画”にて開発されたYF-19…それを正式採用されたVF-19をその後の”ハイパーノヴァ計画”にて再設計、最新のアビオニクスを搭載、武装も改良が施され近代化改修された機体であり玄人向けの機体がこの”ケイオス”に一機納入されていたのをエミリア用にチューンナップされている。
”ヤン・ノイマン効果”と呼ばれる前進翼機体が持つ亜音速での超速飛行を可能とする非常に操縦が難しい機体だ。
VF-31とVF-19advanceを比べれば大気圏内機動での性能は後者が上回る。だが機体の全体的な性能は明らかに前者の上だがその勝負は拮抗…いや押していた。
しかし、エミリアの乗る機体の名称が
「彼女は本当に…可変戦闘機に乗ったことがないのですか?」
ミラージュのその疑問ににアーネストが反応する。
「その筈なんだがな…此が別世界のパイロットの実力って奴かもな。アラド、どう見る?」
アーネストが隣にいるアラドへ問いかける。
「実力は申し分なし。いや、想像以上にあの
「身元が不明、がネックか…」
「メッサーははっきりさせたいんでしょう…敵なのか味方なのかをね」
一方で対峙するメッサーは目の前の可変戦闘機に対して大きく闘争心を滾らせていた。
「此が…別世界のパイロットの実力か…!」
射撃を回避し後ろを取るために機体の操縦桿を倒しフットペダルを押し込み気流に乗せ翻す。
背後を取ってバトロイドに変形しガンポッドを発射しエンジン部を狙うがVF-19はバレルロールし回避しそのまま雲へ突っ込んだ。
「(回避された…!)くっ…!」
直撃を確信したが回避され雲へ飛び込んだ19が変形しガンポッドを撃ち返す。
メッサーの身体に膨大なGが掛かるがISCが作動し発生したGを別次元へ蓄積していくが長くは持たない。
「ほう…?回避するか!」
「誘われた…!」
一方でエミリアも直撃を確信したが回避されたことに驚きはしたものの回避を続ける31の背後を視線をそらさずに追跡、スロットルレバーを押し込み最大加速Gを身体に受けたまま飛翔する。背後を取られたメッサーは再び機体と身体に不可を掛けつつ逃れ機体を19から離れる。
「次で…決める…!」
「ほう…?勝負は…次の交差か」
意図を理解したエミリアは機体を翻しブレーキを掛け即座に急速旋回を行う。
「嘘でしょ…?あの加速度を受けたままコブラして即時旋回!?そんなことをしたら意識がブラックアウトする上に機体が空中分解してしまう…!」
「だが、エミリアの奴機体のピンポイントバリアを分散し負荷の掛かる場所に手動で展開してやがるのか…?!」
機体の振り回しにアラドとアイシャが仰天する。
そして両者が空中で一直線上に並んだとき勝負を決めに入った。
最大加速で擦れ違いその距離は数メートル。ソニックウェーブで機体の体勢が崩されても可笑しくないその状態で互いに崩すこと無く機体を対局で大きく曲げた。
同時に着弾の合図が響き渡った。
「相討ちか…?」
アラドがそう呟くがアイシャが答える。
「いいえ。この勝負……中尉の勝ちです」
お互いのVFに”撃墜”を示すペイント弾が刻まれた。
しかし、両者の機体に刻まれたペイント弾の位置は違っていたのだ。
メッサーのVF-31Cにはエンジンブロックに一撃、そしてエミリアのVF-19Advanceには右翼に一撃だった。
お互いに一撃を入れてはいるものの同点、だが戦闘継続が出来るかどうかを判断した場合軍配はエミリアに上がったのだった。
◆ ◆ ◆
「どうだ?メッサー。戦ってみた感想は?」
「…此ならば小隊に入れても問題無いです」
「そうか…」
”アイテール”の甲板に着陸したVF-31。その付近でデルタ小隊の士官たちが会話をしていた。
素直じゃない副官を見て苦笑するアラド。しかし彼が負けず嫌いだということを知っていた。
「…今度は…勝ちます…!」
「そうだな。まぁ俺たちも彼女の胸を借りる勢いで行こうぜ?メッサー」
離れた場所に着陸した”エクスカリバー”を見てとんでもない逸材を見つけたな、とアラドはニヤリと笑みを溢した。
◆ ◆ ◆
「…一撃入れられたか。やるな。メッサー…」
一撃を入れられたのは姉以外では初めてだった。
「お疲れ様エミリアちゃん。大丈夫?」
「?何がだ」
主語の無い問いかけに疑問符を浮かべるとすぐさまマキナが補足に入る。
「あんな無茶な機動をして大丈夫か、ってことだよエミエミ」
「その事か…ああ。問題ない。少佐とマキナが確りと整備してくれたからな。ちゃんと飛んでくれたよ」
そう言って降り立ったVF-19の機首に手を添える。
「ん。あのメッサーに直撃判定与えるとは…流石エミリア」
「機体の性能に助けられたが…同じ機体なら負けないさ」
「バトルジャンキー…」
そう言って再び不敵な笑みを浮かべるエミリアを見て苦笑するアイシャ。
「貴方の”ジークフリード”は急ぎ用意させるけど…それまでは”エクスカリバー”で我慢して頂戴」
「十分だ。それと少佐。追加のオーダーを掛けても良いだろうか?」
突如のお願いに疑問符を浮かべるアイシャ。そのお願いは常人では考えられないオーダーだった。