「…どうしてそう思ったの?」
美雲が問いかける。操縦桿を握りながらあの場で提示された情報を総合したものだった。
「簡単な話だ。ウィンダミア人は寿命が短い…あれ程までに強力な生体フォールドを感じ取れる
「……」
それが比喩で無いとすれば?尊大な態度を取る美雲であってもその言葉の意味を考えれば多少なりともそれが鳴りを潜めるのは当然であった。
「だがまぁ…今日聞いたことを口外するなよ」
「どうして?」
「本人が気にする、伝染し周りが気を遣って歌わせないようにする。それにフレイアに気にかけている
「そう…厳しいのね」
「当然だろう?まだ、不確定要素だ。余計な事で意欲を下げる必要もない。私の方でも調べてみる。幸いにして”ケイオス”は先史文明や生体フォールド研究、遺伝子工学の資料は腐るほどあるからな。…それに戦わずともこの戦争を平和的に終わらせられる可能性があるならそちらの方がいいだろ。私も…お前の歌を聞くなら平和の中で聞いていたいからな」
そう告げ機体を翻し”アイテール”へ帰還アプローチを掛けた。
この世界…大元となる想像主たるプロトカルチャーが産み出したのが人類…それらを元にこのブリージンガル球状星団に生きる人間は別の生物の遺伝子を掛け合わされて産み出されている…まるで元いた世界と変わらない。この世界も
「…わかった。黙っておく。それに貴女にそう言われちゃ頷くしかないわ」
そう告げる美雲はウィンダミア人の寿命問題などにはさして興味の無さそうな声色だ。実際彼女には他人の寿命など…いや他人に興味を持たないのだろう。彼女の興味は”歌”に関することだけ向けられている。しかし、自分の”歌”に関して評価は人一倍敏感だった。エミリアの言葉ならば尚更だった。妙に聞き分けがいい事を少し笑った。
「…そうしておけ」
「でも…どうしてそんなことを貴女は気にするの?」
そう問われた時、私の口を突いて出た言葉を聞いた美雲は先程よりも深く息を吸った気がした。
「…私も人の業によって産み出された殺すという非生産的な事しか不出来な人間だからな」
「………」
その言葉に美雲は黙って聞いている。
自分が元いた世界では姉のクローンであり、殺し合いを演じ躊躇うことなく引き金を引いた。
多くの人間を殺し死んだ筈の人間が生きてこの世界にいる…成すべきことがあるからだとエミリアは思っていた。
「殺すこと以外に出来ることを…私は見つけたいのかもしれない。殺すことではなく活かすことで戦争を終わらせられる…そんなことを。お前達の歌を聞いてそう思えたんだ」
嘲笑うように告げその美貌に翳りが出来た。
「……そう。私と同じね。歌うために私は生まれてきた」
しかし、告げるエミリアの表情はキャノピー越しに照り返す月の光は顔色を窺い知ることは美雲には出来ず、
ただ後ろの座席から手を伸ばしスロットルレバーを握る手に添えられた。
スロットルレバーに添えられた美雲の手のひらを重ね返した。
「私は命令のまま敵を殺す…
「ええ…歌うだけでも満足なの。でも…貴女の出会って歌うこと以外で生きる意味を探せると思ったの。貴女も探せるわ」
その言葉にエミリアは思案する。戦うために生み出されたが今は成り行きで戦いに身を投じている。だが”歌”と言う娯楽に触れて殺す以外の方法を探し出せるのではないか?この後ろにいる同じ境遇の少女、と考えた。
「…お互いに不器用、と言うわけか」
自らの心の内を共有した二人は更に砕けた口調になって、笑い合いながら親密になる。
しかし、未だお互いに決定的な
◆ ◆ ◆
翌日”アイテール”格納庫。
ウィンダミア率いる”空中騎士団”との戦闘は避けられない。戦場での命を守るために規定訓練に精を出していた。
しかし、一方でエミリアは参加しておらず同場所の研究室で資料とにらめっこしながら作業していた。
その合間に演奏中にVF-19を自動操縦できるAIシステムをトライアンドエラーを繰り返しながら製作している。が…此方に関しては自らの戦闘データ(C.E世界での覚えているモビルスーツの戦闘データを再現と可変戦闘機での此方のログ)を学習装置に叩き込み様々な状況を想定し繰り返し学習させていた。”ケイオス”の仮想空間内を再現できるスパコンを用いていた。
「…とは言ったものの。かき集めた資料を片手に遺伝子工学と生体フォールド研究をするというのは中々骨が折れるな」
目頭を押さえながら砂糖と生クリームをマシマシにしたコーヒーを啜りながらモニターを見つめていた。
飲み込んだ糖分が凝り固まった頭を凝り解す。
美雲との遊覧飛行の翌日。エミリアはアーネストへ掛け合い”ケイオス”がアクセスできる生体フォールドや遺伝子工学に関する情報にアクセスできる権利を借り受けモニターとにらめっこしていた。
「ヴァール化現象…V型感染症…どれも身体の細胞や臓器に悪性がフォールドしてる…だが、共生することは可能と…これはヴァールシンドロームに応用できそうだが…一端置いておいて。それよりもウィンダミア人の寿命問題だな。データはフレイアの採血と皮膚片から遺伝子データを遣わせて貰おう…一番いいのは実物サンプルがあればいいのだが」
マッド染みた考えが頭をよぎったがそれではブルーコスモスの連中と同じになってしまうため却下した
ウィンダミアはつい最近まで鎖国惑星だったのだ。生体サンプルは出回っておらずましてや彼らに対する遺伝子治療というのは行われていない。ましてや敵対勢力となった彼らの救いの手を差し伸べるもの達はいないだろう。ましてや新統合軍に関しては辺境のいざこざという考えなのだろう。アラドに一度提案してみたが渋られた。政治的な折衝があるということだ。
(何処も同じか。だが、好きにやらせて貰おう)
バレなければ問題ない理論で動くことにしたエミリア。その考えが姉に似ている事に気がついていなかったが問題ないことだった。
◆ ◆ ◆
「ん…?」
研究が一端の区切りを向かえた所で研究室から出ると艦内の外から見える景色はすっかりと夜となっていた。
フレイアが肩を落として街へ向かおうとしているのが見えた。声を掛けようとしたがその後ろ姿へ声を掛ける度胸はなかった。
甲板へ出る入り口から外へ出ると夜風に辺り風が紫色の髪をたなびかせる美雲の姿があった。
隣り合うように位置取って手摺に肘を掛けた。
「また、なにか言ったのか?」
「別に?特にこれと言うことは言っていないわよ」
「嘘を言うな。あのリンゴ娘が落ち込むのはお前にダメだしされた時だろう…」
そう言うと美雲は少しだけ口角をあげた。
「さっきまで風の歌い手の歌を口ずさんでいたのよ」
「あの戦闘で聞こえた歌か?」
「ええ。そしたらあの子が来て…つい思わず言っちゃったわ。『貴女からはなにも感じない』って」
そう当然のように告げる美雲に流石のエミリアも呆れた表情を浮かべる。
「お前な…」
「私を満足させるだけの歌を歌えないのが悪いのよ」
「だが、期待しているから辛辣な言葉を掛けるんだろ?素直じゃないな…お前」
「………」
美雲に顔を向けそう告げる。
隣にいる美雲は顔を背けた…そこはかとなく頬が赤いように感じたのは気のせいだったかもしれない。
「…さて、晩御飯だ。お前も行くか?」
「ええ。貴女の奢りね」
◆ ◆ ◆
「み、美雲さん」
「あら、フレイア。また会ったわね」
裸裸娘々は盛況…はいつにも増して盛況だった。
一階のフロアでは世話しなく注文と配膳が繰り返されておりチャックの妹弟達が威勢良い声を挙げていた。
そんな人が多い場所で食事を取りたくない、という理由で美雲と共に二階のスペースで酒盛りしているハヤテと共に食事をしていた。そしてそこには落ち込んでいたフレイアと遭遇し若干の気まずさがあったがそこは美雲の我を行くスタイルで無視していた。
「人が多すぎね」
「確かにな。仕方がない。戦争すればその分人も金も動く…戦争ってのは経済の一種の姿だからな」
「詳しいじゃない」
「専門家だからな」
「なんかエミエミとクモクモ…」
「距離近くない?あと親密…怪しい匂いがプンプン…」
「女の子同士の…禁断の…!」
(それを言うならお前達の方が怪しい…というか隠してない、のか?)
そう和気藹々?と語りながら其々が好きなものを注文し食事している姿を後ろから見ているレイナとマキナがハンモックにもたれ掛かりながら興味深そうに見ているし酒盛りしているチャックが羨ましそうに見てハヤテは黄昏ていた。
食事は終わったものの、まだ夜は終わらず男子達はここが寮で家なので戻る必要はなくやけ酒をしていたりレイナとマキナがエミリアの肌へ触れて感想を述べている。
「モチモチの肌…赤ちゃんのよう。あんな男も真っ青な食事をしているというのに…ずっと」
「エミエミ~今日は抱き枕にしていい?」
と危ないことを言い出したので顔を近づけてくるのでジト目になって顔を近づけ来るマキナの頬を押し退けるようにはね除ける。
「やめろ、全く…………ん」
突然として肩に重さが掛かる。どうしたのか、とそちらへ視線を向けると少しだけトロンと視線が定まっていない美雲がそちらにいた。
「?どうした美雲。顔が赤いが」
「なんでもないわよ?…ひっく……」
「……酒を飲んだなお前」
「ひっく……チャック少尉達が飲んでてぇ……おいしそう、だったからぁ…ひっく」
良く見るといつの間にか食事していた空いた皿の隣にクラフトビールの空が置かれていた。
酔いが完全に回っているのかトロんとした表情をして何時ものミステリアスな雰囲気は何処へやら、愛らしい雰囲気に変わっていた。
「全く…」
肩を貸すように座り直すと美雲は安心しきったのか寝息を立ててしまった。
この場所で眠らせるわけには行かないので抱き抱え…所謂お姫様抱っこをして二階に併設しているソファーへ横たわらせる。
その光景にこの場に集う全員が驚愕している。
「く、クモクモが見たことない顔してる…!?」
「レア…とってもレア…!」
後ろで女子二人が騒いでいるが無視して心地よさそうな微睡みをしている美雲の頬に触れてから離れもとの場所へ戻る。ふと、男共が会話していた内容が気になったので質問してみた。
「所で…なんでお前達は黄昏て愚痴っている男二人はメッサーに絞られたか?」
そう告げると男二人は「うっ…」と呻いた後に落ち込んでいる理由を説明してくれた。
どうやら空中騎士団達とやりあうために訓練を行っていたらしいがメッサーにこてんぱんにやられたらしい。
事実エミリアがこの世界に流れ込んだお陰か、実力が向上し史実よりも技能が向上していた。メッサー相手にハヤテ達三人で押さえられない。
「…まぁ無理もない。実際にメッサーはこのラグナ”ケイオス”支部の屋台骨の一人だからな。チャック少尉はともかくとしてハヤテ、お前が一番未熟なのだから仕方ないだろう。まあ…ミラージュ少尉は…真面目だからな」
そう言われハヤテは反論しようとしたがそれが事実であり訓練後にメッサーに何かを言われたからか、押し黙ってため息を吐いた。
飛び方に関してレイナが一言告げるとマキナがうんうん、と頷く。
「メサメサのジクフリちゃんは睡眠バッチリの化粧乗りばっちし!」
「逆にハヤテのジークフリードはボロボロカサカサ…徹夜明けの肌みたい」
「メッサーのジークフリードは赤ちゃんのようにモチモチ柔肌…」
そう告げてレイナはマキナとエミリアの頬を触った後に胸を突っついてくる。
マキナは恥ずかしそうにしてエミリアは鬱陶しそうに優しく手を退けた。その光景を見てチャックは酒が入った顔が更に顔を赤くしていた。
「ええと…どう言うこと?」
「エンジンの使い方と機体の負荷が殆どない、ってこと」
「逆にハヤテの機体は一度出撃すると総メンテメンス必須」
「ああ、なるほど…」
そう言われてチャックは苦笑しハヤテはそっぽを向いた。自覚があるのだろう。話題の矛先はエミリアに向いた。
「それに引き換え…エミエミのエクカリちゃんはアスリートみたいに無駄がない。鍛えた完成された身体みたい」
「遊びがない女…でもプロフェッショナル」
「つまりは?」
「損耗箇所が少なくて機体に掛かる負荷が最小限で機体性能を十二分に引き出してるってこと。そもそもエクスカリバーは玄人向けのピーキー機体だから。機体はそのパイロットの技量を写す鏡、と言われている」
「成る程…確かに”ジークフリード”も前進翼機体の先輩だからな…ん?」
「そんな機体を操れる…一体こっちに来る前の世界でどんな機体に乗っていたの?」
「あ、それ私も気になってた!」
チャックの疑問にレイナが気がつき問いかけるとマキナが手を上げて質問する。それに伴って男性陣も気になっているようで視線を向けていた。
「…普通の軍の正式採用量産機だぞ?それを私専用にカスタムしただけだ。一応私も特殊部隊の隊長だったからな。専用機ではあったが」
「え、それだけ?」
「それに動力源が違う。あっちの世界は核分裂動力炉が封じられバッテリー動力だった」
「え…?」
機動兵器をバッテリーで動かすことに驚きを示す。彼らからしてみればバルキリーがバッテリーで動いていると置き換えればそうもなるだろう。
「バッテリー…!?十八メートル近い機体をバッテリーで動かしていたのか?」
「ああ…詳しいことは割愛するが両軍そんなものだった。まぁ戦争最終盤で専用機体に乗っていた…あれは核動力機体でがおおよそ一般人が乗りこなせるような機体ではなかったかもしれない」
核動力機体…に伴った潤沢なエネルギーを用いた高出力ビーム兵器、高度な空間認識能力が必要なオールレンジ装備、大出力スラスター…おおよそマトモな人が扱える機体ではなかっただろう。
だがそれ以上に
「それじゃ今機体にマーキングしてるのも前の部隊章ってこと?」
「ああ。だがその事は整備班に伝えていなかったんだが…?」
「あーそれね?なんかこう、ヴィヴィっと来ちゃったの!」
どうやら犯人はマキナだったらしい。しかし、ビビッと来たとは一体どう言うことなのか。
「でも、流石は”
チャックがそう告げるのを聞いてエミリアは首をかしげた。
「”
「?知らなかったのか?お前さん今”ケイオス”内部でそう言われてるだぞ。『聖女と割れた棺桶』を背負ってる深紅のバルキリーを見たらそいつはあの”紅蓮の聖女”だってのをこの間の戦闘で空中騎士団とやりあってた最中にヴァールに乗っ取られた新統合軍の兵士が呟いてたんだ。”紅蓮の悪魔”ってな」
「味方にとっては”聖女”。敵からしてみれば”悪魔”他ならない…」
そうレイナに言われて苦笑いを浮かべた。
「そうか…敵への威圧行為には十分だな。『彗星の魔女』よりは通りが良い」
「彗星の」
「魔女?」
レイナ達がキョトンとした表情を浮かべていた。
「前いた世界での私の二つ名だ。まぁ、今となってはどうでも良いが…」
ここで会話を終えてハヤテとフレイヤを見た。
「見返して見せろ。お前にはそのポテンシャルがあるんだからな。それに…フレイア。気に掛けていないやつに美雲は言葉を掛けないぞ?」
そう告げるとハヤテがピクリと反応しフレイアは「はっ…!」と分かり易すぎるリアクションを取ったのを見て苦笑した。
「…まぁでも私を倒したり美雲に唸らせないと意味ないがな。」
「一言余計だ!!」「ひ、一言余計やんよ!」
その言葉に二人を除く全員が笑い声をあげる。
「止まることを選択しなければ成長は続く。躓いても立ち上がれ。新米」
まだまだ成長できる見込みがある二人だ。諦めさえしなければ止まることはないのだ。
◆ ◆ ◆
「アイテール」可変戦闘機格納庫。
——ジーナス家の、あの天才の孫娘……!——
——あの二人の偉大な才能を継いでいれば……!——
自機VF-31Cの冷たい装甲を前に、嘗て新統合軍に所属していた頃に浴びせられた言葉がリフレインし、ミラージュは思わず顔を歪めた。
——飛び方は正確だ。だが正確すぎて軍事教本そのままで飛んでいる。それではエースには勝てない。——
——お前の飛び方は綺麗すぎる。それでは隙を突かれるぞ。——
そして、ここケイオスに赴任して以降、上官たちから受けた指摘が重なる。
正確無比だが面白みがない。型にはまりすぎている。偉大な血脈の名にそぐわない——誰もが直接そう口にせずとも、眼差しがそう語っていた。
「私は……ここで、なにをしているんだ……」
「ここでなにをしているんだ、ミラージュ少尉?」
「っ……エミ……レインズブーケ中尉」
背後からの声にハッとして振り返ると、そこには上官となったエミリアが立っていた。咄嗟にファーストネームを避け、硬くファミリーネームで呼んでしまったのは、彼女の名が畏怖する叔母と同じであることへの無意識の躊躇いだった。しかしエミリアは気にした様子もなく、ただ静かにミラージュを見つめている。
「……考え事か?」
「……はい。中尉は……誰かと比べられたことは、ありますか?」
自然と、言葉が漏れ出ていた。相手が外世界からの漂流者であり、同時に己と同じく「ジーナス」という名の重みを知る者かもしれないという期待が、ミラージュに心情を吐露させていた。祖父や叔母という巨大すぎる影に押し潰されそうな重圧、己の存在が掻き消えていくような恐怖を、静かに打ち明ける。
エミリアは遮ることなく最後まで聞き終えると、どこか懐かしむように、そして自虐的な笑みをほんの僅かに浮かべて口を開いた。
「……少尉。私が外世界からの漂流者だというのは聞いていたな?」
「ええ。」
「私の父は地球連合軍の将校、母親は遺伝子工学の権威……そして姉は、地球連合軍のエースパイロットだ。私はその妹……君と同じく、常に誰かと比べられ、誰かの影として生きてきた」
「……っ」
思いもよらぬ言葉にミラージュは息を飲んだ。目の前の上官もまた、逃げ場のない比較の渦中で生きてきた一人だったらしい。そして見知らぬ土地へ放り出された事への不安も当然あるだろう。
「確かに肉親が偉大すぎると、自分の存在が霞んでしまう。そう感じてしまうのは仕方のないことだ。……だがな、光が強ければ強いほど影を塗りつぶす、というのは正確じゃない。光が強ければ、その分だけ足元の影もまた濃くなる。塗りつぶされるのを待つな。影が濃いなら、自分でその影を塗りつぶせばいい」
エミリアの言葉は、ミラージュが抱いていた「自分は消されかけている」という被害意識を、鮮やかに覆していく。
「肉親の威光なんて、利用してやるくらいの気軽さがなければ押し潰されるぞ。もっと気軽に行け。歴史に残るほどの偉業なんて、それこそ英雄と呼ばれる奴らの仕事だ。お前の祖父母や叔母のように、第一次星間戦争やバロータ戦役なんて大事……経験できないし、そもそも経験したくもないだろ? 少尉、お前はできる範囲で、身近な人から認められるように頑張ればいいだけさ。……味方を一人守れるようになれば、それだけで立派な勲章ものだ」
不可能な高みを目指して焦燥していた心に、温かい水が染み込んでいくようだった。完璧な”ジーナス”という家名であろうとする必要はない。目の前の味方を守る——その現実的な一つ一つの積み重ねこそが、自分という存在の証明になるのだと。
「……中尉は、お強いのですね」
吐き出すように呟いたミラージュの顔から、先ほどまでの刺々しい険が消えていた。
「今までの特訓を次の戦闘で発揮して見せろ。……では、私はやることがあるので失礼する」
エミリアは軍人としての冷徹さと上官としての厳しさを取り戻すと、踵を返して格納庫の通路へと歩き出した。
「ありがとうございます……中尉!」
背中に向けて、ミラージュは力強く敬礼を捧げる。長年彼女の心を縛り続けていた血脈への劣等感が、ほんの少しだけ薄らいでいくのを感じていた。
——肉親への悪感情を募らせていると……後で後悔するぞ。
立ち去るエミリアの口元から零れ落ちた最後の呟きは、しかし、エンジン音の響く格納庫の残響に消え、ミラージュの耳届くことはなかった。
◆ ◆ ◆
後日デルタ小隊と”ワルキューレ”に出撃命令が下った。
エリシオンが分離した”アイテール”がフォールドし戦闘宙域へ突入すると既に戦火が広がっている。
同じ軍に所属している筈の”VF-171”同士が打ち合いを繰り広げ
「惑星イオニデスで”ヴァールシンドローム”が発生!既に七十パーセントの新統合軍が操られて空中騎士団も出撃している模様!今までの借りを返してやれ!」
アーネストの檄が飛び其々が所定の位置に着き出撃準備を終えていく。
「”エアリアルⅡ”起動を確認、安全脱出装置の動作確認を終了…システムオールクリア」
VF-19advanceへ乗り込みOSと操縦システムを確認し機体を立ち上げていく。
火器管制、機体制御、ISC確認完了したタイミングで格納庫のガントリークレーンが機体に近づき装備を装着していく。
『スーパーパック、プロジェクションユニット接続』
『アルファ、ベータ小隊はポイントチャーリーの防衛を。デルタ小隊はポイントエコーへ急行せよ!今までの借りを返してやれ!』
『デルタ小隊各機カタパルトヘ!』
発信準備が整い各機体がカタパルトへ運ばれていく。
今回エミリアはバンドとしては参加せず純粋な戦闘要員として参加だ。
アラドがハヤテへ初となる宙域戦闘となるため空戦機動や推進材の残量注意を促す。ハヤテとミラージュが上官二人(メッサーとエミリア)を見返すために今まで訓練してきたことを示す場でもあった。
背面の甲板からピンポイントバリアで守られたステージがリフトアップしメンバー其々が名乗り上げる。最後に美雲が締め括った。
「聴かせて上げるわ…女神の歌を!」
「「「「「超時空ヴィーナス”ワルキューレ”!!!!!」」」」」
お馴染みの名乗りと共に『Walkure Attack!』のイントロと同時にデルタ小隊が一斉に出撃した後、第一カタパルトよりエミリアの機体…”エクスカリバー”が姿を現す。同時に”エクスカリバー”のコンソールにモニターされた美雲の顔が映りウインクしたのを確認し不敵な笑みを浮かべ告げた。
「…デルタ6、エミリア・レインズブーケ”エクスカリバー”発進する!」
”紅蓮の聖女”が飛び立つ。放たれた”聖剣”は眼前の敵を屠るためその力を解放した。
「そこだッ」
同時に機体翼懸架されたレールマシンガンとアンチマテリアル・ライフルが火を吹き操られた機体が撃ち抜かれ機能停止をして見せる。機体のロックオンシステムや索敵より前に姿をとらえて見せたのだ。
『なっ…!?』
「一撃で!?」
その光景にハヤテとミラージュが驚くがそれらを無視し既に出撃し機体を無力化させるために飛び込む。
トップスピードで出撃し機体をファイター状態のままスラスターを逆噴射し、急減速を掛け強引に機首を上げる。
ベクターノズルから青白い光が噴き出し、過酷なGが体にめり込むのを意にも介さず、エミリアは目の前をすれ違ったVF-171の背後へ回り込んだ。
「遅いッ!」
ガウォーク形態になり両脚が展開し、主翼下に懸架されたレールマシンガンが咆哮を上げる。
追尾レーダーの反応を待たず、エミリアの感覚だけで放たれた電磁弾頭は、ヴァール化した新統合軍の兵士が操るVF-171のエンジンブロックを的確に削り取り、コクピットを傷つけることなく戦闘不能へと追い込んだ。
『す、すげえ……! レーダーのロックより早く撃ち落とした……!?』
『ハヤテ、見とれている暇はありません! 私たちも行きますよ!』
『ああ!』
通信越しにハヤテとミラージュの驚愕の声が響くが、エミリアの意識は既にその先——暗黒の宇宙空間を圧倒的な速度で切り
裂いてくる”白銀の軌跡”へと向けられていた。
『デルタ6!そっちに”白騎士”が向かった!』
通信越しにアラドの声が響く。そちらへ視線を向けると敵機体が真っ直ぐに此方へ向かっているのを確認した。
白騎士、キース・エアロ・ヴィンダミア。
Sv-262HS ドラケンIIIの鋭角的なシルエットが他で展開しているデルタ小隊の面々を易々と突破し、一直線にデルタ小隊…エミリアの”エクスカリバー”へ向かってきた。
「来たか……白騎士」
エミリアの目が鋭く細められる。
”エクスカリバー”のコンソールに警告アラートが鳴り響くより早く、キースのドラケンIIIがビームガンポッドを連射。蒼白い光線が宇宙を切り裂く。
「させるか!」
エミリアはVF-19advanceの機動性を極限まで引き出し、バレルロールでビーム群を回避。即座にバトロイド形態へ変形させると同時に、左腕部シールドへ追加ハードポイントしているユニットへエネルギーを回した。
「試作品の威力を試させてもらう……!」
VF-19の腕部ピンポイントバリア発生装置のエネルギーを極限まで集束・固定化し、エミリア自らが理論構築し組み上げた近接光刃——高密度のプラズマ粒子を包み込む光の刃が、エクスカリバーの左腕ユニットから抜刀した円筒状から眩いエメラルドグリーンに揺らめいて伸張する。
「なに…!?」
瞬時にバトロイドへ変形したキースのドラケンIIIが、試作型ソードバレルを構え、直角に折れ曲がるような次元を超えたドッグファイトで肉薄する。
「風を汚す者め……!俺に剣を抜かせるだと…!?」
キースの冷徹な声が通信のノイズを抜け、ふたつの機体がバトロイドと言う巨躯が宇宙の闇の中で激突した。
「ほう…?ジンのように実体剣を装備していたか!」
キースの実体剣と、エミリアの”バリアサーベル”が衝突し、暗闇の中に激しい光花が飛び散る。
互いのバリア同士が干渉し合い、凄まじい力と力が交錯する。キースの剣技は寸分の狂いもない絶対的な精度。対するエミリアは、VF-19が誇る狂暴なまでの機動力と自身の異常なまでの動体視力・予測精度でそれを受け止め、押し返す。
「その感覚器官で風を掴むのはどうやら真実のようだ…”白騎士”!」
「風を読んだだと…?その二つ名は伊達ではないようだな”紅蓮の悪魔”!」
ドラケンIIIが脚部スラスターを噴射し、超至近距離で離脱。
そのままガウォークへと変形し、旋回しながらレーザーを照射してくる。エミリアはプロジェクションユニットから散布されたフォールド波干渉粒子を流れに、機体を反転させた。
『ーーーーーーーーーーーーー、ーーーー!(エミリア…)』
エミリアを想いながら『Walkure Attack!』の重厚なビートと美雲のボーカルがコクピット内に響き渡る中、2機の可変戦闘機は光の尾を引いて高次元のドッグファイトを繰り広げる。
「そこだ…!」
エミリアは左翼のアンチマテリアル・ライフルを死角から旋回させ、ドラケンIIIのメインノズルへ向けて精密照準。だが、キースはまるで未来を知っているかのように機体を僅かに捻り、弾丸を装甲一枚の差でかわす。
「ちっ…!」
「捉えたぞ…!」
キースのドラケンIIIが瞬時にファイターへ変形、慣性を無視した急減速でエクスカリバーの背後を取る。機首の機関砲が照準を合わせ、死の光線が放たれようとした——その瞬間。
「甘いッ!」
エミリアは機体の限界出力を超えるオーバーロードを敢行。ISC(慣性制御システム)が悲鳴を上げ、パイロットに狂暴なGが襲いかかる。だがエミリアはその痛みを咆哮でねじ伏せ、機体を逆半転。バトロイド状態のままバリアサーベルを逆手に持ち替え、背後から迫るドラケンIIIの機首へ向けて振り下ろした!
バリバリバリッ——!
光刃がドラケンIIIの機首装甲をかすめ、ピンポイントバリアを破壊。キースもまた瞬時に可変し剣で受け流すが、衝撃波でドラケンIIIの機体が大きく揺らぐ。
「私の前で、背後を取ったと思うな!」
「ちいっ……!だが手痛い負傷だな!」
「おのれっ…!」
互いに距離を取り、素早く可変しファイター形態へ戻り暗黒の宇宙空間で対峙するふたつの影。銃弾とビームが飛び交う。
「…エネルギー分配が多すぎたか?」
損傷したドラケンIIIの機首から火花が散り、左腕を破壊された。しかし、エクスカリバーの右腕からも余剰放熱によってオーバーヒートを示す警告が点滅する。そして再び交差しバトロイドに変形し刃を交え切り結ぶ。
援護に入ろうとした他空中騎士団が目の前の光景に驚きを隠せない。
「左腕が!?白騎士様が追い詰められている、だと…!?」
「援護に入らねば…」
「バカ言え!あの場に割って入ったらこっちこそやられる…うわっ!?」
通信していた空中騎士団の一機がエミリアによって片手間に撃墜される。
戦火が拡大する衛星軌道上、美雲を皮切りにテンポを上げて『Walkure Attack!』へと雪崩れ込むワルキューレの歌声が、暗闇の宙域へ粒子となって拡散していく。
ヴァールシンドロームにより狂気に囚われ、味方同士で殺し合っていた新統合軍のVF-171群。そのコクピット内で、赤く発光していた兵士たちの両目が、生体フォールド波の旋律を受けて徐々に本来の光を取り戻していく。
「……な、なんだ!? 俺は、一体何を……!」
「うあぁぁッ! 仲間を……撃っていたのか!?」
正気を取り戻した兵士たちが混濁した記憶と激痛に錯乱する中、デルタ小隊は間髪入れずに介入する。
『パニックを起こすな! 操られていただけだ、安全宙域へ退避しろ!』
アラドのVF-31Sがナイフを二刀流で構え、襲いかかる暴走機の四肢の関節のみを正確に切断。チャックのVF-31Eが精密射撃で追撃の武装を削ぎ落としていく。
さらに、連携を見せるのはハヤテとミラージュだ。
『ミラージュ、左を押さえろ!』
『言われなくても!』
ハヤテのVF-31Jが、まるでダンスを舞うかのような鋭い逆噴射と「インメルマン・ダンス」の軌道で敵機の頭部ビーム砲を吹き飛ばして抑え込むと、すかさずミラージュのVF-31Cが追撃の機関砲でスラスターのみを沈黙させる。不器用ながらも完璧に噛み合ったコンビネーションにより、殺すことなく次々と新統合軍機が無力化され、正気を取り戻した兵士たちはアイテールの誘導に従い戦線から離脱していく。
だが、その救護と沈静化の旋律を断ち切るように、宙域を切り裂いて急襲してきたのは空中騎士団のSv-262ドラケンIII群だった。
「くそっ…!?”白騎士様!”紅蓮の悪魔”…め!風の威光を遮る、偽りの歌姫どもめ!」
最年少の騎士、ボーグ・コンファールトのSv-262Baが、ワルキューレの特設ステージを遮る防壁へ向けて急降下する。その照準が、必死にルンを光らせながら歌い続けるフレイア・ヴィオンを捉えた。
ボーグの瞳に、敵国の戦術音楽ユニットとして歌う同胞の姿が映り込む。激しい憎悪と裏切りへの怒りが彼の幼さを残す顔を歪ませた。
「風の王国の血を引く者が、地球の狗どもと歌うだと……!?その汚らわしいルンを輝かせおって…! 裏切り者がッ!!」
ボーグの叫びとともに、ガンポッドから放たれたビームがフレイアへ迫る。
フレイアはその言葉と、自分に向けられた殺意の光線に一瞬呼吸を詰め、歌声がぐらりと揺らいだ。ルンの光が小さく明滅する。
『フレイアッ!!』
その危機を救ったのは、縦横無尽に宇宙を駆け巡っていたハヤテのVF-31Jだった。
ガウォーク形態へ変形した機体が小惑星の破片を蹴り飛ばして加速し、ボーグ機の死角から滑り込む。
「フレイアに手を出すなッ!」
ハヤテ機が豪快な飛び蹴りを放ち、ボーグのドラケンIIIを強引に弾き飛ばす!
「くっ……小癪な地球人が!」
体勢を崩したボーグ機をテオとザオのユッシラ兄弟が挟み撃ちでフォローに入るが、ハヤテは小惑星群を盾にした変幻自在のドッグファイトで二人を翻弄し、追撃を許さない。
一方で、一瞬歌を途切れさせそうになったフレイアの隣で、美雲・ギンヌメールは微動だにせず、圧倒的な歌声でヴァール波をねじ伏せ続けていた。視線すら前に向けたまま、美雲は冷徹なまでの鼓舞をフレイアへ投げかける。
「くだらない言葉に足元をぐらつかせるなんて……そんな覚悟で、全銀河に歌を届けるつもり?」
「……! 美雲、さん……」
怯えそうになる自分を強く踏みとどまらせ、フレイアは胸のペンダントを強く握りしめた。
”裏切り者”と言う言葉は彼女を酷く動揺させた。
「私は…」
しかし、その頭上のルンの輝きは未だ小さく、美雲に言われた言葉でマイクを下げてしまった。
「歌えないのなら下がっていなさい。歌う覚悟が決まっていないものが立てる程ステージは甘くないのよ」
「…ッ!」
空中騎士団の老練ヘルマンやユッシラ兄弟が繰り出す猛攻を、メッサーのVF-31CとアラドのVF-31Sの”ジークフリード”が前線で食い止め、ワルキューレの歌声が再び完全な共鳴となって宙域全体を包み込んでいく。
一方、ヘルマンに付き従う空中騎士団の一人が戦果を挙げる為協力しミラージュの”ジークフリード”を追い込んでいく。
そしてハヤテはミラージュを助け出す為に、機体を、コックピットを狙い撃墜した。ハヤテは自らの引き金で人を殺したことに愕然としてしまった。しかし、寸前ので脱出した若い空中騎士団の騎士はヘルマンに回収されていたが知る由はない。
ヴァール化の呪縛から解放された統合軍の部隊が次々と脱出を完了し、ワルキューレの歌に押された空中騎士団は、ハインツの「風の歌」があれば逆転可能だったが今は届いていない。前回の戦いで疲弊し参加できない為だ。
波長干渉と戦況の悪化を悟り、撤退のシグナルを灯さざるを得なくなっていくのだった。
キースは揺れる機体の視界の中、エクスカリバーを睨みつけ、バトロイドからファイターへ変形し機首を反転させる。
洗脳が解除され次第に新統合軍がデルタ小隊へ参加しようとしているのを見て多勢に無勢と感じ取ったのかその場から立ち去って行く。
「やはり、貴様を倒さねば風を吹かすことは出来ないようだ。”紅蓮の悪魔”……今度はその剣、手折らせて貰おう…!」
機体がフォールド波の残光を残して離脱していくのを見送りながら、エミリアはすぅ、と息を吐き、バリアサーベルの出力を落とし左腕シールドユニットへ格納した。ふと、コンソールの美雲のモニターが満足げに微笑むのが見えたので微笑み返した。
「……ふん、逃がしたか。だが、聖剣の切れ味……少しは見せられたようだな」
”バリアサーベル”の性能は十分であり所定の性能以上を発揮してくれた。
「帰投次第、”バリアサーベル”のエネルギー出力の調整をしなくては」
エミリアは満足し”エクスカリバー”をファイターへ戻し翼を広げ、”アイテール”へ帰投するアプローチを取った。
「しかし…メッサーの挙動が少し可笑しかったようだが…」
先の戦闘でメッサーの”ジークフリード”の挙動が一瞬だけぎこちないように見えたのは気のせいだったかもしれないが…その事を頭に入れて戦火の残る宙域で静かに次の指令を待つ。
次の戦いは直ぐにやって来るだろう。
「しかし、無茶をさせ過ぎたか?」
機体の修理をするアイシャの顔を思い浮かべ少しだけ苦いモノへ変わっていた。