ウマ娘のための朝時間   作:あーふぁ

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1話

 私は期待をかけられていたウマ娘だ。

 

 顔はずっと見続けていたいほどの、突出しすぎていない顔立ちを持っている。

 左のウマ耳には白いフリルリボンを回すようにつけている。

 髪は淡い栗色で肩まで伸びるセミロング。背は157。胸は83。

 私の落ち着いた雰囲気と、けれど穏やかさと余裕のある様子から『おだやかな春を連想させるかわいさ』だと周囲の人たちから言われた。

 やや低い声だけど、透明度が高いと感じる歌は好まれていた。

 ダンスは得意ではなく、そこは平均よりも下ぐらいだけど。

 

 学業はよく先生たちからの期待も高い。

 走るほうはトレセン学園での選抜試験では1位のシンボリルドルフの次、1バ身差で2位という順位。

 数多くの強いウマ娘を輩出しているシンボリ家でも3冠を期待される子に迫ったということで私の評価は高いものだった。

 デビュー戦では2着に3バ身差をつけての勝利。

 私をスカウトしてくれた若い男性トレーナーも喜んでいたし、ライブのときはテンションがとても高く、私が勝ったことに嬉しすぎて涙を流していた。

 でも私にかけられた期待はそこまでだった。

 

 2回目のレースは10人中、下から2番目だった。

 3回目、4回目、5回目。どれも勝てなかったし、最下位に近い順位しか取れなかった。

 私の両親は1回勝つだけでもすごいと言ってくれたし、大好きな祖母からは心を潰されなければお前はやっていける子だよと暖かい言葉をくれた。

 だから期待から一転、深い失望を受けても頑張った。

 

 はじめのうちは期待をかけてくれたトレーナーでさえも私というミラクルオトメの弱さに失望していく。

 私はルームメイトであるシンボリルドルフと比較され続けていた。

 デビュー以来勝てていない私、ミラクルオトメと皐月賞を勝ったルドルフ。

 トレーナーは私に対してトレーニングをつけていたが、次第に熱がなくなり罵倒が増えていった。

 そして私は自分に自信をなくしていき、明るい未来に期待していたデビュー戦後と違い、自分の能力に絶望し役に立たないことに落ち込んで無気力になっている。

 高等部2年の今、将来性のなさに落ち込んでしまっている。

 

 そんな日を過ごしている4月の後半。

 授業が終わった放課後、トレーナーに呼び出された私は制服のまま、バッグを持ってトレーナー室へと来ている。

 目の前にいるパリッとしたスーツを着ているトレーナーは、普段は私に対する態度はあきらめの雰囲気だったけど、今日は爽やかに明るい表情を浮かべている。

 

「やぁ、ミラクルオトメ。来てくれてありがとう。今日はお前に伝えたいことがあってね」

「次のレース日が決まりましたか?」

「いいや。そんなことの話じゃないさ。新しく2人のウマ娘をスカウトできてね。明日からはそっちに力を入れようと思うんだ。次の子たちはコーナーリングが実にうまいんだよ」

 

 私に向けられていない、希望で満ちている元気な言葉を聞き、ついに契約を解除されるのかと思った。

 私はトレーナーに言われるまま走るトレーニングをしてきた。

 ダンスやボーカルレッスンは詳しくないと言っていたから、そこは学園講師の人と一緒にやっていたけど。

 今までは私自身のためというよりも、トレーナーのために頑張ってきた。私を選んでくれたトレーナーが喜んでくれるように。

 私のような成長しないウマ娘のために使わせた時間を無駄と思わせたくなかったから。

 

「契約を解除するってわけじゃない。俺はお前の栄養指導や練習メニューを作らなくなるだけだ。お互いに契約を取り消すと面倒になるだろう? 俺には失敗という汚点が付き、お前はトレーナーを探すのは大変だからな」

 

 練習メニューを作らない。それは私を見限ったということ。

 この言葉を聞いた瞬間に、意識が遠くなりそうな感覚が来て倒れてしまいそうなほどに絶望感が来る。

 それは走るためのレースウマ娘にとって重い言葉だ。心はどうしよう、なんでこうなったのとざわつくがトレーナーの前で騒いでも変わることは何もない。

 1回だけ深呼吸をして、わずかに落ち着いてから冷静に言葉を選んで口に出す。

 

「自主的に練習をしろ、ということですか?」

「走りたいレースはお前が好きなのを選んだら登録はしてやる。それまで来なくてもいい。話は以上だ」

「わかりました。決まったら来ます」

 

 私は軽く頭を下げ、足に重りがついたかのような足取りでトレーナー室をゆっくりと出て扉を静かに閉める。

 部屋にいたときは絶望感と自身の能力のなさを悲しんでいたけど、1人になるとそういう気持ちが薄れていく。

 代わりに満たされたのは無気力感だけ。

 今の季節は4月中盤だというのに、私の気分は分厚い氷に閉ざされた冬景色の中にいるかのような。周囲が見えず、これからどこへ歩いていけばいいかという気持ちになる。

 

 私とトレーナーは契約をしているけど、干渉しないから自由にやれという状況へ変わった私のこれから。

 トレーナーから契約破棄を申し込むと周囲の評価が悪くなるから、私から破棄を申し込ませたいのかな。

 今の状況はよくないけど、私程度の能力では新しく契約してくれる人なんていない。いたとしても今のトレーナーと同じで扱いはそんなに変わらないと思う。

 

 ストレッチしてランニングをするのが私のトレーニングの始まりであるけど、今日ばかりはジャージに着替える気分じゃない。

 今は何をしても気分がよくないから今日は休もう。そして前向きに考えよう。ダンスやボイスレッスンは講師に頼めばいいし、走るのは独学でもなんとかなるかもしれない。

 だから、これから元気を出すために栄養ドリンクを買おう。

 そう目的を決めると練習するウマ娘たちの元気な声を聞かされ、うらやましく思いつつ学園内をとぼとぼと歩いて出ていく。

 学園の外へ出るとランニングをしているウマ娘たちとすれ違い、友達と会ったときはお互いに軽く手を振りあう。

 そのときに私は笑顔を出せていたかな。暗い気持ちを見せつけて嫌な気持ちにさせちゃったかなと悪い方向にばかり考えてしまう。

 買い物をすませたら寮の部屋に戻ってロックとジャズの音楽を聴きつつ、ルドルフのダジャレを聞いて寝ようと決める。

 

 なんとか明るい気持ちになろうとしながら歩いていると、学園から最も近いドラッグストアへと着いた。

 ここに来るのは半年ぶりで、前に来たときは散歩中に立ち寄って菓子パンを買ったことを思い出しながら自動ドアの扉をくぐり、明るい店内へと入っていく。

 店内にあるかわいいポップや色鮮やかな商品が並べられている棚を通り過ぎ、栄養ドリンクが並べられている場所にたどりつく。

 

「たくさんあるなぁ……」

 

 自己主張が強い商品ラベルに戸惑い、どの商品を買うか悩む。今まではトレーナーに言われるまま食事制限などをしていたから、どれが今の自分と合うのかがわからない。

 長期的に買うなら医薬部外品の安いのを選べばいいけど、漢方が入っている高いのも効果が良さそうだ。

 どれを買うか決まらず、ひとまず店内をぐるりと歩いて考える時間を取ることにする。

 入浴剤やシャンプー歯磨き粉などをぼぅっと眺めていると、ふと懐かしい商品が目に入ってくる。

 地味なデザインのパッケージがあるのはお(きゅう)だ。本格的なお灸ではなく、手軽にできる台座付きのワンタッチお灸というタイプのものが。

 

 トレセン学園に入る前は祖母と一緒によく使っていた。トレーナーがついてからは年寄りくさいからやるなと言われていたっけ。

 栄養学とストレッチで健康を目指している人だったなぁ。

 お灸のパッケージを手に取り、祖母との記憶を思い出す。

 祖母は体調に合わせてお灸をしていて、私はそれを不思議に思い、興味を持って一緒にやっていた。

 よみがえる記憶にはお灸であるヨモギの香ばしい香りと、肌を温める高い温度。そして、祖母のおだやかな表情だ。

 お灸の効果は祖母を見て知っているし、多くのツボを教えてもらった。自分で体験し、その効果もわかっている。

 匂いと煙が出るから部屋では使えないという欠点があることも。

 これからはトレーナーに頼れないから自分自身で体調を整える必要がある。そのためには昔から慣れ親しんでいるお灸を使うしかない。

 私は栄養学や理学療法士などの勉強をする時間は多く取れないから。だから知っている知識を使ってやっていかないと。

 

 手に持っていた箱を持ち、別な商品棚からロングライターを取ってからレジへと向かう。

 その足取りは軽く、今日から新しい自分になっていこうと決意しているからだと思う。

 買ったものをバッグに入れると、来たときよりも明るい気分でまっすぐ寮へと帰る。

 それからはジャージに着替えてストレッチをしたあとにランニングを1時間ほどやっていく。

 

 川の堤防沿いで静かに走っていると、今日の出来事は放置されたというのだけでなく、自由にできるという良い面も考えられる。

 今までは自分の意見は言えず、トレーナーが考えたメニューをやるだけだった。自主的に走るということは楽しく、今まで義務としてやっていたときよりも気分が軽い。

 これからは走るメニューを考える必要があり、今までやってこなかったから苦労をすると思う。

 けれど、罵倒されながら走って負けるよりも楽しんで走って負けるほうがずっといい。

 できれば勝ちたいけど、勝ちたいという欲求がすごく強くないから近いうちに引退はすると思う。でもそのときに後悔をあまりしない自分でいたい。

 そういう考えをしてランニングを終え、寮へと戻る。

 

 時刻は夕方の6時。まだ日は明るく、部屋のベッドで寝転がりながらスマホを使って調べものをする。

 調べるのはランニングメニューについてだ。芝のマイルをメインとして走る私にとって、今までトレーナーが考えたのより向いているのはあるかなと思って考えているとルームメイトのルドルフが帰ってきた。

 

「ただいま、オトメ」

「おかえり、ルドルフ」

 

 制服姿で帰ってきたルドルフはいつものように明るく挨拶をしてくる。いつも心が疲れていた私は暗い返事かできていなかったけど、今日は爽やかに返事ができたと思う。

 返事にちょっと驚いているルドルフは私と同じクラスで、生徒会長をしている子だ。

 身長は私より高い165㎝で、いつも堂々としているかっこいい姿は同じ女性でありながら時々惚れそうになっている。

 

「今日は明るい顔だな、オトメ。いいことがあったみたいでなによりだ」

「いいことっていうか、今日から自由になったからだと思う」

「ほう? あのトレーナーが君の希望を聞いたということか」

「ううん、違うよ。あまりにも私に才能がないから、もう練習は見ないって」

 

 ルドルフはバッグの中身を自身の棚に入れている途中だったけど、すばやく私をじっと見つめてくる。

 耳は後ろにちょっとだけ倒れている。

 

「それはつまり、契約が解除されたという?」

「それだとお互いに周囲からの評価が悪くなるから契約は続けたままだよ」

 

 片付けを止めてバッグを置くと、ルドルフはベッドで寝転がっている私のそばへと座ってきた。

 詳しいことを聞きたがっていたので、聞かれるまま答えていく。

 今までルドルフには私の待遇が悪くなっていくことは軽くしか言っていなかった。あまり心配をかけるのも悪いなぁと思って。

 でも今回は全部を言った。

 トレーナーが私の代わりに新しいウマ娘ふたりをスカウトしたこと。そのための労力を私から振り向けたから、これからは自分でメニューを考える必要だっていうのを。

 私の話を聞いていくほど、ルドルフは不機嫌そうに尻尾でバシバシと私のベッドを叩いている。

 

「なるほど、話はわかった。つまりは君のトレーナーに圧力をかければいいということか」

「私の能力が足りなかっただけだよ。もっと雑に扱われるウマ娘だっているし。いま契約を切られたら大変になるから、放置でもいいかなって」

「しかしだな。今よりも練習を見てくれるトレーナーはいるはずだ。君はいつだって真面目に考えすぎる」

「自分で限界を見つけちゃった私には、新しく契約してもうまくいかないよ」

「……私は君の友人だと思っている。だからこそ心配をするんだ」

「ありがとね。そう言ってもらえるのは嬉しい。助けてほしいときはすぐに言うよ」

 

 ほほえんでそう言うとルドルフは後ろに倒していた耳が真上へとピンと立ち、荒れていた尻尾の動きが収まる。

 3秒ぐらいのわずかな時間が経った後に耳を横に倒して素早く私の片手を掴むと、両手で握り嬉しそうな顔をする。

 

「あぁ、もちろんだとも! 今すぐ私のトレーナーに相談してメニューを作ってもらってもいい!」

「嬉しいけど、いらないわ。自分の力で頑張ってみたいの」

 

 私がルドルフに頼ることはあまりないためか、返事をするとすごく喜んだ姿を見るのは新鮮だ。

 いつも決められたトレーニングに迫られていて、周囲の様子を見るという意識すらなくなっていたのに気づくことが今日できた。

 勝つことだけに意識を向けすぎていて、思い出してみればルドルフに冷たく当たっていたことも数多くあった。でもこうして私のために頑張ろうとしてくれるルドルフのことは嬉しい。

 普段はルドルフのギャグについて相談を受けて意見を出すことや、一緒に遊びへ行くだけだった。でももっとルドルフのことを知ってもいいかもしれない。

 話をしたあとは一緒に寮の食堂でご飯を食べてから部屋に戻り、私にとって良いトレーニングメニューとはなにかを2人で考えた。

 こうしてトレーナーに見放された1日目が終わる。

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