BIOHAZARD: Re-Genesis   作:ヨシフ書記長

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これにて、バイオハザード5は終わりです。


火口の饗宴

不気味な重低音を響かせ、タンカー最深部の格納庫で、巨大な漆黒のステルス爆撃機が発艦の時を待っていた。そのミサイルポッドには、世界を塗り替えるためのウロボロス・ウィルスが大量に装填されている。

甲板での圧倒的劣勢から死に物狂いで撤退してきたアルバート・ウェスカーは、タラップの手前で踵を返した。

 

彼を追いかけてきたクリス・レッドフィールドとシェバ・アロマが、息を切らしながらアサルトライフルを構え、銃口を突きつけている。

 

「お前たちの執念には感心するが……これですべて終わりだ」

 

ウェスカーは、必死に平静を装いながら冷徹な紅い瞳で二人を見下ろした。

 

甲板で自らの最高傑作である「ウロボロス・アヘリ」が、名も知らぬ化け物(エリザベート)に一瞬で喰われたという絶対的な異常事態。その恐怖はまだ彼の背筋にへばりついている。だが、ミサイルの準備は完了している。このまま飛び立ち、大気圏上空からウィルスを撒き散らせば、自分の完全なる勝利は揺るがないはずだった。

 

「行かせないわ、ウェスカー! そこで止まりなさい!」

 

シェバが鋭い声を響かせ、銃を構え引き金に指をかける。クリスもまた、限界まで張り詰めた空気の中でウェスカーの超スピードを警戒し、全身の神経を研ぎ澄ませていた。

だが、三人の一触即発の空気を切り裂いたのは、格納庫のさらに上部、作業用キャットウォークから響いた、場違いなほど軽やかな笑い声だった。

 

「ククク……。相も変わらず、せっかちな男だな、アルバート」

「……!」

 

ウェスカーの身体が、弾かれたように声の方向へと向く。

非常用ランプの赤い光に照らされながら、鉄製の階段をゆっくりと降りてくる二つの影。

 

漆黒の巨人セバスチャン――その頑強な肩の上に、まるで特等席の玉座に座るかのように優雅に腰掛け、真っ白なワンピースの裾を揺らす銀髪の少女、エリザベートの姿があった。

彼女の背後には、驚くべきことに、先ほど甲板でアヘリを構成していたはずの「黒い触手」が、まるで意思を持つ外套のように、彼女の身体を守るように穏やかに蠢いていた。

 

「スペンサー!なぜ私のウロボロスを制御できている……!」

 

余裕をかなぐり捨て、剥き出しの殺意を放つウェスカー。

それを受け、エリザベートはセバスチャンの肩の上で、少女の可憐な仕草でくすくすと笑い、滑らかに言葉を紡いだ。

 

「貴様の作り上げたウロボロスとやらは美味かったぞ? だが、少々期待外れだったな」

「何だと……?」

「適合という言葉の定義すら、お主は忘れてしまったのか? お主のウロボロスは、あまりにも宿主を拒絶する毒性が強すぎる。適合できなければ暴走し、あのような醜い黒い肉塊に覆われるとは……いやはや。貴様といい、あのウィリアム・バーキンといい……惜しい所を外す天才だな」

「貴様ァッ……!!」

 

ウェスカーの額に、太い青筋が浮かび上がる。

『バーキン』――かつて共にアンブレラで競い合い、最後は自らが生み出したG-ウィルスに呑まれて醜悪な怪物へと成り果てた男。自らを唯一無二の「神」と定義するウェスカーにとって、ウロボロスを失敗作のG-ウィルスと同類だと、それも最大の皮肉で切り捨てられたのだ。

 

「私を失敗作と同列に語るか、スペンサー……! 貴様の老いぼれた妄想などとうの昔に終わっている! 私のウロボロスによる選別だけが、弱者を淘汰し、この腐りきった世界を真の新世界へと導くのだ!」

 

ウェスカーが怒号を響かせるが、エリザベートは出来の悪い生徒を見るような溜息でそれを遮った。

 

「セルゲイのような素体が見つかるまで、数多の犠牲の上で新人類の理想郷を作ろうとしているようだが……死体の山を築いて少数の生存者を拾うなど、進化でも何でもない。ただの乱暴な『選別』に過ぎん」

 

エリザベートはセバスチャンの肩の上から冷ややかな目でウェスカーを一瞥し、重くドロドロとした嫌悪感を込めて吐き捨てた。

 

「貴様のような優生主義の選民思想は、まるであのNSDAPを見てるようで胸糞が悪くなるわ。俗物が…底が浅いのだよ、アルバート」

 

その一言は、ウェスカーの自尊心を根底から粉砕する決定的な一撃だった。崇高な神の計画を…「ありふれた時代遅れの選民思想」だと鼻で笑って切り捨てられたのだ。

 

「……黙れッ! 貴様だけは、ここで確実に殺す!!」

 

完全に理性を焼き切られたウェスカーが、人間離れした超スピードで床を蹴り飛ばした。

 

残像すら残さない踏み込み。極限まで研ぎ澄まされたウェスカーの身体が、一瞬でセバスチャンの眼前へと肉薄する。ターゲットは、その肩の上で不敵に微笑む銀髪の少女。

ウェスカーの鋭い前蹴りが、空気を切り裂いて放たれた。

だが、その一撃が届くよりも早く、彼女を乗せたセバスチャンが動いた。

 

――ドォォンッ!!!

 

セバスチャンは丸太のような左腕を盾のように突き出し、ウェスカーの音速の蹴りを真っ向から受け止めた。激しい衝撃音が響き渡り、格納庫の床に亀裂が走る。

 

「ほう、小癪な玩具を盾にするか……!」

 

ウェスカーは即座に死角へと回り込み、超高速の手刀と回し蹴りを連撃として叩き込む。

しかし、セバスチャンはエリザベートを肩に乗せたまま、寸分も軸をぶらすことなく、その巨体からは想像もつかない『異常な反応速度』で猛攻をすべて捌いていく。

 

「何だ、このタイラントは……!? 私の動きが完全に読まれている……!?」

 

ウェスカーが驚愕に目を見開いた時、防いだセバスチャンの皮膚の下で、不気味な脈動が走ったのが見えた。

 

衣服の隙間から覗く首筋や腕に、赤黒い奇怪な触手が蠢いている。それは、かつてラクーンシティに投入された追跡者(ネメシス)の脳髄に寄生していた『NE-α寄生体』に酷似していた。

エリザベートが自らの手で極限まで調整し直し、セバスチャンの脊髄に直結させた改良型NE-α。それがウェスカーの筋肉の微細な収縮を敏感に感知し、超音速の動きすらも先読みして防御行動を強制実行させていたのだ。

 

「ふふ、どうしたアルバート。自慢のスピードが、ワシの従者一人に手こずっているようだな」

 

エリザベートはスカートの裾を優雅に整えながら、チェスの対局でも観戦するかのように愉しげに笑っている。

 

「舐めるなァァッ!!」

 

ウェスカーはセバスチャンの防御の要である腕を強引に弾き飛ばし、その巨躯の体勢をわずかに崩させた。

 

(今だッ!!)

 

セバスチャンの体勢が崩れ、肩の上のエリザベートが完全に無防備になった、その一瞬の死角。

ウェスカーは三次元的な軌道で頭上へと跳躍した。狙うは、かつて欧州の古城で、老いぼれたスペンサーの心臓を貫いた時と全く同じ、鋼鉄をも容易く貫通する『貫手』。

 

(死ねェッ! スペンサー!!)

 

全エネルギーを右腕に集中させ、憎悪とともに突き出した手刀が、真っ白なワンピースに包まれた少女の胸の中央へと放たれる。クリス達が息を呑む中――。

 

――ズブブッ……!!!

 

肉を裂き、骨を砕く手応えなど、一切無かった。

ウェスカーの神速の手刀は、間違いなくエリザベートの胸に突き刺さっていた。だが、それはまるで『底なしの泥沼に腕を突っ込んだ』かのように、深々と、不気味な水音を立てて沈み込んで停止した。

出血はおろか、彼女は微かな痛痒すら感じていない。

 

「な……!?」

 

ウェスカーの顔に、明確な驚愕と焦燥が走った。

腕を引き抜こうと全力で脚を踏ん張るが、ビクともしない。エリザベートの体内を構成する変異細胞が、突き入れられたウェスカーの右腕を瞬時に包み込み、逆に彼の細胞やエネルギーを、掃除機のようにドクドクと恐ろしい勢いで吸収し始めていたのだ。

 

「馬鹿な……私の力が、吸い取られている……ッ!? 離せぇ……離せッ!!」

 

狼狽し、醜く叫ぶ「神」を自称した男を前に、エリザベートは胸にウェスカーの腕を深く沈み込ませたまま、愛おしい我が子を見つめるような、最高に歪んだ微笑みを浮かべた。

そして、抜け出そうともがくウェスカーの端正な頬を、白い小さな手で優しく、ゆっくりと撫でた。

 

「よしよし。父の偉大な胸に、もう一度飛び込みに来たかったのか?」

「……ッ!?」

「それとも父と一緒になりたいのか? 歓迎するぞ? 母胎帰還願望というのはあると言うからな……フフフ……」

 

精神はかつてのアンブレラ総帥たる『父』でありながら、肉体は若き『母胎』であるエリザベート。その矛盾に満ちた二面性をこれ以上ないほど悪趣味にひけらかし、ウェスカーの殺意を「親元へ帰りたい幼児の甘え」として嘲笑う。

 

「き、貴様ァァァアアアッ!!」

 

ウェスカーの顔が、屈辱と、生まれて初めて味わう本能的な恐怖で醜く歪む。

 

彼がこれまでの人生で築き上げてきた「超越者」としての絶対的な自信が、底知れぬ怪物であるエリザベートの冷たい肉壁の中で、ボロボロと音を立てて崩れ去っていく。

 

細胞が融解し、彼を構成するエネルギーが津波のように吸い出されていく。全身の血液が逆流するような激痛が、ウェスカーの脳内を真っ白に染め上げた。

 

(このままでは……私のすべてが、この怪物に喰い尽くされる……!)

「うおおおぉぉぉッ!!」

 

ウェスカーは凄まじい咆哮を上げると、驚異的な膂力をもって、エリザベートの胸に囚われていた自身の『右腕』を、根元から強引に引きちぎった。

自らの肉と骨、神経が無理やり引き裂かれる凄惨な音が格納庫に響き渡る。ウェスカーは肩口から赤黒い鮮血を大量に噴き出しながら、なりふり構わず全力で後方へと跳躍した。

 

残像すら残さない神速の退避。しかしそれは、死に物狂いで牙城から逃げ出す敗北者の動きそのものだった。

ザッと数十メートル後方の鉄板の上に乱暴に着地したウェスカーは、膝をつき、大きく肩を揺らして荒い息を吐いた。最高位の捕食者に「概念ごと」奪われた右腕の欠損はすぐには塞がらず、切断面から黒い触手が苦しげにのたうち回っていた。

 

一方、エリザベートの胸元に残されたウェスカーの右腕は、生き物のようにうぞうぞと蠢いていたが、やがて彼女の白い肌から噴き出した赤黒い粘液に絡め取られ、底なしの泥沼のように体内へと引きずり込まれていった。

 

「ふむ……」

 

エリザベートは自身の胸元を愛おしげに撫で、小さく舌を鳴らした。そして、その紅い瞳を、痛みに顔を歪める不肖の息子へと向ける。

 

「なるほど…貴様の肉体に馴染んだこの『力』…。ふむ…」

「……ッ、貴様、何を……」

「かつて、貴様にバーキンを通じて手渡した試作品の変異型(プロトタイプ)――アレを貴様に投与させたことは、すべてワシの計画通りよ」

 

その言葉に、ウェスカーの呼吸が完全に止まった。

彼が洋館事件で自らの死を偽装し、超人として生まれ変わるために打ったあのウィルス。それは自らがアンブレラを出し抜き、バーキンから手に入れた「切り札」だったはずだ。

 

「宿主の肉体と長きに渡る適合を果たした時、それがどのように熟成し、どのような進化を遂げるのかという実験……。然し、抑制剤が無ければ、安定しないというのは…期待外れな部分だが…そこは試作品仕方ないか。だが、実にいい実験結果を示してくれた。感謝しよう、アルバート」

 

エリザベートは、これ以上ないほど邪悪に唇を歪め、残酷な事実を宣告した。

 

「お主の肉に十数年かけて刻まれたデータ、確かに受け取ったぞ。……やはりお主は、ワシの最高の実験体(モルモット)だ。貴様の試作品との違い…ワシの中にあるのは完成品だからな」

 

自分が神へと至ったと思い込んでいたその道のりすらも、すべてはこの怪物の掌の上でのデータ収集に過ぎなかったのだ。

 

「ウェスカーが……あのウェスカーが、腕を捨てて逃げ出すなんて……」

 

シェバが戦慄に声を震わせる。クリスもまた、目の前の光景が現実のものとは信じられず、冷たい汗を流していた。

 

切り離した右腕が完全に貪り尽くされる様を見せつけられたウェスカーは、失った右肩を押さえながら、すべてを奪われた憎悪と殺意に満ちた目でエリザベートを睨みつけた。

 

「まだだ……!まだ終わらん……!」

 

かつてない絶望の淵に立たされたウェスカーは、残された左手で、ウロボロス・ミサイルを満載した爆撃機のハッチへと手を伸ばす。自身のプライドを、野望を完遂するため、漆黒の機体の中へと血を滴らせながら姿を消すのだった。

 

アルバート・ウェスカーが逃げ込んだ漆黒のステルス爆撃機は、ウロボロス・ミサイルを抱えたままタンカーのハッチを飛び立ち、アフリカの夜空を引き裂いた。

しかし、彼の「神への飛翔」は、文字通り地に墜ちることとなる。

機体に乗り移ったクリスとシェバによる決死の抵抗。そして何より、エクセラが遺したウェスカー専用のウィルス抑制剤『PG67 A/W』を隙を突かれて過剰投与されたことで、彼の体内のウィルスバランスは完全に崩壊した。

 

右腕を失ったことによる尋常ならざる体力低下と、抑制剤による猛毒化。神速を誇った彼の動きは鈍り、もはやクリスたちを圧倒する力は残されていなかった。

操縦桿を破壊された爆撃機はコントロールを失い、赤々と煮えたぎる活火山の火口へと真っ逆さまに墜落していった。

 

――ゴガァァァァァァンッ!!

 

鼓膜を破るような轟音と共に機体は粉々に砕け散り、マグマの海に浮かぶ岩場に炎を上げて横たわった。

灼熱の熱波と黒煙が立ち込める中、ひしゃげた装甲の隙間から、一人の男が這い出してくる。

 

「……ぐ、おぉぉ……っ」

 

アルバート・ウェスカー。

かつては常に冷静沈着で、すべてを見下していた男の顔には、もはや見る影もない。PG67 A/Wの影響で眼球は異常な赤色に濁り、血管が皮膚を突き破らんばかりに隆起している。失われた右肩の切断面からは、制御を失った黒い触手が無惨に、そして痛々しく蠢いていた。

 

(私が……選ばれし絶対者であるこの私が、こんな所で終わるというのか……!)

 

ウェスカーは血を吐きながら、マグマの向こう岸で立ち上がるクリスとシェバを睨みつけた。

彼の脳内を支配しているのは、自身の野望を幾度も打ち砕いてきた目障りなハエに対する怒り。そして何よりも――たった数十分前、自らのすべてを「実験結果」と嘲笑い、絶対的な力で右腕ごとプライドを喰いちぎった、あの『少女の姿をした創造主』への凄まじい怨嗟だった。

 

「クリスゥゥゥ……!! そして、スペンサァァァアアアッ!!」

 

血を吐くような絶叫が火口に木霊する。

 

「貴様らだけは……私の邪魔をする虫ケラ共だけは、絶対に許さん……ッ!」

 

ウェスカーは狂乱の中、ひしゃげたミサイルポッドから無惨にこぼれ落ちていたウロボロス・ウィルスの巨大なコアへとふらつきながら歩み寄り、失われた右腕の断面――その傷口を、直接コアの中へと深々と突き刺した。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

本来ならば、完全な抗体データを持たない今の彼がウロボロスを取り込めば、エクセラのように自我を失い暴走する危険性が高かった。だが、今のウェスカーにはそんな理屈はどうでもよかった。彼を突き動かしているのは、神としての純粋な憎悪だけだ。

 

ドクンッ、と脈打つような音が響き、コア内のウロボロスがウェスカーの肉体に強引に結合していく。

黒い触手が失われた右腕を補うように爆発的に膨れ上がり、鋼鉄の破片を巻き込みながら、巨大で異形の「触手の腕」を形成した。彼の胸部には赤く明滅するコアが露出していく。

 

「死ねェェェッ! クリスゥゥゥッ!!」

 

自我と狂気の狭間で怪鳥のような咆哮を上げ、ウロボロスの瘴気を纏ったウェスカーは、クリスとシェバを道連れにすべく、灼熱の岩場を蹴り飛ばして襲い掛かった。

 

クリスたちと異形のウェスカーによる、文字通りマグマの上での死闘。

だが、その地獄のような光景を、遥か頭上から「観劇」している者たちがいた。

 

「ふふふ……あはははは。見ろ、セバスチャン。あのアレクサンダー大王のごとき野望を語っていた不肖の息子が、今や泥まみれになって喚き散らすピエロに成り下がっておるわ」

 

火口の最も高い断崖絶壁の上。

タンカーからトライセル社の輸送ヘリを奪い、先回りしてこの火山に降り立っていたエリザベートは、従者であるセバスチャンの頑強な肩の上に座り、白い脚を子供のようにプラプラと揺らしながら、眼下で繰り広げられる死闘を見下ろしていた。

熱風が彼女の銀髪と白いワンピースを揺らすが、彼女の周囲だけは、絶対的な冷気と狂気が支配している。

 

「あそこまで滑稽だと、いっそ哀れを通り越して愛おしくなってくるな。……だが、それもまた人間の愚かで美しい所よ」

 

エリザベートは、ウロボロスの触手を振り回し、無様にマグマに足を取られながらもクリスに執着するウェスカーを、まるで出来の悪い喜劇のクライマックスを楽しむ貴族のように、頬杖をついてニヤニヤと眺め続けた。

 

死闘の末、ついにウェスカーの限界が訪れた。

クリスの決死の攻撃と、シェバの援護射撃によって胸のコアを破壊されたウェスカーは、バランスを崩し、断末魔の叫びと共に煮えたぎるマグマの海へと転落していった。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 

マグマに半身を焼かれながらも、ウェスカーは決して諦めようとはしなかった。彼の執念がウロボロスをさらに暴走させ、巨大な触手を伸ばしてクリスたちが乗る岩場を引きずり込もうとする。

 

その時、上空からロープが垂らされた。

 

ジョッシュとジルが操縦するBSAAの救出ヘリが、間一髪のところで二人を迎えに来たのだ。

ヘリに飛び乗り、安堵の息をつくクリスとシェバ。しかし、ウェスカーの触手はヘリのスキッドを執念深く掴み、共にマグマの底へ引き摺り下ろそうとしていた。

 

「クリス! シェバ! これを使って!!」

 

キャビンからジルが投げ渡したのは、二丁のロケットランチャー。

クリスとシェバはそれを受け取ると、互いに頷き合い、マグマの中で業火に焼かれながらも叫び続ける宿敵へと照準を合わせた。

 

「これで……最後だッ!!」

 

二発のロケット弾が火線を描き、ウェスカーの顔面へと直撃する。

凄まじい爆発が起こり、アルバート・ウェスカーという男の野望、執念、そして「神」としての存在は、火山のマグマと業火の中に完全に消え去った。

 

「……終わったな」

 

クリスが深く息を吐き出し、ランチャーを下ろす。シェバもジルも、長きに渡る戦いの終結に、ようやく緊張の糸を解いていた。

しかし――。

飛び去ろうとするヘリの窓から、ふとクリスが火口の縁を見上げた時のことだった。

 

「……っ!?」

 

クリスの心臓が、早鐘のように跳ね上がった。

絶壁の上。煮えたぎるマグマの赤い光に照らされた崖の頂に、一人の男の巨体と、その肩の上に座る「白いワンピースの少女」の影がはっきりと見えたのだ。

 

少女――エリザベートは、ヘリの中のクリスたちと完全に視線を交わしていた。

彼女は、自身の最高傑作がマグマに沈んだというのに、一切の未練も悲哀もなく、ただ面白くて仕方がないというように、ニヤリと、おぞましいほどに深い微笑みを浮かべてみせた。

そして、小さな手をヒラヒラと振って「別れの挨拶」までしてみせたのだ。

 

 

「あ、あいつは……タンカーにいた……!」

 

シェバが息を呑み、言葉を失う。

神を名乗った最悪の男は死んだ。しかし、その背後には、ウェスカーの手には余る、文字通り「底の知れない怪物(スペンサー)」が、世界に解き放たれてしまった。

 

その圧倒的で純粋な悪意の微笑みを前に、クリスたちの背筋に、熱帯のアフリカにいるはずもない氷のような冷たい悪寒が走った。

真の恐怖は、終わっていなかったのだと――クリスたちはゾッとするような戦慄と共に、赤く染まる空へと飛び去っていくのだった。

 

 




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