BIOHAZARD: Re-Genesis   作:ヨシフ書記長

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やりたい所をかけました。

これが書きたかった。長いけどよろしくお願いします。


新たなアンブレラ
蒼き誕生


ラクーンシティの消滅から十数年。

 

かつてアンブレラの私設部隊『U.B.C.S.』の若き傭兵だったカルロス・オリヴェイラは、いまや歴戦の凄みを持つタフな男へと成長していた。南米のジャングルから中東の紛争地帯まで、裏社会の硝煙の匂いと共に生き抜いてきた彼だったが、数日前に届いた「招待状」には流石に眉をひそめざるを得なかった。

 

『出所不明のクライアント』

『具体的な任務内容は一切不明』

『ただし、指定された日時に指定の場所へ来れば、前金として一生遊んで暮らせるほどの莫大な報酬を約束する』

 

いかにも胡臭い、罠の匂いしかしない誘いだった。だが、カルロスの中に燻る闘争本能と、奇妙な胸騒ぎが彼をこの場所へと導いた。

 

「一体何だってんだ……」

 

指定された大都市の雑居ビル。その隠しエレベーターから下った先にある広大な地下ホールに足を踏み入れたカルロスは、周囲を見渡して低く呟いた。

 

そこには既に、百人近い筋骨隆々の男たちがざわざわと集まっていた。傭兵崩れ、正規軍の特殊部隊上がり、あるいは――。

 

(……見覚えのある面構えだな)

 

カルロスは目を細めた。彼らの立ち振る舞いや装備の扱い方、そして独特の連帯感。間違いない。ここ数十年の間に世界中に散り散りになった、元U.B.C.S.や『U.S.S.』の残党たちだ。

崩壊したはずのアンブレラの亡霊たちが、なぜこんな場所に集められているのか。

 

異様な空気がホールを包む中、突如として正面の巨大なスクリーンに電源が入り、眩い光が空間を照らし出した。ざわめきが止み、傭兵たちの視線が一斉に画面へと向けられる。

そこに映し出されたのは、筋骨隆々の司令官でも、冷酷な企業の重役でもなかった。真っ白なワンピースに身を包んだ、銀髪の可憐な少女だった。

 

『フフフ……』

 

スピーカーから、少女の愛らしい声が響く。だが、その声の奥底には、背筋が凍るような老獪さと、何百年も生き抜いてきた絶対的な支配者の響きが潜んでいた。

 

『あれほどの餌を撒けばここまで寄ってくるとはな。三十年前と、なんら変わらんようだ』

 

二十年前。アンブレラが自らの野望のために非合法の特殊部隊を設立する為、ソ連崩壊により…血に飢えた猟犬たちをかき集めたあの時代。その言葉の真意に気づいた一部の古参傭兵たちが、どよめきを漏らす。

 

「おい、あのガキ……何を言ってやがる?」

「二十年前だと……?」

 

画面の中の少女――エリザベートは、ふんぞり返るようにして不敵な笑みを浮かべ、紅い瞳を細めた。

 

『さて、諸君……私は弱兵は要らん。ワシの復讐のためには戦力と人員が必要だ。なので、諸君には只今より試験を行う……』

 

パチン、と。エリザベートが画面の中で細い指を鳴らす。

 

――ガションッ! ガガガガガッ!!

 

重厚な機械音と共に、ホールの金属製の床が次々とスライドし、地下から無数の「武器ラック」がせり上がってきた。最新鋭のアサルトライフル、ショットガン、グレネードランチャー、そして大量の弾薬。

突然の事態に、カルロスを含む傭兵たちが反射的に武器へと手を伸ばす。

しかし、エリザベートの「試験」はそれだけでは終わらなかった。彼女がもう一度、パチンと指を鳴らす。

 

――シュゴォォォォ……ッ!

 

ホールの四方を囲む防圧ゲートが一斉に開き、そこから 這い出てきた『異常な気配』に、屈強な傭兵たちの息が完全に止まった。

 

「嘘だろ……!」

「あ、あああ……ッ!!」

 

ズルリ、と長い舌を床に這わせ、剥き出しの脳髄を揺らす醜悪な赤い怪物『リッカー』。そして、鋭い大鎌のような爪を打ち鳴らし、爬虫類のような眼球で獲物を睨みつける緑色の悪魔『ハンター』。

 

かつてラクーンシティを地獄に変え、アンブレラの主力B.O.W.として数多の命を屠ってきた死神たちが、何十体という群れを成して包囲を完了していた。

 

「冗談じゃねえ! なんでこんな所にアイツらが……!」

 

カルロスは咄嗟に一番近くのラックからアサルトライフルを掴み取り、安全装置を解除した。背中に冷たい汗が伝う。あの悪夢の記憶がフラッシュバックする。

傭兵たちがパニックに陥り、銃口を構えて後ずさる中、怪物たちは何故か一切動こうとしなかった。涎を垂らし、今にも飛びかかりそうな姿勢のまま、まるで『主人の命令を待つ忠犬』のように完璧な待機状態を維持しているのだ。

 

リッカーやハンターが、ここまで完全に制御されているなど、カルロスの常識ではあり得ないことだった。

画面の中のエリザベートが、最高に歪んだ愉悦の笑みを浮かべて口を開く。

 

『安心するといい。私の指示がない限り、諸君らを襲わない……。このB.O.W.を倒せるかどうかが、諸君らに課す試験だ。では……実験を始めよう』

 

その言葉が、血塗られた試験の開始の合図だった。

 

「行け」というエリザベートの冷酷な囁きと共に、今まで静止していた怪物たちの目に、制御された狂暴な殺意が宿る。

 

キィィィィィッ! と鼓膜を裂くリッカーの咆哮と、ハンターの地を走るような跳躍。カルロスはライフルの銃床を肩に引き寄せ、地獄の蓋が再び開いたことを悟りながら、迫り来る緑色の悪魔に向かって引き金を引いた。

 

 

硝煙の噎せ返るような匂いと、緑色の体液が床に散乱する凄惨なホール。

静寂を取り戻した空間に響くのは、荒々しい息遣いと、重い金属音が床に転がる音だけだった。

 

「クソッ……死ぬかと思ったぜ……」

 

カルロス・オリヴェイラは、空になったアサルトライフルの弾倉を吐き出しながら、忌々しげに悪態をついた。

 

足元には、完全に沈黙したハンターとリッカーの死骸が積み重なっている。百人近くいた傭兵のうち、命を落とした者は意外にも少なかった。彼らが世界中を渡り歩いてきた歴戦の猛者であったこと、そして何より、あのB.O.W.たちが「ただ殺すため」ではなく、明確に「試験の相手」として絶妙に制御されていたためだ。

 

しかし、肉体的なダメージ以上に、精神的な後遺症が彼らを蝕んでいた。

 

「ヒッ……ああ、来るな……来るなァッ!!」

「俺は……俺はラクーンから逃げたんだ……!!」

 

あちこちで、頭を抱えてうずくまり、嘔吐する者たちがいた。かつてのラクーンシティの地獄、あるいは世界各地のバイオテロで味わった極限のトラウマ(PTSD)を容赦なく抉り出され、完全に心が折れてしまったのだ。

 

「悪趣味にも程があるぜ……ッ!」

 

カルロスが血まみれの額を拭い、スクリーンを睨みつけたその時だった。

 

――ウィィィィン……!

 

ホールの奥、スクリーン下部のステージが静かにせり上がり始めた。そこに立っていたのは、先ほどまで画面越しに見下ろしていた真っ白なワンピースの少女――エリザベートと、その背後に控える漆黒の巨大な男、セバスチャンだった。

 

「君達は合格だ」

 

少女は血の海と化したホールを見渡し、まるで花畑を歩くような軽やかな足取りでステージの端へと進み出た。

 

「再びワシの『傘』を支える権利を、諸君らに与えよう」

「なんだと……?」

 

息を弾ませていた傭兵の一人が、血走った目で少女を睨みつけた。散々化け物と殺し合わせ、トラウマを抉り出した挙句、上から目線で合格だと抜かす目の前の小娘に対し、限界まで張り詰めていた彼らの怒りが爆発した。

 

「ふざけるなッ! 小娘に指図される筋合いはねぇ!!」

「こんな胸糞悪くなるモンと戦わせやがって……ぶっ殺してやるッ!!」

 

怒りに我を忘れた大柄な傭兵が、アサルトライフルを放り捨て、ステージによじ登って少女に掴みかかろうとした。

だが、その手が少女の白いワンピースに触れるよりも早く。背後の漆黒の巨人が無造作に一歩踏み出し、大柄な傭兵の顔面を鷲掴みにした。

 

「がっ……!?」

 

巨人はそのまま、百キロを超えるであろう屈強な男の身体を、まるで羽虫でも払うかのように片手で軽々とホールの奥へ投げ飛ばした。

ズガァァンッ!! と防圧扉に激突した傭兵は、ピクリとも動かなくなる。その圧倒的で非人間的な膂力に、カルロスを含む全員が息を呑み、思わず後退した。

 

「……控えよ、下郎」

 

先ほどまでの愛らしい少女の声ではない。冷え切った地下空間の底から響き渡るような、重く…絶対的な威圧感を孕んだ声が、傭兵たちの鼓膜を震わせた。

 

「ワシの事を忘れたか? 元雇用主を忘れる程、貴様らの脳は使えんようだな……」

 

エリザベートが冷ややかな視線を浴びせた瞬間、彼女の身体を取り巻く空気が蜃気楼のようにぐにゃりと波打った。ニュクスの細胞が彼女の意思に呼応し、肉体が変異し始めたのだ。

 

それは、カルロスもニュースの映像や資料の肖像画でしか見たことがない人物だった。彼が知っているのは、車椅子に乗った点滴だらけの老いぼれた姿のはず。しかし、今カルロスたちの目の前に重なって見えたのは、その人物がまだ若く、活力に満ち溢れ、冷酷な知性と野心で世界を裏から支配し始めた頃の――傲慢で偉大なる帝王の姿だった。

 

「馬鹿な……嘘だろ……?」

 

カルロスの手から、アサルトライフルがカランと音を立てて滑り落ちた。

 

全身の毛穴が開き、得体の知れない恐怖と畏敬の念が背筋を駆け上がる。

 

「オズウェル・E・スペンサー……!!」

 

カルロスが絞り出すように上げた驚愕の声は、冷たい地下施設の中に、決定的な事実として重く響き渡るのだった。

 

「諸君、おはよう」

 

カルロスたちの前に立つ銀髪の少女――いや、オズウェル・E・スペンサーは、まるで雲一つない小春日和の天気を話題にでもするかのように、極めて気さくに、穏やかに語りだした。そのあまりにも場違いな平然とした態度が、かえって周囲の空気の温度を急速に氷点下へと引き下げていく。

 

「諸君らを集めたのは他でもない。再びワシのために働いてもらう為だ……」

 

その言葉に、生き残った傭兵たちの間に一斉に緊張が走る。またあの悪夢のようなバイオウィルスの実験台にされるのか、誰もが最悪の展開を予想し、銃を握る手に力を込めた。

しかし、スペンサーの口から飛び出したのは、彼らの予想を根底から覆す、あまりにも奇妙な提案だった。

 

「だが、安心するといい。前の様に製薬会社をやるのではない。……『反バイオテロ組織』を作る為だ。無論、報酬や装備は最高の物を保証しようではないか……!」

「――何だと?」

 

世界中にバイオハザードの種を撒き散らし、数多の都市を地獄に変えた元凶であるアンブレラの創設者が、あろうことか「反バイオテロ組織」を設立する。これ以上のブラックジョークがあるだろうか。

 

誰もがその言葉の真意を測りかねて沈黙する中、ただ一人、激しい怒りに拳を震わせる男がいた。カルロス・オリヴェイラは一歩前に踏み出すと、ステージの上の少女へ向けて、張り裂けんばかりの怒号を叩きつけた。

 

「嘘をつくな……ッ! お前のせいで、俺の戦友はラクーンシティで死んだんだぞ!!」

 

ミハイル・ヴィクトールをはじめ、正義感を持ち、市民を救うために命を散らしていったU.B.C.S.の仲間たち。彼らを単なる「実験データの使い捨てのモルモット」として扱い、街ごと灰じんに帰した男への、積年の憎悪。

だが、スペンサーはその剥き出しの敵意を前にしても、眉一つ動かさなかった。むしろ、薄気味悪い慈悲の笑みさえ浮かべて見せたのだ。

 

「ふむ、嘘では無いとも…若造。……むしろこれは、君らにとってもいい『名誉挽回』のチャンスだと思うがね?」

「何が名誉挽回だ……!」

「悪名高いアンブレラで働いていた犯罪者として日陰者を続けるか、それとも、ワシが新たに興す反バイオテロ組織の構成員として、世界を救う『栄光』を手にするか……どうするかだ。どうせ諸君らは、過去の汚名のせいで……ろくな仕事に付けなかったのではないかね? ん?」

 

その一言は、その場にいる全員の急所を容赦なく抉り取った。

 

アンブレラ崩壊後、元U.B.C.S.や元U.S.S.の生き残りを待っていたのは、国際的な戦犯としての追及と、社会からの徹底的な排除だった。

 

泥水をすするしかなかった男たち。「世界を救う正義の組織」という大義名分。そして、過去のすべてを洗い流す圧倒的な資金力と最高峰の装備。

彼らにとって、これ以上ないほど甘く、そして抗いがたい「蜘蛛の糸」が、かつての飼い主の手から垂らされていた。

絶望と貧困に喘ぐ者たちを従えるのに必要なのは、恐怖だけではない。それ以上に強烈な「希望」と「救済」を見せつけることだ。

 

「何、報酬は前の何十倍も出そう。なんなら、望むものがあればなんでもしてやろう。死人を蘇らせるのは御免こうむるが、肉親の病気ぐらいであれば、ワシが治してやろう」

「本当か……? 俺の娘の白血病も、治せるって言うのか……?」

「金も、居場所も……全部保証される……?」

 

彼らの瞳から、先ほどまでの敵意がみるみるうちに消え去り、すがりつくような、狂信的な光が灯り始める。カルロスは思わず歯噛みした。

 

(クソッ……こいつら、完全に飲まれちまってる……!)

 

カルロス自身もまた、その言葉の魔力に抗いきれない自分を自覚していた。泥に塗れた過去を清算し、もう一度「表の世界」で戦う大義名分。それが最大最高の悪魔の手によって差し出されているのだ。

 

「それに、ワシはここに誓おう。諸君らを消耗品として集めたわけではない。世界を救う為に集めたといってもいい……」

 

エリザベートは、紅い瞳を煌めかせ、ステージから彼らを見下ろして高らかに宣言した。

 

「諸君らを『家族』として、バイオテロという馬鹿げた行為や、B.O.W.を使うような紛争、戦争をなくそうではないか! 陽の当たる世界で大手を振って歩こうではないか! 胸を張っていこうではないか!」

「……アンタに従えば、俺たちは本当に『英雄』になれるんだな?ま、また表世界を歩けるんだな…?」

 

一人の傭兵が、震える声で問いかける。

 

「ああ、約束しよう。ワシらが創り上げるのは、かつての紅き傘ではない。世界をバイオテロの脅威から守り抜く、正義の『青い傘(ブルー・アンブレラ)』だ」

 

エリザベートが優雅に頷いた瞬間。地下ホールに集まった百人近い傭兵たちが、一斉にその場に片膝をつき、頭を垂れた。武器を置き、かつての憎き雇用主に対して、再び絶対の忠誠を誓ったのだ。

 

「……ッ、狂ってやがる……」

 

カルロスは周囲の光景に圧倒されながらも、一人だけ立ったまま、忌々しげに拳を握りしめていた。しかし、彼もまた、ここから逃げ出すことはできないと悟っていた。この狂った舞台から降りれば、待っているのは再び這いずるような日陰の生活だけだ。内側から監視し、いつかこの悪魔の真意を暴き出すしかない。

 

カルロスはゆっくりと、誰よりも重い動作で、床に片膝をついた。

 

「フフフ……。素晴らしい。実に見事な光景だ」

 

跪く傭兵たちを見下ろし、スペンサーは満足げに目を細めた。ここに、アンブレラの亡霊たちを束ねた巨大な私設軍隊が再誕したのだった。

 


 

カルロスや傭兵たちへの演説を終え、スペンサーの威圧感を収めて元の可憐な少女の姿に戻ったエリザベートは、セバスチャンを伴ってホール裏の薄暗いVIP用通路へと足を踏み入れていた。

 

「フフフ……。血に飢えた猟犬どもに首輪をつけるのは、いつの時代も容易いことだ」

 

機嫌良く独りごちながら歩を進めるエリザベート。

その時だった。彼女の背後の空間が、文字通り「音もなく」歪んだ。セバスチャンの巨体が反応するよりもコンマ数秒早く、天井のダクトから漆黒の影が音もなく舞い降りた。

 

防毒マスクに赤いレンズ、全身を漆黒の特殊装甲で包んだ男。かつて『U.S.S.』のアルファチームを率い、どんな絶望的な死地からも単独で生還してきた男――「死神」ハンクである。

 

ハンクは新たな組織の元凶で過去を知るこの「正体不明の少女」を即座に排除すべく、一切の躊躇なく背後から強襲を仕掛けた。ハンクの両腕が、エリザベートの華奢な首を背後から万力のように挟み込む。そして、彼が数え切れないほどの敵を葬ってきた、洗練された殺人術を繰り出した。

 

――メキョッ!!

 

極めて無機質で、凄惨な骨の砕ける音が通路に響き渡った。

人間の頸椎など容易く粉砕するハンクの膂力により、エリザベートの首は背後へ向かって強引にねじ切られた。常人であれば即死、いや、強靭なB.O.W.であっても致命傷になり得る完璧の一撃。

 

ハンクは任務完了を確信し、手を離そうとした。

 

しかし…次の瞬間、死神の赤いレンズの奥で、彼の長年の戦闘経験を根底から覆す異常極まりない光景が繰り広げられた。

 

完全に首を百八十度へし折られ、背中側を向いたはずのエリザベートの頭部。その紅い瞳が、不敵な笑みを浮かべたまま、真後ろにいるハンクとピタリと視線を合わせたのだ。

 

「な……」

 

いかなる状況でも動揺を見せないハンクの喉の奥から、微かな驚愕の息が漏れた。ねじ切られたはずの頸椎では、赤黒いウロボロスとニュクスの細胞が瞬時に結合と再生を繰り返し、完全に脱落するのを防いでいたのだ。

 

「ほう、死神か……こうしてまみえるとは思わんかったぞ……」

「貴様、何者だ……」

 

ハンクは即座に首から手を離し、後方へ跳躍してサブマシンガンを構えた。だが、セバスチャンが反撃に出ようとするのをエリザベートは片手で制止した。

彼女は両手で自身の頭を掴むと、「ゴキボキボキッ!」というおぞましい音を立てながら、まるでズレた関節を直すかのように、自らの首を手動で元の位置へとねじり戻した。

 

「相変わらず、挨拶の仕方も知らん無作法な男だ。お主を回収部隊のリーダーに抜擢し、特注の装備を与えてやったのは、どこの誰だったか忘れたわけではあるまいな?」

 

首筋をコキコキと鳴らしながら、エリザベートは振り返る。

 

「……まさか。オズウェル・E・スペンサー卿、なのか」

 

ハンクの構えていた銃口が、微かに下がる。

 

「いかにも。とうの昔に朽ち果てたと思っていたか? ワシは死を超越し、こうして完全なる姿で戻ってきたのだ。……どうだ、死神よ。お前も他の野良犬どもに混じって、再びワシの『青い傘』の下で踊る気はあるか?」

「……私は、価値ある契約にしか従いません」

 

ハンクの冷徹な返答を聞き、満足げに背を向けて歩き出そうとしたエリザベートだったが、ふと足を止め、肩越しに漆黒の特殊部隊員を振り返った。

 

「……貴様、最近体調が悪いのではないかね?」

 

唐突な問いかけだった。

 

「例えばそう……身体に『黒いアザ』が出てきた等……目に見えて体力が落ちた、なんでもいいが?」

「――ッ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ハンクの身体が明確に硬直した。防毒マスクと赤いレンズの奥で息を呑み、無意識のうちに己の脇腹あたりへと指先を動かしかけて……ギリギリでその動作を止める。

戦闘には一切の支障をきたさぬよう完璧に隠蔽していた己の肉体の異変。ここ数ヶ月、彼の鋼の肉体には原因不明の黒い斑点状のアザが浮かび上がり、確実に細胞の劣化が進行していた。

 

彼にとって「T-ウィルス」とは、敵に使う武器か、あるいは自らの任務の障害となる厄災でしかなかった。まさか、かつてアンブレラの最深部で回収したあのウィルスが、十数年の時を超えて、己の細胞を内側から食い荒らす癌となっていたとは。

エリザベートは、ハンクの動揺を正確に読み取り、得意げに解説を始めた。

 

「治療法は知っておるとも……T-ウィルスが貴様の身体の中で休眠状態にあるだけだ。ヘルペスウィルスなどによく見られるものだ……『芽胞』と呼ばれる状態で体内に残り続け、体調が崩れた隙に発露する。その状態が貴様の体で起きておることだ」

 

エリザベートは空中に指先で図を描くように、優雅に身振りする。

 

「貴様はかつて、数多の惨劇を生き延びた。その過程で吸い込んだ微細なウィルス粒子、死体から浴びた飛沫、下水道の汚水……それらが貴様の奥深くで『眠り』についていたのだ。お主が強靭だったからこそ、発症せず、ウィルスを抱えたまま生きてこられた。……だが、それも限界ということだ。T-ウィルスは変異を引き起こしやすい。マーカスが手を加えたとはいえ、その本質は変わらん」

 

エリザベートは冷笑と共に、ある恐るべき可能性を示唆した。

 

「この『変異』がさらに洗練され、特定の条件下で爆発的に進化する個体群が確認されておる。T-ウィルスの系譜は、我々が認識している以上に強欲だ。貴様のような『生きた死神』を乗っ取ることで、自らの生存圏を広げようとしておるのだよ」

 

ハンクは自身の二の腕を強く掴んだ。黒いアザが、心臓の鼓動に合わせてじわりと広がるような錯覚を覚える。

これ生まれて初めて、自らの肉体そのものが「次のパンデミックの震源地」になり得るという、皮肉な現実に直面していた。

 

「……私の肉体そのものが、時限爆弾だというわけですか」

「その通り。だが、ワシの手元にある技術を使えば、その変異を逆に制御し、貴様を『強化人間』の先へと導くこともできる。……どうだ、死神よ。過去の遺物として死を待つか、それともワシの青い傘の一部として、進化の果てを見るか」

 

エリザベートが突きつけた二択は、ハンクにとって残酷なまでに合理的だった。

 

「……私の命も、契約金の一部に含まれているというわけですか」

「そういうことだ。お主の命は、ワシの描く新世界に必要な歯車だからな」

 

ハンクは深く静かな呼気をマスクのフィルター越しに吐き出すと、サブマシンガンを再び背中のスリングへと収め、エリザベートに向かって静かに頭を下げた。

 

「了解しました。……次のオーダーをお待ちしています、スペンサー卿」

「フフフ、良い返事だ。……では行くぞ、セバスチャン。ワシらの新しい城の準備を進ねばならん」

 

今度こそ完全に死神の忠誠を縛り付けたエリザベートは、真っ白なワンピースの裾を翻し、暗い通路の奥へと消えていく。ハンクは自らの腕に浮かぶ黒いアザの感触を意識しながら、その背中を、ただ静かに見送るのだった。

 


 

数カ月後。世界中が注目する国際記者会見の演壇に立ったのは、かつてこの世を去ったはずの天才少女・アレクシア・アシュフォードの面影を宿した、麗しき銀髪の貴婦人だった。

その瞳はどこまでも澄んでおり、慈愛に満ちた微笑みは、見る者すべてに「救済」を確信させる不思議な力があった。彼女は優雅に会釈し、マイクに向かって透き通るような声で語りかける。

 

「私の名はエリザベス・ステイラー。私の叔父は、かつてアンブレラ社の重役を務めておりました」

 

会場に激しいざわめきが走る。かつて世界を破滅へ導いた悪の組織「アンブレラ」。その名を口にすることは、この時代においては最大のタブーであり、呪いでもあった。彼女はあえてその汚名を自ら進んで引き受けるかのように、悲しげな表情で続けた。

 

「叔父が生前遺した記録の数々……私はその凄惨な悪行の数々を知り、心から震えました。叔父の罪……いえ、血縁としての罪とはいえ、それをこのまま放置することはできません」

 

カメラのフラッシュが激しく焚かれる。彼女は一呼吸置くと、決意に満ちた強い眼差しで世界を見据えた。

 

「私はこの組織を設立いたしました。その名は『ブルー・アンブレラ』。アンブレラの悪しき遺産を清算し、これ以上の被害者を出さないために……世界からバイオテロの脅威を根絶するための……対バイオテロ組織として。アンブレラの贖罪の為に……私は人々を救うと約束致します!」

 

その言葉は、まるで乾いた大地に降る慈雨のように、世界中の人々の心に深く突き刺さった。政府ですら無力感を抱いていた今の時代において、かつての悪の本丸であった名を引き継ぎ、自らその罪を背負って戦うという彼女の姿勢は、人々にとってこれ以上ないほどの希望として映ったのである。

 


 

会見場から少し離れた控室。

重厚な扉が閉じられ、彼女の顔から先ほどの「聖女」の表情が消え失せた。代わりに浮かんだのは、すべてをチェス盤の駒として見下ろす、冷酷無比なスペンサーの笑みだった。

 

「ククク……見事なものだな。アレクシアのあの気高くも哀れな面影は、民衆を惑わすには最適だったわ」

 

彼女は鏡に映る『エリザベス・ステイラー』という偽りの殻を見つめ、指先でその頬をなぞる。

 

「贖罪……人々を救う……か。甘い。あまりにも甘美な言葉だ。だが、この大義名分さえあれば、世界中の政府はワシに喜んで予算と権限を差し出すだろう」

 

影からハンクが静かに姿を現す。エリザベートは振り返ることなく、鏡の中の自分に語りかける。

 

「ハンク、準備はいいか。表向きは救世主の仮面を被るが、裏では徹底的にアンブレラの残滓を回収し、B.O.W.のデータを収集するのだ。……『ブルー・アンブレラ』の名の下に、世界を再び我々の手中に収める準備をな」

「了解……」

「フフフ……実に楽しみだ。世界が完全にワシの掌の上で支配されるまで……。救世主が、実は世界を滅ぼした悪魔本人だったと知った時、人々がどのような絶望を見せるか。それこそが、ワシの目指す最高のエンターテインメントなのだよ」

 

エリザベートは悪魔的な笑みを深め、会見場の方へと再び足を向ける。かつての世界を牛耳った老帝王は、銀の仮面を被り、世界を欺きながら、さらなる深淵へと歩みを進めていった。




感想をお待ちしております


ブルーアンブレラを発足させたのが…元アンブレラの人間達によって作られた組織と知って、これが書きたかったんです。
そういや、カルロスくんはどうしてるんだろうね…
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▼現代日本に住むある男がバイオハザード2をプレイしている最中に突然意識を失い、気が付いたらタイラント(T-103)になっており、しかもアウトブレイクが始まったばかりのラクーンシティのアンブレラ研究所にいた、原作には存在しない特殊個体というイレギュラー。自身がタイラントに憑依した事に絶望するも、転生特典なのか無限弾薬やアイテムBOXと同じ容量のウエストポーチな…


総合評価:2929/評価:8.39/連載:47話/更新日時:2026年05月09日(土) 21:36 小説情報


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