BIOHAZARD: Re-Genesis   作:ヨシフ書記長

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レオンって…歳とるほどに筋肉増してるよね

絶対、クリスのプロテイン飲んでるよ…間違いない


奈落の暴君

東スラブ共和国の大統領府…大統領執務室は、外の戦火が嘘のように静まり返っていた。重厚な調度品に囲まれた部屋の窓からは、ホリフィグラードの旧市街地からの黒煙が見える。

 

国連の反バイオテロ組織『BSAA』の特別調査官を騙り、この国に潜入したエイダ・ウォンは、東スラブ共和国の最高権力者スベトラーナ・ベリコバ大統領が淹れた紅茶に優雅に口を付けた。

 

カップがソーサーに触れる、かすかな金属音だけが室内に響く。

スベトラーナは知的な瞳を細め、目の前の美しき訪問者をじっと見据えていた。

 

彼女にとって、もう一人の厄介な訪問者である…。

ブルー・アンブレラの代表、エリザベス。

 

この大統領執務室で会談を終えた彼女が、市外のホテルへと引き揚げた後、そこから一歩も動いていないことを部下にしっかりと確認させていたからこそ、スベトラーナは目の前の標的に集中できている。その視線は、懇切丁寧な歓迎の裏に、獲物の息の根を止めるタイミングを測る肉食獣の冷徹さを秘めていた。

 

だが、計算高い大統領は知る由もなかった。ホテルでエリザベスを監視しているはずの部下が、T-ベロニカの特性──女王蟻が働き蟻を平伏させるような絶対的な精神支配によってとうの昔に魅了され、偽りの報告を上げさせられている真実に。

 

「──貴女、どこのスパイかしら?」

 

スベトラーナの端的な問いに、エイダは完璧なポーカーフェイスを崩さず、ふっと妖艶な微笑を浮かべて肩をすくめた。

 

「あら? それは教えられないわね」

「そう? 貴女、私の国に来ない? どうせここからは出られないんだから」

 

声音は穏やかだったが、それは明確な最後通牒だった。エイダはカップをデスクに置くと、流し目を向けながら言い放つ。

 

「それはお断りするわ」

「そう……それは残念!」

 

決裂の瞬間、スベトラーナの身体が獰猛に地を蹴った。

 

エイダは瞬時に目の前にある重厚なマホガニー製のデスクを、しなやかな脚で力強く蹴飛ばした。数十キロはある木塊が凄まじい勢いでスベトラーナへ向けて突進する。だが、大統領は眉一つ動かさず、突進してくるデスクをその強靭な両腕で強引に横へと受け流した。

 

その死角から、エイダが電光石火の速さで肉薄する。タイトな赤いドレスの裾を翻し、スベトラーナの喉元へ向けて鋭い手刀を突き出した。

しかし、スベトラーナは驚異的な反応速度でその手首を掴み、自身の身体を鋭く回転させてエイダの力を殺すと、逆にその腕をねじ上げようと力を込める。

 

「くっ……!」

 

エイダは巧みに体軸をずらして拘束をすり抜け、バックステップで距離を取った。元軍隊の格闘技教官という前歴が、決して飾りではないことを肌で理解する。

 

「元軍隊の教官という情報は、本当のようね……」

 

エイダは皮肉げに呟くと、瞬時に背後の大扉へと向かって跳躍した。深追いは無用、この部屋から脱出するのが先決と判断したのだ。しかし、彼女が扉のノブに手をかけるより早く、執務室全体にけたたましい警告音が鳴り響いた。

 

──ガガガガガンッ!!!

 

激しい金属音と共に、すべての扉と窓に、厚さ数十センチはある鋼鉄製の防護シャッターが猛烈な勢いで降りてきた。一瞬にして外光が遮断され、部屋は完全な密室へと変貌する。

 

立ち尽くすエイダを、スベトラーナは冷ややかに見た。

 

「言ったでしょう? 我が国からは出られないと」

 

次の瞬間、ズズズ……と地響きのような重低音が足元から響いた。部屋を支える巨大な油圧シリンダーが駆動し、大統領執務室そのものが、まるで巨大なリフトのように官邸の遙か地下深くへと降下を始めたのだ。

 

逃げ場のない垂直移動の最中、スベトラーナと大統領直属の兵士達が一斉にエイダへ襲いかかった。執拗なまでの波状攻撃。エイダはしなやかな体術で数人を退けてみせたものの、スベトラーナの容赦のない、統制された強烈な打撃がエイダの急所を捉えた。

 

頭を殴りつけるような衝撃の中、エイダの意識は急速に暗転し、その身体は冷たい床へと崩れ落ちていった。

 


 

誰もいない、ひんやりとした静寂が支配する執務室の中央。

意識を取り戻したエイダは、太いロープによって椅子に幾重にも強固に縛り上げられていた。

身動き一つ取れない絶望的な状況。しかし、エイダの切れ上がった瞳に宿っていたのは、恐怖ではなく、呆れを含んだ退屈さだった。彼女は誰もいない空間に向けて、ふっと不敵で妖艶な笑みを唇に浮かべ、独り言を呟いた。

 

「あら、慌てん坊ね…。裸にしてひん剥くぐらいはしないとね?」

 

次の瞬間、エイダは驚異的な身体の柔らかさで、縛られている上半身をなぞるように、しなやかな右脚をぐっと自身の頭部、そして背後で縛られている手元の位置まで跳ね上げた。タイトドレスを纏っているとは到底思えない、芸術的ですらある柔軟性。

 

エイダは背後で拘束された両手の指先を器用に動かし、引き上げた右足のハイヒールの踵を掴んだ。

 

カチリ、と微小な機械音が響く。彼女が引き抜いたヒールの踵の先からは、極薄ながらも凄まじい切れ味を誇る、スパイ特製の仕込みナイフが鋭く突き出ていた。

手元にナイフを確保したエイダは、流れるような動作で脚を戻すと、手首を縛るロープの結び目へと刃を変幻自在に這わせた。

 

ジチ、ジチ……。

 

強固な繊維が断裂する鈍い音が響き、一瞬にして自身を拘束していた太いロープがバラバラと床へ崩れ落ちた。

 

自由を取り戻したエイダは、椅子から音もなく滑り降りると、手首を軽くさすりながら、執務室の扉を開けた。

 

そこにはタイラントの製造施設のあった地下よりもさらに広い施設が広がっていた。

鋼鉄のシャッターが左右に開くと、そこに広がっていたのは淡い緑色の蛍光を放つ、不気味なハニカム構造の培養槽が幾重にも並ぶ異様な空間──政府極秘の地下巨大プラントであった。

 

「まさかこんな簡単に最深部の施設までこられるなんてね」

 

ふふ、と妖艶に微笑んだ彼女は、まるで一匹の黒猫のように音もなく歩き出し、プラントの巨大な配管の影、暗闇の中へと完全に姿を消した。

 

 


 

 

一方、地上──。

 

リッカーの群れが大統領官邸の強固な封鎖線を突破し、官邸内部は未曾有の混乱に陥っていた。

 

その狂騒に乗じ、合衆国エージェントのレオン・S・ケネディは、単身で大統領官邸の内部へと潜入を果たしていた。

 

官邸の豪華な廊下は、凄まじい戦闘の痕跡で荒れ果てていた。壁には無数の弾痕が刻まれ、床には政府軍の軍人たちが血まみれになって折り重なるように倒れている。硝煙と血の匂いが混ざり合う、特有の地獄の臭気。

 

レオンがアサルトライフルを構えて警戒を強めたその時、天井の闇から、引き裂くような耳障りな鳴き声が響いた。

 

2匹のリッカーが、四肢の爪をせわしなく動かしながら天井を這い、レオンの前に姿を現した。剥き出しの脳髄と、異様に発達した長い舌。怪物はレオンを確実に感知し、今にも躍りかからんとして前肢に力を込める。

レオンは銃口を合わせ、トリガーに指をかけた。

 

しかし──不思議なことが起きた。

 

リッカーたちは襲いかかろうとしたその姿勢のまま、ピタリと不自然に動きを止めたのだ。長い舌を小刻みに震わせ、何かに怯えるように、あるいは何か遥か深層から響く強大な気配に平伏するように、空中で虚空を凝視している。

 

(……何だ? 動きを止めた……?)

 

レオンが怪訝に眉をひそめたその瞬間、足元からガチリと強い力がかかった。

床に倒れていた、瀕死の政府軍兵士が、最後の力を振り絞ってレオンの足首を掴んだのだ。

 

「う、あ……っ……」

 

兵士の苦悶の声が静寂を破った。その可聴音を合図に、先ほどまで硬直していたリッカーたちが突如として狂暴性を取り戻し、弾かれたように猛追を開始した。

 

「くそっ……!」

 

レオンは兵士の手を振りほどき、廊下の突き当たりにある大統領執務室の重厚なドアを目指して全力で疾走した。背後からは、リッカーの鋭い爪が絨毯を引き裂く狂おしい音が迫る。

 

ドアノブを掴み、力任せに引き開けて、レオンは室内へと身体を滑り込ませようとした。

だが──ドアの向こうに、あるはずの床は存在しなかった。

 

「なっ……!?」

 

眼前に広がっていたのは、底の見えない暗黒の垂直シャフト。執務室そのものがリフトとしてすでに地下へ降下したため、そこは文字通り「何も無い奈落の空洞」と化していたのだ。

 

慣性でそのまま奈落へと落ちそうになる身体を、レオンは驚異的な反射神経で制動させ、シャフトの壁面に設置されていた点検用の鉄梯子へと決死の覚悟で飛び移った。

 

ガシィィンッ!

 

両腕に凄まじい衝撃が走り、引きちぎられそうになるが、レオンは必死に梯子にしがみついた。

 

直後、レオンを猛追していたリッカーの巨体が…勢いを止められずにドアの向こうの虚無へと飛び出した。

 

キィィィィッ──!

 

怪物は虚しく空を掻きながら、暗黒の底へと真っ逆さまに落下していった。遥か下方から、ドスゥンという鈍い激突音が響いてくる。

梯子にぶら下がったまま、レオンは冷や汗を拭い、下方の闇を見つめた。

 

「泣けるぜ。随分と大掛かりな罠だな…。あまり歓迎されてないようだ…」

 

レオンは息を整えると、リッカーが落下していった暗闇の底──地下施設を目指し、慎重に梯子を降りていった。

 

地下プラントの底へと辿り着いたレオンを待っていたのは、配管の影から静かに姿を現したエイダ・ウォンだった。

 

「お遅いお着きね、レオン」

「ふん、そんなに会いたかったか?デートの約束なんてした覚えは無いが」

 

レオンの問いに対し、エイダは視線で前方の巨大な空間を示した。

 

「馬鹿ね、冗談を言う前に周りをよく見たら?」

「あぁ、まるで()()()だな…」

 

二人の眼前に広がっていたのは、幾百ものカプセルの中でうごめく異形の寄生虫─初めて「支配種プラーガ」を人工的に量産し、培養するための国家規模の設備であった。この内戦のすべての狂気が、ここで製造されていたのだ。

 

「やはりここが目的だったのね、どう?素晴らしい眺めでしょう?」

 

プラント中央のキャットウォークに、大統領直属の戦闘部隊を引き連れたスベトラーナ大統領が、威風堂々と姿を現した。彼女はスーツの袖を払い、侵入者たちを冷酷に見る。侵入者の1人にスベトラーナは問う。

 

「貴方は一体何者?」

「彼はアメリカのエージェントよ」

「ご紹介どうも」

 

レオンは銃口を大統領に向けると、静かに言い放った。

 

「お前が『ビーキーパー(養蜂家)』か、大統領殿」

「ビーキーパーって?」

「プラーガを放った張本人さ」

「私はこの国の大統領よ? 我が国を脅かすテロリストを駆除するためなら、どのような力であれ統制してみせる。それが、この国を導く者の義務です」

「気をつけた方がいいわよ?あのおばさん、結構怖いから」

「なんだって?」

 

スベトラーナの側近たちが一斉にレオンたちへ銃口を向ける。緊迫感が最高潮に達したその時、ハニカム構造の培養設備の影から、カランとガラス管が触れ合うような澄んだ音が響いた。

 

そこから、漆黒の巨人セバスチャンを従え、静かに姿を現したのは──白いシルクドレスを纏った銀髪の美女、エリザベスだった。

スベトラーナが眉をひそめ、その予期せぬ乱入者に鋭い視線を送る。

 

しかし、エリザベスの顔に浮かんでいたのは、かつて南極の地で世界を嘲笑った天才、アレクシア・アシュフォードを彷彿とさせる、身の毛もよだつほど冷たい微笑みだった。彼女が歩を進めるたび、プラントの空気が凍りついていくような、絶対的な強者としての圧倒的な恐怖が場を支配する。

 

スベトラーナの部隊が本能的な恐怖からエリザベスへも銃口を向ける中、彼女は小さな唇を開いた。

 

「大統領だの、合衆国の犬だの……ちっぽけな器でよく吠えること」

 

鈴を転がすような美しい声。だが、その背後にある底知れない狂気が、言葉の重みとなって響く。

 

「なら…私は新世界の神だ」

 

フフフ、と狂気に満ちた笑みを漏らすエリザベス。

 

その時、プラントの上層から、先ほどレオンを追ってシャフトを落下したはずのリッカーが、全身を強く打ち付けボロボロになりながらも起き上がり、エリザベスの背後めがけて猛烈な勢いで躍りかかってきた。

 

「危ない──!」

 

レオンが咄嗟に叫んだ。

しかし、エリザベスは振り返りもしない。ただ、迫り来る怪物に向けて、優雅に片手を上げ、冷酷に一言だけ命じた。

 

「──やめよ」

 

ピキィィッ……! と空気が凍りついたかのように、躍りかかっていたリッカーの巨体が、空中で無理やり制動をかけたように床へと転がった。先ほど地上でレオンを前に不自然な硬直を見せたのは、まさにこの少女の持つ絶対的支配者の波長を、怪物が本能的に察知していたからに他ならなかった。

 

リッカーは床の鉄板を爪で掻きむしりながらも、次の瞬間にはエリザベスの足元にしがみつき、まるで飼い主にじゃれつく犬猫のように、グルグルと従順に喉を鳴らし始めたのだ。

 

「……嘘だろ」

 

レオンはその光景を、自身の目を疑うような面持ちで見つめた。プラーガによる音波の支配すら超越した、遺伝子レベルの圧倒的な格の差。

そんなレオンの驚愕の表情を、エリザベスは楽しげに…どこか哀れむように見つめ、小さく唇の端を吊り上げた。

 

「フフ……合衆国が誇る最高のエージェントともあろう者が、この程度の事で怯えるとは…エージェントという職業は知的好奇心を無くして、視野を狭くさせるらしい」

 

スベトラーナの顔からも余裕が完全に消え去り、その美しい顔が屈辱と驚愕に歪む。ブルー・アンブレラの代表という肩書きの裏に潜む、人知を超えた何かを悟った大統領は、金切り声をあげた。

 

「貴女、一体何者なの……! 総員構えなさい! その不届き者を今すぐ排除するのよ!」

 

スベトラーナの鋭い号令がプラントに響き渡り、大統領直属の精鋭兵たちが、一斉にエリザベスへとアサルトライフルの銃口を向けた。

 

その一瞬の隙に、レオンとエイダは目配せを交わし、敏捷な動きで巨大な配管の影へと滑り込んだ。

 

「お前が現れる場所には退屈しないな。あのお高くとまったお嬢様は、新しいお友達か?」

「冗談言わないで。でもレオン、あの子には近づかないことね。ブルー・アンブレラの代表だけど、あの力は人間を超えているわ」

「ああ、ラクーンシティやヨーロッパで嗅いできた、胸の悪くなるB.O.W.の臭いだ。あれは…人間の皮を被った新型かもしれないな」

「遺伝子をデザインされた、最高にタチの悪い化け物よ──」

 

エイダとレオンがそう言っている内に、エリザベスは銃を向けてくる兵士達を見てこう評した。

 

「何処の世界も、軍隊というのは銃を向けるしか脳の無い連中だな……。実に進歩しない」

 

──バババババババンッ!!!

静寂を切り裂く、激しい銃撃音。

無数の硝煙が立ち込め、精鋭兵が放った5.56mm弾の弾丸のいくつかが、エリザベスの美しい銀髪を揺らし、その頭部へと容赦なく撃ち込まれた。肉が弾け、鮮血が舞う──はずだった。

 

しかし、エリザベスは首を僅かに傾げただけで、撃ち込まれた衝撃すら気にする様子もなく、平然と佇んでいた。

 

頭部の傷口からは、血の代わりにドロリとした不気味な黒い有機質がうごめき、弾丸をジワジワと体外へ押し出していく。そして次の瞬間には、傷跡一つ残さず完全に再生していた。

 

「なっ……何だと!?」

 

兵士たちが戦慄し、後ずさりする。その異常な不死性を前に、エリザベスは静かに語り始めた。

 

「私は、こういう連中が嫌いでね。……それこそが、私が人類を進化させようとした要因でもある。人は、歴史の中でただ戦争を繰り返す事しか脳の無い愚者だ。然し……更なる次元に人間を進化させられたなら、それすらも無くせると私は思うのだよ……」

 

朗々と響くその声。

だが、その言葉を耳にした瞬間、暗闇に潜むエイダ・ウォンの脳裏に、強烈な違和感が走った。

 

(……進化? 戦争の根絶……?)

 

その歪んだ理想。かつてアンブレラを創設したオズウェル・E・スペンサーや、世界を塗り替えようとしたアルバート・ウェスカー、あるいはアシュフォード家の狂才たちが掲げた【選民思想】に、あまりにも酷似している。だが、それ以上にエイダの五感を刺激したのは、目の前の美女が放つ、年齢にそぐわない「老獪な気配」そのものだった。

 

「だから──」

 

エリザベスの瞳が、怪しく、そして冷酷な黄金色へと染まっていく。その口調から、先ほどまでの少女の仮面が完全に剥がれ落ちていった。

 

「──ワシは人類を進化に導き、新世界の神になるのだ」

 

一人称が「私」から「ワシ」へと変貌した瞬間、エリザベスの身体から圧倒的なプレッシャーが放たれた。

 

「クク……、消え失せるがいい、進化させるに相応しくないものどもめ」

 

エリザベスが優雅に腕を振るった。

その瞬間、彼女の細い指先から、発火性の鮮血が霧状になって周囲にぶち撒かれる。T-ベロニカの特性──空気に触れた血液が、凄まじい青白き猛火となって爆発的に燃え上がった。

 

「ぎゃああああああーーーっ!?」

 

炎に包まれた兵士たちが絶叫を上げて転げ回る。それだけではない。炎の背後から、エリザベスの背中を引き裂いて、ドロドロとした不定形の肉塊が触手のように触手を伸ばした。あらゆる有機物を取り込み、融合する生体兵器『ニュクス』の因子。

その触手は、燃え盛る兵士たちの肉体を絡め取り、凄まじい力で自らの肉体へと文字通り「吸収」し、融合させていく。

 

「ば、化け物め……!!」

スベトラーナが驚愕し、自ら格闘の間合いを取ろうとした、その時だった。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

 

プラントの奥、地上へと繋がる巨大な大型エレベーターが、激しい駆動音を立てて強制的に作動した。

何者かが上層のロックを解除し、この最深部へと降りてくる。

 

チン、という無機質な到着音が響き、エレベーターの巨大な鉄扉が左右に開いた。

白煙が吹き出すその中から姿を現したのは──。

 

「キィィィィィャァァァァッ!!!」

 

10匹に及ぶ、狂乱したリッカーの群れ。

そして、その悍ましい怪物の群れの中央で、自らの手の甲に埋め込んだプラーガの因子を媒介に、激しい呼吸でリッカーたちを「使役」し、操る反政府軍の青年──バディであった。

 

「スベトラーナァァァ!! 貴様を殺す!!」

 

バディの復讐の咆哮が、地下プラントの空気を震わせた。それを合図とするように、地下巨大プラントは完全な狂乱の坩堝と化した。

 

10匹のリッカーが一斉に跳躍し、燃え盛る大統領直属の兵士たちや、エリザベスから伸びるドロドロとした黒い触手から逃げ延びた兵士達へと襲いかかる。肉を切り裂く音、怪物の金属質な悲鳴、そしてベロニカの劫火が入り乱れ、視界のすべてが地獄の彩色に染まっていく。

 

その混沌の最中、スベトラーナは素早い身のこなしでキャットウォークを駆け抜け、強固な強化ガラスに守られた中央制御室へと退避していた。

 

「無駄よ」

 

強化ガラス越しにバディを見ると、スベトラーナの冷徹な声がスピーカーから響き渡る。その冷ややかな瞳には、復讐に狂う青年への憐れみすら浮かんでいた。

 

「お前たちが信じる『4人の長老』なら、とっくに我が政権側に寝返っているわ。油田の利益を渡すと話したら喜んでね。貴方達、反政府軍の命運はとうに尽きているのよ」

「黙れ……! 嘘を言うな!」

「現実を見なさい。仮にここで私を殺し、念願の独立を果たしたとして……その後はどうするつもり? 武器を捨てて元の農民に戻る? それとも、また新しい指導者をすげ替えて、終わりのない泥沼の戦いを続けるの?」

 

スベトラーナの突きつける過酷な真実は、バディの魂を鋭く抉った。激しい精神的動揺。体内のプラーガがバディの苦悩に同調するように激しく脈打ち、使役されていたリッカーたちの統制が一瞬だけ乱れる。

スベトラーナはその隙を逃さず、制御コンソールのレバーを冷酷に引き下げた。

 

「この施設も、お前たちも、すべてここで処分します」

 

【警告:施設破壊シーケンスが作動しました。全隔壁を閉鎖します】

 

システム警告音が鳴り響くと同時に、プラントの床面が激しい地鳴りを立てて割れた。ハニカム構造の巨大な培養ポッドが、蒸気とともに次々とせわしなくせり上がってくる。

 

プシューーーッ!!

 

激しいエアーロックの解除音とともに、ポッドのハッチが勢いよく開いた。白煙の向こうから姿を現したのは、肉体を強固な防弾拘束衣で包んだ3体の巨人─あのタイラント製造装置で生み出された量産型タイラント。その冷徹な双眸が開き、圧倒的な殺意がプラント全体に放たれる。

 

「クソッ、本当に次から次へと大盤振る舞いだな!」

 

配管の影から飛び出したレオンが、すかさずアサルトライフルをタイトに構え、呆然と立ち尽くすバディの元へと駆け寄った。目前には、じわじわと間合いを詰めてくるタイラントの巨躯。

 

「おい!死にたくなければ手を貸せ! 復讐はあいつらを片付けてからだ!」

 

レオンの鋭い一喝に、バディはハッと我に返った。絶望の淵に立たされながらも、青年は再び憎悪の炎を瞳に宿し、体内の力を絞り出す。リッカーたちが再び咆哮を上げ、レオンとバディ──二人の男による、生き残りを懸けた決死の共闘がここに始まった。

 

戦火がさらに激化する中、1体のタイラントが、プラントの中央で異彩を放つエリザベスを「最優先排除対象」と認識し、重厚な足音を立てて突進を開始した。岩をも砕く突進速度。

だが、銀髪の美女は、迫り来る死の巨人を前にしても眉一つ動かさない。

 

「ふん…不躾な人形め」

 

エリザベスがフッ、と妖艶に微笑んだその瞬間、彼女の背中から爆発的に噴出した『ニュクス』の不定形な黒い肉塊が、網の目のように空間を埋め尽くした。

 

突進していたタイラントの巨体が、空中で強固な触手によって雁字搦めに拘束される。自慢の怪力で拘束衣を引きちぎろうとするタイラントだったが、触手は肉を締め上げ、その自由を完全に奪い去った。

 

エリザベスは、まるで獲物を捕らえたカマキリのように、小首を不気味に傾げながらタイラントの顔を覗き込んだ。

 

「ワシの糧となるがいい」

 

直後、触手の中心にある巨大な割れ目が、タイラントの頭部から肉体ごと、凄まじい力でズルリと貪り食うように「捕食」し始めた。有機物を取り込み、自らの細胞へと瞬時に融合させていく悍ましき光景。

 

「おい…嘘だろ……!?」

 

タイラントを銃撃しつつも、視界の端でその光景を捉えたレオンは、背筋に冷たい戦慄が走るのを禁じ得なかった。あの圧倒的な戦闘能力を誇るタイラントが、抵抗の余地すらなく、文字通り「餌」として喰らわれている。人間の皮を被った新型B.O.W.──その底知れない生態に、レオンはその得体のしれなさに恐怖を覚えた。

 

タイラント1体を一瞬で貪り尽くし、満足げに口元を拭ったエリザベスは、黄金色に輝く瞳で地獄絵図を見渡すと、興が削がれたように息を吐いた。

 

「さてと、セバスチャン……我々も地上に戻るか」

 

崩壊を始める地下プラント。エリザベスを追って、もう1体の量産型タイラントが重い足取りで立ちはだかった。振り上げられた丸太のような剛腕。

しかし、エリザベスは歩みを止めない。彼女の影から、漆黒の巨人──セバスチャンが音もなく進み出た。

 

ブゥンッ!

 

タイラントの渾身のストレートが放たれる。コンクリートの壁すら粉砕するその一撃を、セバスチャンは表情一つ変えず、片手で無造作に受け止めた。

 

「ガァッ!?」

 

タイラントが初めて「困惑」に似た声を漏らす。セバスチャンがその太い腕を軽く捻ると、万力で締め上げられたかのように、タイラントの腕の骨が嫌な音を立てて粉砕された。

抵抗する間も与えず、セバスチャンはもう片方の手でタイラントの顔面を鷲掴みにすると、そのまま床へ向けて無慈悲に叩きつけた。

 

──メキョォォォッ!!!

 

床の分厚い鉄板がひしゃげ、タイラントの強靭な頭蓋がトマトのように呆気なく潰れる。かつて世界を恐怖に陥れた『究極の生体兵器(タイラント)』は、所詮量産型でしか無かった…特別製のセバスチャンの前では、ただの脆い肉の塊でしかなかった。

 

エリザベスは無残な死骸を跨いで悠然と…崩壊する施設の奥へ消えていった。




感想をお待ちしております。

エリザベートの名前がエリザベスのままなのは後程分かります。
悪しからず

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