BIOHAZARD: Re-Genesis   作:ヨシフ書記長

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さて、バイオハザード・ダムネーション編は終わりです。
次は多分リベレーションズ2だと思う


新たな箱庭

 

 

「クリア。次へ進むぞ」

 

ホリフィグラード旧市街地。先ほどまで政府軍と反政府軍が血で血を洗う苛烈な市街戦を繰り広げていたその場所は今、漆黒のタクティカルギアに身を包んだ精鋭部隊によって、迅速かつ的確に制圧されようとしていた。

彼らの肩に輝くのは、国連の承認を受けた反バイオテロ組織『ブルー・アンブレラ』のエンブレムである。

 

「──いいか野郎ども、俺たちの最優先事項は『バイオハザードの鎮圧』だ。大統領府へ続く道にいる政府軍には速やかに武装解除を要求しろ。無用な交戦は避けるんだ」

 

アサルトライフルを構えながら部隊に的確な指示を出すのは、かつてラクーンシティでU.B.C.S.として地獄を生き延びた歴戦の傭兵、カルロス・オリヴェイラであった。

 

指示を出し終え、カルロスはフゥと短く息を吐きながら、胸中に燻る冷たい違和感を押し殺した。

 

(叔父の悪業を原罪として背負い、贖罪のために立ち上げられたクリーンな対バイオテロ組織……か。おめでたい世間はあの女の言葉を信じちゃいるが、俺の鼻にはどうしてもきな臭さが染みついて離れねえ)

 

元アンブレラ幹部であった叔父ジェフリー・ステイラーの遺産を引き継ぎ、テラセイブへ医薬品を無償提供してBSAAの厳しい監査すら完璧に潜り抜けてみせた、若き女代表エリザベス・ステイラー。

その美しすぎるカバーストーリーを…、カルロスは未だに信用しきれていなかった。戦場を這い回ってきた傭兵として、あの女…エリザベートの笑顔の裏に、かつてのアンブレラ以上の底知れない「何か」を感じ取っていたからだ。

 

だが、今は目の前の任務に集中するしかなかった。

 

「標的はプラーガに寄生された暴徒……ガナードどもだ。確実に無力化していくぞ! だが、死体はあまり破損させるな! 後で遺族に引き渡す。その後、全員火葬する手筈になっているからな!」

「ラジャー!」

 

カルロスの指示を受け、ブルー・アンブレラの私兵部隊は一糸乱れぬ統率された動きで前進を開始する。

前線を張る彼らは皆、バイオテロの恐怖から人々を救うという純粋な「正義」を信じて作戦を遂行していた。彼らを率いるエリザベスの真の目的がどこにあるのかなど、末端の彼らは知る由もなかった。

 

「隊長! 前方の交差点に、政府軍が放棄したT-80戦車を発見しました。リッカーに襲撃されて乗員が逃げ出したようです!」

 

先行隊員からの泥臭い無線報告に、カルロスはニヤリと不敵に口角を上げた。

 

「……使えるか? イワン」

「愚問ですね、隊長。俺の親父が乗っていた型だ、目をつぶってでも動かせますよ」

 

元ソ連軍の戦車兵上がりである大柄な男が、ハッチから操縦席へ潜り込む。直後、数十トンの重厚な鉄塊が、吐き出される黒煙と共に重低音を響かせて目を覚ました。

 

「上出来だ! 俺は車長席で機銃を担当する。大統領府の正面ゲートまで、このまま一気にぶち抜くぞ!」

 

カルロスが慣れた足取りで車体の上部に飛び乗り、重機関銃のチャージングハンドルを力強く引き絞る。金属音が戦場に心地よく響いた。

 

「ところで隊長、あの『死神』はどうします?」

 

イワンがふと、無線越しに声を潜めて尋ねてきた。

 

「死神か? ……あいつは別行動だ。放っておけ。どうやら俺たちとは違う『お目当て』があるらしいからな」

 

ブルー・アンブレラの部隊が戦車を盾に堂々たる進軍を開始したその頃。

戦場の喧騒から完全に切り離されたかのように、ガスマスクを被った漆黒の死神・ハンクは、一切の足音を立てることなく大統領府の裏手へと単独で潜入していた。彼の目的は、エリザベスから直接下されたもう一つの「極秘任務」──この国に眠る支配種プラーガの回収──を遂行することであった。

 


 

一方、大統領府の地下深く。

崩壊のカウントダウンが始まる暗黒の地下プラントの中を、レオン・S・ケネディとバディは狂ったように走っていた。背後からは、肉を裂き骨を砕く重金属のような足音が迫っている。スベトラーナが放った量産型タイラントだ。

 

息も絶え絶えに辿り着いたのは、地上へと続くエレベーターシャフトだった。しかし、コントロールパネルは沈黙し、鉄の扉は固く閉ざされたままだ。

 

「ちくしょう、動かねえ!」

 

バディが拳でパネルを叩きつける。万事休すかと思われたその時、突入する赤い警告灯と共に、耳を劈くようなサイレン音が地下施設に鳴り響いた。それと同時に、死んでいたはずのシステムに電流が走り、エレベーターが怪しげな駆動音を立てて再稼働を始める。

 

「なんだ?運転再開か?」

 

レオンは、通路の奥から迫り来る巨大なタイラントの影を鋭い視線で見据えながら、開いた扉の中へとバディと共に雪崩れ込んだ。

 

『一つ貸しよ』

 

閉まりかけるエレベーターの駆動音の向こうで、先ほどすれ違ったエイダ・ウォンのあの妖艶で不敵な声が耳の奥に聞こえた気がした。

彼女が裏でメインシステムに手を回し、ロックを解除してくれなければ、間違いなく二人はこのまま瓦礫の底に沈んでいただろう。

 

エレベーターが閉まるその瞬間、限界を迎えていたバディの精神が叫びを上げる。彼の命令に従い、影から飛び出したリッカーが、迫るタイラントの顔面へと猛然と襲いかかった。長い舌が巨体の視界を奪う。

 

「どうして、俺を助けた」

 

閉まりゆく扉の隙間からその光景を見つめるバディに、レオンは冷徹に言い放った。

 

「助けた? 自惚れるな、好きで助けた訳じゃない。ここで起きた事を世界に知らせるやつがいないと困る」

 

何とかエレベーターは完全に閉まりきり、上昇を始めた。安堵の息を漏らそうとしたその瞬間、凄まじい金属音が響いた。

 

金属の扉が内側へ向かって不自然に歪み、ベキベキと音を立てて引き裂かれる。追撃してきたタイラントが、その圧倒的な怪力で、動いているエレベーターの扉を無理矢理こじ開けて手を突っ込んできたのだ。

 

「上のハッチだ!」

 

レオンの叫びに応じ、バディはすぐさま天井の緊急脱出用ハッチへと手をかけ、上部へと登り始める。

 

「これで上に行ける!」

 

だが、恐怖はそれだけでは終わらない。シャフトの壁面を伝ってきた別のタイラントまでもが、無理やりエレベーターの狭いカゴの中へと乗り込もうと巨体をねじ込んできた。ワイヤーが軋み、エレベーター全体が悲鳴をあげる。

 

「ちくしょう!」

「急げ! 早く!」

 

限界質量を超えたエレベーターが、激しい火花を散らしながら急激に落下し出した。

 

ハッチから脱出し、シャフトの梯子にしがみついていたレオンに向かって、落下する足場からバディが死に物狂いで跳躍する。

 

「──っ!」

 

ギリギリの間一髪。レオンの手が、宙に浮いたバディの手首をガッチリと掴んだ。下層からは、エレベーターが底に激突し、爆発する凄まじい衝撃波が吹き上げてくる。

 

「よし、行くぞ」

 

レオンはバディを引き上げると、崩壊する地下プラントの熱風を背に、必死に梯子を登り詰めた。だが、命からがら地上へと脱出した二人の耳に届いたのは、エレベーター内のスピーカーから漏れ聞こえていた東スラブ共和国の、全土へ向けた不穏な緊急放送のノイズであった。

 

レオンたちが地下から生還したという報は、すぐさま大統領府の最上階にいるスベトラーナの耳にも入っていた。

彼女は冷酷な瞳で窓外を見下ろしながら、受話器の向こうの部下に短く命じた。

 

「アレを使って始末なさい」

 


 

地上の中央省庁の中庭へと飛び出したレオンとバディだったが、彼らに安堵する暇は一秒たりとも与えられなかった。

 

凄まじい地響きと共に、濛々と立ち込める砂塵の中から、スベトラーナの命令によって解き放たれた残存の量産型タイラント2体が、その圧倒的な質量をもって二人の前に立ちはだかったのだ。

 

「冗談じゃないぜ……。手厚い歓迎だな」

 

レオンは容赦ない現実に舌打ちをし、残弾の少ないアサルトライフルを構え直す。

 

「俺がやる。……行けぇっ!!」

 

バディが喉をかきむしり、血を吐くような叫び声を上げると、周囲の破壊された建物の影から、残存する6体のリッカーが一斉に飛び出してきた。これまでにない統率された動きで、リッカーたちはバディの強靭な意志に従い、連携して2体のタイラントへと躍りかかる。

 

キィィィィッ!!

 

リッカーの鋭い爪が、タイラントの強固な拘束衣を次々と引き裂いていく。1体のタイラントの顔面に3体のリッカーが群がり、その強靭な舌を首筋へと巻き付けた。

しかし、死の生物兵器は怯むことすらしない。タイラントは鬱陶しい羽虫を払うかのように、丸太のような巨大な腕を無造作に、かつ凄まじい速度で振り回した。

 

ゴギァッ!

 

鈍い破壊音が響く。ただの一撃。それだけで、飛びかかっていたリッカーの頭骨が消し飛ぶように粉砕され、石畳の上にボロ雑巾のように叩きつけられた。さらに、もう1体のタイラントが地を蹴り、残るリッカーの胴体を巨大な足で踏み潰す。肉と骨が破裂する凄惨な音が響き渡る。

 

支配者であるバディの脳を、使役するリッカーたちが殺されるたびに激しい精神的負荷が襲い、彼はその場に膝を突いた。防戦一方の絶望的な状況。残るリッカーも瞬く間に引き裂かれ、血の海と化した中庭で、タイラントの死の巨拳が今度こそレオンとバディに向けて振り上げられた。

万事休す。誰もがそう確信した、その瞬間だった。

 

──ヒュガァァァァァンッ!!!

 

空気を切り裂くような凄まじい飛翔音が鼓膜を震わせ、手前のタイラントの巨大な背中に、至近距離から125mm榴弾が容赦なく直撃した。

強烈な爆煙と共に、タイラントの巨体が前方に大きくのめり込む。

 

「ガァァァァッ!?」

 

大統領府の強固な正面鉄製ゲートを文字通りキャタピラで蹂躙し、瓦礫を蹴散らしながら突入してきたのは、カルロスたちが強奪して進軍させていたT-80戦車であった。

 

「よォ! 随分と分が悪いお遊びをしてるじゃないか、俺たちも混ぜてくれよ!」

 

砲塔の上から身を乗り出したカルロスがニヤリと不敵に笑い、重機関銃の銃口をもう1体のタイラントへとピタリと向けた。

 

「ブルー・アンブレラだ! 国連の要請に基づき、これよりこの区画のバイオハザードを完全に『鎮圧』する!」

 

カルロスの気勢に満ちた号令と共に、随伴していた漆黒の武装兵たちが一斉に中庭へと展開し、タイラントを包囲する十字砲火の完璧な陣形を敷く。レオンもまた、ボロボロになりながらもニヤリと笑って銃の構えを直した。

 

「イワン、あのデカブツを圧し潰せ!」

 

カルロスの怒号と共に、T-80戦車がガスタービンエンジンを爆発的に吹かせ、爆煙を上げるタイラントに向けて猛烈な突進を開始した。数十トンの鋼鉄の塊が、無限軌道を鳴らして迫る。

 

タイラントは逃げるどころか、真っ向から戦車を迎え撃つべく、その両腕を突き出した。

 

ギチギチギチ、と戦車の前面装甲にタイラントの怪力が食い込む。信じがたいことに、タイラントの恐るべき筋力が、前進するT-80の車体を徐々に持ち上げ、フロントを僅かに浮かせたのだ。

 

「化け物め、馬力比べをしようってのか! よし!踏み込め、イワン!」

 

操縦席のイワンが怒りの咆哮を上げ、アクセルを限界まで踏み込む。エンジンの咆哮が一段と高まり、圧倒的な質量と無限軌道の回転数がタイラントの肉体を凌駕した。

 

「ガ、ガァァァ……ッ!」

 

ついにタイラントの膝が折れ、骨が砕ける音が響く。戦車はそのまま浮き上がった車体を強引に押し下げ、暴れるタイラントを無限軌道の下へと完全に巻き込み、石畳ごと真っ赤な肉塊へと轢き殺した。

 

 

時を同じくして、大統領府の豪奢な執務室。

窓外の戦況をまだ把握していないスベトラーナ・ベリコバ大統領は、鏡の前で完璧な姿勢を保ち、勝利の演説の練習を優雅に行っていた。

 

「我が国の主権は、いかなるテロ組織によっても脅かされることはない。私たちは今日、新たなる秩序を──」

 

その洗練された声の途中、執務室の重厚な扉が激しく開き、血相を変えた側近の部下が滑り込んできた。スベトラーナは不快そうに眉をひそめ、冷徹な声をかける。

 

「……長老達はどうなりました?」

「は、はい……先程、地下の混乱に乗じて全員処刑いたしました。内戦の全責任は彼らに押し付けられます」

「よろしい。他に報告する事は?」

「それが……例のエイダ・ウォンが地下プラントから重要サンプルを強奪して逃走した模様です。さらに……」

 

部下は額の汗を拭いながら、声を震わせた。

 

「ブルー・アンブレラの代表…エリザベス・ステイラーは国連に居るそうです。つまり我々と会談し、地下施設にいた彼女は……一体?」

 

スベトラーナの目が鋭く細められた。すべては自らの描いたシナリオ通りに進んでいたはずだった。長老たちを消し、テロを鎮圧した英雄として君臨するはずが、背後から別の巨大な影に糸を引かれていたことに気づき始めたのだ。だが、最悪の報告はそれに留まらなかった。

 

「大統領! 国境付近の部隊から緊急連絡です! アメリカとロシアの連合軍が、我が国への『治安維持』を電撃的に開始しました! 既に防衛線を突破されています!」

「……なんですって?」

 

スベトラーナの美しく冷酷な顔から、完全に血の気が引いた。自分が築き上げた国家の壁が、一瞬にして超大国の都合によって崩壊していくのを感じていた。

 

 

 

そして、外の広場では、決定的な終焉の幕が上がろうとしていた。

中庭には、まだもう1体のタイラントが残されていた。全身の拘束衣が破れ、リミッターが解除された暴走状態(スーパータイラント)へと変貌を遂げつつある。

 

満身創痍のレオンは、隣のバディを見やった。

 

「……今回の件が終わったら、一杯やりに行くか?」

 

バディは苦しげに呼吸を荒げながらも、皮肉げに笑った。

 

「お前の奢りならな」

 

二人の前に、咆哮を上げるタイラントが地を鳴らして突進してくる。周囲にはブルー・アンブレラの私兵部隊が展開しているというのに、なぜかその巨躯は、レオンとバディだけを執拗に狙っていた。

 

「他にもたくさん遊び相手がいるってのに、なんで俺たちに向かってくるんだ?」

「……何故、逃げない……」

 

バディが絶望的な目で化け物を見つめる。レオンは素早く周囲を確認し、叫んだ。

 

「我ながらそう思うよ! 少し急いで離れるぞ!」

 

その時、ブルー・アンブレラの部隊と交戦し、なおも暴れ狂うタイラントの頭上に、すべてを圧殺するような凄まじいジェットエンジン音が響き渡った。レオンが顔を上げると、雨雲を引き裂いて低空で急旋回する米軍の攻撃機『A-10サンダーボルトII』の凶悪な機影があった。

 

──ブォォォォォォンッ!!!

 

独特の重低音と共に、機首に搭載された30mmガトリング砲が容赦なく火を噴いた。一発一発が戦車をも破壊する劣化ウラン弾の嵐がタイラントの肉体を捉え、強靭な肉体を誇った化け物は、一瞬にして形を留めない血肉のミンチへと変えられた。

 

さらに、官邸の遙か遠方の丘陵地帯から飛来した、ロシア連邦軍『T-90』主力戦車の精密な長距離砲撃が、残る肉塊を跡形もなく吹き飛ばす。

 

アメリカとロシア──普段は激しく対立するはずの相反する超大国が、裏で完全に手を結び、圧倒的な軍事力で東スラブ共和国に進駐してきたのだった。

 

「全員、射撃を停止しろ! 武器を下げろ!」

 

カルロスは即座に部隊に命令を下した。無線機を掴み、ロシア軍とアメリカ軍の双方の周波数に対して、自分たちが国連承認の味方(ブルー・アンブレラ)であることを冷徹に報告する。

 

しかし、カルロスはその様子を、苦々しい表情で怪訝そうに見つめていた。

 

(話が早すぎる。米露がここまで完璧に足並みを揃えて介入してくるなんて、事前に全ての手筈が整っていなきゃあり得ねえ。一体誰が、このシナリオを書いた?アイツか?)

 

カルロスたちの部隊は、表向きは両大国の進駐に全面協力する形でスムーズに誘導を開始したが、カルロスの脳裏には、あの銀髪の女──エリザベートの冷たい笑顔が不気味に浮かび上がっていた。

 


 

その頃、ニューヨークの国連本部。

戦場の凄惨な匂いなど微塵もしない、安全で煌びやかな議会の壇上には、仕立ての良い美しいスーツに身を包んだブルー・アンブレラ代表、エリザベス・ステイラーの姿があった。

 

「──我がブルー・アンブレラは、ロシア、アメリカ両軍に先駆け、現地での迅速なバイオハザードの鎮圧に成功いたしました。さらには、スベトラーナ政権が国を主導してB.O.W.を運用し、深刻なバイオテロを引き起こしていた決定的証拠を、ここに提出させていただきます」

 

彼女の凛とした、知性に満ちた声が広い議場に美しく響き渡る。

 

「ここから先の軍事的な暫定統治は、正義ある両大国にお任せ致します。ですが我が社は、東スラブ共和国の無辜の国民たちへの検疫、および治療のための医療スタッフと物資を大規模に派遣することを決定いたしました。さらに戦後は、傷ついたこの国を復興させるため、対B.O.W.防衛に使用する物資の生産工場を現地に建設し、多大な経済的支援を行うことをここに誓います。バイオテロに苦しむ世界の人々の為……我々は身を粉にして働く所存であります」

 

エリザベスが胸に手を当て、慈愛に満ちた表情で深く一礼すると、国連議場は割れんばかりの賞賛と拍手喝采に包まれた。誰もが彼女を、そして新生アンブレラを「正義の救世主」だと信じて疑わなかった。

 


 

同じ刻、東スラブ共和国の雨の市街地。

戦闘が終結した直後、バディの肉体を激しい苦痛が襲った。使いすぎた支配種プラーガが、彼の脊髄から脳へと浸食を始め、彼の神経を焼き尽くそうとしていた。

 

「何もかも失った……人生の師も、仲間も……! いまや戦う理由さえない!」

 

バディは泥水に塗れながら叫んだ。

 

「殺してくれ! あんな化け物にはなりたくないんだァァ!」

 

ピストルを片手に項垂れるバディは、少し落ち着きつぶやく。

 

「なんて、虫のいい話だよな……」

 

もはや自分が自分でなくなるのは時間の問題だった。バディは亡き親友JDが遺した形見のスキットルをレオンから受け取り、震える手で中の苦い酒を呷った。そして、静かに拳銃の銃口を自らのこめかみへと押し当てる。

 

「そう思う気持ちは、わからなくない……」

 

レオンはそれを見つめるしかなかった。だが、引き金にかかったバディの指が…どうしても震えて動かない。

 

「……死にたくない……っ」

 

バディは銃を取り落とし、涙を流しながらレオンの服に縋りついた。復讐のために全てを捨てたはずの男の、それが嘘偽りない、生への本音だった。

 

「……なら、歩け。自ら命を絶つ選択肢は、俺達にはない。死んでいった奴らの分まで生き続けなくちゃならない運命なんだ」

「例え、どんな見苦しい生き方だったとしてもな……」

 

レオンの冷たい、しかし確かな人間の意志を込めた声。

 

直後、レオンはバディの背後へと回り込み、躊躇なく愛銃の引き金を引いた。銃声が雨の街に響く。弾丸は正確にバディの脊髄──プラーガの中枢神経のみを完全に撃ち抜いた。激痛と共に、バディの意識は深い闇へと沈んでいった。

 


 

その狂騒の裏側、崩壊した大統領府の地下施設の暗闇。

 

影のように佇むセバスチャンを伴ったエリザベスの元へ、ガスマスクを被った漆黒の死神・ハンクが音もなく帰還した。

彼が恭しく差し出した頑丈なジュラルミンケースの中には、極秘任務の目的であった『支配種プラーガのサンプル』が静かに収められている。

 

エリザベスはケースからサンプルを手に取ると、躊躇うことなく自身の肉体へと直接吸収させた。新たなる進化のピースが彼女の中で弾ける。その瞬間、彼女の脳内に甘味な快感が駆け巡る。

 

彼女は、艶やかな唇をペロリと舐めて、ひどく美味しそうに笑った。

 

「さて、死神……この国から私を本体の元へ連れていきたまえ。そのジュラルミンケースの大きさぐらいには圧縮しよう」

「……ラジャー」

 

直後、エリザベスの美しい肉体がドロドロの不定形なスライム状へと崩れ落ち、自ら進んでジュラルミンケースの中へと収まっていった。ハンクはケースを無造作に閉じると、セバスチャンと共に崩落する施設から速やかに撤退した。

 


 

その後、ニューヨークの高級ホテルの一室。

 

窓の外に煌びやかな摩天楼が広がる静謐な部屋で、ハンクがジュラルミンケースを開く。中から這い出たスライム状の分身体は、部屋の中央で静かに佇んでいた「本体」のエリザベートへと絡みつき、そのまま完全に吸収・統合された。

 

境界線が溶け合い、二つの意識と記憶が一つに戻る。国連で演説していたのも、東スラブの地下にいたのも、すべては同じ彼女自身。

本体のエリザベートは、手に入れた東スラブでの全ての情報を脳内で冷酷に精査しながら、直立不動のハンクを見つめた。

 

「任務ご苦労だった」

 

労いの言葉をかけるその黄金色の瞳には、新世界の神としての揺るぎない絶対的な自信が満ちていた。

 


 

事件から数週間後。

アメリカへと帰還したレオン・S・ケネディは、あるホテルの暗い一室でグラスを傾けながら、通信機越しにサポート役のイングリッド・ハニガンと会話を交わしていた。部屋のテレビでは、東スラブ共和国の最新ニュースが流れている。

 

『東スラブ共和国の平和維持の為に、アメリカとロシアが中心の暫定政府が置かれることになったわ。行方知れずになったスベトラーナ大統領、彼女の前政権は完全に解体され、彼女と前政権を支えてきた数々の国内企業も解体されることになりそうよ』

「上の連中は全て知ってたんだな……あの大統領が黒幕だと……」

『誤解しないで、レオン。合衆国大統領は一切関わってないわ、私達も何も知らされてなかった……もしかして! レオン……貴方……!』

「辞めたりはしないさ、まだ何も終わっちゃいない……それとだが、ハニガン」

 

グラスを置くと、レオンは静かに立ち上がった。窓の外の夜景を見つめながら、最も気になっていた疑問を口にする。

 

「……ブルー・アンブレラの代表、エリザベス・ステイラーについて調べてくれたか?」

『ええ。厳重に調べたけれど……レオン、奇妙な事に…。事件の最中、彼女はずっとニューヨークの国連本部に居たらしいの』

「何? それはエリザベスの姿をした別人じゃないのか?」

『それはあり得ないわ。指紋認証も静脈認証も本人の物だったし、国連の会議に終始参加していた監視カメラの映像も、生体データも完全に本人のものよ』

 

ハニガンの冷静な報告に、レオンの背筋に冷たい戦慄が走った。

 

「じゃあ……俺が地下プラントで会ったあの女は、一体何だったんだ……?」

 

彼が知る由もない事実。様々なウイルスの特性を統合したエリザベスは、完全に同一の遺伝子・記憶・意識を共有する「分身体」を生成し、片方が得た情報をリアルタイムで認知・統合できる怪物へと進化していたのだ。

 


 

同じ頃──東スラブ共和国、復興が進む街角。

 

晴れ渡った空の下、車椅子に乗ったバディは、学校へと向かう子供たちの賑やかな笑い声を聞いていた。レオンの手によってプラーガを摘出され、身体の自由こそ失ったが、彼は生きている。本当に欲しかった「平和」を、手に入れたのだ。彼は車椅子の車輪を押して、ゆっくりと前へ進んでいた。

 

だが、ふと視線を前に向けた時、人混みのある石畳の大通りの先に──「それ」は居た。

 

白いワンピースを風にはためかせ、この世のモノとは思えないほどの美しさを持った、銀髪の美女。

彼女はバディを真っ直ぐに見つめ、優雅に微笑んでいた。東スラブの英雄を、己の「新たな手駒」として組織へ組み込むために。

 

「あ……」

 

平和な日常が、再び底知れぬ絶望に塗り替えられる足音が聞こえた。バディは顎を震わせ、化け物を見るかのように愕然と息を呑み、その場に縫い止められた。

 


 

ニューヨークの摩天楼を見下ろす高級ホテルの最上階。

分身体を統合し、東スラブのすべての情報を得たエリザベートは、高級なワインをグラスの中で揺らしながら、手元のタブレットに映し出された東スラブ共和国の全土マップを愛おしそうになぞっていた。

 

壁面の巨大モニターには、ニュース映像が映し出されている。画面の中では、アメリカとロシアの代表者が並び立ち、東スラブ共和国の「平和的な復興」と「暫定政権の樹立」を高らかに宣言していた。

 

「……米露共同の暫定政権か。くだらんな……実に。何も歴史から学んでいない愚か者たちの退屈な茶番だ」

 

エリザベートは冷ややかに吐き捨てる。相反するイデオロギーと国益を持つ二つの超大国が、一つの国家を仲良く運営できるはずがない。かつての冷戦下におけるドイツの分割統治がそうであったように、いずれ必ず内部から亀裂が走り、醜い権力闘争と分裂が始まる。それは火を見るより明らかな、必然の未来だった。

 

B.O.W.が実戦投入されているという内戦の噂は、彼女にとって絶好の隠れ蓑だった。合衆国とロシア連邦という二つの超大国に確たる証拠をわざと引き渡し、彼らの強大な軍事力を使って厄介な現政権を「タダで」掃除させる。さらには、東スラブに眠る豊富な貴金属や地下資源の採掘権を美味い「餌」として提示することで、大国たちの目をそちらの利権争いに釘付けにさせた。これこそが、彼女が仕掛けた罠の第一段階である。

 

「彼らが互いの牽制と資源の利権争いに気を取られ、身動きが取れなくなっている間に……我々が中枢を『治療』してやればいい」

 

エリザベートの唇に、底知れぬ邪悪な笑みが浮かぶ。

武力による制圧など、もはや三流のやり方だ。暫定政権に据えられた東スラブの官僚や要人たちを、ブルー・アンブレラの圧倒的な資本力で買収し、あるいは都合の良い思想を持つ自陣営の支持者へと密かにすげ替えていく。弱みを握るのもいい、物理的に入れ替えるのもいい。

 

やがて超大国は、泥沼化する前に自らの政治的ポーズに満足し、早々に兵を引く。

後に残されるのは、指導者を失い、インフラが破壊され、プラーガの恐怖に怯える無力な国民たちだけ。そこへ、国連の承認を得た「正義の対バイオテロ組織」であるブルー・アンブレラが、莫大な資金と医療スタッフを伴って降臨するのだ。

 

彼らは歓喜し、涙を流してエリザベートを救世主として崇めるだろう。

復興支援という大義名分の下、東スラブの広大な土地にはブルー・アンブレラの大規模な装備製造工場が次々と建設される。対B.O.W.部隊の訓練施設、巨大な物流拠点、そして地下深くに秘匿される最先端の生体兵器研究プラント。

 

国民はブルー・アンブレラの工場で働き、ブルー・アンブレラの配給を食べて生きる。国家の経済とインフラの心臓部を完全に掌握された彼らは、もはや誰一人としてエリザベートに逆らうことはできない。合法的かつ、誰にも非難されることのない完璧な乗っ取り劇。

 

彼女がこれほどまでに、この東スラブ共和国という辺境の地に固執したのには明確な理由があった。

もし仮に、新生アンブレラの本拠地を世界最大の超大国であるアメリカ国内に構えたとしよう。結果は見えている。少しでも不手際があれば、合衆国政府はためらうことなく「滅菌作戦」と称してミサイルを撃ち込み、全てを隠蔽するだろう。

かつて、自ら…オズウェル・E・スペンサーが創設した旧アンブレラは、アメリカ中西部の田舎町『ラクーンシティ』を丸ごと一つの巨大な研究生産基地として作り上げ、そして一瞬で失ったあの愚行の二の舞になる恐れがあるからだ。

 

さらに現在のアメリカは、あまりにも「虫」が多すぎる。政府の監視網だけではない。

特異菌などのB.O.W.を販売、運用しようとする犯罪組織『コネクション』をはじめとする無数のライバル企業や産業スパイたちが、すでに合衆国の裏社会…政権内部に深く根を張っているのだ。そのような泥沼の縄張り争い(レッド・オーシャン)のド真ん中に、自らが最高傑作としての進化を遂げるための心臓部を晒し、侵入を許すリスクを冒す義理などない。

 

だからこその、東スラブ共和国なのだ。

内戦で疲弊し、他の巨大組織の手垢が一切ついていないこの完全なる「空白地帯」こそが、大国やライバル企業の干渉を退け、国ごと巨大な要塞へと作り変えることができる最高の場所であった。

 

同じ失敗は繰り返さない────同じ愚かな結末を迎えさせるわけにはいかない。

 

「企業が都市を支配するのではない。企業が『国家』を運営するのだ」

 

核心に満ちた言葉を零すエリザベートはさらに続けた。

 

「三年。いや、二年で十分だ。その頃には、暫定政権の心臓部は完全にブルー・アンブレラの血液で満たされていることだろう」

 

誰の血も流さず、誰にも侵略だと気づかれないまま、完全なる「独立した実験国家」が完成する。

ラクーンシティの悲劇は繰り返させない。ここは、私と共に永遠に進化し続ける、新しい世界の中枢(ニュー・ラクーンシティ)となる──。

 

「──大きすぎず、小さすぎない。実に手頃な『箱庭』だ」

 

黄金色の瞳を妖しく輝かせ、エリザベートはワイングラスを傾けた。

彼女の視線の先、タブレットの画面には「対B.O.W.鎮圧部隊現地司令官:バディ」という新たな人事ファイルが、冷酷な光を放ちながら承認の時を待っていた。

彼女は優雅に指を滑らせ、そのファイルに『承認』のサインを刻み込む。

 

「平和バンザイ……。ワシが彼らに…恒久的安寧をプレゼントしてやろう」

 

芳醇なワインを喉へ流し込みながら、エリザベートはニヤリと嗤う。

これから先の未来──完全に統制され、自らの掌の上で踊り続ける愚かで愛おしい箱庭の完成を想い、その艶やかな口元は深く、邪悪な弧を描くのだった。




東スラブ共和国は新たなラクーンシティと相成りました

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