BIOHAZARD: Re-Genesis 作:ヨシフ書記長
好きなバイオハザード作品は、アウトブレイク2です。
けたたましい警報音が、地下施設に鳴り響いた。
無機質な赤色灯が回転し、永き眠りに就いていた研究室をせわしなく照らし出す。彼女の目覚めという「イレギュラー」を、施設のセキュリティシステムが検知したのだ。
「……喧しいことだ。主の目覚めを祝うファンファーレにしては、少々品がなさすぎるな」
少女は耳障りなサイレンに顔をしかめながら、部屋の片隅に放置されていた研究員用の白衣に目を留めた。
全裸でうろつくわけにもいかず、彼女はそれを手に取り、小さな身体に羽織る。大人用の白衣は8歳ほどの少女にはあまりに巨大で、袖からは手が一切見えず、裾は床を引きずる異様なドレスのようになっていた。
だが、そのアンバランスな姿でさえ、彼女が放つ圧倒的な威圧感と傲岸不遜な態度によって、一種の異様な風格を帯びている。
白衣の裾を引きずりながら、彼女は部屋の中をゆっくりと探索し始めた。
見慣れたアンブレラの機材の数々に紛れ、見慣れぬ真新しい端末が接続されている。その画面には、不躾にも他の組織のエンブレムが表示されていた。
「ふむ……『コネクション』か。旧アンブレラの遺産に群がるハイエナ共め」
彼女は埃を被ったコンソールを指先でなぞり、冷ややかに鼻で笑った。
コネクションはこの旧ラクーンシティ郊外の施設をほぼ占拠しているようだが、彼らの技術力と理解力では、スペンサーが遺した深淵のほんの上澄みしか解明できていないのは明白だった。彼女が眠っていたこの最深部のセキュリティすら突破できず、目覚めるまで放置していた無能さが何よりの証拠である。
「所詮は三流のチンピラの集まり。他人の庭に土足で踏み入った挙句、ワシの遺した究極の芸術の真髄すら理解できんとは。まったく、アルバートの稚拙な選民思想も大概だが、この無能共の泥棒稼業には虫酸が走るわ」
その時、分厚い扉の向こうの通路から、多数の重い足音と切羽詰まった怒号が近づいてくるのが聞こえた。
『未探査ブロックのロックが解除されたぞ!』
『内部で生命反応あり! くそっ、何が目覚めやがった!? 急げ!』
サイレンが鳴り響く中、慌てふためくコネクションの武装兵たちが、アサルトライフルを構えながらこの部屋へと殺到してきている。
「ふむ……。ハイエナ共が餌の臭いを嗅ぎつけてきおったか」
扉の向こうに迫る殺気を感じ取っても、少女は慌てる素振りなど微塵も見せなかった。それどころか、退屈しのぎの玩具を見つけたかのように、その紅い瞳を細める。
彼女は部屋の奥――未だ闇に沈む、巨大な培養槽が並ぶエリアへとゆっくりと振り返った。
赤色灯に照らされた白銀の髪が、微かに揺れる。
「ちょうど良い。ワシの新しい身体の『試運転』……そして、ワシの可愛らしい従者たちの目覚まし時計代わりにはなるだろう」
重厚な金属扉が爆薬によって吹き飛ばされ、火薬の匂いと土煙が研究室に雪崩れ込んだ。
タクティカルライトの眩い光が暗闇を切り裂き、武装した「コネクション」の特殊部隊員たちが次々と室内に突入する。
「動くな! 手を上げ――」
先頭の隊員が怒号を上げかけたが、その声は間抜けなほど呆気なく途切れた。
ライトの先にいたのは、想定していた凶悪なB.O.W.ではなく、引きずるほど巨大な白衣を羽織った、白銀の髪の幼い少女だったからだ。
「……子供? なぜこんな最深部に……」
隊員たちが一瞬の戸惑いを見せた、まさにその時…!
少女―スペンサーの転生体は、退屈そうに小さな溜息をついた。
「無作法な連中だ。他人の寝室に土足で踏み入る前に…ノックの仕方から教え直さねばならんようだな」
次の瞬間…!少女の足元に落ちていた巨大な白衣の影が…不気味に蠢いた。
ブチュッ、という粘着質な水音と共に、少女の背中から赤黒い筋肉繊維の塊が爆発的に膨れ上がり、無数の「触手」となって宙を舞う。それはかつてラクーンシティを、脱出しようとした者達すら飲み込もうとした…不定形B.O.W.…『ニュクス』そのものの性質だった。
「な、何だこれは!? 撃て! 撃てェッ!!」
パニックに陥った隊員たちがアサルトライフルを乱射する。無数の銃弾が少女の小さな身体を捉えたが、着弾した瞬間に肉体が泥のように変質し、弾丸をすべて体内に「吸収」してしまった。傷一つ付かない。
「ヒィッ……! 化け物……ッ!」
逃げ惑う隊員たちに、赤黒い肉の波が襲い掛かる。
ニュクスの触手は隊員たちの身体に巻き付くと、衣服や装甲ごと彼らの肉体を溶かし、少女の体組織へと同化させていく。悲鳴を上げる間もなく、骨が砕け、肉が混ざり合う悍ましい咀嚼音が部屋中に響き渡った。
ほんの数十秒後…
部屋には血の一滴すら残っていなかった。数名いたはずの武装兵は、銃器ごとすべて少女の小さな身体の一部として「捕食」され、跡形もなく消え去っていた。
大きく膨れ上がっていた触手がシュルシュルと音を立てて少女の背中へと収束し、再び陶器のように美しいアンティーク・ドールのような姿へと戻る。
彼女は、わずかに乱れた白衣の襟を直しながら、冷ややかに言い放った。
「ふむ、肩慣らしにもならんな…。 U.B.C.S.に比べるほどのものではないか……所詮はハエの集まりよ」
かつてアンブレラが誇った私設部隊の練度と比べれば、目の前の三流の兵士たちなど、文字通り取るに足らない有機物の塊に過ぎなかった。
彼女は、先ほど吸収したコネクションの兵士たちの「記憶」から、施設の構造とセキュリティコードを既に引き出していた。
迷うことなくメインコンソールへと歩み寄り、小さな指で軽快にキーボードを叩く。認証システムは、彼女の体内に取り込まれた兵士の生体データを読み取り、いとも容易く全ブロックのアクセス権限を解放した。
「さて、ワシが不在の間に、このコソ泥どもが何をしていたか……見せてもらおうか」
モニターに、コネクションがこの数年間で蓄積した研究データが次々と表示される。
特異菌を用いた精神支配兵器の開発、旧アンブレラの生物兵器の販売、新型ウィルス研究。
スペンサーは画面をスクロールさせながら、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
「
彼女は、データの中にあった「エヴリン」という名の少女型生体兵器のレポートを一瞥し、侮蔑の笑みを浮かべる。
「兵器に少女の姿を与え、潜入させるという発想自体は悪くない。……だが、老化現象の欠陥すら克服できぬとは。細胞の安定も図れぬ三流の技術で、神の真似事をしようとした結果がこれか。嘆かわしい」
スペンサーはコンソールの電源を落とし、研究室の奥――未だ暗闇に包まれた、巨大な培養槽群が並ぶエリアへと視線を向けた。
「知性なき暴力も、理念なき科学も、最早この世界には不要だ。……ワシの完全なる復活の前に、まずはこの施設の『掃除』を済ませるとしよう。コネクション……貴様らの薄汚い研究ごと、ワシの糧としてくれるわ」
銀髪の少女は白衣の裾を翻し、旧ラクーンシティの地下底に眠る自らの「城」を完全に掌握すべく、静かな足音を響かせながら奥へと進んでいった。
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