BIOHAZARD: Re-Genesis 作:ヨシフ書記長
長らくお待たせ致しました。クレア編終わりです。
次はバリー編になります。
早くバイオハザード6を書きたい。
無機質な金属の駆動音と、狂気の残響が交錯する。
アレックス・ウェスカーは、ポッドの中で穏やかな息を立てる少女——ナタリアを陶酔の眼差しで見つめていた。
「美しい器……」
直後、胸の奥からせり上がるような咳の発作に襲われる。己の肉体を蝕む病魔の気配を振り払うように、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。
「半年間の眠りを経て……貴方は私になる。そして、世界は真の恐怖に染まる……」
アレックスが操作盤から手を離すと、重厚な機械音と共にナタリアを乗せたポッドの床が下降を始めた。
「その運命の時まで……おやすみなさい。安らかに」
薄暗いタワーの底へと沈んでいくナタリアを見下ろし、アレックスは狂信者のように呟く。
「誕生の前のためらい……。私の生は、誕生の前のためらいだ……」
下降していくナタリアのポッドと入れ替わるように、タワーの最上階を目指して上昇を続けるエレベーターがあった。 クレア・レッドフィールドとモイラ・バートン、そしてエリザベス・ステイラー。 不意に、モイラが背後の気配に悪寒を感じて振り返る。そこには、ただ静かに、完璧な微笑みを張り付けたエリザベスが立っていた。
「……どうかされまして?」
「い、いや……」
モイラは誤魔化すように視線を逸らす。クレアは到着の電子音が鳴る直前、手にした銃を強く握り直した。
「……この先に、全ての元凶が」
扉が開くと同時に飛び出したモイラは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「なんなのよ……ここ」
「考えるのはあとよ。オーバーシアを探しましょう……」
そこは巨大なサーバーと無数のモニターが並ぶ監視室だった。画面には、彼女たちがこれまで死線を潜り抜けてきた収容所や廃村が映し出されている。
「この映像の場所、見覚えのあるところばかり……」
「ここで私達を監視していたのね……!」
怒りを滲ませるクレアの傍らで、エリザベスはモニター群を一瞥し、冷ややかに言い放った。
「私達はさしずめ……モルモットといったところでしょうか。実に悪趣味ですわね」
その言葉にクレアが微かに反応しつつも、上階へ続く階段を見つけ、歩みを進める。
階段を登った先には応接間のような一室が広がっていた。テーブルの上には『転生の儀のための覚書』と題された資料が無造作に置かれている。エリザベスは手袋越しの指でそれを一枚一枚めくりながら、嘲笑を漏らした。
「エリザベス……その書類は?」
「狂人の戯言のようですわ……フフフ」
エリザベスの黄金色の瞳の奥底で、かつて世界を支配した老王——オズウェル・E・スペンサーの意識が、優越感と失望感に浸っていた。
(アレックス…不死の研究を転生という形におさめたのは褒めてやろう。だが、器を探すのに手間取っていたようだな………何故、あらかじめ自らの手で完全な器を創造しなかったのか。土壇場で器探しに奔走するなど愚の骨頂だと言うのに…)
一方、クレアはニールの報告書や、フランツ・カフカの『変身』についての独自考察が書き殴られた手記を素早く読み解いていく。
「オーバーシア……一体何をしようとしているの?」
クレアは部屋の奥に設置された巨大な水槽の裏に、隠しレバーを発見した。エリザベスと共に水槽を横へと押しやり、レバーを引き下ろす。すると重々しい音と共に天井のハッチが開き、さらに上階へと進むための通路が降りてきた。
「これで先に進めるわ……急ぎましょう……!」
通路を駆け上がり、大きな自動ドアを抜ける。そこは塔の最上階に位置する、巨大なモニター群と培養設備が鎮座する研究室だった。
部屋全体が、神聖な儀式を終えた直後のような、異様で張り詰めた静寂と狂気に満ちている。 巨大な防弾ガラスで仕切られた部屋の最奥。そこに立つアレックスは、狂気に満ちた眼差しでクレアたちを見据えた。
「オーバーシア……!」
ガラス越しにスピーカーから響くアレックスの声には、死の恐怖は微塵もなかった。あるのは、自らの意識を若く完全な器へと移し替え、死という概念すらも超越して「真の神」へと至るという、狂気じみた恍惚感だった。
「支配の根幹をなすもの……それは恐怖。恐怖を乗り越えたものこそが……世界を統べる資格を持つ……。遅かったわね。器は満たされた。私は死を越え……神となる」
「どういう意味よ!」
「あんたのイカれた講釈はもうウンザリ……!」
クレアの怒声に対し、エリザベスは扇で口元を隠すようにして酷薄に微笑んだ。
「自らを神と錯覚した哀れな人形の、ひどく退屈な舞台劇ですわね」
エリザベスの嘲りにピクリと眉を動かしたものの、アレックスは勝利を確信した微かな笑みを崩さない。
「実験は成功した……あとは目覚めの日を待つだけ……審判が下るその日を……」
「貴方……何を言っているの?」
「グレゴール・ザムザ……彼は妹に捨てられ死へと導かれた……私は違う。兄と運命を共にする…我々の救いは…」
アレックスは静かに、自らの側頭部に銃口を突きつけた。
「我々の救いは──死である…」
崇高な自決を遂げようと、アレックスが引き金にかけた指に力を込めようとした——その時だった。
彼女の視線が、銃を構えるクレアたちの背後に静かに佇む女……エリザベス・ステイラーの「黄金色の瞳」と交差した。
「————っ!?」
アレックスの脳内に、雷に撃ち抜かれたような凄まじい衝撃が走る。
エリザベスの口元には、慈愛を装った極めて優雅で、微かな笑みが張り付いている。
だが、アレックスの網膜はその完璧な美しさの奥に潜む「圧倒的な上位者」の気配を、本能レベルで捉えてしまった。
見下ろすような冷たい眼差し。神を自称する己など、盤上の矮小な駒としか見ていない底知れぬ狂気と傲慢。それは、かつてアレックスがどれほど足掻いても決して届かず、強烈なコンプレックスと絶望を抱き続けた天才の姿——『アレクシア・アシュフォード』の幻影と、完璧なまでに重なり合ったのだ。
(何なのだあの女は……この威圧感……まさか、あの化け物……アレクシア!? なぜ、あの神童がここに……!)
超越者の死を美しく迎えるはずだったアレックスの心は、突如として過去のトラウマに無惨にも蹂躙された。アレクシアの幻影を見た恐怖、そして「自分は決して最上位にはなれない」という根源的な劣等感により、彼女の腕に巻かれた『緑色の腕輪』が、激しいパニックを感知して真っ赤に点滅し始める。
もはや、それは神としての崇高な死ではない。
ただの恐怖に顔を歪ませた、醜い敗北者の末路だった。
アレックスは眼前の圧倒的な存在から逃げるように自らの頭を撃ち抜き、大量の血飛沫を上げて無様に崩れ落ちた。
「死を選ぶなんて……!」
アレックスの心肺停止と同時に、塔のシステムが完全に沈黙し、直後にけたたましい警報音が鳴り響いた。
『自爆プロセス作動。全職員は直ちに退避してください』
無機質なアナウンスと共に、施設全体に仕掛けられていた爆薬が起動したのだ。床が激しく鳴動し、至る所で連鎖的な爆発が巻き起こる。
「走って!」
クレアとモイラ、そしてエリザベスは崩れゆく施設から逃れるため、外殻を螺旋状に走る非常階段へと飛び出した。だが、容赦なく噴き上がる爆炎が次々と彼女たちの退路を断ち切っていく。
「キャアアアッ!」
「モイラ!」
巨大な衝撃波が塔を揺るがした直後だった。 頭上から巨大な鉄骨と瓦礫が降り注ぎ、クレアとモイラが走っていた前方——エリザベスが足を踏み入れていた非常階段の中央部分が、飴細工のように無惨に崩落した。
「エリザベス!!」
クレアの絶叫が夜風に掻き消される。 為す術もなく崩れ落ちる瓦礫と共に、エリザベスの体がクレアたちの目の前で、遥か下方の暗い海へと真っ逆さまに落ちていった。彼女は一切の悲鳴を上げることもなく、ただ静かに闇へ呑まれていく。
しかし、絶望に浸る間もなく、さらなる崩落がクレアとモイラを襲う。 足元のコンクリートが砕け散り、クレアはモイラを庇うようにしてバランスを崩し、足場を完全に失った。
「モイラ! 生きて!」
その絶叫を残して、クレアもまた、エリザベスを追うように遥か下方の暗い海へと転落していった。
「クレア!!」
モイラは悲痛な叫びを上げたが、彼女の頭上にも無慈悲な崩壊が降り注いだ。
巨大なコンクリートの塊と鉄骨が直撃し、モイラの体は崩れ落ちた床の瓦礫の下敷きになった。
肺から空気が搾り出され、激痛が全身の神経を焼き切るように貫く。視界が真っ赤な血で染まり、手首の腕輪がパニックと死の恐怖に反応して赤く激しく点滅しかけていた。
(いや……死にたくない……ここで……!)
薄れゆく意識の中。炎と黒煙の向こうから、足音もなく歩み寄ってくる影があった。 海へ落ちていったはずの…漆黒のスーツ姿。
「エ……エリザベス……? 無事……だったの……?」
モイラが掠れた声を絞り出すと、炎に照らされた『もう一人のエリザベス(分裂体)』は、ウェスカーの冷酷な口調が漏れ出たような、酷薄な笑みを浮かべていた。
本体が海へ落ちる直前、密かに切り離されていたその分身体は、ニュクスの特性を完全に制御し、ただ静かに死にゆく少女を見下ろす。
「貴様が此処で死ぬのは……研究対象としても、非常に残念だ」
エリザベスの分裂体は、足元に落ちていた鋭利なガラス片を拾い上げた。 そして、一切の躊躇なく——自らの美しい首を、横一文字に深く切り裂いた。
ブワッ、と噴き出した濃密な血が、瓦礫の下敷きになったモイラの顔面や全身の傷口へと容赦なく降り注ぐ。
それはただの赤い血ではない。炎の光を反射し、ヴィンテージワインのように深く、不気味なまでに美しい『黄金がかった朱色』に輝いていた。元より、変異型T-ウィルスの特性である血液の変異——さらには多種類のウィルスの特性を統合して進化の果てに行き着いた禁断の液体、『アクアデヴィタ』。
「だから……貴様は死なない様にしてやろう……選ばれし者よ……」
首の断面からとめどなく流れるその血を浴びた瞬間、モイラの体内で細胞の激しい再構築が強制的に始まった。
傷口から侵入した黄金の血がモイラの血液を変異させ、砕けた骨を繋ぎ、裂けた肉を蠢かせる。
人間の限界を遥かに超えた再生能力の付与。 その凄まじい変異のショックと細胞の悲鳴に耐えきれず、モイラの意識は深い闇へと沈んでいった。
同じ頃、塔の下に広がる暗い海中。
瓦礫と共に落下した本体であるエリザベスは、すぐさまクレアの後を追って深い冷たい海へと潜行していた。 海深くへと沈んでいくクレアを目視したエリザベスは、自らの両脚の細胞を瞬時に組み替えた。ニュクスの特性と変異型T-ウィルスがもたらす肉体変化により、彼女の両脚はまるでイルカのような強靭なヒレへと変異する。
超高速の魚雷のごとく海中を突き進み、気を失ったクレアの身体を掬い上げる。
そして凄まじい速度で海面へと浮上した。
クレアを抱えたまま遥かな海路を泳ぎ抜き、島から遠く離れた海域へ至る。折り良く漁網を引き揚げていた漁船の網にしがみつくと、そのまま意識のないクレアを抱えて軽々と甲板へ上がり込んだ。
海から突如現れた女に、漁師たちが幽霊でも見たかのように震え上がる中、彼女はブルーアンブレラ代表としての身分を明かし、ロシア連邦政府経由で自社とBSAAへの緊急救援を要請させた。
数十分後、夜空を引き裂いてブルーアンブレラの戦闘ヘリが急行してきた。 救護班が素早くクレアを搬送する傍ら、エリザベスは自らの直属の部下に冷徹な声で指示を出す。
「新しい服を。このままでは交渉の席に着けませんわ」
エリザベスが優雅に指を鳴らすと同時に、彼女の着ていた濡れて汚れたドレスが「青い炎」に包まれた。t-ベロニカによる超高温の炎は、エリザベス自身の完璧な肌には火傷一つ負わせることなく、不要な衣服だけを灰一つ残さず一瞬で焼滅させた。
すぐさま部下が差し出した、漆黒の高級テーラードスーツへと袖を通し、彼女は再び「完璧な代表」の顔を作り上げた。
ロシア沿岸部、BSAA前線医療基地。 ヘリからタンカで搬送されるクレアの傍らには、報せを聞いて駆けつけたバリー・バートンがすがりついていた。
「バリー……ごめんなさい……モイラが……島に取り残されたの……!」
途切れ途切れに告げられた悲酷な現実に、バリーは頭を抱え、絶望に打ちひしがれた。
そこへ、一切の汚れもない漆黒のスーツを纏ったエリザベスが、重武装の護衛部隊を引き連れて姿を現した。 彼女の前に静かに立ちふさがったのは、BSAAの歴戦の隊長、クリス・レッドフィールドだった。
クリスは一目で感じ取っていた。エリザベスを囲む護衛たちの、無駄の一切ない機械的な統率。そして何より、東スラブを救った英雄であるはずの彼女自身から漂う、底知れぬ不気味さを。
(……ただの民間軍事会社の動きじゃない。あの護衛たち……まるで意志を持たない『完成された兵器』だ。そしてこの女の威圧感……一体何者だ?)
「東スラブを救った英雄様が、直々にこんな前線基地までお出ましか。『アンブレラ』の看板を背負う人間を易々と信じる気はないが……妹を救ってくれたことには礼を言う、ステイラー代表」
「礼には及びませんわ、レッドフィールド隊長。我が社は贖罪のために存在するのですから。それに……彼女は素晴らしい友人ですもの」
エリザベスは完璧に洗練された営業スマイルを浮かべた。
「そう警戒しないでいただきたいですわ。私もクレアさん達も被害者。……同じバイオテロを憎む者同士、仲良くいたしましょう。疑い合っても意味を成しませんわ。それこそ、今回のようなFBCの残党によるテロ……何かが引き起こされるような土壌を作りかねません」
FBCの残党。その単語にクリスの眉間が深く寄る。政治家としてもネゴシエーターとしても完璧すぎる理屈だ。
だが、クリスは彼女の笑顔の奥に、人間が持つべき正義感や悲壮感が完全に欠落しているのを見抜いていた。
「……口の減らない代表様だ」 クリスは小さく息を吐いた。
「バイオテロを潰す目的に嘘がないなら、今は手を取り合ってやる」
「ご理解いただけて光栄ですわ。……さて、バートンさん」
エリザベスは悲痛な顔のバリーへ視線を向けた。その瞳の奥の狂気を隠し、あくまで聖母のように優しく囁く。
「お嬢さんのこと……どうかお気落とされぬよう。彼女はきっと、生きておりますわ。私が必ず、ロシア政府に働きかけ、大々的な調査を行えるようにさせます」
「な、何!それは、ほ、本当か!」
「ええ。もし組織としての正式な救助が難しくとも……『個人』で島に行けるように、私が手配いたしましょう」
その言葉は、絶望の淵にいたバリーにとって一条の光だった。 BSAAの管轄外であるロシアの主権下では、組織は動けない。だが、ブルーアンブレラのコネクションを使えば、密かに航路を開けるというのだ。
「待て、ステイラー。いくらなんでも一民間企業が、他国の主権下にある島への渡航を独断で——」
「無能な官僚たちの許可を待つおつもりなら、ご自由に。ですが、命の時間は有限ですわ」
クリスの言葉を冷たく遮り、エリザベスはクルリと背を向けた。
(せいぜい、美しく進化した娘の姿を確かめに行くことね、バートン)
「私はこれより、ロシア連邦政府の首脳陣へ『ご挨拶』に行ってまいります。……お嬢さんを救い出すための道は、私がこじ開けて差し上げますわ」
護衛を引き連れて去っていくその背中を、クリスは険しい目で見送った。
「……バリー。あの女の言葉を額面通り受け取るな。裏に何があるか分かったもんじゃないぞ」
「ああ……だが、モイラを助ける道がそれしかないなら、俺は例え…悪魔の提案にでも乗る」
バリーは覚悟を決めた瞳で、装備室へと向かって歩き出した。
一方、ザボート島。
崩壊の跡地で、下水道に潜んでいた老人エフゲニーは、瓦礫の隙間で倒れている少女を発見した。
頭上から巨大なコンクリートの直撃を受けたはずの彼女の体には、傷一つ残っていなかった。周囲に散らばる微かな血痕が、異様なまでに黄金がかった朱色を帯びていること以外は────
薄暗い庵のベッドで、モイラは深い昏睡状態にあった。
彼女はどこまでも暗く静かな夢の中で、エリザベスに優しく膝枕をされていた。エリザベスは一言も発さず、ただ聖母のように微笑みながら、モイラの髪を永遠に撫で続けている。
やがて、モイラが目を覚ました。
身を起こした彼女の視界の隅には、半透明になったエリザベスの姿が優雅に立っていた。 黄金の瞳を持った幻影は、スーツ姿で静かに微笑む。
『さぁ、お立ちになって!モイラ!なんとしてでも生きて!』
「あ、あれ? エリザベス…? ……わかったよ、エリザベス」
モイラは混乱した様子で頭を押さえながらも、何もない空間に向かって、怒ったように、それでいてどこかひどく安心したように言い返した。
傍らでシチューを煮込んでいたエフゲニーは、呆然とモイラを見つめていた。
(……この小娘、頭が壊れてしまったのか? だが……その割には、ハッキリとそこに『もう一人』いるような口ぶりで喋りおる……)
「おい、お前…誰と話しとるんだ?」
「えっ…?」
狂気と祝福の血をその身に宿したモイラと、過保護な幻影。 誰も知らない島での、残酷で奇妙なサバイバルが、今幕を開けようとしていた。
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