BIOHAZARD: Re-Genesis 作:ヨシフ書記長
ラクーンシティでさえあんなに残ってたんだから…
夜のハイウェイを疾走するリムジンの車内。
アリッサとの接触を終えたエリザベートは、革張りのシートに深く腰を沈め、手元の携帯端末に表示された古い研究データを眺めていた。
画面に回転しながら映し出されているのは、かつて世界を恐怖に陥れた二重螺旋の悪魔――『t-ウィルス』の分子構造モデルだった。
「兵器としては、確かに優秀だった。恐怖と混乱をばら撒き、死体を
エリザベートは冷たいワインを一口含み、退屈そうに画面をスワイプした。
彼女の視線の先で、沈黙を守る漆黒の巨人――セバスチャンが、主の言葉を静かに聞いている。
「だが…マーカスが生み出したこのt-ウィルスは、結局のところ『始祖ウィルス』特有の欠陥を拭い去れんかった。それこそが、制御不能な毒性の強さだ」
彼女の声には、かつての共同創設者に対する明らかな侮蔑が混じっていた。
「マーカスは、始祖ウィルスにヒルのDNAを組み込むことでブレイクスルーを果たしたと有頂天になっておったが、愚かなことだ。あの強すぎる毒性は、感染によって人間を『進化』という次の次元へ引き上げる前に、脳細胞の激しい壊死を引き起こしてしまう。……無能なゾンビを生み出してしまう原因であり、器そのものを変革前に死に至らしめる、致命的な欠陥よ」
エリザベートは端末をテーブルに放り投げた。
彼女にとって、アンブレラという巨大企業も、そこから生み出された無数の
「ワシの目的は、死体が歩き回る下品な終末世界を作ることではない。選ばれた現人類を強制的に進化させ、争いのない…より高次な精神と肉体を持った新人類の『神』となることだ」
彼女はセバスチャンの極太の腕に、白い指先をそっと這わせた。
「お主のようなタイラントは、数千万分の一の確率でウィルスに適応した稀有な成功例だ。だが、それでも自我を失うという点で、ワシの求める『新人類』には程遠かった。……ゆえに、ワシはお主の脳髄に
セバスチャンは、自らの在り方を語る主に対して、肯定するように低く喉を鳴らした。
「マーカスのt-ウィルス、アレクシアのT-Veronica、バーキンのG-ウィルス……。天才気取りの連中がこぞってウィルスを弄り回したが、誰も始祖の真のポテンシャルを引き出せはしなかった。そして今度は、アルバートが『ウロボロス』などという大仰な名をつけて、世界の破壊を企んでおる」
エリザベートの紅い瞳に、底知れぬ狂気と、孤高の帝王としてのプライドが燃え上がる。
「どいつもこいつも、ワシの描いた崇高なビジョンを理解できぬ矮小な凡人どもよ。……だからこそ、ワシ自らがこの新しい器で、真の『神への階梯』を完成させねばならんのだ」
冷たい雨が雪へと変わりゆく外の景色から視線を戻し、エリザベートは手元の端末を再び操作した。
マーカスやバーキンの旧時代的なデータをスクロールし、やがて一つの暗号化された極秘ファイルを開く。そこに映し出されたのは、金色の髪を持つ美しくも傲慢な天才少女――アレクシア・アシュフォードの顔写真と、彼女が残した『T-Veronica』の研究記録だった。
「……アレクシア。アシュフォード家の最高傑作にして、アンブレラ史上類を見ない頭脳を持っていた娘。あやつだけは、他の凡夫どもとは少し毛色が違ったな」
エリザベートは、グラスに残ったワインを飲み干しながら、感心したように目を細めた。
「俗物のビンセント…さらにはマーカスやバーキンがウィルスの持つ『力』や『変異』に溺れたのに対し、彼女はウィルスとの『共生』を目指した。自らを実験台とし、十五年ものコールドスリープを経て理性を保ったまま肉体を進化させる……。女王蟻として君臨しようとしたその発想は、ある意味でワシの求める『神への階梯』に最も近いアプローチであったと言えよう」
だが、とエリザベートは冷酷に鼻を鳴らした。
「結局のところ、アレクシアもまた『人間の形』を捨てるという代償を払わねばならなかった。醜い化け物に成り果て、クリス・レッドフィールドたちに討たれるという三流演劇の結末を迎えたのだからな」
エリザベートは端末を閉じ、運転席で静かに待機する漆黒の巨人を見た。
「セバスチャン、進路を変えろ。……向かうは極寒の地、南極だ。クリスたちによって爆破された、あの忌まわしいアシュフォードの南極基地跡地へ向かう」
主の唐突な命令変更にも、セバスチャンは一切の疑問を挟むことなく、ただ低く喉を鳴らして了承の意を示した。リムジンのハンドルを素早く切った。
「施設そのものは木っ端微塵に吹き飛んでいようが、あの環境は天然の冷凍庫だ。アレクシアの遺骸……あるいは、彼女を形成していたVeronica植物の破片のいくつかくらいは、絶対零度の氷の中に無傷で保存されているはずだ」
エリザベートは、自らの白く滑らかな手のひらを見つめた。
その皮膚の奥で、あらゆる有機物を取り込み、遺伝子レベルで同化する『ニュクス』の細胞が、新たな糧を求めて微かに脈打っているのが分かる。
「この肉体ならば、ほんの僅かな細胞の欠片からでも、彼女の記憶、膨大な知識、そして『意識』そのものを抽出し、完全に統合することができる。……ワシの持つ始祖の叡智に、あの天才の頭脳とVeronicaの共生システムを掛け合わせるのだ」
想像するだけで、エリザベートの紅い瞳が歓喜と狂気に妖しく輝いた。
かつて自らを「女王」と称したアレクシアの精神を自らの内に取り込むこと。それは、もはや単なるデータの簒奪ではなく、究極の生命体へ至るための『儀式』であった。
「ククク……アハハハッ! アレクシアの意志と記憶をこのワシに統合する……そう、これは『神』が完全なる存在となるために、どうしても必要なことなのだよ」
エリザベートは、誰もいない空間に向けて両腕を広げ、優雅に笑い声を響かせた。
「英雄を気取った哀れな末裔の娘よ。お主のすべてを、このワシの血肉として永遠に生かしてやろう。さぁ、極寒の地で眠る『女王』を迎えに行こうではないか」
防弾仕様のリムジンは方向を変え、吹雪の夜の闇を切り裂くように、遥か南の氷の王国の残骸を目指してスピードを上げた。再誕した帝王の貪欲なる捕食の旅は、まだ始まったばかりだった。
かつてアンブレラが誇った巨大な南極輸送基地は、アルバート・ウェスカーが仕掛けた爆破破壊工作によって完全に瓦礫の山へと変えられていた。
しかし、見渡す限りの白銀の世界に佇むその残骸は、完全に消滅したわけではなかった。ひしゃげた鉄骨、崩落したコンクリートの壁、そして雪が容赦なく降り積もる中、地下深くへと続く施設への入口だけが、まるで墓穴のように不気味にその黒い口を開けていた。
極限の寒気と猛吹雪が吹き荒れる中、その「死の遺構」の数キロ先に…
一機のセスナ機が不時着に近い形で滑走し、停止した。エリザベートが南米のうらぶれた飛行場で、大金を積んで強引にチャーターした機体だった。
セスナのハッチが開き、極寒の突風が機内に吹き込む。まともな人間であれば、一瞬で肺の凍るような暴力的な冷気。
だが、タラップを降りて雪原に立ったエリザベートは、眉一つ動かさなかった。
常人であれば、激しく身震いをし、口からは真っ白な呼気が吐き出されるはずの環境。しかし、彼女の可憐な唇からは、微かな白い息すら立ち上らない。
変異型t-ウィルスと『ニュクス』の細胞によって再構築された彼女の肉体は、周囲の環境に完璧に適応し、体温や代謝を完全に制御下に置いていた。彼女にとって、この南極の絶対零度は、涼しい木陰程度の意味しか持たなかった。
「……静かなものだな。かつてアシュフォードの血筋が栄華を誇り、そして無様に自滅した場所か」
エリザベートは、セバスチャンが恭しく差し出した純白のコートの襟を正すこともなく、ただ黙々と、雪に埋もれた基地の残骸へと歩みを進めた。
彼女の後ろろを歩くセバスチャンもまた、巨躯を揺らしながら、音もなく雪を静めていく。彼の強靭なタイラントの肉体も、寒さなどという原始的な生理現象とは無縁だった。二人の歩みは、生きた人間のそれではなく、死の世界を行進する亡霊そのものであった。
ザク、ザク、と二人の足音だけが、風の音に混じって響く。
近づくにつれ、地下施設への入口から漂ってくる不気味な死臭が、エリザベートの鋭敏な嗅覚を刺激した。それは単なる腐敗臭ではない。長年凍結されていた古きウィルスと、かつてここで命を散らした者たちの、執念に満ちた遺伝子の匂いだ。
「待っておれよ、アレクシア。お主の十五年の眠りと、その果てに掴んだ貴様の『女王』の力を、このワシが正しく使ってやる」
エリザベートは紅い瞳を妖しく光らせ、闇の口を開ける地下への階段へと、迷うことなくその足を一歩踏み入れた。
地下施設は、かつての激しい戦いの痕跡をそのまま氷の奥底に封じ込めたかのような凄惨な有様だった。
冷気で霜の降りた床には無数の空薬莢が散らばり、分厚い鋼鉄の隔壁には、暴走した巨大なB.O.W.が引き裂いたであろう生々しい爪痕が深く刻み込まれていた。
ウェスカーによる爆破工作の影響は凄まじく、通路の大部分は崩落した天井の瓦礫によって完全に塞がれていた。しかし、エリザベートの歩みが止まることは一度としてなかった。
彼女の行く手を阻む何十トンものコンクリートや鉄骨の塊を、漆黒の執事たるセバスチャンが、まるで脆い飴細工でも捻るかのように容易くへしゃげさせ、無造作に退かしていくからだ。
床が大きく崩落し、底なしの暗闇が口を開けている場所では、セバスチャンが周囲の岩盤を砕いてパズルのように敷き詰め、主がドレスの裾を汚すことなく歩けるための「即席の道」を瞬時に造り上げていた。
二人は一切の言葉を交わすことなく、底なしの深淵へと向かって黙々と降りていく。
やがて、さらに深く進んだ崩落区画で、エリザベートはふと足を止めた。
壁一面を覆い尽くすように、赤黒い巨大な蔓のようなものがこびりついている。それは、かつてアレクシアが自身の血肉を介して施設全体に張り巡らせた、T-Veronicaの『触手』の残骸であった。
絶対零度の冷気によって、それは石のようにカチカチに凍りついていた。
エリザベートは白い指先でその一本を掴むと、枯れ枝を折るように無造作にへし折った。そして、まるで食後のデザートでも味わうかのような優雅な手つきで、凍った触手の断面を自らの小さな口へと運んだ。
――ムシッ……ムシッ……。
死の静寂に包まれた氷の地下空間に、なんとも言えない生々しい咀嚼音が響き渡る。
凍りついた古の肉と繊維を噛み砕き、飲み込む。その瞬間、彼女の肉体を構成する『ニュクス』の細胞が、T-Veronicaの断片的な遺伝子情報を瞬時に解析・同化し、恍惚に似た震えを全身に走らせた。
「……なるほど。これがVeronicaウィルスか…。実に美味だ」
エリザベートは口元に付着した氷の粉と黒い体液を舌で舐めとり、昏い悦びに唇を歪めながら、さらに奥へと歩みを進めた。
そして、ついに二人は施設の最深部――『終着点』へと到達した。
そこは、かつてクリス・レッドフィールドと、異形に成り果てたアレクシア・アシュフォードが最後の死闘を繰り広げた巨大な広間。空間の半分以上は爆発で崩落し、雪と氷に覆われていたが、決戦の舞台は奇跡的に現存していた。
広間の中心には、対B.O.W.用の超高出力兵器『リニアランチャー』のプラズマによって激しく灼き焦がされた、黒々としたクレーターが残っている。
エリザベートの紅い瞳が、そのクレーターの傍らで「氷のオブジェ」と化している物体を捉えた。
「……見つけたぞ。眠れる森の女王よ」
レールガンの直撃によって肉体の大部分を炭化させられながらも、極限状態の南極の環境によって腐敗を免れ、完全に氷結保存された異形の亡骸。
かつて十五年の眠りを経て、自らを真の神と称して君臨しようとした天才少女――アレクシア・アシュフォードの成れの果てが、そこにあった。
「兵器の熱線で灼かれ…ベロニカの暴走で発火し…無様に散ったか。だが、その脳の破片とVeronicaの叡智は、この氷の中で新鮮なまま保たれておる」
エリザベートは、凍りついた女王の亡骸の前に立ち、その焼け焦げた表皮にそっと両手を這わせた。彼女の白い肌の下で、捕食者の細胞が、いよいよ始まる「最大の晩餐」に向けて激しく脈動を始めていた。
リニアランチャーの熱線に灼かれ、極寒の氷の中で永遠の眠りについていたはずの意識が、突如として激しく覚醒した。
アレクシア・アシュフォードは目を開けた。
「……ここは?」
驚くべきことに…視界に飛び込んできたのは南極の氷壁でも、凍てつく瓦礫でもなかった。
それは、重厚なマホガニーの柱と、クラシカルな壁紙に彩られた見覚えのある内装――かつてのアンブレラ幹部養成所を彷彿とさせる、あまりにも巨大で静謐な「洋館」のホールだった。
幻覚を振り払うように一度目を閉じ、再び開く。
すると、いつの間にか彼女はホールの中心から、長い絨毯が敷かれた洋館の廊下の奥へと移動していた。
戸惑いながらも、さらにもう一度目を閉じ、開く。
今度は、古めかしい装飾が施された、重厚な一室の扉の前に佇んでいた。
ふと、アレクシアは自身の両手を見つめた。
蟻の女王の如き異形の皮膚も、全てを焼き尽くす可燃性の血液もそこにはない。ベロニカ・ウィルスを自身に投与する前の、あの残酷なまでに美しく、無垢だった「生前の姿」のままであった。
(私は確かに、あの不届きな侵入者たちによって……。いや、あの
自身の死の記憶を脳内で反芻し、これが肉体を持たない「精神の残滓」が見せる夢であると気づきかけた、その時だった。
閉ざされた扉の向こうから、全てを見透かしたような、低く掠れた老人の声が響いた。
「入りなさい。アレクシア・アシュフォード」
アレクシアの眉が微かに動く。死してなお、自らを支配しようとするかのような不遜な声。
彼女が静かに扉を押し開けると、そこは部屋の奥に美しいステンドグラスが嵌め込まれた、書斎とも客間ともつかぬ広大な空間だった。
ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光を背に受け、一人の老紳士が、車椅子ではなく自らの足で毅然と立っていた。仕立ての良い三つ揃えのスーツを纏い、背筋を伸ばしたその老人は、底知れぬ威圧感を放ちながらアレクシアを見下ろした。
「貴方は誰?」
アレクシアは毅然と問い返した。アシュフォードの血を引く女王として、精神の世界であっても誰かに膝を屈する気は毛頭なかった。それは生来の傲慢さゆえでもあった。
老紳士は、皺の刻まれた顔に酷薄な笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「ワシか? ワシこそがアンブレラだ……始祖ベロニカの模倣者よ」
その言葉に、アレクシアの瞳が驚愕に揺れる。
ワシこそがアンブレラ。その尊大な自称を許される人間は、世界にただ一人しか存在しない。
「オズウェル・E・スペンサー…卿…!」
「エドワードが見れば嘆く事だろう…由責ある貴族だったはずが最後の当主が始祖の模倣だとは……いやはや……アレクサンダーにも困ったものだ……」
スペンサーの幻影は、かつての共同創設者であったエドワード・アシュフォード、そしてアレクシアの父であるアレクサンダーの名を親しげに、しかし底辺の虫けらを評価するかのように吐き捨てた。
「模倣だと……? 私の研究を、その一言で片付けるつもりか、スペンサー!私こそは選ばれた者なのよ!」
「…。お主の頭脳は認めよう、アレクシアよ。ウィルスとの『共生』という発想は、マーカスらの泥遊びとは一線を画していた。だが、お主が縋ったベロニカとて、ワシらが発見した『始祖』の偉大なる力の一部を…都合よく切り取って模した不完全な物に過ぎん…」
スペンサーは一歩、アレクシアに近づいた。その瞬間、老紳士の姿がブレ、その輪郭が瞬時に「白いワンピースを纏った銀髪の少女」へと変貌する。
『だが、安心するがいい』
少女――エリザベートの声が、老人の声と重なり合って書斎に響き渡る。
『お主のその気高き意志も、十五年の眠りで培ったVeronicaの共生データも、すべてはこのワシが受け継いでやる。ワシの体内で、本物の「始祖」と融和し、世界の王座を支える礎となるのだ。それこそが、お主たちアシュフォードの血筋が、ようやくアンブレラに貢献できる唯一の道よ』
「ぬ…抜け出せ…ない…。くっ……私の、意識が……融けていく……!?」
アレクシアは己の身体が、足元から徐々に白い粘液状の触手へと変わり、床に吸い込まれていくのを感じた。抵抗しようにも、相手は「始祖」そのものの権化。その圧倒的な抱擁力に、女王の精神すらも抗う術はなかった。
取り込まつつある意識の中で、不敵に微笑むエリザベートを見たのだった。
現実の南極最深部。
凍りついたアレクシアの亡骸に触れていたエリザベートの肉体から、無数の赤黒い蔦が噴き出し、女王の遺骸を完全に包み込んでいた。
「フフフ…ワシが永遠有効活用させてもらうにしよう。アレクシア嬢よ」
アシュフォードの最後の遺産が、再誕した帝王の血肉へと変わっていく。エリザベートは目を閉じ、自身の脳内でアレクシアのすべての叡智が統合されていく感覚を、この上ない愉悦…快楽とともに味わっていた。
アレクシアの遺骸って吹き飛んでるけど、破片を吸収したって言うことでよろしくお願いします。
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