BIOHAZARD: Re-Genesis   作:ヨシフ書記長

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バイオハザード5はチェンソーマジニがトラウマです。


原初の胎動

激しい波が打ち付けるアフリカの港に、一隻の不審な民間コンテナ船が接岸していた。

夜の闇と、現地特有の熱気が生ぬるく肌を刺す。

コンテナの重厚な扉が内側から吹き飛ばされるように開き、そこから音もなく、一人の少女がタラップを降りてきた。

白いワンピースを夜風にたなびかせる銀髪の少女――エリザベート。

 

彼女のすぐ後ろには、周囲の治安の悪さを体現したような、銃を手にした密輸業者たちの死体が転がっていた。密航の口封じに、セバスチャンが数秒で「片付けた」骸だ。

 

「……ああ、この匂いだ」

 

エリザベートは、ねっとりとしたアフリカの空気を深く吸い込んだ。

変異型t-ウィルス、ニュクス、そして数ヶ月前に取り込んだアレクシアの遺伝子。それらが彼女の体内で激しく脈動し、この大地に眠る「あるもの」に強く共鳴していた。地下深くで今なお咲き誇る、聖なる花「太陽の階段」。そして、そこから抽出されるすべてのウィルスの根源――始祖ウィルスの原種の気配だ。

 

「懐かしい……実に懐かしい。ワシが若き日にすべてを賭けて踏み込んだ地に、こうして全く新しい完璧な肉体で戻ってくるとはな……。運命とは、時に粋な計らいをするものよ」

 

彼女の紅い瞳が、闇の向こうに広がる広大な大地を見据える。

アレクシアの叡智を統合した彼女の脳内には、ウェスカーが潜むトライセル拠点の詳細なデータだけでなく、彼が開発しているという「ウロボロス・ウィルス」の不完全さまでもが、手に取るように理解できていた。

 

「待っておれよ、アルバート。お主がワシの遺産を使ってどれほどの『おままごと』をしているのか、この目で確かめてやろう」

 

エリザベートはクスクスと可憐に、しかし残酷に笑うと、セバスチャンを従えて闇の中へと歩き出した。

 


 

アフリカの容赦ない太陽が、ひび割れた赤茶色の大地を白く焼き焦がしていた。

 

熱風が吹き抜ける荒野の中心。そこには、かつて人間であったモノたちの成れの果て――頭部を吹き飛ばされ、異形の触手を剥き出しにした「マジニ」の死体が、まるで不要なゴミのように山をなしている。

その凄惨な死体の山の頂に、場違いなほど優雅な純白の折りたたみ式テーブルとチェアが広げられていた。

 

フリルのついたパラソルの影で、一人の少女がくつろいでいる。

エリザベートは真っ白なレースのハンカチで口元を拭うと、足元に転がっていたマジニの腕に、白く細い指先をそっと触れさせた。

その瞬間、彼女の美しい指先から粘液状の肉の触手が無数に噴き出し、マジニの肉を…骨を…血を…そして体内に潜む寄生体『プラーガ』までもを、まるで乾いた砂が水を吸い込むかのような勢いで自らの中へと同化させていく。

 

彼女の正体は、かつてアンブレラが開発した実験体『ニュクス』の特性を組み込まれた、究極の有機生命体。

変異型t-ウィルスによって再構築され、さらには南極でアレクシア・アシュフォードの叡智を取り込んだその肉体は、周囲の有機物を捕食し、自らの情報として統合する「無差別吸収能力」を完全に制御下に置いていた。

 

「……ふむ。やはりアフリカの個体は、ヨーロッパで採取した旧型のプラーガよりも、活動エネルギーが桁違いだな」

 

エリザベートは、自らの肉体の一部となった改良型プラーガの生物情報を脳内で素早く精査し、満足げに喉を鳴らした。

傍らでは、漆黒の執事たる巨人――セバスチャンが、残りのマジニの死体を片手で掴み上げ、背中から伸ばした「NE-α寄生体(ネメシス)」の触手でその肉を無造作に喰らっていた。それはピクニックというにはあまりにも凄惨な、だが彼らにとっては極めて日常的な「補給」の風景であった。

 

「ふむ、プラーガというものはこんなものか……。宿主の肉体を破壊するネメシス寄生体よりは、遥かに改良がしやすそうだな」

 

エリザベートは、セバスチャンの背中で脈動するネメシスの反応と、今しがた自分が吸収したプラーガの特性を天秤にかける。

 

「マーカスが生み出したt-ウィルスは、結局のところ始祖ウィルス特有の強すぎる毒性を拭い去れんかった。ゾンビを生み出し、変革の前に宿主の脳髄を死に至らしめる……。それは兵器としては完成していても、人類を次の次元へ導く『進化の鍵』としてはあまりに粗末な代物だった」

 

彼女は、日傘の下で自らの掌を見つめた。そこには、変異型ウィルスがもたらした完璧な皮膚の質感が、過酷な太陽の下でも月光のような白さを保っている。

 

「だが、このプラーガ……。宿主の理性を完全に奪い、ただの兵隊に貶めるという点では三流だが、組織への適応力、そして『他者の意思に絶対服従する』という神経系の構築プロセスにおいては、ネメシスよりも柔軟で美しい。ワシのウィルスとこの寄生体の特性を掛け合わせれば、より知性的で、より統率の取れた『新人類』の絶対的な支配網を構築できるかもしれんな」

 

彼女は椅子から立ち上がり、セバスチャンが恭しく差し出した太い腕に手を添えて、死体の山から地上へと優雅に降り立った。

 

「アルバートが心血を注ぐ『ウロボロス』……。あれは進化などではない。適合できない弱者を殺戮するだけの、単なる破壊の衝動だ。あやつは、始祖の力を暴走させて神を気取っているに過ぎん。……だが、その暴挙のおかげで、ワシはこうして誰にも邪魔されることなく、最高の素材を回収できている。不肖の息子にも、たまには感謝せねばなるまいな」

 

エリザベートの紅い瞳が、陽炎の向こうに見えるトライセル社の巨大な油田施設――その深部で蠢く、真の「遺産」と「裏切り者」の匂いを鋭く嗅ぎ取った。

 

「ワシのアンブレラを崩壊させてまで、やりたかったことはコレか……アルバートよ。資本主義経済のハイエナどもに聖地を荒らさせることが……」

 

少女の姿をした怪物は、漆黒の騎士を従え、うだるような熱波のアフリカの大地を優雅に歩み始めた。

二人が去った後の足跡には、ニュクスの特性によって一滴の血肉すらも残さず吸収し尽くされた、不毛で完全な静寂だけが残されていた。

 


 

アフリカのうだるような湿地帯に、空気を乱暴に引き裂くエアボートのプロペラ音が響き渡っていた。

BSAAのクリス・レッドフィールドとシェバ・アロマは、泥濁りの水面を滑るように突き進んでいた。トライセル社の資源開発施設へと繋がるこの広大な沼地には、プラーガに寄生された先住民「マジニ」が多数潜伏しているはずだった。

 

「クリス、見て。あそこよ…!」

 

シェバの視線の先、水上に組まれた即席の監視塔と集落が見えた。だが、そこにはマジニたちの狂気じみた咆咆も、侵入者を威嚇する叫び声もない。ただ、耳鳴りがするほどの不気味な静寂だけが、淀んだ空気を覆っている。

ボートを停め、二人はアサルトライフルを構えたまま慎重に集落へと足を踏み込んだ。

 

「……何だ、これは」

 

クリスが眉をひそめ、銃口を下ろした。

板張りの足場には、無数のマジニたちの死体が転がっていた。だが、その死に様は、彼らがこれまで幾度となく直面してきた「バイオテロ」の惨状とは明らかに異質だった。

 

銃創はない。爆発に巻き込まれたような欠損もない。

マジニたちの肉体は、まるで蜘蛛の巣に掛かり、内臓からすべてを「啜り尽くされた」かのように、輪郭が崩れ、骨と皮だけのひしゃげた「殻」と化していたのだ。

 

「信じられない……。細胞組織が、内側から完全に吸い出されているみたい。クリス、見て。この個体、体内のプラーガまで跡形もなく消え失せているわ」

 

シェバがコンバットナイフの先で足元の死体を突くと、それは極度に乾燥した枯れ葉のように、カサリと脆く崩れ落ちた。

生命の残滓はおろか、腐敗臭すらしない。ただ、有機物を根こそぎ奪い去られた絶対的な『虚無』だけが、灼熱の太陽の下に放置されていた。

 

「……俺たちの他に、誰かとんでもない先客がいるようだな」

 

クリスは足元の泥に目を落とした。

泥濘んだ土の上に、この過酷な環境にはあまりにも場違いな、小さく優雅な「靴の跡」が続いている。その後ろには、地面を深く陥没させるほどの、岩のような大男の足跡。

 

「普通の生存者じゃない。この死体の山……まるで、何か巨大な『捕食者』が通り過ぎた後だ」

 

歴戦の勇士である二人の背筋に、冷たい戦慄が走った。

ウェスカーやアーヴィングといった明確なテロリストとは違う、得体の知れない「何か」が、自分たちの先を歩いている。

 


 

 

その頃、クリスたちが立ち往生している集落から数キロ先。

古代遺跡を改造したトライセルの極秘実験場へと続く、薄暗い洞窟の入り口に、エリザベートとセバスチャンは立っていた。

エリザベートは、自らの真っ白なワンピースの裾に僅かに跳ねた返り血を、白い指先でそっとなぞる。その瞬間、血滴は彼女の皮膚に吸い込まれるように同化し、消え去った。

 

「ふふ……。アフリカのプラーガは、実に滋養に富んでおる。ワシの体内の変異型t-ウィルスも、この新たな情報を得て、さらに安定を増したようだ」

 

彼女の肉体――実験体『ニュクス』の細胞を組み込まれたその体は、マジニを「捕食」するたびに、その遺伝子情報を最適化し、自らの糧としていた。彼女にとってここは危険な戦場などではなく、最高の素材が揃った広大な「実験場」であり、極上の「食卓」に過ぎない。

セバスチャンが巨躯を揺らし、洞窟を塞いでいた頑強な鉄格子を飴細工のように無造作に引きちぎり、主のために道を開く。

 

「香るぞ……実に芳醇な香りだ。前の身体では感じられなかったが、実に最高だ」

 

エリザベートは、暗い洞窟の奥から微かに漂ってくる、土と血、そして『始祖花』の甘い香りを嗅ぎ取り、恍惚と口角を吊り上げた。

かつて、この地を統治した先住民「ンディパヤ族」。

 

始祖ウィルスの適応者として神聖視され、外敵を拒み続けてきた彼らの屈屈な肉体は、今や変わり果てた「マジニ」となり、迷路のような遺跡の床に無残に転がっていた。

 

エリザベートは、太陽の光が天窓からわずかに差し込む地下庭園の祭壇に立ち、足元に横たわる一際大柄なマジニの胸に、そっと両手を置いていた。

彼女の白い指先から、霧のように微細な触手が噴き出し、マジニの皮膚を透過して神経網の奥深くまで潜り込む。『有機物の完全同化』のプロセスだ。

 

「……ああ、この芳醇な感覚。世界中にばら撒かれたt-ウィルスやプラーガといった『薄められた泥水』とは、まったく格が違う」

 

エリザベートの紅い瞳が、深い悦びに細められる。

彼女が吸収しているのは、単なる肉の塊ではない。ンディパヤの民が数千年にわたり晒されて、その血の中に受け継いできた「始祖ウィルス」の純粋な遺伝情報だ。

 

「始祖ウィルスに晒され続けた先住民の肉体……実に吸収しがいがあるな。彼らの無念、彼らの誇り、そして彼らの記憶も……すべてワシの血肉として昇華させてやろう」

 

彼女の脳裏に、怒涛のごとく情報の奔流が流れ込む。

ンディパヤの戦士たちが守り抜いてきた聖域の情景。太陽の階段を捧げ、肉体が変革していく瞬間の恐怖と高揚。

そして……近年、この遺跡を無残に蹂躙し、彼らを実験台へと貶めた金髪の男――アルバート・ウェスカーの冷徹な姿。

 

「見えるぞ。アルバート、お主が何を積み上げ、何を成そうとしているのか。ワシの知識を盗み、ウロボロスを積んだあのような無粋なミサイルで世界を塗り替えようとは……。やはりお主には、神の器としての『品位』が決定的に欠けておるわ」

 

エリザベートが手を離すと、大柄なマジニの死体は瞬時に灰のような粉末へと崩れ去り、地下の風に舞って消えた。

彼女の肉体は今や、始祖ウィルスの原種データをも取り込み、変異型t-ウィルス、T-Veronica、そしてニュクスとの完璧な融和を果たしていた。彼女自身が、生ける「始祖の意志」そのものへと昇華された瞬間だった。

 

セバスチャンが、主の衣服に付いた灰を恭しく払い、吸収した記憶から構築された脳内マップをなぞるように、遺跡のさらに奥…暗い通路の先を凝視した。

 

「ククク……。アルバートは、この先にある大型タンカー船に居るようだな……」

 

エリザベートは、少女特有の可憐な仕草で、潤んだ唇をゆっくりと舐めた。

 

「まるで、クリスマスプレゼントを開ける瞬間のようだ……ワクワクが止まらん。これ程、新たな身体になれて良かったとは思えん」

 

彼女は狂おしいほどの歓喜に肩を揺らし、冷酷に、そして愉しげに言葉を紡ぐ。

 

「ウロボロス……。強制的な進化を促すというあの黒き触手が、ワシの肉体でどれほど美味しくいただけるか楽しみだ。ワシという『究極の完成品』を前にした時、あやつがどのような顔で絶望するか……想像するだけで笑いが止まらん」

 

ふと、彼女は背後の暗闇に、微かな足音と息遣いを聞いた。遺跡の厄介な仕掛けを解き、血眼になって追いかけてくるクリスとシェバの気配だ。

 

「猟犬どもも、そろそろ到着か。……セバスチャン、行くぞ。ワシの庭を荒らした不肖の息子に、本物の『レクイエム』を聴かせてやらねばならん」

 

エリザベートは一度も振り返ることなく、遺跡の出口へと続く昇降機へと歩き出した。

その背後には、ただ冷たい風が吹き抜け、生命の鼓動をすべて奪い去られた『死の静寂』だけが残されていた。

 


 

「まただ…。ここも全滅している」

 

数分後、祭壇にたどり着いたクリスは、灰となって崩れたンディパヤ族の残骸を呆然と見つめていた。

周囲を見渡しても、激しい戦闘の痕跡はない。あるのは、すべての有機物を「何か」に奪い尽くされた無残な跡だけだ。

 

「クリス、これを見て」

 

シェバが指差したのは、石床の埃の上に残された、小さな少女のものと思われる靴跡だった。

 

「あいつだ。ホワイトハウス、術して欧州の墓場にいたあの少女……!」

 

クリスの脳裏に、真っ白なワンピースを着た不気味な少女の姿がフラッシュバックする。

 

「一体あいつは、ここで何を食らって進んでいるんだ……?」

 

二人は言い知れぬ不安と恐怖に駆られながらも、弾倉を確認し、重い足取りでタンカーへと続く出口へと急いだ。

彼らが追いかけているのは、もはやバイオテロの犯人などではない。人類の想像を絶する「究極の捕食者」の背中であった。




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