BIOHAZARD: Re-Genesis 作:ヨシフ書記長
未だに筆者はウロボロスウィルスについてあんまりよくわかってません。
アレックスのウィルスは何と無く理解できたんですけど…ウェスカー君
元研究者なのに肉体労働し過ぎておかしくなったのかな
豪華な内装が施された大型タンカーの最上階。遮光ガラスの向こうにアフリカの夜を見下ろす広大な指令室は、怪しく明滅する無数のモニターの光に青白く照らされていた。
アルバート・ウェスカーは、漆黒のコートに身を包み、胸の前で厳かに腕を組んだまま、微動だにせず正面のメインモニターを見つめていた。その横顔は彫刻のように冷徹で、いかなる感情も読み取らせない。
だが、その傍らに立つトライセル社アフリカ支社長、エクセラ・ギオネは違った。彼女は、完璧に整えられた艶やかな唇を不快そうに噛み締め、高級な扇子を握る指先を小刻みに震わせていた。
「アルバート、見て……! 遺跡の各区画に配置していたマジニたちの生体反応が、異常な速度でロストしていくわ。BSAAのレッドフィールドたちはまだ手前の迷路で手こずっているはずなのに…一体何が起きているの!?」
ウェスカーはすぐには答えなかった。彼が超人類へと至って以来、世界のすべては自身の掌の上にある「駒」に過ぎなかった。
「……どこぞの敵対企業が放った刺客か、あるいはBSAAが隠し持っていた秘密兵器か。いずれにせよ、私の『ウロボロス計画』を遅らせるほどの障害ではない」
いつもならば、そう冷酷に切り捨てるはずだった。
しかし、サングラスの奥にある彼の鋭い視線は、太陽の階段の祭壇付近に設置された、高感度赤外線監視カメラが捉えた「異常極まる映像」に完全に釘付けになっていた。
ノイズが走るモノクロの画面。そこに映し出されていたのは、遺跡の陰惨な静寂を、散歩でもするかのように優雅に歩く、純白のワンピースを着た銀髪の少女。
そして、その背後に影のように従う、漆黒のスーツを纏った岩のような巨漢だった。
――ガルルルル、ォォォォオオオッ!!
画面の物陰から、数十体のアジュレと、錆びた鉈や弓矢を手にした屈強な先住民マジニの群れが、血に飢えた咆哮を上げて一斉に飛びかかった。数から言えば、華奢な少女など一瞬で凄惨な肉片に変わるはずの、圧倒的な暴力の奔流。
「……!?」
エクセラが短く息を呑む。
映像の中の少女は、逃げるどころか、身構えることすらしていなかった。マジニたちの凶器が、その白い肌に届く――まさにその刹那だった。
少女の輪郭が、文字通り「溶解」した。
沸騰した泥のように、あるいは無数の蠢く蛇の塊のように、彼女の肉体が激しく波打ったかと思うと、一瞬にして人型の形状を喪失。赤黒く明滅する、巨大な『不定形の肉塊』へと変貌を遂げたのだ。
それは、かつてアンブレラが最高機密として開発し、ラクーンシティで消えたはずの幻の実験体――『ニュクス』の特性そのものだった。
肉塊から爆発的に噴き出した数千本の触手が、空中で跳躍していたアジュレやマジニたちを、網のように一網打尽に絡め取る。
マジニたちは、悲鳴を上げる暇すらなかった。触手に触れた瞬間、衣服も、防具も、肉も、骨も、そして体内に潜む寄生体『プラーガ』までもがドロドロの液状に融解し、少女であった「それ」の質量へと、巨大な掃除機に吸い込まれるように強制同化していった。
捕食に要した時間は、わずか数秒。
すべての有機物を貪り喰らうと、肉塊はシュルシュルと奇怪な音を立てて体積を収縮させ、何事もなかったかのように、元の真っ白なワンピースを纏った可憐な少女の姿へと戻った。
「な、何よ…今の…B.O.W.? いいえ、あんなデタラメな特性を持った個体、他所の開発機関のリストのどこにも存在しないわ!」
エクセラが戦慄して叫ぶ中、ウェスカーの端正な頬が…微かに、だが確実に引きつっていた。
超人的な身体能力を誇り、自らを新たなる世界の『神』と自負する彼が、その生涯でほとんど味わったことのない不快な感情―「得体の知れない不安」が、冷たい一筋の汗となって背中を伝う。
映像の中の少女は、ただ標的を排除しているのではない。その遺伝子情報を喰らい、自らの血肉としてリアルタイムで「更新」し続けているのだ。それは、進化の速度において、自身のウロボロスすら凌駕しかねない異常性だった。
さらにウェスカーを芯から戦慄させたのは、少女が元の姿に戻った直後の『仕草』だった。
彼女は、服に付いた灰を小さな手で優雅に払うと、ふと、天井の監視カメラの方を真っ直ぐに見上げたのだ。
モノクロの粗いレンズ越しであるにもかかわらず、ハッキリと伝わってくる、絶対的な冷酷さと他者を見下すような傲慢な瞳。
(あの変異の様…そして、あのカメラを見下ろす特有の視線……。なんだ、この悍ましい既視感は…)
ウェスカーの脳裏に、黒いもやのような記憶の濁流が渦巻く。
見ず知らずの少女のはずだ。だが、あの「世界のすべてを自身の盤上の駒としか思っていない」特有の気配は、かつて自分が畏怖し、利用し、そして最終的にあの欧州の古城で自らの手で乗り越えたはずの『ある老人』の影を強烈にフラッシュバックさせた。
(いや、あり得ない。あのような怪物がどこから湧いて出たというのだ。アレクシアのT-Veronicaか? それともGの変異体か? ……違う。あれはもっと根源的な始祖の……)
完成された神を自称するウェスカーにとって、目の前で刻一刻と質量と情報を増していく「不定形の捕食者」は、自らの生態学的地位を脅かしかねない天敵に見えた。相手は計画を止めに来た正義の味方などではない。自分という存在そのものを「喰らい」に来たのだと、彼の冷徹な本能が警鐘を鳴らしていた。
「……エクセラ。タンカーの
「え、ええ……分かったわ」
冷たい機械音が響く監視カメラのレンズ越しに、エリザベートは「向こう側」にいる男の動揺をはっきりと感じ取っていた。
彼女は可憐に首を傾げ、レンズに向かってニヤリとおよそ少女らしからぬ凄惨な笑みを浮かべてみせた。
(怯えておるな、アルバート。……ワシが育てた最高傑作のくせに、未知の力には随分と臆病なことだ)
彼女はわざとゆっくりとスカートの裾を翻し、カメラの死角となる地下遺跡のさらなる深部へと歩みを進めていく。彼女にとって、この巨大な施設はもはや自身の庭であり、這い回る不肖の息子を追い詰めるための遊戯場に過ぎなかった。
クリス・レッドフィールドとシェバ・アロマが、ウェスカーの野望を阻止すべく遺跡の奥へと駆け出していってから数分後のこと。
崩落の塵が煙のように舞い、静寂を取り戻した地下遺跡「王の間」の片隅で、ジル・バレンタインは荒い息を吐きながら、冷たい石壁に泥のように背を預けていた。
彼女の胸元には、数分前まで彼女の精神を縛り、肉体を操っていた忌まわしい洗脳デバイスが引き剥がされた痛々しい傷跡が赤く残っている。
極度の疲労と、長期間にわたるマインドコントロールからの解放による激しい副作用で、彼女の意識は深い泥の底に沈むように混濁していた。
「う、あ……」
思考がまとまらない。その微睡みのような視界の端で…コツ、コツ、という規則正しい、あまりにも場違いな靴音が近づいてくるのが聞こえた。
ジルは重い瞼を微かに開けた。霞む視界の向こう、陽炎のように揺らめいて現れたのは、この血生臭い戦場には決して存在するはずのない、真っ白なワンピースを着た銀髪の少女だった。
「永らくアルバートに実験台にされていたようだな、S.T.A.R.S.の小娘よ」
少女――エリザベートは、ジルの前に立つと…その胸元の傷跡から滲む鮮血を至高の宝物でも見つめるかのように妖しく見下ろした。
「貴様の血は確かに美味そうだ。少し…頂くとしよう」
エリザベートが細い指先を差し向けると、その爪の間から、赤黒い極細の触手がシュルリと生き物のように伸びた。
それが自らの傷口へと蛇のように這い寄ってくるのを見た瞬間、ジルの体内に深く染み付いた、数々の修羅場を潜り抜けてきた戦士としての生存本能が…彼女の意識を強制的に覚醒させた。
「う……っ、はあぁっ!」
ジルは混濁する意識のまま、傍らの床に転がっていた短機関銃を咄嗟に掴み取ると…電撃的な速さで銃口を少女の胸元へと突き付け、引き金を引いた!
――タタタタタタタタタタンッ!!!
狭い石壁の部屋に、耳を聾するほどの鋭く乾いた銃声が反響する。
至近距離、回避不可能なタイミング。放たれた9mmパラベラム弾の弾雨は、間違いなく少女の華奢な胸元を正確に、何発も撃ち抜いていた。
だが、ジルは信じられない光景に目を見開いた。
弾丸が直撃した瞬間、少女の白い肌は血の一滴すら流さず、まるで水面のようにぐにゃりと奇妙に波打ち、すべての銃弾をそのまま肉体の中へと「吸い込んで」しまったのだ。出血はおろか、衝撃でわずかに仰け反る様子すらない。ジルの放った弾丸は、ただ彼女の肉の質量へと変換されただけだった。
「無駄だ。ワシには銃なぞ効かんよ」
エリザベートはクスリと、おぞましくも息を呑むほど美しい微笑みを浮かべた。その紅い瞳には、路傍の石ころを見下ろすような…圧倒的な強者の余裕だけが宿っている。
「ただ貴様の血液サンプルが欲しいだけだ。暴れるな」
言葉と同時に…空中で鎌首をもたげていた極細の触手が、ジルの白い腕へと電光石火の速さで突き刺さった。
「くっ……あ、あぁ……っ!」
抗う力も残されていないジルの血管から、触手は『ある特異な成分』を急速に吸い上げていく。
それこそが、エリザベートがわざわざジルの元へ立ち寄ってまで求めていた、極上の果実。
かつてラクーンシティが消滅する間際、t-ウィルスに侵され昏睡するジルを救うために、ラクーン総合病院の医師たちが自らの命を賭して精製し、カルロス・オリヴェイラの手によって投与された『民間の手で生み出されたT-ウィルスのワクチン』だった。
ウェスカーはこのジルの体内で十数年かけて完璧に熟成・変異を遂げたこの奇跡の抗体を利用することで、ウロボロス・ウィルスの過剰な毒性を限界まで制御し、自らの肉体に適合させていたのだ。
「ほう……」
触手を引き抜き、ジルの血を取り込んだエリザベートは、恍惚とした表情で天を仰いだ。自身の内なる細胞の変革を感じ取っていた。
体内に眠る変異型ウィルスやニュクスの因子が、ジルの持つ完璧な抗体データを得たことで、恐ろしいほどの速度で「絶対的な安定」と「さらなる高次元への進化」を同時に遂げていく。
エリザベートは潤んだ唇をゆっくりと舌で舐めまわし、愉悦に満ちた声で呟いた。
「ラクーン総合病院の面々が、命を賭して作り出したT-ウィルスのワクチン……。民間で作った割にはなるほど、ふむ……素晴らしいな。実に見事な物だ…人の素晴らしさとは、時にこうしたものを生み出す強さだ」
かつて最高峰の研究環境を誇ったアンブレラの総帥として、名もなき街の医師たちが遺した「奇跡」の結晶を、これ以上ない尊大な言葉で絶賛する。
恐怖と、ワクチン成分を含む血液を奪われたことによる強烈な眩暈で、ジルはその場に力なく崩れ落ちた。
そんな元S.T.A.R.S.の聖女を見下ろし、エリザベートは冷酷に背を向ける。
「せいぜいここで休んでおれ。元STARSを全て抹殺せずにおけた事をこれ程良かった事とは思えん。運命という物に感謝せねばな……さて、前菜も済んだことだし、不肖の息子を躾けに行くとするか」
少女と、終始背後の暗闇に控えていた漆黒の巨漢セバスチャンは、クリスたちが向かったのと同じ、大型タンカーへの隠し通路へと、悠然とした足取りで歩み去っていった。
ジルは薄れゆく意識の中で、ウェスカーという最悪の男の背後に、それを遥かに凌駕する「底知れぬ怪物」が解き放たれてしまったことを悟り、絶望的な戦慄に身を震わせるのだった。
激しい風が吹き荒れる大型タンカーの広大な甲板。
クリス・レッドフィールドとシェバ・アロマは、重厚なハッチを蹴り開けて最上層へと辿り着いたが、そこで二人が目撃したのは、目を覆いたくなるような凄惨極まる光景だった。
「アルバート……! 私を、私を見捨てないで……! 私は、
鉄板の床に倒れ伏し、激しく身悶えし、血を吐きながら苦悶の叫びを上げているのは、トライセル社アフリカ支社長のエクセラ・ギオネだった。
彼女の美しい顔は苦痛に変調し、その体からは、不気味な黒い泥のような触手が皮膚を突き破って無数に噴き出していた。ウェスカーに冷酷に裏切られ、自らが「神の選別」と信じていた過剰なウロボロス・ウィルスを注入されたのだ。
「ああ、始まったわね……。あはは、あはははは! 世界が私を祝福しているわ……!!」
狂ったように笑うエクセラの肉体は、瞬く間に人間の輪郭を失っていく。それだけではない。暴走するウロボロスの触手は、まるで強烈な磁石のように、甲板のあちこちに転がっていたマジニやトライセル私設軍隊の膨大な死体を引き寄せ、強引にその肉へと巻き込み始めた。
「な、何なのこれ……!? 死体を巻き込んで、どんどん大きくなっていくわ!」
シェバが、物理的な質量が膨れ上がっていく恐怖に声を震わせる。
数百、数千の死体の山を貪り喰らったウロボロスは、船の全容を覆い尽くさんばかりの、黒い触手からなる超巨大な怪物…『ウロボロス・アヘリ』へと変異を遂げた。そのドロドロとした巨体の中心で、エクセラだったモノの「アルバート……!」と呪わしい怨嗟の声を上げている。
クリスがアサルトライフルを構え、その山のような威容に息を呑んだ、その時だった。
「ふむ。死体を集めて質量を増すか。ウロボロスというウィルスの本質は、どこまでも浅ましく、貪欲だな」
激しい突風が吹き抜ける甲板に、場違いなほど鈴の鳴るような、可憐で涼やかな声が響いた。
コンテナの影から音もなく歩み出てきたのは、真っ白なワンピースを纏った銀髪の少女、エリザベート。
そして、その背後に直立する漆黒の巨人セバスチャンだった。
「あ、あの子……! 遺跡にあった、あの靴跡の主よ!」
シェバが叫び、銃口をそちらにも向けようとする。
しかしエリザベートは、BSAAの二人には目もくれず、天を突くようにうねるアヘリの巨体を眺めて、くすくすと冷笑した。
「だが、質量を増して戦うのがウロボロスの特性というのなら……ワシもそれに合わせねば、不作法というものだな」
彼女は少女らしい無邪気さで、白く細い指先をパチン、と小さく鳴らした。
――その瞬間、本当の地獄の幕が上がった。
タンカーの船倉、積み上げられたコンテナ、そして死角にうずたかく積まれていた「残りのすべての死体」が一斉に、ドクン、と不気味な鼓動を始めたのだ。それらは見えない強烈な引力に引かれるように、エリザベートの足元へと津波のように殺到する。
同時に、エリザベート自身の肉体が、ドロドロとした赤黒い不定形の肉塊へと一瞬で崩れ落ちた。
彼女は、押し寄せる膨大な死体の波を、まるで乾いた大地が雨水を吸い込むかのように、一瞬で自らの中へと飲み込み、完全に同化していった。
これこそが、彼女の肉体に組み込まれた、あらゆる有機物を境界なく融合する実験体『ニュクス』の無差別吸収能力。ジルの抗体を得たことで、その安定性は完全なものとなっていた。
「なんて事なの…嘘でしょ、これ……!! 」
シェバが絶叫する。
可憐な少女だったモノは、アヘリに勝るとも劣らない、白と赤黒い肉が複雑に混ざり合った「山のような巨獣」へと、ものの数秒で急速に膨れ上がった。その表面には、先ほど吸い込まれたマジニたちの苦悶の顔が一瞬浮かび、すぐに彼女の細胞へと完全に咀嚼されて消えていく。
クリスはアサルトライフルを向けたまま、あまりの超現実的な光景に完全に硬直していた。
「化け物同士が……互いを喰らうために戦うっていうのか……!?」
――キィィィィィィィィンッ!!!
大気を引き裂き、鼓膜を直接破壊せんばかりの金属質の咆哮を上げ、ウロボロス・アヘリが動いた。
エクセラの怨念を動力源とする黒き巨獣は、太いビルほどもある巨大な黒い触手を振り上げ、エリザベートの肉体へと乱暴に叩きつけた。直撃すれば、鉄鋼板をも容易くへし折る破壊力。
――ドズゥゥゥゥゥンッ!!!
凄まじい衝撃波が甲板を駆け抜け、タンカー全体が大きく傾く。
しかし、エリザベートの肉壁は、その一撃を正面から完全に受け止めてみせた。それどころか、衝撃を吸収した彼女の赤黒い肉が、アヘリの触手を「捕らえた」。
触れた瞬間から、ウロボロス・アヘリの強固な黒い触手が、シュワシュワと不気味な泡を立ててドロドロに融解し始めたのだ。
『ア、アルバ……嘘よ、身体が……ガ、アアアアアッ!?』
アヘリの中心部から、エクセラの絶望に満ちた悲鳴が響き渡る。
ウロボロスは適合しない肉体を破壊し、ただ全方位を貪り尽くすだけの暴走ウィルス。しかし、目の前のニュクスは違う。
「ウロボロスは適合者以外を拒絶し、ただ貪るだけの欠陥品。だが、ワシの肉体は、この世のすべてを受け入れ、統べるのだよ」
巨獣の体内から、重低音のように響き渡るエリザベートの「声」。
次の瞬間、ニュクスの肉から噴き出したのは、不可視の、しかし空間を歪めるほどに強靭な数千、数万本の極細の触手だった。それらはウロボロス・アヘリの全身を、毛虫を包む繭のように…上空から完全に覆い尽くした。
それは戦いなどではなかった。文字通り「上からすべてを包み込み、細胞の一個に至るまで啜り尽くす」絶対的な捕食だった。
『嫌……嫌ぁぁぁ! 私は…!私は神にぃぃぃッ!!』
エクセラの叫びは、物理的に肉を咀嚼される音にかき消されていく。
どんなBSAAの近代兵器を用いても、衛星レーザーを照射しなければ核を破壊できないはずの超巨大生物ウロボロス・アヘリが、エリザベートというさらに巨大な「神祖の胃袋」に吸い込まれ、見る見るうちに縮んでいく。
黒い触手は抵抗しようと激しくのたうち回り、周囲のコンテナをなぎ倒したが、そののたうち回る運動エネルギーさえも、触れた瞬間からエリザベートの肉へと逆吸収され、彼女の血肉へと変換されていった。
ほんの数十秒前まで、この世の終わりを体現するかのようにタンカーを占拠していたウロボロス・アヘリは、一滴の細胞、ひとかけらの死体すら残さず、完全に「完食」された。
直後、すべてを捕食し終えたニュクスの巨獣が、ギチギチと音を立てて信じられないほどの速度で凝縮・収束を始める。
巻き上がった凄まじい煙と血飛沫が、甲板の強風に吹かれて四方に霧散していく。
その煙の向こうから、一歩、足音が響いた。
現れたのは――衣服に汚れひとつなく、髪の一房すら乱れていない、元の可憐な姿に戻ったエリザベートだった。
しかし、その変化は劇的だった。
彼女の背後には、完全に統御され、まるで見事な後光か神々しい漆黒の衣のように脈動する『ウロボロス』の黒い触手が、幾重にも、静かに、そして美しく蠢いていた。
ジルの抗体をベースに…ウロボロスの過剰な毒性を完全に克服し、自らの能力の一部として完全に「適合」させ、アップデートを完了したのだ。
「……な、なんて奴だ……。ウロボロスを…丸ごと食べたのか…?」
クリスが恐怖に頬を痙攣させ、銃を構えたまま一歩後退する。
その時、甲板へと続く重厚な防壁ハッチが重々しく開き、外の凄まじい生体反応の消失を察知したアルバート・ウェスカーが、ついに姿を現した。
「何が起きた……私のウロボロスが……」
ウェスカーの冷徹な言葉が、途中で完全に凍りついた。
彼の自慢のサングラスの奥にある紅い瞳が、信じられないものを見るように激しく見開かれる。
自身の計画の集大成であり、人類を厳選し、世界を新たなる秩序で塗り替えるはずだった究極の神の力――『ウロボロス』。それが、目の前の見知らぬ銀髪の少女の背後で…まるで従順な飼い犬のように、彼女の意思のままに美しく蠢いているのだ。
超人となって以来、完全に忘れていた『本能的な恐怖』が、ウェスカーの冷たい背筋を鋭く駆け抜けた。目の前にいる存在は、自分が到達した「神」の領域を、遥か上空から踏みつけにしている。
「お前は……一体、何者だ……! 私のウロボロスを、どうした……!」
ウェスカーの、これまでの余裕を完全に欠いた、切迫した叫びが甲板に響き渡る。
それを受け、エリザベートは少女特有の愛らしい仕草で、白いワンピースのスカートの裾をほんの少しだけ両手で持ち上げた。
そして、激しい風の中で、最高に優雅な、そして最高に邪悪な「
その紅い瞳が、かつて洋館の車椅子の上から、冷酷に自分を見下ろしていた「創造主」のそれと完全に重なった瞬間――彼女の潤んだ唇から、ウェスカーの精神を極限まで叩き割る、あの帝王の言葉が放たれた。
「久しぶりだな、不出来な息子よ…」
「な、貴様……まさか、スペンサー……!?」
ウェスカーの脳裏を、過去の呪縛が凄まじい勢いで駆け巡る。自らの手で心臓を貫き、完全に屠ったはずの男の気配が、なぜこのような小娘の姿をして、自らの至高のウィルスを従えているのか。
エリザベートはクスクスと気味の悪い笑い声を漏らし、ウロボロスの触手をゆらゆらと揺らめかせながら、じりじりとウェスカーへ距離を詰める。
「お前の『進化』の定義、あまりにも浅ましく、そして非効率だ。ワシが直々にその肉を喰らい、真の進化というものを刻み込んでやろう」
「狂人が……! 幻影ごと、ここで叩き潰してくれる!」
ウェスカーは激昂し、床の鉄板を陥没させるほどの力で踏み込もうとした。しかし、その超越的な速度をもってしても、エリザベートを包むニュクスのプレッシャー、そして背後に控える巨人セバスチャンの威圧感は、彼に「この地上での真っ向勝負は、計画そのものの破滅を招く」という冷徹な計算を強制させた。
(ここでアレと不毛な消耗戦を演じる必要はない。私のウロボロス・ミサイルはすでにステルス爆撃機に装填されている。機を飛ばし、大気圏上空から撒き散らせば、それで私の完全な勝利だ!)
ウェスカーは剥き出しの殺意を紅い瞳に宿しながらも、一瞬の残像を残して超スピードで反転。甲板を駆け抜け、タンカーの最深部、あの漆黒のステルス爆撃機が待つハッチ格納庫へと死に物狂いで撤退・移動を開始した。
「逃げるか、アルバート。どこまでも不肖な奴め」
エリザベートはその逃走を追うように、セバスチャンを伴って格納庫の方向へと優雅に歩き出す。
その様子を呆然と見ていたクリスとシェバもまた、世界を滅ぼすミサイルを止めるため、そして今や二大怪物の戦場と化しつつある心臓部へと、覚悟を決めてアサルトライフルを握り直し、走り出すのだった。
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