その後――というより、半ば流れに押し切られる形で、ナガンとシノンはキリトの装備選びに付き合うことになった。
ガンショップの中は、相変わらず雑多だった。
壁一面に並ぶ銃火器。ガラスケースの中に整然と収められたハンドガン。天井から吊られたパーツやアクセサリーが、どこか無機質な光を反射している。
その中心で、キリトは完全に立ち尽くしていた。
(……分からん)
視界に入る情報量が多すぎる上に、どれも似たように見える。違いが分からない。いや、正確には“違いが分かる前提で並べられている”空間だった。ナガンはそんな様子を横目で見ながら、適当に銃を手に取り、重さやバランスを確認している。
シノンはもう少し体系的に見ていた。
配置、カテゴリ、用途。
全部を自然に整理している視線だった。そんな中、キリトはふとナガンの腰に目を留める。
「なぁ、ナガン」
「ん?」
「ナガン、この世界に近接武器ってないか……?」
ナガンはあっさりと答えた。
「ああ、一応光剣ってやつがある。ビームサーベルとかライトセイバーみたいなもんだ」
一瞬、間が空く。キリトの目が見開かれる。
「本当にあるのか!?」
声が一段上がった。店内のNPCがちらっとこちらを見る程度には大きい。ナガンは特に気にした様子もなく肩をすくめる。
「使う奴なんてほとんどいないけどな。俺も持ってはいるけど最後の切り札くらいでしか使ってない」
「売ってるのか!」
「値段はそこそこするな」
その一言で、キリトの行動は決まった。数分後――キリトは満面の笑みで光剣を装備していた。
「……買ったのかよ」
ナガンが若干引いた声で言う。
「いや、だって剣だぞ」
「このゲームでロマン優先はだいぶ危険だぞ」
「問題ない!」
何の根拠もない自信だった。シノンはそのやり取りを横で見ながら、小さく息を吐く。
「メインはそれにするにしても、サブに何か必要ね。ハンドガンかSMGくらいは欲しいわ」
シノンがガラスケースの前で足を止め、淡々と呟いたその一言は、相談というよりほとんど結論に近い響きを持っていた。ナガンは銃を一挺手に取ったまま、軽く重さを確かめるように上下させながら頷く。
「確かに、近接戦なら牽制用に欲しいな」
「BoBに出るんだから実弾銃がいいわね。牽制目的なら、パワーよりアキュラシー……」
シノンの視線はすでにケースの中を流れるように移動しており、完全に“選定モード”に入っている。ナガンもそれに乗る形で、いくつかの銃に視線を走らせた後、一つを軽く指で示した。
「9mmのワルサーP5のコンパクトモデルなんてどうだ?」
シノンの視線がそちらへ向き、ナガンはそのまま続ける。
「排莢口が左側にある。動いてる時に薬莢が当たらないのは地味にデカいと思うぞ」
実用面に寄った提案だった。だがシノンは、そのまま数秒だけ考え――首を横に振る。
「確かに当たらないのは良いけど」
一度言葉を切り、冷静に欠点を拾い上げる。
「それ、多くても9発しか入らないじゃない。牽制用としては少し弱くないかしら?」
即座の否定ではなく、評価した上での却下だった。ナガンもそれを否定しない。
「それは....あるな」
あっさり引く。議論というより、最適解を削り出していく作業に近い。その横で――キリトは完全に置いていかれていた。
(……何の話してるんだこれ)
単語は聞き取れる。だが、意味として繋がらない。“アキュラシー”“排莢口”“装弾数”
どれも分からなくはないはずなのに、会話のスピードがそれを理解する余裕を与えない。結果として、ただ二人のやり取りを眺めるだけの存在になっていた。ナガンはそんなキリトの様子に気づいていないのか、あるいは気にしていないのか、そのまま次の候補を挙げる。
しかしナガンが勧める銃がまともなモノであるはずが無い。
「じゃあ、PMR-30はどうだ?」
ナガンは軽い調子でそう言いながら、インベントリを開く。慣れた動きでスクロールし、目的の武器を呼び出すと、空中にウィンドウが展開された。
「これなら威力も牽制用なら充分あるし、装弾数も結構多い。後軽いぞ」
表示されたのは、どこか細身で軽快な印象を受けるハンドガンだった。
PMR-30。
.22WMR弾を使う、ちょっと変わり種の拳銃で22口径弾の中では最大級の威力を持ち、反動で軽く、しかも装弾数は30発と拳銃にしては破格の多さ。数字だけ見れば、優秀に見えるタイプだ。
そして何より、開発元がアレだ。
変態的な銃を製造することで一部の界隈に根強い人気を誇るメーカー製。要するに、“分かるやつだけニヤッとするやつ”である。
ナガンが持っている理由?
彼はそういう“変な方向に尖った武器”を見つけると、つい手を出してしまうタイプだからだ。シノンはそれを一瞥し、すぐに眉をひそめる。
「また、あんたはマニアックな銃を……」
呆れたような声だった。慣れているはずなのに、それでも毎回同じ反応をしてしまうあたり、ナガンの収集癖はやはり常識の範囲から外れているのだろう。しかしその声音は完全に否定しているわけではない。
ただし――
「そういう“スペックだけ見れば良い”って銃を選ぶから、いつまで経っても変なラインナップになるのよ」
「変ってなんだよ」
「変は変よ」
即答だった。横でそのやり取りを聞いていたキリトは、二人の会話を理解しきれないまま、ただ表示された銃と二人の顔を交互に見比べていた。
性能はなんとなく分かった気がする。弾が多くて軽くて扱いやすい――それは確かに便利そうだ。だが、それ以上に気になるのは、なぜこの二人の会話がこんなにも“噛み合っているのに噛み合っていない”ように見えるのか、という点だった。
そして何より――
(これ、本当に初心者が選ぶやつなのか……?)
という疑問が彼の頭の中から消えなかった。そしてシノンは現実的な問題を突きつける。
「てか買えるの?」
ナガンは一瞬だけ固まり、すぐにウィンドウを操作して価格を確認する。
そして、数秒後。
「……しまった、これ結構高いな」
あっさりと結論を出した。
シノンは小さくため息をつき、再びケースへと視線を戻す。ナガンも同じように次の候補を探し始める。そしてその間で――キリトだけが、完全に理解の外側に取り残されたまま立ち尽くしていた。
(……とりあえず、任せとこう)
そう結論づけるまでに、それほど時間はかからなかった。シノンはそのやり取りを流しつつ、ゆっくりとケースの前を歩く。視線は一点一点、確実に見ている。やがて一挺の拳銃の前で止まった。
「お金はぎりぎりだけど……これね」
指先が示すのは《FN・ファイブセブン》。
キリトはその名前を繰り返す。
「ファイブ……セブン?」
ナガンが横から口を挟む。
「口径のことだ」
キリトの方を見ながら、簡潔に説明する。
「ハンドガンの弾ってより、形状はライフル弾に近い。だから命中精度と貫通力が高い。P90と共用できるのが強みなんだが……まぁサブなら関係ないな」
「お、おう……」
キリトはとりあえず頷く。正直、半分も理解していない。だが、少なくとも一つだけ分かったことがある。
(この二人、ガチだ)
ここで、キリトがついに口を挟んだ。
「えっと、ナガンの装備はどんな感じなんだ?あと、どんな銃を持ってるんだ?」
それは自然な流れというより、むしろ限界の果てに出た言葉だった。先ほどから延々と続く二人の会話は、明らかに“武器選び”という目的に沿っているはずなのに、その中身は専門用語の応酬であり、銃に関する前提知識を共有している者同士でしか成立しない速度と密度で進行しているため、キリトにとっては「ありがたいことをしてくれているのは分かるが、何一つ理解できない」。
という奇妙な孤立状態に置かれていた。その違和感と居心地の悪さがじわじわと蓄積していた。ナガンが答えるかと思われたが――先に口を開いたのは、シノンだった。
「コイツの装備と集めた銃には一番期待しない方がいいわよ、キリト」
あまりにも即答だった。しかも、冗談めかした響きはほとんどなく、事実を述べているだけのような妙な説得力があった。
「え、そうなのか?」
キリトが戸惑い気味に聞き返すと、
「ほらよ」
ナガンは特に気にした様子もなく、むしろ軽いノリでウィンドウを開き、自身の装備一覧を表示する。その画面に並んでいたのは、文字通り“雑多”という言葉がそのまま形になったような武器群だった。スナイパーライフル、アサルトライフル、ハンドガン、そして近接武器。
カテゴリは統一されていない。用途もバラバラにもかかわらず、共通しているのは――数がやたら多い、という一点だけだった。
そして――
(RSh-12? ESR? MDR? Intervention?)
キリトの視界に並ぶそれらの名称は、もはや武器というより暗号に近かった。意味が分からないどころか、読み方すら曖昧だ。
「わ、分からない……取り敢えず数はたくさん有るんだな」
素直すぎる感想だった。だが、それ以外に言いようがないのも事実だった。シノンはその反応を見て、予想通りと言わんばかりに小さく肩をすくめる。
「そりゃそうよ。ナガンは収集癖あるから、オーソドックスな銃からマニアックな銃まで大量に持ってるのよ。普通、初心者にPMR-30なんて勧めないし」
一度、ちらっとナガンのウィンドウへ視線を流し、軽く呆れたような息を混ぜる。
「正直、私も少し引くわ」
「なんでお前が引くんだよ……バディだよな?そこら辺、受け入れるとかないのかよ」
ナガンがすかさずツッコむ。反応は早いが、内容的には若干の逆ギレである。シノンは一瞬だけ言葉を区切り、冷静に返した。
「集めるのに時間もお金もかかるのに、売ることは本当に稀だし」
さらに一歩踏み込む。
「大体、あんた大抵一回使って終わりじゃない」
――図星だった。
ナガンの動きがほんの一瞬だけ止まる。ほんのわずかだが、確実に止まった。だが次の瞬間には、何事もなかったかのように言い返す。
「試射するだけマシだろ」
「その“試射”のために何十万クレジット使ってると思ってるのよ」
「使わなきゃ分かんねぇだろ」
「だからって限度があるでしょ」
会話はテンポよく続く。そこには苛立ちよりも、どこか日常的な軽さがあった。キリトはその様子を、ほんの少し距離を置いた場所から見ていた。口を挟む余地はない。というより、挟めるタイミングが存在しない。だが、不思議と疎外感は薄れていた。
むしろ――
(……なんか、こういうの慣れてる感じだな)
そんな感想が浮かぶ。言い合っているのに、空気は悪くない。そして、互いに相手のことを分かった上で言葉を投げている。その関係性は、少なくともキリトの目にはそう映っていた。同時にもう一つ極めて現実的な結論もしっかりと導き出される。
(ナガンの装備は……参考にしちゃダメだな)
シノンの最初の一言が、ようやく腑に落ちた瞬間だった。
初心者のキリトにKelTec製の銃を勧めるナガンでした。