名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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負ける気なんざねぇし、出し惜しみする気もねぇよ

バイクによる運転――という名の爆走をかました結果、ナガンたちはどうにかこうにか総督府へと滑り込み、受付でのエントリーを無事に済ませていた。

 

そして参加者専用の更衣室フロアに向かう。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っており、壁面に沿って並ぶロッカーや簡素なベンチが、どこか無機質な準備空間としての機能だけを淡々と主張していた。

 

ナガンとキリトはすでに着替えを終え、廊下に出ていたが、シノンだけは別の更衣室に入っているため、自然とその前で待つ形になっていた。

 

数分、正確には3分ほどの時間が過ぎた頃、扉が静かに開き、シノンが姿を現す。装備を整えた彼女は、先ほどまでの雰囲気とはまた違う、明確に“戦闘モード”へと切り替わった空気を纏っており、そのまま軽く歩み寄りながら口を開いた。

 

「ごめんなさい、待たせたかしら?」

 

ほんの少しだけ気遣うような声音。だがそれに対するナガンの返答は、いつも通り遠慮がない。

 

「ああ、3分くらい待ったな」

 

シノンの眉がぴくりと動く。

 

「……そこは嘘でも“今来たところ”って言うべきじゃないの?」

 

わずかに呆れを含んだ指摘だが....

 

「んな洒落たセリフをご所望か?」

 

「そうね、アンタはそういうやつだったわね」

 

半ば諦めたように返すシノン。そのやり取りの横で、キリトは小さく息を吐いた。

 

「すごい威圧感だったな……」

 

ここへ来るまでにすれ違ったプレイヤーたちのことを思い出しているのだろう。重装備に身を固め、明らかに“見せること”を意識したプレイヤーたちの姿は、確かに初心者からすれば圧倒されるものがあった。

 

だが――シノンは一切迷わず言い切った。

 

「全員予選敗退ね」

 

ナガンも短く同意する。

 

「同感」

 

キリトが目を見開く。

 

「あ、あの人達が!?」

 

信じられない、といった様子だったがナガンは淡々と続ける。

 

「自分の装備を戦う前から見せびらかす奴が勝てると思うか?」

 

少しだけ視線を横へ流し、先ほどすれ違ったプレイヤーたちを思い出す。

 

「剣ならともかく、銃じゃそこら辺がハッキリ出るぞ」

 

実力ではなく、“見せ方”に意識が向いている時点で、戦いの本質からズレている――そんな含みを持った言い方だった。

 

キリトは小さく頷く。

 

総督府のエントリーホールに再び戻ると出場者たちのざわめきで満ちていた。天井近くに浮かぶ巨大スクリーンではカウントダウンが進み、数字が一つ減るたびに、どこか緊張と高揚が混ざった空気がわずかに揺れる。

 

そのやり取りが一段落した、そのときだった。

 

「やあ、シノン、ナガン。遅かったね」

 

柔らかな声が、横から差し込む。三人が同時に振り向くと、そこには銀髪のアバターを持つプレイヤーが立っていた。

 

シュピーゲル。

 

シノンにとっては古くからの知り合いであり、この世界――GGOへと導いた人物でもある。

 

「こんにちは、シュピーゲル」

 

シノンが自然に挨拶を返す。その声音は、先ほどまでの戦闘的なそれよりもわずかに柔らかい。

 

「……あれ、あなたは今回出場しないんじゃなかった?」

 

少し首を傾げながら問うと、シュピーゲルは穏やかに笑った。

 

「うん、二人の応援にね。ここなら大画面で見えるし」

 

気負いのない返答だがその視線は、どこか二人の様子を探るようでもあった。

 

「それにしても、何かあったの?なんか急いで来たみたいだけど」

 

問いかける視線が、シノンへと向けられる。シノンは軽く肩をすくめる。

 

「この初心者君の装備を考えていたのよ」

 

そのまま、隣のキリトを軽く顎で示す。キリトは一瞬遅れて、慌てたように口を開いた。

 

「は、はじめまして……初心者です……」

 

ぎこちない自己紹介だった。シュピーゲルは一瞬だけ目を丸くし、それから少し戸惑ったようにシノンへと視線を向ける。

 

「は、はじめまして……ええっと、二人の知り合い?」

 

微妙に探るような言い方だった。その空気に、ナガンが横から割り込む。

ナガンの口から、あまりにも自然な調子で放たれたその一言は、内容の正確さとは裏腹に、致命的な方向で場の空気を歪めた。

 

「気をつけろ、シュピゲール。コイツはネカマだ」

 

余計な補足も、悪びれる様子もない。事実をそのまま提示しただけ、とでも言いたげな声音だった。

 

だが――その“言い方”が問題だった。そのわずかな間のあと、キリトの顔がみるみるうちに引きつる。

 

「まだそのネタ引っ張ってくるのか!?」

 

ほとんど反射だった。食い気味に、というより被せる勢いで噛みつく。声量も一段階上がっている。

 

「いや、間違っては――」

 

「間違ってなくても言い方ってもんがあるだろ!?」

 

ナガンが何かを補足しようと口を開きかけた瞬間、即座に遮断される。もはや議論の余地を与えない勢いだった。

 

「いや、でも事実は事実だろ」

 

「だからそれを今ここで初対面の人に向かって言うなって話してるんだよ!!」

 

キリトのツッコミは止まらない。勢いだけで押し切ろうとしているのが丸分かりだった。一方のナガンはというと、わずかに眉を寄せただけで、特に悪びれた様子もなく首を傾げる。

 

「ダメなのか?」

 

「ダメに決まってんだろ!!」

 

間髪入れずに叩き返される。もはや説明ではなく断言だった。そのやり取りを、シュピーゲルは完全に置いていかれた状態で見ていた。口を開きかけては閉じ、視線がシノンとナガンとキリトの間を忙しなく行き来する。

 

「え、えっと……ネカマ……って……その……」

 

理解が追いついていない。というより、どこから処理すればいいのか分からない、という顔だった。シノンはそんな彼を横目で見て、小さくため息をつく。

 

「この男共は気にしなくていいわよ、シュピゲール」

 

さらっと切り捨てる。キリトはそのやり取りを見て、思わず両手で顔を覆う。

 

「……頼むから、初対面の人の前で爆弾投げるのやめてくれ……」

 

その声音には心底疲れたという色が滲んでいた。ナガンは少しだけ考えるように視線を逸らし、それからあっさりと頷く。

 

「分かった。覚えていたら、次からは気をつける」

 

「今から気をつけろ!!そして覚えろ!!」

 

即座にツッコミが飛ぶ。テンポのいい応酬の中で、ようやく場の空気が元に戻り始めるが――シュピーゲルだけは、まだ少しだけ状況を飲み込みきれていない顔で、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジュピゲールとも別れて再び3人になるとキリトが遠慮がちに声をかけた。シノンに声をかけるのはなんとなくハードルが高いからだ。

 

「……なあ、この大会って、どういう流れなんだ?」

 

それは、極めて真っ当な疑問だったが、その横でナガンも普通に頷いた。

 

「俺もよく知らん」

 

「お前もかよ!?」

 

思わず声が裏返るキリトにナガンは悪びれもなく口を開く。

 

「銃撃てればそれでいいだろ」

 

「よくないだろ!?」

 

至極もっともなツッコミだった。そのやり取りを聞いたシノンは、ゆっくりと目を閉じる。

 

そして――こめかみを押さえた。

 

「……はぁ」

 

シノンは盛大なため息をつき、ゆっくりと目を開け、二人を見た。

 

「一人は初心者だからまだ分かるわ」

 

キリトを指差す。

 

「もう一人は、GGO歴長いはずなのになんも分かってないのが理解不能」

 

ナガンを指差す。

 

「ひどくないか?」

 

「事実よ」

 

キリトはその横で、小さく、だが確実に存在感を主張するように手を挙げた。人混みのざわめきに埋もれそうになりながらも、なんとか発言権を確保しようとするその姿は、妙に必死で――そして少しだけ場違いだった。

 

「あの……その、俺も分かってないんだけど……」

 

遠慮がちな声音だが、その内容はこの場においては致命的だった。シノンの視線が、ゆっくりと、しかし一切のブレもなくスライドする。まるでスコープ越しにターゲットを捉えるかのような精度で、キリトを射抜いた。

 

「そうね、“何も知らないその1”」

 

淡々とした断定は容赦もフォローもない。

 

「番号つけられた!?」

 

キリトのツッコミは即座に飛ぶが、まるで効果がない。むしろその反応すら想定済みと言わんばかりに、シノンは小さく肩をすくめた。

 

「安心して、キリトは本当に初心者だからまだいいわ」

 

一応のフォロー。だが言い方が完全に上からだった。キリトは微妙な顔になる。

 

(フォロー……なのか、これ……?)

 

そして、その横で――

 

「で、“もう色々と救いようの無いその2”」

 

追撃が来た、しかも強化版だった。

 

「おい待て」

 

ナガンが食い気味に割り込む。ほんの僅かに眉が寄っているあたり、本気で引っかかっているらしい。

 

「なんで俺が救いようの無いやつなんだよ」

 

低く、しかしはっきりとした抗議だった。声量こそ抑えられているが、明確に納得していない響きがある。

 

シノンは一切動じない。むしろ、わずかに首を傾げる。

 

「逆に聞くけど、どこに救いがあると思ってるの?」

 

ナガンは一瞬だけ口を開き――そして止まる。

 

(……あれ、救える要素なくね?)

 

頭の中で探す。探すが、具体例が出てこない。自分で自分を擁護しようとして、材料がないことに気づくという痛い状況だった。その一瞬の空白を、シノンは当然のように見逃さない。

 

「プレイ時間長いはずなのに大会のルールも知らなければ興味もない。そもそもデスガンによる騒動が起きなかったら大会にすら参加する気が無い。ついでに装備は無駄に豪華……何より狙撃技術が私より上なのが一番ムカつく。これで救いがあるって言う方が無理でしょ」

 

一つ一つ、淡々と並べられていく評価。逃げ道を塞ぐように、丁寧に確実に。途中までは理路整然としていたはずなのに、最後の一文だけやけに個人的だった。数秒遅れてナガンが口を開いた。

 

「....色々分かったが、最後のは俺への当てつけか?」

 

視線がわずかに細くなる。さすがにそこは見逃さない。シノンは一瞬だけ黙る。

 

「……別に」

 

視線を逸らした。明らかに“別に”ではなかった。

 

「……まあ、ナガン(バカ)と張り合うのもアホらしいけど」

 

シノンがふっと力を抜く。

 

「おい今バカって言ったか?」

 

「言ってない」

 

「言っただろ今」

 

「気のせいよ」

 

さっきと同じ流れだった。キリトはついに耐えきれず、肩を震わせる。

 

「お前なに笑ってんだよ」

 

ナガンの視線が飛ぶ。

 

「いやっ、いやいや違うって!」

 

「絶対笑ってただろ」

 

「笑ってたわね」

 

「笑ってないって!」

 

「「“その1”は黙ってろ(なさい)」」

 

「また番号!?」

 

完全に巻き込まれた。シノンは再び深く息を吐き、こめかみを軽く押さえた。

 

「はぁ……まとめて説明するから、よく聞いておきなさい」

 

観念した声音だった。腕を組み、軽く顎で前方を示す。

 

「あそこにあるカウントダウンがゼロになったら、ここにいるエントリー者は全員、それぞれ予選一回戦の相手と二人だけのフィールドに自動転送されるわ」

 

視線の先、巨大スクリーンの数字が一つ減る。その光を反射するように、キリトが真面目に頷いた。

 

「ふ、ふむふむ」

 

「なるほど」

 

シノンはちらっとだけそちらを見たが、何も言わずに続ける。

 

「フィールドは1キロ四方の正方形。地形、天候、時間は全部ランダム。スタート位置は最低で500メートル離れてる」

 

「結構遠いな」

 

キリトが素直に反応する。

 

「だから索敵が重要になるの」

 

さっきまでのやり取りが嘘みたいに、きちんと聞いている。

 

「で、どっちかが倒された時点で決着。勝者はここに戻って、敗者は一階ホール行き。装備のドロップはなし」

 

「良心的だな」

 

ナガンが軽く言う。

 

「大会だからね」

 

シノンはあっさり返す。

 

「で、勝ったら?」

 

ナガンは要点だけ拾ってくる。

 

「その時点で次の試合が終わってれば即二回戦。終わってなければ待機」

 

「テンポいいな」

 

「だからそういう設計なのよ」

 

若干呆れたように返すシノン。だが説明は止めない。

 

「ブロックは六十四人。五回勝てば決勝進出、本大会出場権獲得」

 

言い切って、腕を組んだまま二人を見る。

 

「……こんなところね。分かった....?とくにナガン?」

 

そしてわざと強調するように、ナガンは露骨に顔をしかめた。

 

「だから、なんで俺なんだよ」

 

「理解度が怪しいからよ」

 

「失礼だな。一応聞いてたぞ」

 

「聞いてただけでしょ」

 

「理解もしてる」

 

「どこまで?」

 

逃げ場のない質問にナガンはほんの一瞬だけ視線を上に向ける。考えている“フリ”なのか、本当に考えているのか微妙な間だ。

 

そして――

 

「……五回勝てばいいんだろ?」

 

「そこしか聞いてないじゃない!!」

 

シノンのツッコミが、ホール全体に響いた。近くにいた数人が振り向くレベルの音量だった。シノンは頭を抱えた。

 

「要点は押さえてるだろ!」

 

「押さえ方が雑すぎるのよ!!」

 

キリトは笑いを堪えながら、なんとか場を収めようとする。

 

「で、でも……ルールは分かったし、後はやるだけってことで……」

 

「そうね……やるしかないわね……」

 

シノンはまだ頭を押さえたまま呟く。わずかに体重を片足に預けながら、視線だけを横へと流し、そのまま二人を順に捉える。

 

「で、アンタ達のトーナメント番号は?」

 

何気ない調子の問いかけだったが、その実、戦力の配置と展開を頭の中で組み立てるための確認であることは明らかで、無駄な言葉が一切削ぎ落とされた声音だった。

 

キリトはその視線を受けた瞬間、ほんの一拍だけ言葉を飲み込み、それから視線をわずかに逸らしながら口を開く。

 

「俺は……F-37」

 

慎重に選ぶような言い方で、どこか躊躇いが残る答え方だったが、それでも必要な情報はきちんと提示されている。

 

対してナガンは、ほとんど間を置かなかった。

 

「D-24」

 

シノンはその二つの番号を頭の中で瞬時に整理し、小さく頷く。

 

「そう」

 

それ以上の反応は示さないまま、すぐに視線を前方へと戻し、再びドーム全体へと意識を広げていく。決勝まで勝ち上がれば本選出場――ルール自体は単純だが、その過程にいる全員が同じ条件で潰し合う以上、そこに辿り着ける者は限られている。ナガンは何も言わないまま、頭の中で淡々と状況を組み上げる。

 

(……となると)

 

自分は別ブロックで、キリトとシノンは同一ブロック。

 

(決勝で当たる可能性がある、か)

 

その結論に至るまでにかかった時間は、ほんの数秒にも満たないが、それで十分だった。言葉に出す必要はない。出したところで意味がないし、何より――当人同士が分かっているはずだからだ。だが、その思考の流れを断ち切るように、シノンが再び口を開いた。

 

「——決勝まで来るのよ」

 

声音がわずかに低くなり、先ほどまでの軽い調子とは違う重みを帯びる。

 

「これだけ色々レクチャーさせたんだから、最後のひとつも教えておくわ」

 

その言い方に、キリトとナガンの声がほぼ同時に重なる。

 

「「最後?」」

 

二人とも無意識のうちに反応していた。

 

シノンはその反応を受けて、ほんのわずかに口角を上げるが、それは柔らかな笑みではなく、どこか鋭さを帯びた、戦場に立つ者の表情だった。

 

「敗北を告げる弾丸の味」

 

静かに、しかし確実に言い切る。その一言で、空気の質が変わる。ナガンは小さく息を吐き、肩の力をわずかに抜いたまま、視線は正面に向けたまま言葉を返す。

 

「言っとくが、俺も出るからには負ける気なんざねぇし、出し惜しみする気もねぇよ」

 

声は低く抑えられているが、その中にある意思は明確だった。

 

「お前こそ予選敗退なんてオチは無しだ」

 

シノンの目がわずかに細くなり、その言葉を受け止める。次の瞬間短く笑った。

 

「ハッ、言ってくれるじゃない?」

 

その声音には、わずかな愉快さと明確な対抗心が混じっている。

 

「予選落ちなんてしたら引退するわ。今度こそ——」

 

言葉を途中で切り視線をゆっくりとドーム全体へと巡らせる。そこにいる無数のプレイヤーたちを、一人残らず見据えるように。

 

その瞳が、強く光る。

 

瑠璃色の輝きが、ほんの一瞬だけ鋭さを増し、まるで狙撃時の集中状態に入ったかのような気配を帯びる。

 

「強い奴らを、全員殺してやる」

 

空気を震わせるような音ではなく、むしろ直接神経に触れるような感覚で。キリトは思わず息を呑み、その場に立ったままわずかに肩を強張らせる。ナガンはほんのわずかに目を細め、その言葉を受け止めたまま何も返さない。

 

シノンの唇がゆっくりと歪む。

 

それは少女の無邪気な笑みではなく、獲物を前にした捕食者のそれであり、この場にいる全員を“敵”として認識している者の表情だった。ドームに満ちていたざわめきは変わらないはずなのに、三人の間に流れる空気だけが、明確に戦場のそれへと変わっていた。




次回から遂にBoB戦が始まります!
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