BoB予選第二回戦。
大型モニターへ映し出されるプレイヤーたちの戦闘に、待機エリアは相変わらず熱狂していた。その中でも、特に観客の視線を集めていたのは二人。
一人は、《光剣使い》として暴れ回るキリト。
キリトは第二回戦から第四回戦まで、一貫して同じ戦法を貫いていた。ハンドガンと光剣で、銃弾の嵐を潜り抜けながら一気に距離を詰め、最後は接近戦で叩き斬る。やっていること自体は、今までと変わらない。だが――観客たちが感じていた印象だけは、明確に違っていた。
『……なんか今日のキリトちゃん、怖くねぇか?』
『動きヤバくない?」
『いつもより荒いっていうか……』
モニター越しでも伝わる。
戦い方に余裕が無い。正確には、“余裕を削り落としている”。以前までのキリトには、どこか柔らかさがあった。ギリギリで避けながらも、最後には勝ち切るという独特の軽さ。
距離の詰め方が強引だった。まるで何かを振り払うみたいに戦っている。特に第三回戦では、その傾向が顕著だった。相手プレイヤーがフルオート火器で弾幕を張った瞬間、キリトは躊躇なく真正面から突っ込んだ。
普通なら一歩間違えれば蜂の巣だ。だがキリトは、その銃弾の雨を光剣で切り払いながら強引に突破する。赤い軌跡が何本も空中を走り、火花が散る。そして距離がゼロになった瞬間、相手の胴体へ横薙ぎの一閃。
HPバーが吹き飛び、プレイヤーはそのまま光へ変わって砕け散った。歓声が上がると同時に、観客たちはどこか息を呑んでいた。間違いなく強い。それなのに、どこか危うい。そんな空気が漂っていたのである。第四回戦でも結果は同じだった。キリトは勝った。だが試合終了後、モニターへ映った彼の表情には、以前のような晴れやかさが無かった。
どこか張り詰めている。何かへ追い立てられているようにも見えた。キリトは全試合を突破し、本戦出場チケットを獲得した。観客席では歓声が巻き起こる。
その熱狂の一方で別の会場をざわつかせていた男がいた。予選開始直後から異常な狙撃精度を見せたナガンである。彼は、準決勝まで狙撃だけで制圧していた。大型モニターへ映る戦闘内容は、もはやシンプルを通り越している。
まるで最初から答えが見えているみたいに、ごく自然に引き金へ到達する。その結果として放たれる《CheyTac M200》の一撃は、毎回のように相手の頭部を正確に撃ち抜いていた。
待機エリアでは、試合を追うごとに観客たちの悲鳴混じりの歓声が増えていく。最初は偶然だと思われていた。次は“調子がいいだけ”だと思われた。だが、三回、四回と同じような狙撃を見せつけられれば、流石に理解せざるを得ない。
あの男は、本当に異常だ。特に準決勝で見せた、ほぼ500メートルの距離からの移動目標への初弾ヘッドショットは、実況席すら数秒沈黙させるほどだった。もはや観客たちは、“次はどんな狙撃を見せるのか”という期待を抱き始めていたのである。だが――決勝戦だけは、今までと空気が違っていた。
転送されたフィールドは、《崩壊都市》。高層ビルの残骸が乱立し、瓦礫と廃車両が道路を埋め尽くす、市街戦特化マップだった。長距離射線は通りづらく、遮蔽物は異常に多い。
狙撃手にとっては、かなり厄介な地形であるが、さらに対戦相手も最悪だった。AGIへ極端にステータスを振った高速機動型プレイヤー。軽量装備による超高速移動とアクロバットスキルを武器に、接近戦へ持ち込むタイプだ。試合開始直後から、そのプレイヤーは凄まじい勢いで都市内部を駆け始める。
相手は明らかに“スナイパー潰し”を狙った動きをしていた。距離を詰めれば、長物は不利になる。現に高速機動によって何度も偏差も狂わされる。引き金を引こうとしてもその瞬間にスコープの視界から外れる。
しかし――ナガンは焦っていなかった。
寧ろその動きは驚くほど冷静だった。崩れたビル陰から飛び出した相手の動きを見た瞬間、ナガンの口元がわずかに歪んだ。それは勝利を確信した笑みというより、“相手の思考が読み切れた”ことへの静かな納得に近かった。
「……やっぱ、突っ込んでくるタイプか」
AGI特化型には、ある種の共通点が存在する。機動力へ極端にステータスを割り振ったプレイヤーほど、自分から主導権を握りたがるのだ。速度に絶対の自信があるからこそ、“攻め続ければ押し切れる”という思考へ自然と傾く。特に相手がスナイパーならなおさらだ。
その判断自体は決して間違いではない。
実際、多くのスナイパーは接近戦を嫌う。射線を切られ、距離を詰められた瞬間一気に崩れるプレイヤーも多い。そういう成功体験が積み重なっているから、判断が自然と前寄りになる。だからこそ、逆に読みやすい。
ナガンは狙撃を止めて移動し、わざと相手へ姿を見せていた。崩壊した都市フィールドの一角。砕けたアスファルトと傾いた高架道路が入り組み、視界の抜けが悪くなっている区域だった。その中を、彼は静かに滑るような動きで移動する。崩れた道路脇へ身を沈める姿を、あえて遠目からでも見えるように。
まるで「ここへ逃げ込む」と宣言するみたいに。普通なら不用意だが、ナガンにとっては必要な見せ方だった。
(この距離なら、一分も掛からず来るな...)
速度へ絶対的な自信を持つタイプ。そして、今までの戦闘からも分かっている。あのプレイヤーは“追う側”に回ると判断が速い。ナガンは瓦礫へ半身を隠し片手で腰のポーチを開きスモークグレネードを取り出す。指先で安全ピンを抜き、そのまま道路中央へ転がした。
圧縮された煙幕が炸裂し、白煙が爆発的な勢いで広がり崩壊した都市道路を呑み込んでいった。視界が塗り潰される。複雑に入り組んだ道路構造も相まって、煙の中では位置把握が極端に難しくなる。
左右へ分岐した路地に、崩落した建物、折れ曲がった道路。煙幕の中では、どのルートから逃げるかなど判断しようがない。観客席でもざわめきが起きていた。
『逃げる気か?』
『いや、でもこの地形なら撒けるぞ』
『スナイパーなら時間稼ぎとしてはアリじゃね?』
そして、それは対戦相手も同じ結論へ辿り着いていた。
煙幕
複雑な地形
視界切り
どれも距離を取るための行動。AGI型プレイヤーは即座にそう判断する。長距離火力の最大の武器は視認性だ。相手を見つけ射線を通し撃ち抜く。だからこそ、自分から視界を潰す行為は本来スナイパー側が嫌う。つまりこれは逃走であり、距離を作るための苦肉の策。そう結論付けた。
ならば、今こそ距離を詰めるべき。
AGI型プレイヤーは一切躊躇せず加速し身体が前方へ弾け飛んだ。瓦礫を蹴り飛ばし崩れた看板を踏み越え、転がる鉄骨を足場にさらに加速する。高速移動そのものが武器と言わんばかりの勢いだった。
そして、白煙の中へ一直線に飛び込んでくる、その瞬間........
「なんで...!」
思わず敵は呟いた。目の前に映るのは、スタングレネード。逃げようとするが遅かった。白煙を貫く強烈な閃光と、鼓膜を揺さぶる炸裂音。相手プレイヤーはモロに喰らった。平衡感覚が一瞬で崩れ、加速していた身体が制御を失う。立つことすらままならず、その場で体勢を崩した。
実際のナガンは煙幕の中にいなかった。いや、少し語弊がある。彼はスモークグレネードを投げ込んで煙が上がった後、すぐ動いていた。スモークの範囲ギリギリの道路脇に半壊したビルの中に敵からちょうど死角になる位置へ、音を立てずに滑り込んでいたのだ。
崩れた外壁を背に身を隠し、ナガンは静かに呼吸を整えていた。ただ、耳だけを研ぎ澄ませていた。足音、瓦礫を踏み砕く音、高速移動時の駆動音。障害物を越えるタイミング、侵入角度、加速のリズム。煙幕の向こうから流れてくる情報を、ナガンは一つ残らず拾い上げていた。同時に、頭の中では蓄積した観察データが静かに組み上がり続けている。
スコープで覗きながら相手の加速距離、最高速への到達時間、障害物通過時のわずかな減速。それらを観察していた。視界が潰れた状況で人間が本能的に選ぶ侵入ルート——それらを積み重ね逆算する。煙幕へ飛び込む瞬間がいつになるか。答えはすでに出ていた。だからスタングレネードのタイミングも完璧だった。
煙幕へ侵入した直後に、
最も速度が乗り、
最も止まれず、
最も視界へ依存し、
最も回避行動を取りづらい瞬間——
閃光と轟音を叩き込む。それだけで、高速型は止まる。AGI型は確かに速い。だが速いということは勢いへの依存度が高いということでもある。加速を前提とした戦闘スタイルは、裏を返せば止まれない戦い方だ。速度を殺された瞬間、その強みはそのまま脆さへ転じる。
単なる煙幕ではなかった。最初から、誘導だった。煙の中へ獲物を引き込み、最も無防備になる瞬間を作り出し、そこへ確実に罠を叩き込む。煙そのものが檻だった。そしてAGI型プレイヤーは、自分からその檻の中へ飛び込んだのだ。
戦闘において停止は致命的だ。動けない一瞬が、そのまま決着になることがある。そして彼が狙っていたのは、まさにその瞬間だった。
ナガンはビルの陰から飛び出した。シャイタックM200は置いてきた。あの長物を背負ったままでは、これからやることに支障が出る。代わりに左手に握られていたのは、青白い輝きを放つ一本の光剣だった。スナイパーの装備としては、あまりにも場違いな得物だが今この瞬間、それが最適だった。
「は――」
相手が声を漏らすより早かった。
一閃。鋭い軌跡が白煙の中を走り抜け、右腕が宙を舞う。平衡感覚を奪われ、満足に立つことすら出来ない状態で、それでも相手は反応しようとした。しかしナガンの踏み込みの方が速かった。
スナイパーが近接で仕掛けてくるなど、想定の外にあったのかもしれない。続く二撃目は脚部だった。高速移動の要である足を正確に断ち切られ、AGI型プレイヤーの身体が制御を失い、瓦礫の上へ激しく転がった。
爆ぜる砂埃と、金属質な駆動音が途切れる。さきほどまで、縦横無尽に戦場を駆け抜けていた高速型が、今は身動き一つ取れずに地に伏していた。倒れ伏したAGI型プレイヤーへ向け、ナガンは無言のまま歩み寄っていく。崩壊都市の瓦礫を踏み締める足音だけが静かに響く。ナガンはさらに腰のホルスターへ手を伸ばした。そこから抜き放たれたのは、異様な存在感を放つ巨大なリボルバーだった。
《RSh-12》
GGO内でもかなり流通数が少なく、拳銃カテゴリの中でも特にクセが強い大口径リボルバーだ。そのせいか、BoB参加者の中ですら使用者はほとんど見かけない。少なくとも現在確認されている限り、《RSh-12》を使っているのはナガンだけだった。
だが――今、彼が手にしているそれは、以前まで使っていたRSh-12と明らかに違っていた。
全体的にスタイリッシュに改造され、銀色へ変更されたシルバーフレームと、強化シリンダー。バレルも少し延長され、グリップの色や重量バランスが変更されてる。元々“拳銃”と呼ぶには威圧感がありすぎる武器だったが、改造された結果、完全に別物へ変貌していた。
対人武器というより、“携行型破壊兵器”。
そんな言葉の方がしっくりくる。大型モニターへ映し出されたその異様な銃を見て、観客席が再びざわついた。見た目の圧が異常だったが、そのカスタムにはきちんと理由があった。ナガンやシノンのように、アンチマテリアル•ライフルを主武装にするプレイヤーは、常に重量制限との戦いになる。
長距離特化武器はとにかく重い。そのため、中距離用ライフルまで積み込む余裕がほとんど無い。ARを持てば余裕の重量オーバー。結果として、多くのスナイパーはサブ武器で無理矢理穴を埋めるしかなかった。
実際、シノンもサブにはグロック18Cを使用している。しかもロングマガジン仕様で近距離を最低限凌ぐための構成だ。だがナガンは、それで満足しなかった。
近距離を凌ぐだけではなく、中距離戦闘そのものを無理矢理でも成立させるための武器を欲したのだ。その結果として辿り着いたのが、《RSh-12》だった。
欠点は多いが、徹底的に改造すれば、アンチマテリアルライフル使いの弱点を補える可能性があった。もちろん、その代償は安くない。下手なARが何本も買えるレベルの金額が飛ぶ。だがナガンはそれをやった。自分が集めていたレア素材の一部とコレクションしていた銃を一本を手放し、そうして得た金のほとんどを、このRSh-12へ突っ込んだのだ。しかし、他のプレイヤーに買われるのは死んでも嫌なので、店主に話をつけ武器と素材は買い戻す予定である。
そうして生まれ変わってのがその銃である。以前よりもパワーアップしてるだけでも厄介極まりない。しかし、何より厄介なのは――本人が、それを完璧に使いこなしていることだった。
ナガンは倒れたプレイヤーへ静かに銃口を向ける。巨大なRSh-12が、まるで処刑器具みたいに構えられた。相手プレイヤーのHPバーは既に赤。残量はほんの僅かしか残っていない。しかも右腕と脚部を切断され、まともに動くことすら不可能な状態だ。
普通なら、ここで勝負は終わったと思う。しかしナガンは、
倒したつもりで終わらせない。
確実に終わらせる。
瓦礫の上へ転がる相手を見下ろしながら、引き金へ掛かった指が沈み、発砲音が崩壊都市全体へ叩き付けられた。至近距離から放たれた超大型弾頭が、相手の頭部HPを一瞬で吹き飛ばした。プレイヤーの身体が、青白い粒子となって砕け散る。それを確認してから、ようやく彼は小さく息を吐く。
そして片手で巨大なリボルバーをくるりと回し、慣れた動作で腰の後ろにあるホルスターへと戻したのだった。
今回ナガン一言しか喋ってないかも....