※キリトが若干酷い目に遭います。それが苦手な人はブラウザバックをお勧めします。
転送エフェクトが消えた瞬間、ナガンの身体が待機エリアへ再構築される。崩壊都市の硝煙臭い空気とは打って変わって、こちらには電子音と人混みの熱気が満ちていた。ナガンは軽く首を鳴らした。
長時間集中していたせいか、肩が妙に重い。戦闘そのものは短かったが、神経はかなり使っていた。特に今回は、負けられないではなく、ミス出来ないという感覚が強かった。デスガンの存在を認識してから、無意識に気を張り続けていたのだろう。
ナガンは小さく息を吐きながら、ホルスターへ収めたRSh-12を軽く叩く。
「……反動やっぱ重いな」
誰へ言うでもなく呟く。改造によって多少扱いやすくはなった。だがそれでも、根本的に化け物みたいな大口径拳銃であることに変わりはない。普通のプレイヤーなら近距離でもブレる。それを平然と扱える辺り、やはりナガンの扱い方そのものがおかしかった。
「アンタねぇ……」
聞き慣れた声が飛んでくる。振り向くとシノンが立っていた。呆れたような顔だが、その奥には微妙に安堵が混じっている。ナガンはそれを見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「おー見てたか」
「見てたか、じゃないわよ」
シノンは即座に言い返す。
「何なのよ最後のアレ。スナイパーの動きじゃないでしょ」
「勝てば何でもいいんだよ」
「開き直るな」
ぴしゃりと言われる。だがそのテンポのいいやり取りが、逆に少しだけ普段の空気を取り戻させていた。シノンは小さく息を吐くと、改めてナガンを見た。
表面上はいつも通りだ。軽く笑っているし声色も普段と変わらない。だが、やはりどこか違った。戦闘が終わったというのに、まったく気が抜けていない。
シノンは無意識に眉を寄せた。
「……まだ気にしてるの?」
ナガンは一瞬だけ視線を逸らす。それだけで十分だった。シノンは小さく舌打ちしたくなる。普段は掴みどころがないくせに、変なところで正直だ。ナガンは頭を掻きながら短く答えた。
「そりゃな」
否定しないのが逆に、今の状況の重さを物語っていた。周囲ではまだBoBの熱狂が続いている。予選ブロック決勝の勝者二名は、勝敗に関わらず本戦への出場権を得る。これからFブロック決勝、キリト対シノンの試合が始まろうとしていた。
勝敗は関係ない。それでも戦いたいのがゲーマーというものだ。だがナガンの頭の中には、試合とは別の懸念が引っかかり続けていた。キリトのことだ。ラフィン・コフィンの話を聞いた時、キリトの手が震えていた。あの過去を引きずったまま、倒すことを、躊躇う可能性がある。
本戦でデスガンと対峙するために戦い続けることに変わりはないが、決勝の勝敗そのものは関係ない。もし万が一、キリトが戦いそのものを拒むような真似をすれば
——シノンが激昂するのは、火を見るより明らかだった。
(決勝でやらかさなきゃいいが……)
内心で呟き、ナガンは小さく息を吐く。デスガンへの警戒とキリトへの懸念。それらが静かに胸の中で絡み合っていた。
待機エリアの喧騒が、やけに遠く聞こえた。
Fブロック決勝開始まで、残り数分。待機エリア中央では大型モニターへ対戦カードが表示され続け、周囲のプレイヤーたちは既に完全にお祭り騒ぎになっていた。
《Kirito VS Sinon》
BoBでも異質な二人による対決。光剣を使う謎の近接型と、《ヘカートII》を操る長距離型スナイパー。話題性は十分すぎた。そんな喧騒から少し離れた場所で、キリトは壁へ背を預けながら静かに俯いていた。
表情は暗い.....正確には暗いというより、どこか沈み込んでいる。視線も定まっていない。脳裏へ何度も過去が蘇っているのだろう。
「キリト」
聞き慣れた声が飛んでくる。キリトが顔を上げると、そこにはナガンが立っていた。片手をポケットへ突っ込みながら、相変わらず気の抜けた立ち方をしている。その目だけは妙に真剣だった。ナガンはキリトの前まで来ると、短く言った。
「今はSAO生還者としてじゃ無く、GGOゲーマーとして戦え。あんま色々言えねぇけど個人の感情を相手に押し付けんなよ?」
キリトは一瞬だけ目を逸らした後、小さく頷く。
「あぁ……わかってる」
その返答を聞いた瞬間、ナガンは内心で即座に結論を出した。
(絶対分かってねぇーな)
理解している人間の返事じゃない。あれは、“分かってるつもりになってる”時の声だった。
「そうか。じゃあ、やらかしたら機関銃の的になって貰うからな」
「……は?」
「じゃ、頑張れよ」
それだけ言い残し、踵を返す。
「お、おい待て。機関銃って何の話だ」
「そのまんまの意味だ」
後ろからキリトのツッコミが飛んでくる。だがナガンは振り返らない。片手を軽く振るだけで、そのまま人混みの中へ消えていった。
Fブロック決勝のフィールド映像を見上げながら、ナガンは深々とため息を吐いた。
「あのバカ……!」
思わず漏れた声には、呆れと苛立ちが半分ずつ混じっていた。大型モニターへ映し出されているのは、大陸間高速道路。そして、その中央で向かい合うキリトとシノンの姿だった。距離は既に五メートルほど。本来なら、とっくに決着が動いていてもおかしくない距離だ。
だが――二人は妙な空気のまま膠着していた。
正確にはキリトが戦おうとしていなかった。ナガンはモニター越しにそれを察してしまう。キリトの意識が既に明日の本戦へ向いているのが、戦い方だけで分かってしまった。
(やっぱそうなるか……人の忠告無視しやがって....)
ナガンは小さく眉を寄せる。キリトの精神状態を考えれば、ある程度予想はしていた。あれを思い出した状態で、今まで通り戦えという方が酷なのかもしれない。それでも。今この場で、それをやっていい理由にはならない。
(ゲームに個人の感情持ち込んで相手に押し付ける様な事はするなよ....)
そして何より――シノンが、それを許せるタイプじゃないことを、ナガンはよく知っていた。
次の瞬間、フィールドへシノンの怒声が響く。
『たかがVRゲームのたかがワンマッチ!あんたがそう思うのは勝手よ!!』
その声には、苛立ちだけじゃない感情が滲んでいた。
『でもその価値観に、私を巻き込まないでよ!!』
待機エリアの空気が、一瞬だけ静まる。モニター越しですら分かるほど、シノンは本気で怒っていた。ナガンは小さく目を細める。シノンは今回の戦いへ、本気で向き合っていた。勝敗に意味が薄いことくらい当然理解している。予選決勝へ進出した時点で、本戦出場権は既に確保されているのだから。
それでも彼女は全力で、真正面から、戦いたかった。キリトという異質な相手へ、自分がどこまで通じるのか試したかったのだ。
銃弾を斬る化け物。
普通に考えれば相性最悪だ。スナイパーにとっては天敵みたいな相手。だが、それでもシノンは考えていた。
どう崩すか。
どう揺さぶるか。
どう想定外を押し付けるか。
ナガンがAGI型プレイヤーを嵌めたみたいに、自分もキリトへ“予想外”を叩き込みたかった。勝算があるわけじゃない。それでも挑みたかった。それがゲーマーとしての意地だった。
なのに――キリトは最初から戦う気がない。
“本戦へ行ければいい”。
そんな空気を隠しもしない。それはシノンにとって、真正面から踏み躙られるより腹が立つ行為だった。ナガンは頭を掻きながら、小さく息を吐く。
「……そりゃキレるわ」
シノンは負けること自体を嫌がるタイプではない。全力でぶつかった結果なら納得する。だが、“まともに戦ってすら貰えない”のは別だ。
それは対等ですらない。だから今、シノンは本気で怒っている。そしてキリトは、その怒りを真正面から受け止め切れていない。モニター越しにも分かるほど、空気が噛み合っていなかった。シノンの怒声が、キリトの何かを動かしたらしかった。逃げるような素振りは消えていた。代わりにキリトが持ち込んできたのは、ひどく古風な勝負の形だった。
「決闘形式でやろう」
キリトはそう言って、互いの距離を十メートルに取った。シノンはヘカートⅡを構え、キリトは光剣を手にする。銃と剣。距離と速度。どちらが有利かなど、考えるまでもないように見えた。
開始の合図は、キリトが腰のホルスターからファイブ・セブンを抜き、5.7×28mm弾を一発取り出したことだった。コイントスのように弾を宙へ放り、地面へ落ちた瞬間が勝負のスタート。
シンプルで、乱暴で、それでいて妙に筋の通ったルールだった。弾が弧を描き、全員の視線がそこへ集まった。地面に金属音が弾けた瞬間、シノンの指が引き金を引いた。発砲音が待機エリアに轟く。ヘカートⅡから放たれた12.7mm弾が、十メートルの空間を一瞬で貫いた。
だがキリトは、すでに動いていた。光剣が煌めき、金属がぶつかる甲高い音を出す。弾丸が、両断されて地へ落ちた。それだけではなかった。斬ると同時に踏み込んでいた。
10メートルの距離が、一瞬で消える。シノンが次の行動を取る間もなかった。気づいたときには、光剣の刃がシノンの喉元に静かに添えられていた。沈黙が落ちた。シノンは動かなかった。動けなかった、というより——もう終わりだと、理解していた。なにか二人が話した後、シノンが口を開いた。
「リザイン!」
大きな声だった。静まり返った空間に、その一言だけが響く。直後、待機エリアが割れるような歓声に包まれた。弾丸を斬った。その一事だけで、観客の熱量が一気に沸点を超えていた。
シノンはゆっくりと後ろを向いた。
表情は見えない。だがその背中が、すべてを語っていた。
「さて……奴にお灸を据えよう」
予選決勝が終わった直後、待機エリアの喧騒の中で、そんな物騒なことを平然と言い出したのはナガンだった。彼はそのまま立ち上がると、迷いなく端末を操作し始める。誰かへ通信を飛ばすと通信が繋がった。
『は?いや待て、何で俺が――』
聞こえてきたのは、明らかに嫌そうな男の声だった。だがナガンは即座に遮る。
「待機しとけ」
『いやだから――』
「待機しとけ」
二度目は少しだけ声が低かった。ドスが効いていた為、通信相手は数秒沈黙したあと、
『……はい』
綺麗に折れた。ナガンは満足そうに通信を切る。そのままシノンの方へ向かった。
「お疲れ」
「……えぇ」
短いやり取りだった。だがシノンが不機嫌なのは誰の目にも明らかだ。決勝の件をまだ引き摺っている。いや、むしろ怒りが熟成されている最中だった。ナガンはそんな彼女を見ても特に気にした様子はない。
「これから少し付き合って欲しい場所があるんだが、来てくれるか?」
シノンが半目になる。
「こんな状態の私をよく誘えるわね」
「だから誘うんだよ」
「……アンタからなんて珍しいわね?」
「あぁ。今から限定のイベントが始まる」
その言い方が妙に引っ掛かった。シノンは少し警戒しながらも、結局ナガンについて行く。転送された先は、ナガンが個人的に作成していた練習用フィールドだった。
パスワード制限付きの完全プライベート空間。練習故に弾薬設定、武器制限、耐久値、ステータス補正まで自由に弄れる。崩壊都市風のフィールドへ転送された瞬間、シノンは周囲を見回した。
「ちょっと、なんで練習用のフィールド――」
そこまで言いかけた瞬間、視線の先にいた人物を見て、シノンの表情が変わった。
「……アンタ……!」
そこに立っていたのはキリトだった。しかも何故か警戒した顔をしている。どう考えても嫌な予感しかしない組み合わせだった。だがナガンだけは爽やかな笑顔で言った。
「さてシノン。限定クエストだ」
「……は?」
「アイツを先に機関銃で倒した方の勝ちだ」
シノンの思考が停止する。
「…………え?」
対するキリトは顔を引き攣らせていた。
「ちょ、ちょっと待て!?本気でやるのか!?」
「やるに決まってるだろ。お前、俺の忠告無視したからな」
「いや、あれは……!」
キリトが弁解しようとする。だがナガンは完全に無視した。そのままシノンへ向き直る。
「シノン。俺はコイツに忠告した」
妙に落ち着いた声だった。
「ゲームに個人の感情持ち込むのは自由だが、それを相手に押し付けるなって暗に伝えた。無視したら機関銃の的にするとも言った」
シノンの眉がぴくりと動く。ナガンは続ける。
「にも関わらず試合はアレだ。正直なところ、俺も無視されたからイラッときてな」
キリトが若干後退る。シノンはしばらく難しい顔をしていた。だが次第にその表情が少しだけ和らぐが、別の疑問へ変わった。
「けど私、機関銃なんて持ってないわよ?」
シノンは両手を軽く広げる。
「これじゃアイツ撃てないじゃない」
キリトとしては撃たないで欲しいのが本音だった。だがナガンは妙に自信満々だった。
「安心しろ」
そう言って、自身の装備欄を開く。
「俺が機関銃いくつか持ってる」
数秒後、シノンの目の前には見覚えのない重量級火器が並んでいた。その中からシノンが選んだのは、ソ連製汎用機関銃《PKM》。7.62mm弾を絶え間なく叩き込む重量級機関銃だ。
「頼む!勘弁してくれ!」
キリトが叫ぶと、ナガンは顔色を変える。
「そうだな....キリトにも事情があるのは知ってるから、俺は許す......... 」
キリトは一瞬安心したが、ナガンがまだ言いたそうな表情をしてる事に不安を覚える。
「だがコイツが許すかな!?」
そう言って彼は、《MG42》を持ち出した。グロスフス製、第二次世界大戦期のドイツ軍機関銃。異常な連射速度から”ヒトラーの電動ノコギリ”の異名を持つ化け物火器だった。キリトの顔色がどんどん悪くなる。
元ネタ的にはトミーガンを持って来たかったがそれでは心許ないのでお見送りしたのである。
「いや待て!?それ両方シャレになってないよな!!」
だがシノンはすでにPKMを構えていた。重量確認、反動シミュレーション、サイト位置。完全に撃つ側の顔になっている。そして小さく笑った。
「……ナガン」
「ん?」
「アンタとバディ組めて良かったと思うわ……!」
ナガンも満足そうに頷く。
「奇遇だな。実は俺もだ……!」
完全に意気投合していた。キリトだけが置いていかれている。
「ま、待ってくれ二人とも!話を――!!」
「「問答無用!!!」」
次の瞬間、MG42の凶悪な連射音と、PKMの重低音じみた発砲音が、練習用フィールド全体へ響き渡った。ナガンが作ったこの練習用フィールドは、普通の対戦ルームとは根本的に違っていた。細かなルールまで全て管理者権限で自由に変更できる。そして今この空間では、弾薬無限と即時復活と体力無限が有効化されていた。
要するに、撃ち放題である。しかも死んでも終わらないのがなおタチが悪い。ただし、一つだけ例外があった。キリトだけは、設定変更を禁止されていた。入室前、ナガンに低い声でそう忠告されていたのだ。
『絶対弄るなよ』
その意味を、キリトは今になって理解したが遅かった。結果として、現在進行形でキリトは地獄を見ていた。
「待っ――!?」
次の瞬間、MG42が火を噴いた。凄まじい轟音が空間全体へ響き渡る。耳をつんざく連射音。電動ノコギリの異名そのままの暴力的な発射速度で、ナガンの構えるMG42から放たれた弾幕が、真正面からキリトへ襲い掛かった。
「うおっ!?」
キリトは咄嗟に光剣を振るう。薄赤い軌跡が高速で閃き、何発もの弾丸が斬り払われて火花が散るが....
「そっち行ったわよ!」
今度は横合いから重い銃声が叩き込まれた。PKM機関銃を持つシノンだった。7.62mm弾の重厚な連射が、逃げ道を潰すように横から突き刺さってくる。
「うわっ!?」
キリトは反射的に地面を蹴った。転がり、跳び、斬り、避ける。常人なら数秒で蜂の巣になっている状況を、半ば反射だけで生き延びていく。普通なら、それだけでも十分異常だった。
機関銃二丁を相手に近接戦闘で粘れている時点で、プレイヤースキルが狂っている。観客がいたなら間違いなく歓声が上がっていた。
だが相手が悪すぎた。
「逃がすかよ!」
ナガンがMG42をキリトに向ける。連射速度が完全に狂っている。もはや精密射撃ではない。弾幕そのものが壁になっていた。
「左、潰すわ!」
シノンが冷静に射線を調整してくる。最悪だった。片方が回避方向を制限し、もう片方がそこへ弾幕を流し込む。しかも二人ともスナイパー由来のエイム精度があるせいで、適当に撃っているように見えて、全部ちゃんと逃げ道を削ってくる。
「お前ら絶対楽しんでるだろこれ!?」
「当然!」
「えぇ、かなり!」
声が揃った。しかも楽しそうだった。
「最悪だ!!」
キリトは半泣きで走りながら銃弾に対応する。しかし光剣にも限界はある。斬れる弾数には限度があるし、そもそもMG42とPKMの同時掃射など、人間が捌く前提の攻撃ではない。回避範囲が狭くなり、集中力が確実に削られていく。確実に、追い詰められていた。
そして五分後。
「うおおおっ!?」
遂に被弾した。PKMの弾丸が肩を掠め、MG42の弾丸が脚を掠める。その瞬間に生じたわずかな硬直を二人は見逃さなかった。
「「今だ」」
MG42とPKMの弾幕が真正面から叩き込まれる。
「弾薬はパワーだぜ!!」
「本日のノルマ達成!!」
「ノルマって何だよお前らぁぁぁ!!」
大量の着弾エフェクトがキリトの全身を覆い尽くす。HPバーが一気に蒸発した。キリトの身体が青白いエフェクトへ変わり、砕け散る。
「「よし、撃破」」
二人の声が綺麗に重なった。だが次の瞬間、復活エフェクトが静かに発光した。
「……は?」
キリトは思わず声がでた。数メートル先で、自分の身体が再構築されていったのだ。ナガンは満足そうに頷いた。
「リスポーン設定ONだからな」
「聞いてないぞ!!」
「そりゃ、言ってないからな」
ナガンの性格の悪さが出た瞬間である。キリトは即座に出口へ走るも扉へ触れた瞬間、無情なシステムウィンドウが浮かび上がる。
《管理者権限により退出不可》
キリトはゆっくりと振り返る。そこには機関銃を構えた二人がいた。しかも妙に楽しそうだった。
「今のは俺が倒したな」
MG42の銃身から立ち昇る熱気を眺めながら、ナガンが得意げに言った。その表情は完全に勝ち誇っている。対するシノンは即座に眉を寄せた。
「いいえ、最後に削ったのは私よ」
「おいおい、MG42の連射速度にPKMが勝てるとでも?」
「あら?連射速度なら負けるけど、エイムならPKMだって負けてないけど?」
「言うじゃねぇか」
「事実だから」
火花でも散りそうな勢いで睨み合う二人。しかも問題なのは、その会話が割と本気なことだった。
「じゃあ次の勝負で白黒つけようじゃねぇか」
「望むところよ」
二人とも完全に競争を始めていた。しかもナガンとシノンのテンションが高い。シノンに至っては、さっきまで決勝戦後で不機嫌だったとは思えないくらい表情が晴れていた。
しかしキリトだけが青ざめている。
「ちょっと待て!?まだ続くのか!?」
ナガンとシノンは顔を見合わせた。そしてまるで示し合わせたみたいに、同時に笑う。
「「もちろん」」
次の瞬間、再び機関銃の轟音がフィールド全体へ響き渡った。
それから数十分後。練習用フィールドの一角には、異様な光景が広がっていた。崩れたコンテナの陰、半壊したビルの屋上、道路脇の瓦礫地帯。そこら中に弾痕が刻まれ、地面には薬莢が大量に散らばっている。まるで小規模戦争の跡地だった。
「……はぁ……はぁ……」
その中心で、キリトが膝へ手を付きながら息を切らしていた。VR空間なので実際に酸欠になるわけではない。だが精神的疲労は別の話だ。特に問題なのは、死んでも終わらないことだった。
「もう嫌だ、この空間……」
心底疲れ切った声だった。これまで何度リスポーンしたのか、本人も途中から数えるのをやめていた。最初は抵抗した。途中から逃走へ切り替えた。最終的には隠密まで試みた。だが意味がなかった。
何故なら
「いたわよ」
「見っけ」
スナイパー、二人だからだ。キリトの背筋が凍る。振り向くと、PKMを肩へ担いだシノンと、MG42をぶら下げたナガンが並んでいた。二人とも実に晴れやかな顔をしている。
「……お前ら、絶対途中から目的変わってるだろ」
キリトが引き攣った顔で言う。だがナガンは首を傾げた。
「何言ってんだ……最初から楽しんでるぞ?」
「最低だなお前」
シノンも小さく笑う。
「でもまぁ、ちょっとスッキリしたわ」
シノンもPKMを抱えながら、どこかスッキリしたような表情だった。
「だろ?」
「アンタのストレス発散に巻き込まれた気もするけど」
「細けぇ事は気にすんな」
「気にするわよ」
呆れたように返しながらも、シノンの声音にはさっきまでの棘がかなり薄れていた。キリトはそんな二人を見ながら、若干遠い目をしている。
「……お前ら絶対仲良いだろ」
「「普通」」
そう言いながらPKMを軽く持ち直す。完全に気分転換として機能していた。キリトは遠い目をした。
「俺だけ被害者担当……」
「自業自得よ」
「ぐっ……」
否定できなかった。決勝戦での態度に問題があった自覚はある。だからこそ反論しづらい。その時だった。ナガンがふとMG42を肩へ担ぎ直しながら、何でもないように言った。
「ま、そろそろ終わりにするか」
キリトの顔が一瞬で明るくなる。
「ほ、本当か!?」
「これ以上やると俺たちが疲れる」
「俺への心配は無しか!?」
さっきまでの重苦しい空気は、もうかなり薄れていた。するとシノンが不意に口を開く。
「で、本戦はどうするの?」
「どうするって?」
「ある程度、計画立てた方がいいでしょ?」
BoB本戦は予選とは違う。参加人数もフィールド規模も緊張感も段違いだ。まして今回は、ただの大会じゃない。デスガンがいる。その事実が、どうしても頭から離れなかった。その言葉に、ナガンが少しだけ真顔になった。キリトも肩を下ろしながら視線を向ける。
「つっても、本戦は配置ランダムだしな」
そう言いながら、近くの瓦礫へ腰を下ろす。
「一区画一キロ規模だろ?下手すりゃ開幕数十分誰とも遭遇しない可能性もある.....結局、近い奴に会いに行く感じでいいんじゃね?」
ナガンは笑っていたが目だけは割と本気だった。
「ただ、デスガンが何を企んでるか知らねぇけど、これ以上、好き勝手やらせる気はねぇよ」
その声音には、いつもの軽さと同時に妙な冷たさが混じっていた。キリトは数秒黙り込む。やがて小さく頷いた。
「あぁ」
シノンも静かに息を吐く。
「……そうね」
空気が少し変わった。さっきまで機関銃で追い回していたとは思えないくらい、フィールドは妙に静かだった。ふざけた空間だったはずなのに、三人の間に流れる空気だけは、本戦を前にした緊張感を帯び始めていた。
だが次の瞬間、ナガンがにやりと笑った。
「――じゃ、本戦前最後に一回だけやっとくか」
「そうね、一回ぐらいはやらないと」
キリトが固まる。
「……何を?」
ナガンは主武装であるシャイタックM200を持ち上げた。シノンも、愛銃のヘカートⅡを静かに構える。
嫌な予感しかしなかった。
「「肩慣らし」」
「待て」
「「最後まで付き合って」」
「だから待――!!」
轟音が、フィールド全体へ響き渡った。
次回からBoB本戦開始!