名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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通りかかる奴は全員撃つって方針で

BoB本戦が始まって、すでに30分近くが経過していた。分かってはいたが3人とも見事にバラバラな場所へ転送された。一番近い位置にいるキリトですら、まあまあの距離がある。

 

大会の特設フィールドは、直径10キロの円を描く孤島だ。北部が砂漠、南部が森林および山岳地帯、そして中央には廃墟となった都市が横たわっている。地形の変化が激しく、一つのフィールドで全く異なる戦場が成立する作りだった。

 

ナガンはマップを確認する。シノンがいるのは、最南端にそびえる岩山の麓。少し北側には大きめの川が流れ、山岳エリアと森林エリアを隔てている。自分も岩山エリア内にいるにはいるが結構遠い。突っ切れば確実に敵と接触する。

 

「遠い……」

 

思わず独り言が漏れた。ナガンはしばらく地形を見つめ、それからあっさり結論を出した。

 

「通りかかる奴は全員撃つって方針でいくか……」

 

傍から聞けば頭が悪いとしか思えない発言だが、あながち間違ってもいない。BoBは最後の一人になるまで戦い続ける方式だ。シノンへ向かいながら途中の敵を片付けていけば、ちょっと自分の周りでゲームオーバーの人が増えるだけの話である。

 

「とりあえず……シノン達のとこに行くか...」

 

キリトとシノンの位置は比較的に近い。キリトならそっちに向かうだろう。そう予測し移動を開始した直後、マップ上に反応があった。一人のプレイヤーが、こちらへ向かって高速で接近している。

 

ナガンは立ち止まり、素早く状況を組み立てた。相手は速い、真正面から迎え撃つより、一手先を取る方がいい。ナガンはある動作をしてから、走り出し何でもない動作を装って背後へスタングレネードを軽く投げた。

 

ただし、ピンは抜いていない。

 

抜けば自分も巻き込まれる。これはあくまでも囮だ。足元に転がる手榴弾を見た瞬間、相手の意識がそちらへ引き付けられる。その一瞬で十分だった。敵はまんまと引っかかった。

 

ナガンはすぐに振り返り、右手のHK USPを構え躊躇なく引き金を引いた。一発目は脚部、二発目は腕。

 

「甘めぇんだよ!」

 

「嘘だろ!?」

 

相手の声が上擦った。だがもう遅い。左手に展開していた光剣が一閃し右腕と頭部が、あっさりと胴体から離れたのだった。

 

シャイタックM200はストレージへ戻してあった。あの長物を背負っていれば当然重くなり、機動力が落ちる。外しておけば身が軽くなり、速く動ける。

 

そんな事がありつつも、装備を戻し南へ向けて歩き出す。

 

その途中で2人ほど別プレイヤーと遭遇した。もっとも、遭遇したと言っても、向こうはナガンの姿すら認識していない。一人目は岩陰へ身を潜めながら移動していた中距離型。

 

二人目は森林エリア側からこちらを索敵していたスナイパーだった。しかし、スコープ越しに彼が頭部を捉えた瞬間に終わった。乾いた発砲音に遠距離から撃ち抜かれHPバーが消し飛び、プレイヤーが青白いエフェクトへ変わって砕け散る。

 

 

遠距離狙撃はやはり気分が良かった。相手に何もさせず、一撃で終わらせる。この圧倒感は、他の武器では味わえない。ナガンはそのまま歩き続けた。端末を確認した時、ようやくシノンとの距離が現実的な数字へ変わっていた。

 

「……やっと近くなった」

 

同時に、キリトの反応も表示される。すでにシノンと合流済みだった。ナガンは眉をわずかに動かした。

 

(前に確認した時、キリトはあの辺りの山にいなかった筈……どうやって移動したんだ?)

 

地形を考えれば、かなりの速度で移動してきたことになる。普通に走ったとは思えない。何か使ったか。あるいは——そこまで考えた時だった。

 

ふと、遠方に違和感を覚える。ナガンは足を止め、小型スコープを覗いた。

 

「……あ?」

 

プレイヤーが倒れている。しかも、見覚えのある装備だった。

 

名前は《ペイルライダー》。三次元機動力に特化したプレイヤーだ。アクロバットスキルも極めて高く、空間機動戦では上位クラスに入る厄介な相手。ナガン自身、狙撃する候補として記憶していたプレイヤーでもある。

 

だが倒れている。しかも——死んでいない。

 

「……何だ?」

 

違和感が確信に変わる前に、ナガンはシャイタックM200を展開していた。大型バイポッドを固定し、岩場へ静かに伏せる。周囲に敵影はない。先ほどの二人を始末したことで、この一帯は一時的に安全圏になっていた。スコープを覗き倍率を上げる。

 

すると、ペイルライダーの身体へ異常が起きているのが見えた。青白いスパーク。電流じみたエフェクトが全身を這い回っている。

 

「……電磁スタン弾?」

 

ナガンの声が低くなった。文字通り、着弾した対象をスタン状態へ叩き込む特殊弾薬。だが普通のプレイヤーはまず使わない。理由は単純だ——高すぎる。そして使用条件が厳しすぎる。大口径ライフル専用で、一発の価格が異常。しかも基本的にはMob狩り用の弾薬だ。

 

大型モンスターを拘束するための特殊装備であり、対人戦で使うには意味がない。ナガンも値段を見て余裕で購入を諦めたレベルだ。つまり今この場にいる相手は、その弾薬を平然と対人で使える人間だということだ。ナガンはさらに周囲を観察する。

 

岩場、射線、高所——そして、見つける。

 

「——デスガン」

 

見つけたのは黒い外套。そして手にしたライフルを確認し目を見開く。

 

(あれは.....!)

 

《サイレント・アサシン》。

 

正式名称、《Accuracy International L115A3》。長距離狙撃用ライフル。使用弾薬は《.338 Lapua Magnum》。シノンのヘカートⅡが使う《.50BMG》と比較すれば、絶対的な破壊力では劣る。だがこの銃は対物ライフルではない。最初から、人間を殺すために作られた狙撃銃だ。

 

専用サプレッサーを標準装備し高精度、長射程、そして静音性。最大射程は二千メートルを超える。撃たれた側は、射手の姿を見ることすらできない。

 

いや——銃声すら聞けない。気づいた時には、すでに死んでいる。まさに暗殺のために存在する銃だった。

 

ナガンの視線が細くなる。

 

GGO内でも超レア枠。廃人クラスのプレイヤーしか所有できないレベルの武器だ。ナガン自身、欲しいと思ったことはある。だが途中で諦めた。

 

しかし今、そのライフルを持った男がスコープの向こうにいる。

 

デスガンは、鉄橋のちょうど中間地点――橋を支える巨大な鉄柱の陰から、まるで最初からそこに立っていた亡霊のように、ゆらりと姿を現していた。

 

無機質な鉄骨と薄暗い夕空を背にしたその黒いローブ姿は、遠距離から見ても異様な存在感を放っている。風に揺れる外套、顔を覆うフード、そして人間味を感じさせない立ち方。その全てが、このBoBという戦場の空気から明らかに浮いていた。

 

「ここだと確実にキル出来ねぇ……!」

 

ナガンは低く吐き捨てながら、即座に状況を分析していた。現在位置からデスガンまでは、およそ2.3キロ。シャイタックM200が本当の意味で活躍できる距離ではある。だが最大の問題は距離ではなく、奴の立ち位置だった。

 

橋を支える分厚い鉄柱が、デスガンの身体の大半を覆い隠している。露出しているのは肩口と頭部の一部のみ。それも、ほんの僅かだ。ナガンはスコープ越しに微動だにしない照準を合わせながら、一瞬だけ思考を巡らせる。

 

《.408 Chey-Tac》弾なら、鉄柱ごと貫通できる可能性はある。専用に設計された高精度弾は、単純な威力だけなら対物ライフルに匹敵する性能を持つ。鉄板程度なら撃ち抜ける。問題は、あの鉄柱がどれだけ厚いかだ。

 

抜けるかもしれない。だが、“かもしれない”では足りなかった。

 

もし貫通しなかった場合、弾道は逸れる。最悪、位置を晒しただけで終わる可能性すらある。何より相手はデスガンだ。こちらの位置を把握された瞬間、次に狙われるのは自分になる。

 

確実じゃないなら撃たない。それがナガンの判断基準だった。

 

彼は即座にスコープから目を離し、伏射姿勢のまま横へ滑るように移動する。岩場の傾斜、瓦礫の高さ、遮蔽物の角度を利用しながら、新たな射線を探していく。最悪頭部でなくてもいい。腕でも脚でも、当たりさえすれば流れを変えられる。

 

だが、そのわずかな移動の間に状況は動いていた。デスガンが、ゆっくりとペイルライダーの前へ歩み寄っていたのだ。電磁スタン弾を受け、身体を痙攣させながら地面へ倒れ伏すペイルライダー。

 

その姿を、デスガンは静かに見下ろしている。焦りもなければ、急ぐ様子もない。まるで、ここから先に起こることが確定しているかのようだった。

 

そして――奴は十字を切った。

 

ゆっくりと丁寧に。

 

まるで儀式のような動作だった。その不気味な所作を見た瞬間、ナガンの背筋へ嫌な寒気が走る。次いで、デスガンはホルスターへ手を伸ばした。

 

抜き放たれたのは、一丁のハンドガン。距離が遠すぎるせいで細部までは見えない。だが、ナガンはその銃を知っていた。

 

「黒星……」

 

思わず声が漏れる。

 

ゼクシードや薄塩たらこを殺した時に使われた銃。現実世界の死へ繋がったと噂される、“あの銃”。デスガンが、その銃口をまた誰かへ向けようとしている。

 

ナガンは迷わずシャイタックM200を構え直した。今ここで逃せば、また一人死ぬかもしれない。呼吸を止め、引き金へ指を掛けた――その瞬間だった。

 

轟音が響く。

 

(この音は、ヘカートⅡ.....!)

 

ナガンの視線が反射的に跳ねる。

 

シノンだ。

 

キリトたちがいる方向から放たれた、.50BMG弾特有の重々しい炸裂音。前確認した時の場所を思い出し、デスガンとの距離を割り出すと、およそ300メートル。シノンにとっては必中圏内だ。

 

外すはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた。

 

だが次の瞬間、ナガンの表情が凍る。デスガンが、弾丸を回避した。奴は上体を大きく後ろへ反らし、ヘカートⅡの弾道を紙一重で躱してみせたのだ。

 

「嘘だろ……!」

 

一瞬、思考が止まる。ヘカートⅡの弾を見切って避けた。それが意味するものを、ナガンは理解していた。あれはもう、普通のプレイヤーじゃない。

 

だが呆けている暇は無かった。ナガンは即座にスコープを覗き直す。射程圏内だが同時に、ほんの少しのズレが致命傷になる距離でもある。

 

この距離での狙撃だって何度もやってきた。慣れはている。だがそれでも緊張は走る。2キロ以上先の標的を撃ち抜くには、風の読み方一つ、呼吸のタイミング一つで結果が簡単に変わる。

 

風向き

 

湿度

 

高度差

 

弾道降下

 

全てを計算へ組み込む必要がある。ナガンはゆっくりと息を吸い、身体から余計な力を抜いた。鼓動が遠のき照準の中心にだけ、世界が収束していく。

 

デスガンの頭部が現れる。

 

呼吸の揺れ

 

重心移動

 

次に動く方向

 

その全てを読み切った上でナガンは呟いた。

 

「狙い撃つ....!」

 

次の瞬間、引き金が引かれる。シャイタックM200の銃身から放たれた.408 Chey-Tac弾が、空気を裂きながら2キロ以上先へ突き進む。

 

 

 

 

 

だが直前で――デスガンが気づいた。

 

奴の身体がほんの僅かに傾く。ヘッドショットコースだった弾丸は躱された。しかし直前に気づいた為、完全に避ける事は出来ず、肩口を抉りながら通過した。鮮やかなダメージエフェクトが散る。確かに当たったが致命傷ではない。

 

「....ッ!スコープの反射……?」

 

そんな考えが頭をよぎる。

 

だが、あり得ない。シャイタックM200のスコープにはキルフラッシュを取り付けている。レンズの反射で位置が露見するような初歩的なミスはしていないし、今までそれで発見されたこともない。

 

 

つまり、デスガンは―― 2キロ先からの弾丸を自身の技術で避けたのだ。

 

普通じゃない、明らかに異常だ。

 

「……マジかよ!」

 

ぼそりと呟きながら、ナガンは再び移動を開始する。伏射していた岩場から身を離し、次の遮蔽物へ滑り込む。その動作は速いというより、無駄が無かった。狙撃手にとって、一箇所へ留まり続けるのは自殺行為だ。まして相手はデスガン。位置を悟られた以上、同じ場所に居座る理由など一つもない。

 

移動しながら、ナガンはシャイタックM200のボルトを引く。硬質な金属音が響き排莢された薬莢が岩肌へ転がり、次弾が装填される。そして新たな伏射位置へ身体を沈めると、再びスコープを覗き込んだ。

 

しかし今度の照準の中心に捉えていたのはデスガン本人ではなかった。

 

奴が銃弾を躱すのはもう理解した。ヘカートⅡの弾丸を回避するような反射神経を持つ相手に、頭部を狙っても同じ結果になる。ならば狙いを変える。デスガン本人ではなく、奴の足元付近——そこへ弾を叩き込む。

 

直接当てるためじゃない。いつでもここから狙える、という事実を向こうに意識させるためだ。引き金を引き弾丸がデスガンの足付近を掠める。奴の動きが、一瞬だけ止まる。

 

この狙撃の意図に相棒(シノン)は気づいた。

 

彼女のヘカートⅡが唸りを上げる。二方向からの同時プレッシャー。逃げ場を潰すように重なった射線に、さすがのデスガンも不利を悟ったのだろう。走り出し、鉄柱の陰へ身体を滑り込ませる。直後、その姿が掻き消えた。迷彩を使ったらしかった。ナガンはスコープから目を離し、小さく息を吐く。

 

「……迷彩か」

 

ナガンが低く呟く。

 

恐らく光学迷彩系スキルか装備だろう。完全に視界から消えた以上、無理に追撃する意味は薄い。なお、スタン状態で倒れていたペイルライダーは、ナガンがヘッドショットで仕留めた。ペイルライダーの頭部HPが一瞬で吹き飛び、身体が青白いポリゴン片となって砕け散る。

 

デスガンが目標にしていたのなら、その計画を狂わせるに限る。ナガンはスコープから目を離し、小さく息を吐く。

 

「……取り敢えず、アイツらの所に合流するか」

 

ナガンは警戒を切らさないまま岩場を下り始めた。数分後に、森林と山岳地帯の境界付近で、ようやく二人の姿が見える。キリトは光剣を腰へ戻し、シノンはヘカートⅡを構えたまま周囲を警戒していた。

 

ナガンの姿を確認すると、二人とも僅かに表情を緩める。

 

「お前ら無事か?」

 

軽く手を上げながら問いかけると、二人はすぐ頷いた。

 

「あぁ」

 

「えぇ、アンタが狙撃してくれたおかげで助かったわ」

 

シノンの声には、珍しく素直な安堵が混じっていた。実際、ナガンの介入が無ければ危なかった。デスガンを相手にしている最中、別方向からの長距離狙撃支援は大きすぎる。

 

キリトも感心したように口を開く。

 

「ナガン、すごいな。2キロ以上から狙撃して、アイツにダメージ与えるなんて」

 

だが、当の本人は不満げだった。

 

「いや、ヘッドショットする気で狙ったんだけどな...」

 

ナガンはそう言いながら頭を掻いた。その声音には自慢も興奮もない。ただ純粋な、失敗への苛立ちだけが滲んでいた。

 

「あの野郎、ギリギリで回避しやがった」

 

「そうなの……」

 

シノンは短く返した。だがその先の言葉は飲み込む。

 

——自分も避けられた。その事実を口にしかけ止めた。彼女のヘカートⅡによる狙撃ですら、デスガンは反応した。

 

 

それだけでも十分異常だ。普通のプレイヤーなら回避など不可能。発射音を聞いた瞬間には、もう着弾している。

 

 

だが目の前の男は、それとは別の次元にいる。ナガンは弾道予測線や、着弾予測円にも頼らない。GGOというゲームに存在する補助システムを、最初から無かったもののように扱っている。

 

風、距離、湿度、高低差、呼吸、わずかな銃身の揺れ——それら全てを感覚と経験だけで計算し、狙撃を成立させている。しかも2.3キロ先の目標に対してだ。

 

 

普通なら、当てただけで称賛される。肩を撃ち抜いただけでも十分すぎる戦果だ。シノン自身、充分だったと判断していただろう。しかしナガンは違った。彼の中では、殺し切れなかった時点で失敗なのだ。

 

 

「……流石に驚いたな」

 

 

ぼそり、とナガンが呟くと、シノンは思わず黙り込んだ。シノンとナガンでは見ている景色が違った。

 

キリトもまた、複雑そうな表情でナガンを見ていた。超遠距離からデスガンへ圧力をかけ、なおかつ別のプレイヤーをヘッドショットで排除しながらここまで合流してきた男。しかし本人は、自分の狙撃に納得していない。

 

戦場で何度も死線を越えてきた者、特有の異様な完成度への執着。ナガンは既に十分すぎるほど化け物じみている。だが本人だけは、自分を完成しているとは思っていなかった。

 

そして恐らく、それこそが——この男をここまで強くしている理由なのだろう。

 




原作だと338 Lapua Magnum弾の最大射程は2キロ先も超えるって書いてあるんですけど、ウィキペディアとかAIに聞いてみると1500m〜1750m当たりって書いてあって、混乱しましたが取り敢えず原作基準設定で通しますのでお願いします。

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