名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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その願望(殺意/欲求)

「キリト、手筈通りに頼むぞ」

 

「あぁ。そっちも頼む」

 

短いやり取りだけで、全てが確認された。

 

作戦はシンプルだ。まずナガンが一発撃ち、デスガンの意識を上へ向けさせる。当たるかどうかは関係ない。あの男がナガンとシノンの狙撃に鋭敏に反応する事は、すでに証明されている。その一瞬の隙に、キリトが動く。

 

ナガンが引き金を引いた。発砲と同時に壁の陰へ身を滑り込ませる。

 

入れ替わるようにキリトが高速で横に走り出した。FNファイブセブンをデスガンへ向けて発砲し、すぐに身を屈める。デスガンは余裕でそれを躱した。右手の黒星をホルスターへ戻し、肩からL115を降ろすと素早くマガジンを交換する。無駄のない動作だった。狙撃手のシノンの目から見ても、その所作には一切の迷いがなかった。

 

その瞬間、ナガンがまた一発撃つ。

 

デスガンはギリギリで回避し、壁の陰へ身を隠した。同時に、電磁スタン弾を必殺の.338 Lapua Magnum弾へとチェンジする。長大なライフルを構え、スコープを覗く。そして躊躇いなく引き金を引いた。

 

ナガンもギリギリで壁に身を隠した後、サブアームのHK USPを抜く。キリトと場所を入れ替わるように走り出し、二人は交互にハンドガンで牽制し続ける。デスガンはナガンを最優先で狙おうとしていた。この中で狙撃手は最大の脅威だ。キリトは近接型、ハンドガンの腕はそこまで高くない——そう認識していた。

 

だが、その認識が甘かった。キリトの動きが変わっていた。

 

射撃のタイミング、身の隠し方、牽制の角度——全てに無駄がない。しかも的確に、デスガンが狙いを定めようとするたびに、キリトが邪魔をする。しかも以前より格段に上手く。

 

理由があった。

 

ナガンの練習フィールドで機関銃に撃たれ続けた後、シノンとナガンの二人にキリトの銃の腕が低いことを指摘された。そのままGGOトップクラスのスナイパー二人に銃の基礎を叩き込まれたのだ。教える側が異常な精度を持つ人間達である以上、その効果は馬鹿にならなかった。

 

L115はボルトアクションライフルだ。一度撃てば手動でボルトを引き、次弾を装填しなければならない。デスガンといえどもそれは例外ではない。ナガンを狙おうとするたびにキリトが射線に割り込み、装填のタイムラグが生じる。その数秒が、致命的な隙になる。

 

その隙をナガンが仕留める、それが狙いだった。

 

しかし問題がある。L115の装弾数は最大で11発。対してシャイタックM200は最大8発。しかもすでに2発撃っており、弾数で負けている。その事実が、ナガンの頭の片隅にあった。

 

だが焦りはなかった。装弾数で不利な状況など、何度も経験している。むしろ残弾が少ないからこそ、次の一発で確実に仕留めるという気持ちが研ぎ澄まされていく。三度目のキリトとの場所交代でナガンがスコープを覗いた瞬間——デスガンと目が合った。

 

向こうも、同じことを考えていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((ここで、確実にお前を殺す......!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は同時に引き金を引いた。

 

《.338 Lapua Magnum弾》と《.408 Chey-Tac弾》が、一直線に向かい合う。そして真っ向からぶつかり弾ける。破片はデスガン側に多く降りかかった。ゲーム内であっても、この状況は極めて異常だ。GGOでトップクラスの狙撃技術を持つプレイヤーをもってしても、弾丸に弾丸をぶつけるなど不可能に近い。

 

だが今の二人にはそれが出来る。

 

デスガンにとって、ナガンは最初ただの初出場プレイヤーに過ぎなかった。レアな装備を持っているというだけで、特別な興味はなかった。だが予選での狙撃が目に入った。

 

決定的だったのは、約2キロという距離から放たれた弾丸が自分に当たったことだ。しかもデスガンは、ただ棒立ちしていた訳ではない。殺気を感じ取り、ギリギリで回避行動まで取っていた。それでも、当てられた。予測されていたのだ。それにより、キリト以外で初めて、殺してやりたいという殺意が生まれたのだ。

 

ナガンもまた、自分の狙撃に自信があった。祖父から叩き込まれた技術はBoB予選で存分に発揮していた。だがデスガンは、あの時放った、ヘッドショットコースの弾丸をギリギリで躱した。仕留め損ねたことは何度かある。しかし、あのような躱し方をされたのは、あの男が初めてだった。だからこそ、自分の狙撃がどこまで通じるのか試したいという欲求が生まれていた。今の彼の顔はシノンからすれば今まで見た事もない表情だろう。

 

 

 

その願望(殺意/欲求)が、二人を最高の集中(フロー)状態へ押し込んだのだ。

 

 

 

人が極限まで集中し切った時にのみ到達する、特殊な精神領域。視界から余計な情報が消え音が遠のき、思考と肉体の間に存在する“迷い”や“判断”すら削ぎ落とされ、自分の技術を100%の状態で扱える状態。

 

スポーツ選手や職人、あるいは死線を潜る兵士が稀に経験すると言われる現象。今の二人は、そこに、ハッキリと踏み込んでいた。互いしか見えていない。互いを撃ち抜くことだけへ全神経を注ぎ込んでいる。だからこそ、本来ならあり得ない狙撃が可能になった。凄まじい速度でボルトを引き、装填し、再び撃つ。

 

わずか数秒だった。

 

ボルトアクションライフルとは思えない速度だった。まるでセミオートライフルのような連射速度。発射された弾丸はまたも、正面で弾けた。すぐに次弾を装填し引き金を引こうとする直前....何かが微かに音を立てた。二人はそれに反応するも躊躇うことはない。

 

 

二人の動作には無駄が一切存在しない。極限まで研ぎ澄まされた技術と感覚だけが、そこにあった。

 

 

互いの弾丸は先端が擦れるようにぶつかった。《.338 Lapua Magnum弾》はシャイタックM200のスコープを破壊し、右肩を掠める。《.408 Chey-Tac弾》はデスガンの左肩に命中する。

 

「「——ッ!」」

 

二人の舌打ちが、ほぼ同時に響いた。

 

だが次の瞬間、デスガンは自分が犯したミスに気づいた。狙撃手として、絶対にやってはいけないことだった。

 

 

ナガンへの警戒に意識を集中しすぎるあまり、キリトへの注意がいつの間にか薄れてしまっていた。フロー状態はその認識のまま没入した。必要だと判断した情報だけを処理する極限の集中は、最初から外れていた存在を教えてはくれない。光剣がデスガンへ向けて斬りかかる。デスガンはライフルから咄嗟に細長いレイピア状の剣を引き抜き、それを防いだ。

 

「それがお前の切り札か!」

 

キリトが叫び、ナガンが狙いを定めたが、デスガンはキリトの腹を強く蹴り飛ばし、同時に光歪曲迷彩を発動して姿を消した。彼は舌打ちをこらえる。ナガンは砕けたスコープの残骸を一瞥すると、すぐにシャイタックM200を下ろし、手榴弾を奴が逃げたであろう場所に投げた。

 

その後、彼は迷わず踵を返し、シノンの元へ駆け出す。途中妙な疲労感に襲われたが気にせず走った。電磁スタン弾を撃たれた彼女はまだ動く事が出来ず、倒れたままの彼女の傍へ膝をつく。

 

「無事か、シノン?」

 

「ごめんなさい……上手く動けない」

 

声は出るが電磁スタン弾の効果は思った以上に長く続いていた。喋るだけでも精一杯といった様子だ。痺れが全身に残っており、指先以外、まともに動かせていない。

 

「よし...俺がシノンを連れて行く」

 

ナガンはキリトへ振り返った。

 

「ヘカートⅡを運んでくれ。慎重にな」

 

「了解」

 

キリトが頷く。流石にナガン一人でシノンとヘカートⅡの両方を運ぶのは無理がある。だが——。

 

「あ、キリト」

 

「どうした?」

 

「ついでに俺のM200も運んでくれ。スコープ無いから軽くなったはずだ」

 

キリトの動きが一瞬止まった。スコープの重さが狙撃銃全体に対してそこまで影響するものなのか——銃に疎いキリトでも、その理屈には微妙に首を傾げたくなった。だが今この状況でそれを指摘する気力もない。

 

「……分かった」

 

どこか凄まじく渋々とした声で頷き、二挺の対物ライフルを両腕に抱える羽目になったキリトがそれに続いた。

 

その頃にはナガンがシノンをおぶっていた。

 

まだ脚に力が入らないらしく、歩くのも難しい状態だ。ナガンはシノンの体重を背中で受け止めながら、そのまま走り出す。流石にシノンも嫌がるかと思っていたが、予想に反してすんなりと受け入れた。否定する余力もないのか、あるいは別の理由があるのか——どちらにせよ、今は動くことの方が先決だった。

 

ナガンはスモークグレネードのピンを抜き、後方へ放り投げる。白煙が広がり、周囲の視界を塞いでいく。追跡者の目を誤魔化すための処置だが、正直なところ不安は拭えなかった。デスガンが迷彩を使える相手である以上、煙幕が万全の保護になるとは言い切れない。

 

それでも、止まる理由にはならない。

 

三人は廃墟の中を駆け抜けた。デスガンと狙撃をしてから1分も経っていなかったことにシノンは内心驚く。重い荷物を両腕に抱えたキリト、背中にシノンを負ぶったナガン。傍から見れば相当に奇妙な絵面だったが、今は誰もそれを気にする余裕がなかった。

 

 

 

 

三人は円形スタジアムの東側を回り込み、廃墟の北側へ抜けようとしていた。その最中、デスガンの狙撃が飛んできた。煙幕のおかげで直撃はない。だが着弾点は正確だった。煙の中を通して、ほぼ正確に位置を把握している。ただの勘ではない。あの男は、煙幕越しでも狙撃手として機能していた。

 

ナガンはシノンをおぶったまま走り続けながら、背中の感触に気づいた。

 

シノンの手が、震えている。

 

さっきから気になっていた。戦闘中の緊張とは違う震え方だ。もっと根っこの部分から来ている怯え方だった。

 

(この怯え、普通じゃないな……何かあったのか)

 

問う余裕はなかった。今は走ることが先だ。北側へ抜けると、南と同じくメインストリートがまっすぐ伸びていた。燃え尽きた乗用車やバスが幾つも転がっているが、完全に身を隠したまま街を脱出できるほどの量ではない。遮蔽物としては不十分だ。

 

ナガンが走った先に、点滅する文字列が見えた。

 

【Rent-a-Buggy&Horse】

 

首都グロッケンにもある、無人営業のレンタル乗り物屋だ。モータープールに目を向けると、停めてある三輪バギーのほとんどが全損状態だった。だが一台だけ、まだ走れそうな車体が残っている。隣には馬型のロボットもあった。だが扱いが難しすぎる。ナガンの選択肢には入らなかった。

 

「キリト、運転頼む。奴が追いかけてきたら、俺とシノンが攻撃を仕掛ける」

 

シノンの麻痺もほぼ回復していた。ナガンはゆっくりと彼女を下ろす。その瞬間、シノンがわずかに名残惜しそうな顔をしたのを、キリトだけが見ていた。もちろん本人には言わない。永遠に言わない。

 

キリトは二人へ対物ライフルを手渡した。キリトに射撃の才があるとは言えない。訓練で上手くなったとはいえ、この世界では、ようやくスタートラインに立てる状態だ。それは本人が自覚してる。ならばこの二人に任せるのは自然な判断だった。

 

「分かった。振り落とされるなよ?」

 

ナガンはすでにマガジンを交換している。シノンも震える手でヘカートⅡを受け取り、残弾を確認した。

 

二人が乗り込んだことを確認してから、キリトはエンジンをかけた。アクセルを踏み込む。後輪が甲高い音を立てて地面を蹴り、バギーが勢いよく走り出した。廃墟の北側、まっすぐ伸びるメインストリートへ——三人を乗せたバギーが飛び出していく。バギーを起動させ走り出した直後、デスガンが追ってきた。馬型のロボットに跨りながら。

 

「マジかよ……あれ乗りこなす奴初めて見たぞ」

 

ナガンは思わず戦慄した。だがこのまま放置するわけにはいかない。

 

「シノン、俺が撃った後に奴を撃て。連続射撃なら流石に奴もキツいはずだ」

 

「わ……解った、やってみる……」

 

シノンはヘカートⅡの銃口を、二十メートルほど先を迫る金属馬へ向けた。スコープで照準せずとも、スキル補正だけで命中する距離だ。ナガンのシャイタックM200が火を噴くも、デスガンはギリギリで躱した。次はシノンの番だ。だがシノンは——引き金を、引けなかった。

 

「シノン!撃つんだ!」

 

ナガンが声を上げた。

 

シノンはもう一度、人差し指に力を込めた。引けない。安全装置がかかってしまったのかと側面を確認したが、そんなことはない。もう一度。もう一度力を込める。それでも引けない。

 

「え……なんで……」

 

がちっ。がちっ。何度やっても同じだ。呆然として自分の指先を見る。そこに、考えもしなかった光景があった。指が、トリガーに触れていない。白い指先と滑らかな鋼鉄の間には、数ミリ以上の空隙が存在していた。どれほど力を込めようと、その隙間は埋まらない。

 

「引けない……なんでよ。トリガーが引けない……!」

 

「嘘だろ!?」

 

ナガンも思わず声を上げた。バディを組んで戦ってきた中で、シノンが引き金を引けないなどということは一度もなかった。むしろナガンの軽口にイラついて引き金を向けてきたことすらある。

 

そんな中、キリトが叫んだ。

 

「二人ともしっかり掴まれ!!」

 

直後、バギーがガタッと大きく揺れた。

 

「もうちょっと安全運転出来ねぇのか、キリトさんよ!?」

 

「フルスピードで逃げてるんだから、文句言わないでくれ!?」

 

言い合っている間に、デスガンが右手を手綱から離した。まっすぐこちらへ向けられた右手に握られているのは——黒いハンドガン。五四式黒星。

 

「黒星……」

 

ナガンが低く呟いた瞬間、シノンが全身を凍りつかせた。ステップに伏せることもできず、ただその銃を凝視する。奥歯が震えて、かちかちと不規則な音を立てるのが分かった。

 

「やだよ……助けて……助けてよ……」

 

赤ん坊のように身体を縮め、弱々しい言葉だけを繰り返す。デスガンはバギーに追いついてから確実に当てる作戦に切り替えたのか、銃撃は止んだものの蹄の音がじわじわと大きくなっていく。

 

ナガンはRSh-12をデスガンへ向けて撃ちながら、シノンへ声をかけた。

 

「シノン……おい、シノン!」

 

ナガンの声に全身を叩かれたように、シノンがこちらを見た。

 

「もう一度やるぞ」

 

「む……無理だよ……」

 

シノンはいやいやをするように首を横に振った。ナガンは一瞬だけ間を置いた。

 

「……ならヘカートⅡをよこせ!M200は負担をかけすぎた!」

 

シノンはナガンを見た。ナガンの言葉は嘘だった。M200はデスガンとの戦いで確かに酷使した。スコープを破壊された際にレールも若干削られている。だが、まだ撃てないという状態ではない。

 

それはシノンの中にほんのわずかに残った何か——恐らくプライドを、揺り動かすために言った言葉だった。シノンはのろのろとした動きで、肩から巨大なライフルを外した。バギー後部のロールバーに銃身を乗せ、恐る恐る体を起こしてスコープを覗き込む。だが。

 

「撃てない……」

 

掠れ声が漏れナガンは静かに言った。

 

「もう....この際、撃てないなら、撃てなくてもいい」

 

一拍置く。

 

「ただ、撃てなかった過去を二度と引きずるなよ」

 

その言葉がシノンの何かに触れたのか——確かに、シノンの目に光が戻った。

 

「撃つぞ」

 

シャイタックM200の轟音が響き、デスガンの腕を掠めた。

 

「シノン!後数秒で揺れが止まる!その隙に撃て!」

 

その瞬間、バギーが宙に浮いた。

 

キリトが路面に突っ伏したスポーツカーを台代わりにジャンプさせたのだ。タイヤが地面を離れ重力が消える。一瞬だけ、全てが静止したような感覚だった。

 

「シノン!」

 

ナガンが叫んだ。

 

そして、散々待たされた不満を爆発させるように、ヘカートⅡがいつになく激しい轟音と発射炎をマズルから吐き出した。不安定な体勢ゆえに反動を殺しきれず、シノンの身体が大きく後方へ弾かれる。だがナガンが横から素早く押さえ込んだ。シノンはただ両眼を見開き、放たれた弾丸の行方を追った。軌道は、騎馬の死神をほんのわずかに捉えそこね、右へと逸れていく。

 

「外した……」

 

「いや、これなら大丈夫だ」

 

そう呟いた直後、ヘカートⅡの弾丸は横転したトラックの腹に当たり、大爆発を起こした。シノンはヘカートⅡを抱えたまま、炎が遠ざかっていくのをただ見つめていた。震えていた手が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

 

番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。

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