名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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死んで欲しくないから

デスガンとの凄惨なチェイスを切り抜けた三人は、中央都市廃墟を離れ、北部の砂漠地帯へと突入していた。夕陽に照らされた砂丘が赤く揺れている。キリトはバギーの速度を徐々に落としていった。

 

流石に休息が必要だった。連戦に次ぐ連戦で全員の集中力が限界へ近づいている。その時、岩壁の側面に大きく口を開けた洞窟を見つけた。

 

「……あそこだ」

 

キリトは迷わずハンドルを切る。バギーは砂煙を巻き上げながら洞窟内部へ滑り込んだ。

 

中は思った以上に広い。入口から少し奥へ進むだけで外からは見えなくなり、更に車体を進めても、まだ畳二枚分ほどの空間が残っている。

 

奥は暗いが完全な闇ではなかった。入口から差し込む夕陽が岩壁へ反射し、ぼんやりと内部を照らしている。

 

 

入口から差し込む夕陽が岩壁へ反射し、ぼんやりと内部を照らしている。ようやく三人は腰を下ろし、一息ついた。キリトは軽く息を吐き、それからナガンへ視線を向けた。

 

「ナガン、少しいいか?」

 

「あぁ」

 

ナガンは短く返し、立ち上がる。二人はシノンへ聞こえない程度まで距離を取り洞窟入口付近まで歩いた。外から砂漠の風が微かに吹き込んでくる。

 

キリトは少し言葉を選ぶように黙った後、低い声で聞いた。

 

「……正直に言って、シノンはこれから戦えると思うか?」

 

「無理だ。どう考えても足を引っ張るのがオチだ」

 

キリトはわずかに目を細めた。少し意外だった。バディを組んでいる以上、多少は庇うかと思っていた。だがナガンは事実を事実として切り捨てた、純粋な戦力評価だ。狙撃手として引き金を引けなかったというのは余りにも致命的だ。

 

今後また同じことが起きれば全滅に繋がる。本音を言えば一緒に戦いたいが私情を挟む訳にはいかないのだ。キリトは小さく息を吐いた。

 

「ナガン……俺のサポートを頼む」

 

「分かった」

 

短いやり取りだった。それだけで十分だった。キリトは入口近くで警戒を続けるため、その場へ残る。ナガンは先に洞窟の奥へ戻っていった。

 

シノンは岩壁へ背を預け、ヘカートⅡを抱えたまま座っていた。見た目はいつも通りだ。だが近づくと、肩が少し強張っている。シノンはあの爆発でデスガンを倒したと願っていたが、直ぐに否定した。あんな事で死ぬタマじゃない。現に燃え上がる炎の中から微かに人影が見えてしまったのだ。

何より、黒星を見た時の恐怖が、まだ身体に残っていた。

 

ナガンは少し離れた位置へ腰を下ろした。だが、その直後だった。シノンがほんの少しだけ身体を動かす。自然を装うように、肩が触れるか触れないかくらいまで、ゆっくりと距離を詰める。

 

ナガンが視線だけを向けた。

 

「近いぞ……」

 

するとシノンは小さな声で言った。

 

「ごめんなさい……少しだけ、隣に居させて……」

 

その声音は弱かった。いつもの皮肉混じりの調子もない。純粋に、不安を押し隠せていない声であり、ナガンは数秒だけ黙った。無理やり引き離すのも違う気がした。何より、今のシノンに必要なのは説教ではない。兎に角落ち着かせることだ。

 

「……好きにしとけ」

 

結局、そのままにした。シノンは小さく息を吐く。それだけで少し安心したようだった。一方のナガンは——いつものままだった。そのまま壁へ背を預け、RSh-12を取り出す。巨大なリボルバーのシリンダーを開き、撃ち尽くした薬莢を捨てる。

 

乾いた金属音が洞窟へ響いた。そして一本ずつ、新しい弾丸を装填していく。その手つきは妙に丁寧だった。まるで日常動作みたいに自然で落ち着いている。戦闘の後とは思えないほど静かな所作だった。

 

シノンはそんな横顔を、ぼんやりと見つめていた。彼は何も変わらない顔で、当たり前のように隣に座っている。怒るでも、引くでも、過剰に気を遣うでもない。ただそこにいる。

 

それがなぜか、今は一番ありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

焦燥と無力感、迷いと混乱にとらわれ、シノンはただ強く自分の膝を抱き続けた。

 

何十秒が経過しただろうか。やがて、キリトの声が聞こえた。

 

「じゃあ、俺達は行くよ。シノンはここで、もう少し休んでいるといい。本当はログアウトして欲しいけど……大会中はできないもんな。行こう....ナガン」

 

「分かった……」

 

「え……」

 

シノンは反射的に顔を上げた。キリトは岩壁から背中を起こし、光剣のバッテリー残量をチェックしているところだった。ナガンもシャイタックM200のボルトを少し引いて、弾が入っていることを確認していた。

 

「あの男……死銃と戦うの……?」

 

掠れ声で訊くと、小さいが2人の確かな頷きが返ってきた。

 

「私……」

 

シノンはキリトから眼を逸らし、呟くように言った。

 

「私、逃げない」

 

「……え?」

 

「逃げない。ここに隠れない。私も外に出て、あの男と戦う」

 

キリトは眉を寄せ、シノンに上体を近づけて低く囁いた。

 

「だめだシノン。あいつに撃たれれば、本当に死ぬかもしれないんだ」

 

「今のお前には無理だろ。下手すりゃ死ぬぞ」

 

ナガンのストレートな言葉に、シノンは反応した。

 

「死んでも構わない」

 

「え……」

 

キリトが再び眼を見開く。シノンはゆっくりと語りかけた。

 

「私、さっき、すごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。前の私よりも弱くなって情けなく、悲鳴上げて……そんなんじゃ、だめなの。そんな私のまま生きつづけるくらいなら、死んだほうがいい」

 

「怖いのは当たり前だ。死ぬのが怖くない奴なんていない」

 

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きるのは……疲れた。別に、あなた達に付き合ってくれなんて言わない。一人でも戦えるから」

 

その時、ナガンが前に出た。

 

「……今のお前には無理だ」

 

シノンの眉が、ぴくりと動く。

 

「無理?私は無理してるわけじゃない。戦いたいって言ってるのよ……」

 

「同じだ」

 

「違う」

 

ナガンは振り返り、即座に返した。シノンは構わず続ける。

 

「逃げるのと、戦えない状態で戦うのは違う。私はまだ——」

 

「本当に、まだ戦えんのか?」

 

ナガンの声が、静かに遮った。

 

「その手、さっきから震えてるぞ」

 

シノンは息を呑んだ。反論しようとした。だが言葉が出てこない。自分の手を見ると震えていた。分かっていた。分かっていたのに、止められない。ナガンはその沈黙を言葉で埋めなかった。ただ数秒待って、それから静かに言った。

 

 

 

 

 

 

「一度目の警告だ、お前は待機してろ。動いたら......撃つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでもシノンは、足を踏み出そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

銃声が洞窟に反響した。ナガンが放ったHk uspの弾丸がシノンの頬をかすめ、背後の岩を抉り、砕けた岩片が頬に触れた。一瞬で空気が凍りついた。ナガンの目は冷たくも熱くもない。ただ静かに、シノンを見ていた。

 

「今すぐ死に行きそうなお前を連れて行っても、ただの足手纏いだ。スナイパーとしても、バディとしてもな」

 

その言葉には一切の容赦がない。仮にもバディを組んでいた人に対する発言とは思えない。

 

「お前がGGOや黒星に何かしらの執着があるのは理解するが、それを俺に押し付けるな。お前個人の問題で殺されるなんざ、まっぴらごめんだ」

 

シノンは、何も言えなかった。

 

 

否定したい、反発したい。なのに言葉が出てこない。 

 

 

自分でも分かっているからだ。 

 

 

今の自分が、まともじゃないことを。

 

 

 

それでも、それでも——

 

 

 

 

 

「なら......あなたが私を一生守ってよ!!!」

 

 

 

叫びだった。怒りでも命令でもない。ただの、どうしようもない本音だった。洞窟の空気が張り詰める。ナガンはその言葉を、真正面から受けた。

 

しかし彼から発せられた言葉は少なくともシノンが予想するものでは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は誰かを生涯かけて守るためにここにいるわけじゃない。守ってほしいなら、相手を間違えてる」

 

銃を下ろしながらも、視線は逸らさない。その言葉は、突き放すようでいて——逃げ場を塞ぐものでもあった。

 

「...ッ!....何も知らないくせに!!」

 

感情が爆発した。

 

「これは私の、私だけの戦いなのよ!たとえ負けて、死んでも、誰にも私を責める権利なんかない!!!それとも、あなたが一緒に背負ってくれるの!?いっつも澄ました顔して!!あなたはこの手を握れるの!!?」

 

踏み出した足が、わずかに揺れる。言葉の勢いとは裏腹に、その身体は確実に限界に近づいていた。次の言葉を紡ごうとした瞬間——力が抜けた。両手が震え始める。視線がゆっくりと自分の手へ落ちる。

 

そこには——赤があった。べっとりとした、粘つくような赤。現実ではない。分かっているはずなのに、拭えない、離れない。

 

あの日、あの瞬間。引き金を引いた感触と一緒に、焼き付いている。

 

「この……ひ、人殺しの……手を……」

 

声が崩れた。

 

「握ってくれるの……?」

 

それは問いでもなければ確認でもない。ただの、恐怖の吐露だった。ナガンは動かなかった。その場に立ったまま、シノンを見ている。その視線は相変わらず変わらない。冷たくも、優しくもない。ただ——現実を見ている目だった。

 

数秒の沈黙が落ち、やがてナガンはわずかに口を開く。

 

「……お前は俺を神父か牧師と勘違いしてんのか?懺悔や告白を求めんならお門違いだ。お前が何をやったかなんて、俺には関係ない」

 

一歩、距離を詰めた。だが、決して触れはしない。

 

「その手がどうだろうが、俺は評価しない。戦えるかどうか、それだけだ」

 

シノンの震える手を見る。血は無い。最初から存在していない。だが——本人にとっては、確かに”ある”。

 

 

「えぇ....そうよ。だから戦うのよ。最期まで....」

 

 

 

 

 

 

 

洞窟の奥深くに沈む静寂を破ったのは、ナガンの低く落ち着いた声だった。その声は、責めるでもなく、苛立ちを含むでもなく、ただ純粋に目の前の少女の心の奥底にあるものを知りたいという、静かな問いかけの響きを帯びていた。

 

「なんで、戦うことに執着するんだ?」

 

その一言が空気を震わせた瞬間、シノンの唇がかすかに震え、胸の奥に押し込めていた感情が堰を切ったように溢れ出しそうになる。喉の奥が熱く、呼吸が浅くなり、視界が涙で滲んでいく。それでも、もう止められなかった。止めることなどできなかった。

 

「そんなの……そんなの……」

 

声が掠れ、震え、途切れそうになりながらも、彼女の中に積み重なっていた想いは、ついに形を持って溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が死んで欲しくないからに決まってるでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに、過去との決着をつけたい気持ちもある!!でもそれ以上に、貴方と一緒に戦いたいの!!」

 

キリトが息を呑み言葉を失う。シノンは涙を浮かべたまま、まるで逃げ道を塞ぐようにナガンを見上げ、その瞳には強い意志が宿っていた。

 

「初めて出会って、貴方の狙撃を見た時から……私は貴方に憧れた!!」

 

震える声は、しかし揺らぐことなく洞窟の空気を震わせる。 

 

「軽薄で、銃オタクで……!初対面でも妙に馴れ馴れしくて!変なところで適当で!他の女プレイヤーと仲良さげに話して!でも……!」

 

涙を拭う余裕もなく、呼吸が乱れ、胸が上下しながらも、シノンは言葉を止めなかった。止めてしまえば、心の奥に押し込めていたものがまた蓋をされてしまう気がした。

 

「狙撃は最高だった!!あんな狙撃見たことなかった!!」

 

シノンの瞳には憧れと畏怖と、そしてどうしようもなく惹かれてしまった想いが混ざり合い、燃えるような光を宿していた。ナガンは黙ったまま、ただ静かに彼女の言葉を受け止めていた。その沈黙が、逆にシノンの胸を締めつける。

 

「貴方は自分が死ぬかもしれない状況でも、当たり前のように引き金を引く強さを持ってた!でもそれが怖かった! デスガンと狙撃した時の顔、覚えてる!? 笑ってたのよ! あんな状況で!貴方が向こう側に行って、離れ離れになるのが!!どうしようもなく怖かった‼︎」

 

忘れられないほど鮮明に、その光景は彼女の心に深く刻まれていた。

 

「私も……貴方と同じ景色を見て戦いたいって、思った……!」

 

声が少し落ち、震えが混ざる。

 

それは憧れだった。だが、憧れだけでは終わらなかった。

 

ナガンと過ごす時間が増えるたびに、隣で狙撃を見るたびに、軽口を叩かれるたびに、気づけば視線は自然と彼を追い、どこにいるのか、何を考えているのか、無事なのか、そればかりを気にしてしまう自分に気づいた時には、もう後戻りできないほど深く惹かれていた。

 

「なのに……」

 

シノンの声が崩れ、涙が頬を伝う。

 

「私を置いて戦って……それで死んじゃったら……」

 

胸の奥に溜め込んでいた恐怖が、ついに形を持って溢れ出した。

 

「私の気持ちはどう整理するのよ……!!」

 

キリトは完全に沈黙し、ただその場に立ち尽くしていた。今のシノンの感情は、あまりにも切実で、誰も軽々しく口を挟めるものではなかった。シノンは胸の奥へ押し込め続けていた言葉を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きな人に死んで欲しくないって思うのは当然のことじゃない‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴に近い声が洞窟に響き渡る。

 

「やっと見つけたのよ……やっと、この人の隣にいたいって思える相手を見つけたの!!」

 

その言葉に、キリトの胸がわずかに痛んだ。だが同時に彼は理解してしまう。シノンがどれほどナガンを見つめ、どれほど彼に惹かれていたのかを。シノンの膝が揺れ、立っているのも限界に近づいていた。

 

「なのに置いていかれて、一人で待ってろなんて……!そんなの、無理に決まってるじゃない....」

 

 

ナガンは動かなければ表情も変わらない。その沈黙が、シノンには何よりも怖かった。

 

 

「一人ぼっちになるくらいなら……私も戦って死んだ方がマシよ……‼︎」

 

 

声が小さくなり、震える唇から本音が零れ落ちる。シノンの身体から力が抜け、崩れ落ちるようによろめき、岩壁に手をついて必死に体を支える。それでも視線だけは逸らさず、ナガンを見つめ続けていた。

 

答えを求めるように、拒絶を恐れるように、縋るように。

 

洞窟の中は、張り詰めた静寂に包まれていた。キリトも息を潜め、ただ二人の間に流れる緊張を見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




補足ですがナガンは警告を無視したら本気で撃つタイプです。一度目は警告射撃。2度目は確実に....って感じです。

番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。

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