名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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それに手を出したら負け

悠也は珍しく暇だった。講義もなければバイトもない。珍しくまとまった空き時間ができた日だった。悠也は自室のベッドに寝転がりながら、天井をぼんやりと眺めていた。

 

「……暇だな」

 

スマホをいじるのも飽きた。CoDやBFも今回は過疎っている為プレイ出来ない。外に出る気分でもない。やることはあるはずなのに、どれも今やる気にはならない。

 

だらけて過ごす休日の昼過ぎ。そんな中ふと視界に入ったのは、ベッドの脇に置かれていたアミュスフィア。

 

「……やるか」

 

昨日もログインはした。だが、あれはほとんど顔出しみたいなものだ。情報収集だけで実質何もしていない。今日はもう少し“ちゃんと”やるか。そんな気分で、悠也はアミュスフィアを手に取った。

 

 

次の瞬間、視界はGGOのフィールドへと切り替わる。ロビーではなく、人気の少ない練習用の荒野フィールド。最近全く撃てなかったのでとりあえず練習してから情報収集する事にした。

 

起伏のある地形と、風に揺れる草。遠くに見える廃墟の影。狙撃練習にはうってつけの場所だった。

 

「……さて、と」

 

悠也は小さく息を吐いた。現実での疲労はまだ残っているが、ここに来れば自然と頭が切り替わる。意識が研ぎ澄まされ、余計なものが削ぎ落ちていく。

 

装備ウィンドウを呼び出し、迷いなく選択する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シャイタックM200 Intervention』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重厚なシルエットが、光の粒子と共に実体化する。長大な銃身、異様な存在感。見る者に「これは普通の銃じゃない」と一瞬で理解させる威圧感。本来なら、弾道計算用コンピューターや風力計とセットで運用されるべき代物だ。距離、風、湿度、自転――すべてを数値で管理してこそ真価を発揮する。

 

だが悠也はそれらを一切呼び出さない。代わりにやることは一つだけだ。

 

軽く構える。

 

視線を通す。

 

風を感じる。

 

それだけ。

 

祖父に叩き込まれた“やり方”。数値ではなく感覚。計算ではなく経験。理屈を捨てているわけではない。ただ、それを身体に落とし込んでいるだけだ。

 

その方が速いしその方が外さない。

 

この銃は、GGO内でも扱いが特殊だ。製造元は対物ライフル(アンチマテリアルライフル)とは呼んでいない。だがゲーム内では、そんな事情など関係ないと言わんばかりに、その枠へと押し込められている。

 

つまり――扱いは最上位クラス。

 

そして当然のように、入手難易度は跳ね上がり、求められるステータスもバカみたいに高い。存在するのはナガンが持ってる一挺だけ。

 

実際、彼がこれを手に入れるまでには、それなりの時間と手間がかかっている。高難度クエストを回し、レアドロップの情報を集め、プレイヤー間の取引も繰り返した。欲しいと思ったから手に入れたが、簡単だったとは口が裂けても言えない。

 

ようやく手に入れたときは、リアルではしゃいで母親に叱られた経験もある。本来なら、この銃をメインに据えてクエストに出るつもりだった。

 

 

 

 

 

だが、実際は違う。

 

 

 

 

 

「……弾が高ぇんだよなぁ」

 

ぽつりと零す。

 

ボルトを軽く引く。内部でパーツが噛み合う重い感触が、指先に伝わる。その重さが、そのままコストの重さに直結しているようで妙に現実的だった。

 

専用弾――.408 Chey-Tac。

 

この弾に対応する銃を扱う者だけが特別に購入できる限定的な弾薬。供給は少なく、当然価格も高い。需要が限られているからこそ、逆に安くならない。

 

一発の値段が全く笑えない。無駄撃ちなんて論外だし、試し撃ちすら気軽にはできないレベルだ。しかもナガンはレアな銃集めをしている為、慢性的に資金がカツカツなのだ。

 

GGOではリアルマネー制度を導入しているが、ナガンは「それに手を出したら負け」というプライドの持ち主である。つまり地道に一歩ずつ進んでいくタイプだ。

 

だからこそ、この銃は“使えるのに使わない”時間が長くなる。

 

そして現実でも似たような事が起こる。専用弾、専用機材、製造コスト――全部まとめて考えれば、金は際限なく飛んでいく。多くの軍が採用を見送った理由が分かる気がする。

 

だったらどうなるか、自然と答えは出る。

 

「……まだ12.7x99mm弾の方が現実的だよな」

 

極端な性能を求めるより、安定して結果を出せる選択肢を取るのは当然だ。

 

――それでも。

 

悠也は、手に持ったシャイタックM200を軽く見下ろした。長い銃身に無駄にすら思える精度。扱いきれる者を選ぶ極端な性能。

 

「……ロマンはあるけどな、MW2で世話になったし」

 

肩の力を抜くように小さく笑う。結局のところ使うかどうかとは別に、持っている理由はそこにあった。

 

 

そんな事を思い出しながらも彼は伏せ、呼吸を整え、スコープ越しに遠方のターゲットを捉える。

 

距離。風。高低差。自転。一つ一つを、無意識に処理する。

 

(3ノッチ半だな)

 

照準をずらし引き金に指をかけ――撃つ。次の瞬間、遠方のターゲットが弾ける。感覚は鈍っていなかった。長らくログインしていなかったはずなのに、身体は覚えている。祖父に叩き込まれたあの訓練。

 

無茶な距離と無茶な条件と無茶な要求。正直、二度とやりたくないレベルの地獄だった。しかしあの時はあれぐらいしかやる事が無かった。

 

「……まあ、無駄じゃなかったか」

 

もう一発。今度はさらに距離を伸ばす。風はさっきより強い。だが問題ない。

 

「よし」

 

感覚は戻っている。それ以上続ける理由もない。彼は銃を下ろし、軽く伸びをした。

 

「……じゃ、ショップ行って情報収集するか」

 

目的は最初からそれだ。

 

 

ロビーに戻り喧騒が一気に押し寄せる。プレイヤーたちの声。装備の音。情報のやり取り。その中を、彼は気にした様子もなく歩いていく。

 

向かう先は武器ショップ。並べられた銃の数々。見慣れたものもあれば、初めて見るものもある。悠也の視線は、自然と“珍しいもの”に向いていた。

 

「……お、これ見たことねぇな」

 

小さく呟きながら、端末で詳細を開く。性能を見るというより、“存在”を確認するような感覚。使うかどうかは別問題。持っているかどうかが重要。そして死銃について色々尋ねるが相変わらず調査は進まない。

 

「……情報なしか。まあ、そうだよな」

 

そんなふうに一人で黙々と調べていた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナガン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に背後から声がかかる。彼の指が止まる。ほんの一瞬だけ間が空いた。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのはライトブルーの髪をした少女。クールな目つきで無駄のない立ち姿。見覚えがある。というか忘れるはずがない。

 

「……ん?」

 

少しだけ間の抜けた声が漏れる。

 

「シノン?」

 

名前を確認するように言う。内心では、ほぼ確信していた。フレンドリストに昨日追加された名前。タイミングとしてはこれ以上ないくらい分かりやすい。

 

「……何か用か?」

 

特に警戒もせず軽い調子でそう続ける。だがその実、ほんのわずかに興味はあった。あの時、ヘッドショットで落とした相手だ。わざわざ声をかけてくる理由が、ないわけがない。

 

 

二人の距離が、初めて“交差”する。   

 

 

周囲では誰かが銃の自慢をし、誰かがパーティー募集を叫び、誰かが無意味に試射を繰り返している。乾いた発砲音と雑談が入り混じるその空間の中で、二人の間だけが不自然なほど静かに切り取られていた。

 

シノンは数秒、何も言わなかった。ただ、目の前の男――ナガンを観察するように見ている。

 

その視線は鋭く値踏みするようでもあり、確かめるようでもある。相手の動き、立ち方、視線の揺れ方、呼吸の間合い――そういった細部を無意識に拾い上げている。

 

対して悠也はその視線を真正面から受けながらも、特に気にした様子はなかった。ほんの少し首を傾げ、軽く肩の力を抜いたまま立っている。

 

「……なんだよ、その顔」

 

苦笑混じりの声だがシノンは答えない。代わりに、一歩だけ距離を詰めた。その一歩は小さいが、明確な意思を伴っていた。

 

「あなたが……ナガン?」

 

確認するような声。分かりきっているはずの問い。それでも、口に出さずにはいられなかった。目の前の存在と、あの一撃を放ったプレイヤーが、本当に同一人物なのか。

 

それを、自分の中で確定させるために。

 

「そうだけど、てかフレンド登録したろ?」

 

返ってきたのは、あまりにもあっさりした答えだった。そこに特別な意味も、感情の揺れも見えない。ただ事実をそのまま返しただけの、温度の低い言葉。まるで、こちらが抱えてきた時間や執着など、一切知らないと言わんばかりの態度だった。その反応に、シノンの眉がわずかに動く。

 

ほんのわずか、だが確実に。

 

「……どうして、承認したの」

 

短く問いかける。その声音には、抑えた感情が滲んでいた。問い詰めるほどではない。だが、ただの確認でもない。数ヶ月越しに繋がった相手が、どんな理由でそれを選んだのか。それを知っておきたかった。

 

「まぁ、俺は殆どソロか、友人達くらいしかフレンドいないから1人くらい全く知らないやつがいてもいいと思ってな」

 

返答は間を置かずに返ってきた。迷いも、躊躇もない。本当にそのままだった。

 

 

――決して、世間がクリスマスだの何だので騒いでいる中で、「ゲーム内でも女のフレンドが一人くらいいたら少しはリア充っぽいんじゃね?」などという、すごく悲しい発想が一瞬よぎったわけではない。絶対にない。少なくとも、本人の中では.....

 

シノンは一瞬、言葉を失う。思考がほんのわずかに空白になる。

 

(……何それ)

 

何ヶ月も探して、ようやく辿り着いた相手。ログを追い、戦績を見て、情報を集め、それでも掴めなかった存在。

 

その相手が、こんなにも――軽い。

 

肩透かしを食らったような感覚。だが同時に、妙に納得してしまう自分もいた。この男のプレイスタイルと、あの異常な狙撃。そして、この戦績の薄さ。それらすべてが、“普通の価値基準で動いていない”ことを示している。だからこそ、この答えはある意味で一貫していた。

 

シノンは小さく息を吐きわずかに肩の力が抜ける。だが、視線の鋭さは変わらない。

 

むしろ――少しだけ強まった。

 

(……やっぱり、このままじゃ終われない)

 

目の前の男は、理解できない。だが理解しないまま放置するには、あまりにも引っかかりすぎる。シノンは、ほんのわずかに顎を引いた。

 

そして、次の言葉を選ぶように口を開く。その視線は、もう完全に“ただの通行人”を見るものではなかった。

 

ショップの喧騒は絶えない。乾いた発砲音、装備の起動音、プレイヤー同士の軽口と罵声が入り混じるその空間の中で、二人のやり取りだけが妙に浮いていた。

 

 

この数ヶ月で、シノンは一つの確信に辿り着いている。

 

ナガンは強い。少なくとも自分よりは強い。だが同時に、対人戦への執着は驚くほど薄い。大会にも出なければ、ランキングにも興味がない。勝ち負けにあまり価値を置いていない。

 

その代わり――銃。ただひたすらに、それだけを追っている。

 

(なら――使える)

 

そう結論づけた上での行動だった。

 

「ねぇ、ナガン」

 

「どうした?」

 

その温度差を一瞬だけ測るように見てから、シノンはすぐに本題に入る。

 

「クエストに行かない?」

 

単刀直入だった。余計な前置きはない。悠也は一瞬困惑した。フレンド登録してから、まともに話すのはこれが初めてだ。その初手がクエストの誘いというのは、さすがに予想外だった。

 

「クエスト?」

 

聞き返す声には、わずかな戸惑いが混じる。シノンは小さく頷く。

 

「そう。報酬に――」

 

そこで一拍。意図的に、間を作る。ほんのわずかに視線を細め、相手の反応を見据えた上で

 

「レアな銃がある」

 

その一言を投げた瞬間、空気が変わる。悠也の目の色が、明確に変わった。さっきまでの緩い、どこかぼんやりした雰囲気が一瞬で消え、意識が一点に集中する。

 

「……マジで?」

 

低く、確認するような声。だが、その奥には隠しきれない食いつきがある。分かりやすい反応だった。シノンは内心で小さく頷く。

 

(やっぱり)

 

予想通りこの男は、“そこ”で動く。

 

「詳細は?」

 

間髪入れずに食いついてくる。先ほどまでの戸惑いは完全に消えていた。完全にその気になっている。シノンは端末を開き、クエスト情報を表示する。半透明のウィンドウが二人の間に浮かび上がる。

 

「高難度フィールド。ボスドロップ限定」

 

淡々と説明する。

 

「出現率は低いけど……成功すれば確実に一丁は手に入る。もちろん報酬はあなたに譲るわ」

 

「いいのか?」

 

「えぇ」

 

情報は正確だ。ただし、その裏にある難易度については、あえて強調しない。普通のプレイヤーなら、この時点で二の足を踏む。だが――悠也は違った。数秒、表示された情報に目を通し

 

「行こう」

 

即答だった。一切の迷いがなく判断が早すぎる。シノンはわずかに目を瞬かせる。

 

「……即決ね」

 

「レア銃だろ?」

 

それだけで十分という顔。理屈もリスクも関係ない。報酬がそれなやる。あまりにも単純で、あまりにも一貫している。シノンは小さく息を吐く。

 

(本当に分かりやすい……)

 

だが同時に、それでいいとも思う。この男はそういう餌で動く。だからこそ――コントロールできる。シノンは端末を閉じ視線を悠也に戻す。その目にはわずかな意図が宿っていた。

 

 

ただのクエストではない。これは――観察。そして検証だ。

 

(あの狙撃、全部見せてもらう)

 

内心でそう呟きながら、静かに口を開く。

 

「じゃあ、準備して」

 

その言葉を合図に、二人の関係は次の段階へと進もうとしていた。

 

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