第三回『BoB』は、キリト、シノン、ナガンの三人同時自爆による同時優勝という、GGOの歴史に割と本気で名を残しそうな大事件を以て幕を閉じた。じわじわと意識が現実世界へと浮上してくるのを感じながら、悠也はアミュスフィアを頭部から取り外した。自室の天井を見つめ、深く長い息を吐き出す。
ベッドから上体を起こし、枕元に置いてあったスマートフォンを手にとると画面には大学の友人たちからのメッセージ通知が尋常ではない数で跳ね上がっていた。
『BoB優勝マジかよ!おめでとう!』
『おい、悠也お前いつの間にシノンと知り合ってたんだよ!』
『最後抱きつかれてただろ! 爆発しろ!!』
大会中継を観ていた連中からの、純粋な祝福と、それに勝る強烈な嫉妬の文面がズラリと並んでいる。いつもなら鼻で笑って既読スルーを決め込むところだったが、今の悠也にそんな余裕はない。スマートフォンの冷たい液晶画面を凝視したまま、悠也の脳裏にある決定的な『違和感』が急速に形を成していく。
(……いつだったかシノンが言ってたな。彼女にGGOを勧めた『シュピーゲル』って……)
デスガンが現実世界で行っていた、薬物注射による暗殺。その手口を成立させるには、医療用の薬品や器具を容易に入手できる環境が必要不可欠だ。そして以前、詩乃から聞いた言葉が、最悪のパズルのピースとして脳内で噛み合ってしまった。
『ご両親、確か大きめの総合病院を経営してる医療関係者なんだって』
最悪の仮説が冷たいリアルな恐怖となって悠也の背筋を駆け抜ける。もしも、デスガンの共犯者がその男だとしたら。そして、大会が終わった今、シノンを確認したその男が、彼女の自宅へ向かっているとしたら――。
「クソッ……!」
一抹の不安であってくれと祈りながらも、悠也はベッドから飛び起きた。ハンガーにかかっていた厚手のライダースジャケットをひったくるように羽織り、財布とスマホをポケットに押し込んで、猛然と玄関へと向かう。
「悠也?こんな夜中に、どこ行くの?」
リビングから出てきた母親が、ただならぬ息子の気配を察して怪訝そうに声をかけてきた。いつもなら適当な嘘で誤魔化すところだが、一刻を争う今、悠也は母の目を真っ直ぐに見据えて正直に打ち明けた。
「ゲームの友人がリアルでピンチなんだ……母さん、もし俺から電話がかかってきたら、すぐ110番通報してほしい。出来れば、サイレン音は無しでって警察に伝えてくれ」
警察沙汰を予感させる不穏な言葉。当然、激しく止められるか、詳細を問い詰められるだろうと悠也は身構えた。しかし、母親は驚くほどあっさりと頷いたのだ。
「そう……分かったわ。急ぎなさい」
「え……?」
拍子抜けしたように目を見張る悠也に、母親は優しく、けれど芯の通った微笑みを向けた。
「あなたが他人のために、そこまで必死になって何かをするなんて初めてじゃない。それだけ本当に大事なことなんでしょう?それに、私はあなたの母親よ。こういう時こそ、息子を信頼しなきゃね」
その言葉が、悠也の胸に鋭く突き刺さる。母は、彼が高校生のときに友人関係のトラブル――執拗ないじめに巻き込まれていた際、自分の力だけで解決しようと殻に閉じこもり、家族に迷惑をかけたくないという一心で打ち明けるのを極限まで遅らせてしまった過去を知っていた。
あのとき、二人の関係は一度激しく拗れてしまった。互いが互いを大切に思いすぎるあまり、言葉が空回りし、暗い溝を作ってしまったのだ。今でこそ話せる仲の良い家族に戻れたが、あの苦い経験があったからこそ母親は今の悠也を信じる道を選んだのだろう。
「……ありがとう、母さん。行ってくる」
短く感謝を告げると、悠也は玄関を飛び出した。夜の冷たい空気が頬を叩く。駐輪スペースへと駆け寄ると、そこには防撥水シートを被せられた一台の二輪車があった。シートを乱暴に剥ぎ取ると、月光の下に無骨なシルエットが姿を現す。
祖父から譲り受けた愛車――『カワサキ・ニンジャ400』フィンランド人のジジイが、なぜ数あるバイクの中からわざわざ、老後にこんなとんでもバイクを選んだのか、その真意は今でもよく分からない。
さらに、今年の秋頃に中古だが、高一からバイトを始めてようやく手に入れたスポーツカーもそこにはある。しかし、一刻を争う都心の夜だ。渋滞をすり抜けられ、車体のサイズが小さく、目的地の手前で路地に潜ませても目につきにくい機動性を考えれば、選ぶべきは間違いなくこの二輪だった。
硬い革グローブをはめ、フルフェイスのヘルメットを深く被ってシールドをパチンと下げる。キーを差し込み、セルボタンを親指で押し込んだ。夜の住宅街に、並列二気筒の力強い排気音が鋭く響き渡る。悠也はクラッチを握り、シフトをローへと踏み込んだ。大切なゲームの仲間であり、あの不器用な少女――朝田詩乃の元へ向けて、ニンジャ400は夜の闇を切り裂くようにして急発進した。
詩乃が教えた住所にはアパートがあり、そのアパートの20メートルほど手前で、悠也はニンジャ400のエンジンを切り、滑り込ませるようにしてバイクを止めた。
もしもデスガンの現実世界の実行犯がすでに部屋に侵入していた場合、こちらのアプローチを察知されるのはあまりにも危険だった。悠也は足音を極限まで殺し、夜の闇に紛れながらアパートに辿り着く。
たどり着いた瞬間、悠也の身体が硬直する。金属製の玄関扉が不自然に、中途半端に開いていたのだ。静まり返った廊下にその奥から衣服が擦れる不穏な音と、床を踏み荒らす激しい物音が漏れ聞こえてくる。悠也は迷わず開いた隙間から室内の奥へと音もなく踏み込んだ。
薄暗い室内の床の上で、凄惨な光景が繰り広げられていた。見覚えのある、しかし完全に狂気に染まった顔の新川恭二――『シュピーゲル』が、うつ伏せに近い歪な体勢で、必死に抵抗する詩乃を強引に押し倒そうとしていた。奴の手には、不気味に光る注射器のようなモノが握られている。完全に詩乃への異様な執着だけに脳を支配されている恭二は、背後から接近する悠也の気配に全く気づいていない。
「アサダサンアサダサン……アサダサン……!」
(ヤバい――!)
これ以上の猶予はない。悠也はヘルメットを彼の後頭部に叩きつけた。
――ゴンッ!!
鈍く重い音が室内に響き渡った。不意に背後から現れた「影」によって強打された恭二は、凄まじい衝撃に悲鳴を上げる暇もなく詩乃の上から転げ落ち、床に激しくうずくまった。相当な力で叩き込まれた一撃に、恭二は顔を押さえたまま悶絶する。
「痛い……!痛い……っ!い……痛い……痛い……!」
呻く恭二の姿を、悠也は冷徹な眼差しで見下ろした。
「ゲームとリアルで、顔つきが変わる奴はそうそういないと思っていたが……お前は例外だったな?」
聞き覚えのある、けれど現実世界では初めて耳にする、少し低くて軽薄な口調。押し倒された状態のまま、仰向けで呆然とそれを見上げていた詩乃の瞳に、その男の姿が映り込んだ。若干灰色がかった黒髪に、青黒いライダースジャケット。切れ味の鋭い瞳は――初めて見る素顔であるはずなのに、仮想世界で何度も背中を預けた、あの頼れる相棒の格好だった。
「ナガン……?」
詩乃が掠れた声でその名を呼ぶ。悠也は詩乃に一瞬だけ視線を向け、すぐに恭二へと視線を戻すと、一段と低い声で呼びかけた。
「なぁ、シュピーゲル?」
「あ……あああ……お前が...おまエガ....オマエナンカガ、シノンヲォォォォっ!」
その名を呼ばれた瞬間、恭二の瞳の奥で狂気の火が爆発した。彼はうずくまった状態から、右手に握った注射器を狂ったように構え、獣じみた咆哮を上げながら悠也に向かって突進した。もはや、それは理性を持った人間の動きではなかった。ただ標的を刺し殺すことだけを目的とした、狂犬のそれだ。
まさか顔面を強打された直後にこれほどの速度で突っ込んでくるとは悠也も予想外だったが、彼の身体はすぐに反応した。咄嗟に、右腕に抱えていたバイクのフルフェイスヘルメットを、盾のように前方へと突き出す。
――ガッ!!
硬質なプラスチックの衝突音が響く。恭二が突き出した凶器の針は、悠也のヘルメットの頑丈なシェルに直撃し滑った。確実に攻撃を防いだその刹那、悠也は瞬時に後ろへとステップを踏んで距離を取ると、ヘルメットを恭二の顔面に向けて全力で投げつけた。
「ぐっ!?」
重量のあるフルフェイスが容赦なく恭二の顔面に直撃する。完全に体勢を崩し、恭二の身体が大きくよろめいた――そして、次の瞬間だった。悠也の身体が流れるような動作で鋭く一回転した。それは、GGOの世界で、重たい大型ライフルを背負いながら、敵との距離を引き離すために繰り返してきたアバターのモーションそのもの。仮想世界の最前線で培われ、現実の肉体へとフィードバックされた圧倒的な戦闘感覚。
――後ろ蹴り
強靭な遠心力を乗せて振り抜かれた悠也の右足の踵が、無防備になった恭二の側頭部へと正確無比に叩き込まれた。
「がぁっ!?」
凄まじい衝撃音とともに、恭二の華奢な身体が真横へと吹き飛んだ。そのままゴミのように床を激しく転がり、壁に激突してようやく止まる。だが、恭二は完全には倒れなかった。頭を激しく振り、血走った目でなおも悠也を睨みつけ、這い上がるようにして立ち上がろうとする。詩乃を害せんとする、その歪んだ執念だけは本物だった。
しかし。
「しつこいぞ...!」
彼は床に落ちていたヘルメットを急いで拾い上げると、立ち上がりかけた恭二の脳天に向けて、躊躇なくそれを振り下ろした。
――ゴッ。
「ぎゃっ!」
――ゴッ。
「うぐっ……!」
――ゴッ。
「やめ――」
肉床に鈍い音が何度も響き渡り、詩乃は恐怖のあまり、思わず両手で目を覆って視線を逸らした。数秒の後、肉を打つ音が止んだ。恭二の身体は床に突っ伏したまま、完全に沈黙していた。ピクリとも動かない。悠也はヘルメットを脇に抱え直すと、静かにしゃがみ込み、恭二の頬をペチペチと軽く叩いた。
「おーい」
反応はない、しかし脈はある。
「……よし、生きてるな...」
それはまるで、ゲーム内で気絶ステータスに陥ったプレイヤーの生存ログをチェックするかのような、ひどく事務的な口調だった。悠也は床に転がっていた、あの恐ろしい薬品の入った注射器を拾い上げると、電灯の光に透かすようにしてしばらく観察した。
「これか……」
ひと通り確認を終えると、悠也はまだ小刻みに震えている詩乃の前に歩み寄り、その注射器ハンカチで掴み彼女の手元へと差し出した。こう言うのは素手で触らない方が良いのはなんとなく知っていたからだ。
「持っとけ。警察が来たら、これが一番の証拠になる」
「う、うん」
「シノン...いやリアルじゃ朝田か」
「詩乃でいいわ」
「...分かった...じゃあ詩乃」
「な、なに……?」
未だに心臓の鼓動が耳の奥でうるさく跳ね回っている詩乃は、受け取った注射器を握りしめたまま、掠れた声で聞き返した。悠也の切れ味の鋭い瞳が、まっすぐに彼女を捉える。
「ガムテープあるか?」
「……え?」
緊迫した状況にあまりにも不釣り合いな単語に、詩乃は自分の耳を疑った。
「ガムテープ」
悠也は冗談を言っている風でもなく、至って大真面目な顔だった。
「あるけど……」
「持ってきてくれ」
言われるままに、詩乃はふらつく足取りでリビングの棚を開いた。自分の家のことなのに、ひどく遠い場所を探っているような奇妙な感覚だった。だが、棚の奥をまさぐると、本当にあった。茶色い布製のガムテープ。
それを取り出して、悠也の手へと渡す。
「ありがとう」
悠也は短く言うと、すぐさま行動に移した。そこから始まったのは、詩乃の理解を遥かに超えた、あまりにも迅速で無駄のない「拘束作業」だった。
「え……」
バリバリ、と小気味よい音が室内に響く。悠也は気絶している恭二の身体を引っ張り上げると、そこらにあった椅子に乱暴に座らせた。そして、ガムテープの端を恭二の身体になすりつけると、そのまま凄まじい速度で手を動かし始めた。
ぐるぐる。
「ちょ、ちょっと……」
ぐるぐるぐる。
「悠也……?」
ぐるぐるぐるぐる。
一切の迷いがない手つきだった。まずは両手を背中の後ろで強固に固定し、次に暴れないよう両足を椅子の脚ごと巻き込み、最後には胴体をも椅子にこれでもかと縛り付ける。数分後。そこには、隙間なく茶色のテープを巻き付けられ、巨大なガムテープの繭と化した新川恭二が完成していた。
首から上とつま先だけが辛うじて露出しているが、どう見ても逃走不可能、というか自力での離脱は絶対に不可能な状態である。映画のワンシーンのような異様な光景を、詩乃は呆然と眺めるしかなかった。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、詩乃は引きつった声を絞り出した。
「……慣れてる?」
「いや?」
「嘘よね?」
「初めてだぞ」
「絶対嘘」
あまりにも手際が良すぎた。テープを噛み切るタイミング、巻き付ける強度の配分、重心の固定の仕方――どれをとっても、少なくとも初犯のそれには見えなかった。悠也は自分の作った「完成品」を色々な角度から眺めながら、満足そうにフッと顎を引いて頷いた。
「よし」
「何がよしなのよ……」
「たぶん、起きても暴れられない」
「たぶんじゃなくて、絶対無理だと思うわ……」
的確すぎるツッコミを返した、その瞬間だった。緊張の糸がプツリと切れたように、詩乃の身体から一気に力が抜けた。
「あ……」
カクン、と膝が激しく震え、床に崩れ落ちそうになる。それを必死に堪えようとするが、今になって、さっきまで感じていた死への恐怖が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
もし、悠也が来てくれなかったら。
もし、彼の到着があと数分遅れていたら。
想像しただけで、全身の血の気が引き、冷や汗がどっと噴き出してくる。視界が急速に狭くなり、恐怖のあまりに呼吸が浅くなっていく詩乃の様子に、悠也がようやく気づいた。
彼は恭二に向けていた冷徹な戦闘用の表情を、ふっと解いた。それは、いつもの顔だった。GGOのロビーで、レア武器のロマンについて熱弁している時のような、どこか気の抜けた、少しだけ意地悪で、けれどどうしようもなく安心させてくれる、いつもの悠也の顔。
「……大丈夫か?」
「...うん」
低く、静かな声だった。その一言が耳に届いた瞬間、詩乃の胸の奥につかえていた塊が、一気に溶け落ちていった。ああ、助かったのだ。あの暗い絶望の淵から、私は本当に引き上げられたのだと、彼女は心の底から理解した。
視界が涙で滲んでいく中で、詩乃はただ、目の前に立つ現実の「相棒」の姿を、じっと見つめ続けていた。悠也はすぐさまスマートフォンを取り出すと、あらかじめ約束していた実家の母親へと発信した。コールは一回ですぐに繋がった。
「――母さん、さっき言った通り、警察を呼んでくれ。住所は――」
手短に状況を伝えて通話を切ると、悠也は小さく息を吐いた。これでひとまずは公的な手続きが動き出すはずだ。しかし、受話器をポケットに収めた直後のことだった。
アパートの外階段を、信じられないほどの猛烈な勢いで駆け上がってくる、激しい足音が響き渡った。ドタバタと床を鳴らし、開け放たれたままの玄関ドアへ一直線に滑り込んできたのは一人の少年だった。
「シノン!!ナガン!無事か……って、なんだこれ!?」
肩を激しく上下させ、息を切らしながら飛び込んできたその少年は、華奢な体躯をしていた。黒髪に、どこか女の子のようにも見える中性的な顔立ち。しかし、その切迫した声の響きと、全身から放たれる独特の圧倒的な存在感を、詩乃も悠也も一発で見抜いた。
「……キリト?」
詩乃が目を丸くしてその名を呼ぶ。GGOでのあの黒髪ロングの美少女アバターの面影が、現実世界の桐ヶ谷和人の姿に見事にオーバーラップしていた。現実世界の「黒の剣士」は、部屋の凄惨な荒れ具合と詩乃の無事を確認して一瞬だけホッとした表情を見せた。――が、その視線が室内の中心に鎮座する「それ」に留まった瞬間、あからさまに顔を引きつらせ、猛烈に困惑し始めた。
「……これは?」
キリトが怪訝そうに指さしたのは、部屋の椅子に文字通りぐるぐる巻きにされ、もはや茶色い物体と化している巨大なガムテープの繭だった。悠也はライダースジャケットの襟を正しながら、至って真顔で答えた。
「人」
「それは分かる!」
キリトの鋭いツッコミが狭い室内にこだまする。
「シュピーゲル」
「やっぱりそうか……」
その名を聞いた瞬間、キリトの表情に納得の色が浮かんだ。彼もまた、デスガンの正体と、そのリアル側の実行犯についての仮説を立て、詩乃の危機を察してここまでバイクを飛ばしてきたのだ。そこまでは名探偵並みの推理力と行動力だったと言える。
ただ、たどり着いた現場の状況が、彼の想像の斜め上を突っ走りすぎていただけだった。
「いや、にしてもさ……ナガン...いや悠也か...これ、どういう状況なんだ?何でこんなミノムシみたいになってるんだよ」
「起き上がって暴れられたら面倒だろ。スナイパーたるもの、無力化したターゲットの完全な拘束は基本だ」
「リアルにガムテープでの完全保全なんて基本ルールはないぞ……!」
頭を押さえるキリトの横で、詩乃はようやく少しだけ緊張が解けたのか、ふっと小さく吹き出した。仮想世界を揺るがした最強の三人が、現実世界の狭いアパートの一室でこんなシュールな会話をしているのが、なんだか急に可笑しくなってしまったのだ。
それから十分もしないうちに、悠也の母からの通報を受けた警察車両が、サイレンを鳴らさずに次々とアパートの前に滑り込んできた。ドタドタと物々しい足音を立てて突入してきた警察官たちは、一様に室内の光景を見て言葉を失った。
血を流して倒れている犯人を想像していたのだろうが、そこにいたのは、椅子に完璧に固定され、指一本動かせない状態で白目を剥いて気絶している新川恭二の「繭」だったからだ。
「……よし、これを剥がすぞ。ハサミとカッターを用意しろ!」
「おい、この下の層にもまだ巻いてあるぞ!」
「なんだこの強度は……!どんだけ巻いたんだ!?」
数人の屈強な警察官たちが、バリバリ、ベキベキと音を立てながら、文字通り「大人数がかり」でガムテープの繭を切り開き、剥がしていく。その光景を、部屋の隅でキリトや詩乃と並んで見つめていた悠也は、頬を掻きながら、今更ながらにひとつの疑問を脳内に浮かべていた。
(……いや、流石にちょっとやりすぎたか?)
警察官たちの額に浮かぶ汗と、床に積み上がっていく茶色い布テープの山を見ながら、ほんの少しだけ反省する悠也。しかし、隣に立つ詩乃が、その様子を横目で見て、フッと柔らかく微笑んだ。その瞳には、もう先ほどまでの怯えや絶望の色はどこにも残っていない。
「ありがとね、悠也」
小さな、彼にしか聞こえないような声での囁き。悠也は一瞬だけ詩乃を見て、それからいつも通りのぶっきらぼうな顔で、前方を向いた。
「あぁ、バイクのガソリン代、割り勘でチャラにしてやるよ」
「こういう時は素直にカッコつければいいのに。本当に、ロマンがあるんだかないんだか分からない男ね」
呆れたように肩をすくめる詩乃の顔は、現実世界の冷たい夜の中でも、どこか温かい光に満ちていた。『GGO』を巡る長く恐ろしい夜は、こうして、一風変わった相棒の手によって、完全にその幕を閉じたのだった。
ヘルメット連続叩きはやり過ぎって思う人がいるかもしれませんが許してやってください....
番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。
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書くんだ!
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書かなくてもいい!