名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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本来はこの話を本編に入れたかったのですが、入れるタイミングを逃したので今入れます。

時系列としては、事情聴取後、エギルのカフェに行く数日前って感じです。


オーディナルスケールは来週になります。ごめんなさい!




おまけ「新しい相棒」

金属とネオンの光に彩られたSBCグロッケン。その喧騒から外れた裏路地にある、薄暗く落ち着いた雰囲気の自身の部屋にナガンは、壁際のソファー席で静かにグラスを傾けていた。かっこよく飲んではいるが、中身はジンジャーエールだ。

 

現実世界での目まぐるしい日々――朝田詩乃との出会い、あの忌まわしいデスガン事件の解決、そして警察やら総務省やらの事情聴取――それらがようやく一段落し、久々にこの《GGO》の世界へとダイブしたのだ。

 

ふと、入り口の防音ドアがスライドし、見慣れた青い髪の少女が姿を現した。緑色の服に、白いマフラーを首に巻いたスナイパー。シノンだ。彼女は店内を見回すと、ナガンの姿を捉えて少しだけ歩調を速め、隣に座り込んできた。

 

「待たせたかしら」

 

「いや、俺も今さっき着いたところだ。リアルの方も、ようやく落ち着いたみたいだな」

 

「ええ。色々と大変だったけれどね……でも、こうしてまたゲームの中で顔を合わせると、なんだか不思議な気分」

 

シノンはふっと、どこか悪戯っぽく、しかし温かい笑みを浮かべた。ナガンもまた、グラスの端を指先でなぞりながら苦笑する。

 

「BoBの結末が『三人同時爆死による優勝』だなんて、今でも夢だったんじゃないかと思うな。おかげでGGOの掲示板は未だにお祭り騒ぎだけど」

 

「キリトの情けない悲鳴が、今でも耳に残っているわ」

 

小さく喉を鳴らして笑う彼女を見て、ナガンの胸の奥がじんわりと温かくなる。あの時、トラウマという暗闇の中で震えていた少女は、もうどこにもいない。彼女は自らの手で引き金を引き、過去を乗り越え、今こうして戦友として目の前に立っている。

 

ナガンはポケットから、事前にストレージから実体化させておいた二つの私物フォルダを取り出し、テーブルの上へと静かに滑らせた。

 

「……ん? これ、何?」

 

シノンが怪訝そうに首を傾げ、テーブルの上のフォルダを見つめる。ナガンは肩を竦め、少しだけバツの悪そうな笑みを浮かべた。

 

「記念品だ。俺たち、一応は大会の『覇者』になったわけだろ? そのささやかなお祝いだ」

 

「お祝いって……私たちは三人で同じ優勝賞金を貰ったじゃない? 十分すぎるほどクレジットは入ったはずだけど」

 

「そう言うな。これは金で解決するようなものじゃない。俺が個人的に、シノンのために用意した特別なプレゼントだ。開けてみてくれ」

 

促されたシノンは、半信半疑のまま、まず一つ目の頑丈なアタッシュケース型のフォルダをタップし、実体化させた。

 

現れたのは、深みのある最高級の黒い本革で作られた、クラシカルなガンケースだった。シノンが慎重にロックを解除し、上蓋を持ち上げる。その瞬間、彼女のサファイアのような青い瞳が、信じられないものを見たかのように見開かれた。

 

「これ……っ!?」

 

ダークグリーンのベルベット地に収められていたのは、月光のような鋭い光沢を放つ、一丁の大型リボルバーだった。極限まで磨き上げられた、吸い込まれるように深いロイヤルブルーのスチールフィニッシュ。

 

銃身は息を呑むほどに長い6インチに、リボルバーには不恰好にも見えるスコープ。極上のグリップが、その洗練された美しさをこれでもかと引き立てている。

 

「マニューリン……《MR73》!?」

 

「あぁ」

 

ナガンは満足そうに頷いた。

 

フランスの国家憲兵隊特務グループ《GIGN》が、人質救出作戦のために採用し続けた伝説のリボルバー。機械式時計のように精密に手作業で組み上げられた、リボルバーにおける『最高傑作』の一つだ。シノンは震える指先で、その美術品のような重厚な銃身に触れた。スナイパーであるシノンにとって、この「極限の精度」を持つリボルバーがどれほどの価値を持つか、語るまでもない。

 

「こんなの、マーケットじゃまず出回らないレア銃よ……! 一体、どこで手に入れたの!?」

 

「ちょっとしたコネを使って、最上級のハンドガンコレクターのプレイヤーから買い叩いた。お前、普段はグロック18Cを使って近接戦を補ってるだろ? たまにはこういう『一発で全てを精密に撃ち抜く』ための、信頼できるセカンダリがあってもいいと思ってな」

 

シノンは呆然としたまま、その完璧なバランスを持つMR 73を両手で持ち上げた。ズシリとした鋼鉄の重みが、彼女の手のひらに確かな感触を伝えてくる。だが、ナガンのプレゼントはそれだけでは終わらなかった。

 

「もう一つあるぞ。そっちの小さなレザーポーチを開けてくれ」

 

「……まだあるの?」

 

シノンは慌ててMR 73をケースへと戻し、隣に置かれた手のひらサイズの頑丈なポーチを開いた。その中に並んでいた「弾丸」を見た瞬間、彼女は文字通り息を呑んだ。それは、彼女の愛銃《PGM ヘカートⅡ》に適合する12.7ミリ口径.50 BMG弾の超大型弾頭だった。

 

だが、通常の弾丸ではない。鉛色の弾体の先端が、毒々しくも美しい「ホワイト」と「グリーン」に塗り分けられている。ケースにきっちりと整列して収められているのは、わずかに7発。

 

「《Raufoss Mk 211》……!」

 

シノンの喉が、ごくりと小さく鳴った。ノルウェーのナムモ社が開発した、対物ライフル用多目的戦闘弾。タングステンコアに焼夷成分。高性能爆薬を極限の精度で内包し着弾と同時に内部で爆破を巻き起こす「高性能焼夷徹甲弾」

 

GGOにおいては、公式のショップでは絶対に販売されない、最高レアリティに位置する『特殊弾薬』である。

 

「超低確率ドロップでしか手に入らない、50口径弾……それを7発も……」

 

「お前のヘカートⅡの、最大の威力を引き出せる最高の相棒だ。着弾した瞬間、標的の周囲ごと肉片も残さず爆散させる、『究極のジョーカー』だ。ここぞという時に使ってくれ」

 

シノンは、その恐ろしくも美しい大口径弾を一本つまみ上げると、頭を抱えてため息をついた。その表情には、深い感動と、それ以上に呆れ果てたニュアンスが混ざり合っている。

 

「……あなた、本当に馬鹿じゃないの?」

 

「おい、せっかくのプレゼントだぞ」

 

「当たり前でしょう....このMR73と、Raufoss Mk 211が7発よ? これ、市場価格に換算したら、高級なスナイパーライフルが余裕で一丁、お釣りが来るレベルで買い戻せるわよ。何クレジット使ったのよ?」

 

「さぁな、数えるのを途中でやめた」

 

ナガンはグラスを傾けた。

 

「お前は、一緒に地獄を走ってくれた戦友だ。それに、あのBoBを最後まで諦めずに、俺の手を引いてくれた。これくらいの トロフィーを贈る価値は、お前には十分すぎるほどあるだろ」

 

「ナガン……」

 

シノンは赤い顔のまま、弾丸をポーチへと慎重に戻した。そして、胸の前に両方のプレゼントを抱え込むようにして、照れ隠しのために不機嫌そうな視線をナガンへと向ける。

 

「……こんな高価なものを貰っちゃったら、私、これからのGGOであなたに頭が上がらなくなっちゃうじゃない」

 

「なら、俺のピンチをそのMR 73で助けてくれればいい。それでお互い様だ」

 

「……簡単に言ってくれるわね。でも、約束するわ」

 

シノンはグラスを持ち上げ、カランと氷の音を響かせた。青い瞳の奥に、かつてないほどの輝きと、引き締まった射手としてのプライドを宿らせて。

 

「これからは、私の視界に入る敵は、一歩も近づけさせない。あなたの背中は、私が世界で一番正確に守ってみせるから」 

 

「あぁ、頼りにしてるぜ、相棒」

 

ナガンが空になったグラスをテーブルに置こうとした、その時だった。

 

「……待って。まだ話は終わってないわよ」

 

シノンは少しだけ頬を上気させ、ストレージの奥からスッと何かに手を伸ばした。彼女の手元には、小さな金属製のケースが握られている。鏡面磨きが施された、頑丈なブラッシュド・チタン製のバレットケースだ。

 

「……ん? それ、何だ?」

 

「お返し……さすがに貰いっぱなしじゃ寝覚めが悪いのよ。……というより、私もストレージを整理していたの。開けてみて?」

 

カチャリ、と硬質な金属音が響き、ゆっくりと上蓋が跳ね上がる。その瞬間、ナガンの目が、弾丸のように見開かれた。

 

「弾薬……?」

 

ウレタンの緩衝材にきっちりと、整然と並べられているのは、7発のライフル弾。だが、ただの弾丸ではない。それは、ナガンの愛銃《シャイタックM200》のチャンバーにのみ適合する、《.408 CheyTac弾》だった。だが、ショップで売られている既製品とは、その佇まいが根本から異なっていた。極限まで鏡面加工を施された最高品質の真鍮薬莢は、まるでゴールドのような妖しい輝きを放っている。

 

その先端に噛み合わされているのは、空気抵抗を極限まで低減させるために流線型に削り出された、完全一体型の超低抵抗合金弾頭。弾体の結合部の締め付け具合から、プライマーの圧入具合に至るまで、機械生産では絶対に不可能な、ミリグラム・ミクロン単位の「異常なまでの均一さ」が、その美貌から溢れ出ていた。

 

「まさか、これ……『ハンドロード』か?」

 

ナガンは、その美術品のような弾丸を一本つまみ上げた。ずっしりとした重みが、指先に伝わってくる。

 

「ええ、大正解」

 

シノンはどこか誇らしげに、けれど少しだけ照れくさそうに腕を組んだ。

 

「市販品やドロップ品の弾丸じゃ、あなたのM200の本当のポテンシャルは引き出せないわ。だから、私が自分の生産サブスキルを使って作ったの……素材を集めるのに、丸三日もかかっちゃったけれどね」

 

「素材って……おい、まさかこれ……」

 

「ええ。弾頭は、GGOでも最高硬度を誇る削り出しの特注合金。薬莢は不純物が極限まで排除された最高級の真鍮。火薬は燃焼速度が極めて安定した超高純度の無煙火薬を使っているわ。それらを、SBCグロッケンで一番精密な設備を持った職人プレイヤーの工房を借りて、一本一本、手作業で調整したの」

 

銃マニアの狙撃手にとって、これ以上の贅沢は存在しない。GGO最強クラスのライフルであるシャイタックM200。だが、その一撃の絶対精度を決定づけるのは、銃本体の性能、扱う人の技量だけでは無い。チャンバーへ送り込まれる「一発の弾丸」の均一性もまた重要な要素だ。

 

シノンから手渡された、特製弾薬。そのあまりに美しく、かつ異常なまでの完成度を誇る弾丸を見つめるナガンの耳に、彼女のどこか得意げな、そして恐ろしくマニアックな声が響いた。

 

「あなたのM200のバレルの長さ、それからライフリングのツイストレートを調べて、初速が最も安定する薬量をコンマ数ミリグラム単位でセッティングしたわ。弾頭のシート深さも、あなたの銃のチャンバーの寸法に合わせてギリギリまで突き詰めてある……ショップで売ってる既製品の弾薬とは、一線どころか十線は画すクオリティよ」

 

ナガンの指先が、ぴたりと凍りついた。完璧な同心円を描く弾頭のフォルム。美しい。美しすぎるが、それ以上にシノンの口から飛び出した単語の数々が、ナガンの脳内の警戒アラートを最大音量で鳴らしていた。

 

「えっ、ちょっと待て……なんで俺のM200のこと、そこまで知ってんだ? ライフリングのツイストレートなんて、お前に教えた記憶はないぞ」

 

思わず引き気味に尋ねるナガンに対し、シノンはフッと楽しげに片眉を上げた。薄暗いバーの光の中で、彼女の青い瞳が悪戯っぽく輝く。

 

「貴方、自分が思っているより有名よ? GGOの総合掲示板の検証スレッドとか、有識者の人たちが貴方の銃の解説とスペックを、それこそ山ほど書き込んでるから」

 

「は……?」

 

ナガンは慌ててメニューウィンドウを呼び出し、ゲーム内ブラウザからGGOの有志コミュニティへ検索をかけた。

 

 

「嘘だろ……」

 

ナガンは頬を引きつらせ、スクロールの手を止められなかった。そこには、彼のメインアームであるシャイタックM200の詳細な推定スペックだけでなく、セカンダリのRSh-12のカスタム内容、さらにはサブのHK USP、そして予選決勝で見せた最終手段の光剣《カゲミツG4》に至るまで、本家である悠也自身が把握しているよりも遥かに精緻なデータが、有識者たちの執念によって赤裸々に暴かれていた。

 

視線を少し横にずらすと、その検証の波は、ナガンだけにとどまっていなかった。シノンもえげつない量の書き込みがされていたのだ。

 

「ね?言った通りでしょう」

 

呆然と画面を見つめるナガンの横顔を見て、シノンは満足そうにグラスを傾けた。

 

「GGOの検証班の人たちの執念を舐めないことね。まあ、そのおかげで、私は一歩も動かずにあなたの愛銃の『一番美味しいセッティング』を知ることができたんだけど」

 

ナガンはブラウザを閉じ、深くため息をつきながら、再び手元のお手製弾薬へと視線を落とした。

 

見ず知らずの他人にスペックを丸裸にされている不気味さはあったが、それ以上に、その膨大なデータの海から、自分に適合する「たった一つの最適解」を徹夜で導き出してくれたであろう目の前の少女の熱意に只々尊敬した。

 

「……なるほどな。GGOの有識者様さまと、優秀な職人(シノン)には、足を向けて寝られそうにないな」

 

ナガンが降参するように苦笑すると、シノンは嬉しさを隠すように「フン」と鼻を鳴らし、再び静かに微笑んだ。

 

 

シノンはそれで終わりではないとばかりに、今度はメニューウィンドウから別のアイテムを実体化させた。ポリマー製の、頑丈な黒いハンドガンケース。それがテーブルに軽い音を立てて置かれた瞬間、ナガンの銃マニアとしての直感がピクリと反応した。ケースの表面に刻まれた、鮮烈な赤の『HK』のロゴマーク。

 

「……これは?」

 

「弾薬だけじゃ、さっきの『マニューリン』の価値には全然届かないもの。これ、私からの本当のお返しよ。開けてみて」

 

シノンに促され、ナガンはケースのラッチを外して蓋を持ち上げた。内部の緩衝フォームに収まっていたのは、見慣れた、しかし決定的に異なる風格を纏った一挺のオートマチック・ピストルだった。

 

「っ……《USP Expert》!?」

 

ナガンは思わず声を上げ、吸い寄せられるようにその銃を手に取った。現在、彼がセカンダリのさらにバックアップとしてホールドしているのは、通常の《HK USP》だ。頑丈で信頼性は高いが、あくまで軍・警察用の一般的なモデル。

 

そして、いまナガンの手の平にあるのは、競技射撃用に限界まで精度を高められた、USPシリーズの最高峰カスタムモデルだった。ポリマーフレームの適度なザラつき、そしてロングスライド化されたことで、通常のUSPよりも引き締まったフロントマスク。銃口側には、射撃時の跳ね上がりを抑えるためのバレルウェイトの役割を兼ねた延長スライドが、美しい金属光沢を放っている。

 

「貴方いつもショップで売ってないか探していたでしょ?」

 

「バレたか...」

 

シノンはグラスの縁を指でなぞりながら、どこか照れくさそうに視線を逸らした。

 

「今回のBoB、シャイタックのバレル交換やRSh-12の改造、クレジットを完全にそっちに回してたでしょ?」

 

「……見てたのか」

 

「そりゃあね。同じスナイパーだもの、サブの精度にもこだわりたい気持ちはよく分かるわ。ちょうど、馴染みの銃器職人のルートで最高のコンディションの個体が入ったって連絡があったから、BoBの賞金で競り落としておいたの」

 

ナガンは何も言えず、ただ手の中の《USP Expert》を見つめた。スライドを引くと、調整されたリコイルスプリングが滑らかに縮み、吸い込まれるような金属音を立ててチェンバーが閉鎖される。トリガーにそっと指をかけると、チューンされたトリガープルは、ガラスをパキリと割り落としたかのように鋭く、そして驚くほど軽かった。

 

喉から手が出るほど欲しかった一挺だった。だがシノンの言う通り、第3回BoBを生き残るための準備に手一杯で、自分の「趣味の買い物」は完全に後回しにしていたのだ。それを、彼女は何も言わずに見抜き、自分のために最高の形で用意してくれた。 ナガンは一度深く息を吐き、スライドロックを解除して、銃を大切にケースへと収めた。そして、正面に座る小柄な戦友を真っ直ぐに見据える。

 

「……最高のプレゼントだ。ありがたく俺の新しい相棒にさせてもらう」

 

「お気に召したなら良かったわ。次の大会とかで無様な真似はしてほしくないけれどね」

 

ツンとすました態度を取るシノンだったが、その耳の端が僅かに赤くなっているのを、ナガンは見逃さなかった。

 

「ま、これだけ贅沢なモノを貰っちまったんだ。負ける気はねぇよ」

 

ナガンが不敵に笑うと、シノンも今度こそ堪えきれずに、嬉しそうに目元を和ませた。二人のスナイパーは、互いが互いに贈った「最高の贈り物」を見つめたのだ。

 




次回こそオーディナルスケールをお送りします!

番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。

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