世間の喧騒から少し離れたその片隅で、悠也は耳の後ろに装着した《オーグマー》を起動していた。網膜に直接投影されるシステムウィンドウの向こう、前方の岩陰に、のっそりと姿を現したやや大型の野良モンスターのグラフィックがロックオンされる。
「……まずは初弾」
悠也がじっと息をひそめ、両手でしっかりと構えたのは、先日のイベントで見事ラストアタックを奪い取って手に入れた限定AR武器――《リデンプション》だった。
アイアンサイト越しにモンスターの胸元を捉え、ハンマーを引き、人差し指でトリガーを絞る。次の瞬間、オーグマーが鼓膜に直接送り届けてきたのは、これまでのARゲームの電子音とは一線を画す、内臓を揺さぶるような重低音の破裂音だった。放たれた弾丸は、およそピストルのカテゴリーとは思えない圧倒的な弾速で空間を切り裂いた。弾道のブレはゼロ。射程距離もスナイパーライフルに匹敵するほどの長さで、モンスターの弱点へと一直線に吸い込まれる。
視界に派手なクリティカルエフェクトが弾け、モンスターのHPバーが一撃で8割近く消し飛んだ。ここまでは、まさにパーフェクトだった。
しかし、この銃の本領――あるいは致命的な「設計思想」が牙を剥いたのは、直後のことだった。一発を撃ち終えたリデンプションは、冷徹なまでに沈黙した。当然だ、これにはマガジンという概念が存在しない完全なる単発式の銃なのだ。
悠也は手動でレバーを押し、カチャリと小気味よい金属音を響かせて銃身を中央から「中折れ」させた。実はイベントのラストアタック報酬でリデンプションを受け取った際、もう一つの限定装備がインベントリに配られていたのだ。それは、太ももにがっちりと固定するタクティカルなレッグポーチ。より正確に言えば、頑丈なウェビングに大口径の弾丸を一本ずつ差し込んでおける、専用のカートキャリアだった。
悠也はホルダーから真鍮色の輝きを放つ大ぶりな弾丸を一本、指先で引き抜いた。指先に伝わる金属の冷たさと重みを感じながら、中折れしたリデンプションの剥き出しになった薬室へと直接差し込み、銃身を跳ね上げるようにしてカチリと噛み合わせた。
これでようやく次の一発が放てる。
撃つ、折る、太ももから抜く、込める、閉じる。この一連のあまりにも泥臭く、そして最高に洗練されたリロードアクションこそが悠也が求めていたロマンそのものだった。
だが、現実は非情である。悠也が太もものポーチから弾を抜き、装填を終えるまでの数秒の間に、一撃で死に損ねて怒り狂ったモンスターは雄叫びを上げて猛スピードでこちらへ突進してきていた。
「チッ、本当に余裕がねぇな……!」
完全に間合いを詰められ、悠也はセカンドショットを諦めて咄嗟に身を翻した。風を切るような風圧のエフェクトを肌に感じながら、紙一重で突進を回避する。地面の芝生を蹴り、大きくバックステップを踏んでようやく距離を取り2発目を放った。
《リデンプション》の持つ才能は、ある意味で恐ろしいほど清々しいものだった。ピストルの皮を被った大口径ライフルとも言える「高威力」「高射程」「高精度」。その輝かしいメリットのすべてを、一瞬で完全に帳消しにするレベルの「連射性能の無さ」。
ゲームの効率や時間効率を重視する一般的なプレイヤーが見れば、十人中十人が実戦を前に「粗大ゴミ」と切り捨てるであろう、あまりにも極端な死にステータス。しかも、デメリットは他にも、あるのだから使い手をより選ぶ。
「分かってはいたが……ここまで来ると清々しいな」
じわりと額に汗を浮かべ、ようやく二発目のロックを完了させながら、悠也は思わず頬をピクピクとひくつかせた。
ロマンの塊であることは百も承知だったが、動きの激しい近接主体のARゲームにおいて、このリロード時間の長さは一歩間違えれば文字通りの致命傷になりかねない。
実銃としてのロマンは120点だが、ゲームの武器としては「嫌がらせ」の一歩手前である。そんな悠也の世紀のロマン砲の顛末を、展開された一連のデータウィンドウと共に横で眺めていた詩乃がポツリと言った。
「中々の性能ね」
その声は至って冷静で表情からは本心が読み取れない。悠也はリデンプションを構え直して安全装置をかけながら、怪訝そうな視線を恋人へと向けた。
「詩乃、それどっちの意味?」
「どっちの意味って、そのままよ」
詩乃はいたずらっぽく目を細めると、クスリと楽しそうに笑った。
「一発の重みに全てを懸けるスナイパーの武器としては最高……でも、一歩間違えればただの鉄クズになるっていう意味では最悪ね。でも『悠也専用』って感じで、私は嫌いじゃないわよ?」
「……そりゃどうも」
悠也は苦笑しながらも、どこか嬉しそうにリデンプションのフレームを親指でなぞった。欠点だらけで扱いづらい。だからこそ、この暴れ馬をどう乗りこなしてやるか、ゲーマーとしての血が騒ぐ。
「よし、詩乃。もう一戦付き合ってくれ。このじゃじゃ馬の扱い方、完全に身体に叩き込んでやる」
「ええ、いいわよ。突進されたら今度はちゃんと私が光線銃でカバーしてあげるから」
春の柔らかな風が吹き抜ける中、二人は再び、最新の拡張現実の中に現れた「古き良き一発」のロマンに向き合い、楽しげに芝生の上を駆け出していくのだった。
リデンプションの試し撃ちを終え、扱い方を身体に馴染ませた悠也が自宅へ帰ると、その背中を追うようにして、当然のように詩乃も玄関をくぐった。
彼女にとって悠也の自室は今や、「第二の住処」と呼べる場所に変わりつつあった。元々、悠也の母は男ばかりの家系で育ち、自分の子も男子であり、家に女の子がやってくるということ自体が新鮮で仕方がなかったらしい。今では詩乃のことを本当の娘のように可愛がっており、二人の仲の良さは実の親子顔負けのレベルに達していた。
詩乃がそのまま真下家に残り、悠也と母親の三人で食卓を囲んで夕飯を食べることも、最近では珍しくなくなっている。
そこに時折、あのジジイや祖母が乱入してきて、さらに賑やかになることもあった。父親は自衛隊の任務で家を空けがちなため、詩乃とはまだ直接の面識はなかったが悠也の口から「彼女ができた」ということだけは、男同士の短い報告として既に伝えてある。
「あー疲れた……やっぱリデンプションの反動、腕にくるな」
悠也が深い溜息と共にベッドへ腰を下ろすと、まるで待っていたかのように、詩乃が流れるような動作でその隣に身を寄せた。彼女の重心がベッドに預けられ、シーツが柔らかな音を立てて沈む。
「.30-06弾を選べばそうなるわよ……まぁ、お疲れ様」
詩乃はそう言うと当然の権利を主張するように悠也の肩へそっと顔を預けた。ふわりと鼻腔をくすぐる微かなシャンプーの匂い。肩越しに伝わる、彼女の柔らかな体温。それだけではない。ベッドの上に置かれていた悠也の右手に、詩乃の細く、少し冷たい指先がそっと重なる。
ゲーム内で見せる、誰も寄せ付けないような『氷の狙撃手』の姿はそこにはない。現実の詩乃は、こうして甘いスキンシップをためらいなく仕掛けてくるのだ。日常の何気ない会話の合間、あるいは悠也が完全に気を抜いたその隙に放たれるのは、抵抗など許さない誘惑だ。
そのたびに悠也の心拍数は跳ね上がり、平静を装うために必死で理性を手繰り寄せる羽目になる。
「……詩乃」
「なに?」
呼ぶと、彼女は肩から顔を上げず、ただ悠也を見上げるようにして小さく微笑んだ。その瞳の奥には、戦場の張り詰めた空気など微塵も感じさせない、甘く蕩けるかのような信頼が宿っている。
柔らかな髪が頬を撫で、密着した身体から伝わる鼓動が、部屋の静寂の中に混ざり合っていく。
「なんでもない……」
「ふふ、変なの」
悠也がそう言葉を零すと、詩乃は小さく笑い声を立て、重ねた手の指を悠也の指の隙間に絡め合わせた。重なり合う手と手から伝わる体温は、一日の疲れをも、すべてを溶かして奪い去ってしまう。
閉ざされたプライベートな空間で、二人の世界はゆっくりと、しかし確実に甘美な磁力に満たされていった。その時だった。ズボンのポケットの中で、スマホが短く震えた。取り出して画面を確認すると、送り主は『和人』メッセージの文面は、ひどく弱々しいものだった。
『……もし良ければ、今夜一緒にOSのボス戦をやってくれないか……シノンも連れて』
「あいつがここまで弱音を吐くなんて珍しいな。アスナとか、周りの女子達に無理やり連れ回されてるんじゃないのか?」
「そうかもね」
詩乃は納得したように頷くと、悠也の肩へさらに深く体重を預けた。画面の文字を見た詩乃が、悠也の肩に顔を乗せたまま、のぞき込むようにして低く呟いた。
「キリトは運動不足でOS嫌っていたのよね?誰かさんとは違って。今は手のひら返しが凄いけど」
意地悪そうに笑う詩乃の視線が、ついさっきまで限定の武器欲しさに目の色を変えていた悠也へと向けられる。
「……俺は好きなモノに正直なだけだ」
悠也はバツが悪そうに視線を泳がせながら、フイと顔を背けた。その反応を見て、詩乃はふふっと小さく鼻を鳴らす。彼女は悠也の肩から少しだけ顔を上げ、彼の横顔をじっと見つめた。その瞳には先ほどまでの甘やかな空気とはまた違う、少しだけいたずらな光が宿っており、甘い響きを帯びた声を耳元で落とした。
「じゃあ私は? あなたの『好きなモノ』リストには、ちゃんと入ってるのかしら?」
詩乃の指先はそのまま彼の首筋をゆっくりと滑る。その繊細な刺激に、悠也は思わず背筋を震わせた。詩乃は悠也の顔を覗き込むようにして、上目遣いに微かに微笑んだ。その瞳の奥には、彼を試すような光と、すべてを飲み込もうとする深い独占欲が揺らめいている。
「……答えなさいよ。それとも……私のことより、その『リデンプション』の方が大事、なんて言わせないわよ?」
甘美な毒のような言葉。逃げ場を失った悠也の視界には、自分だけを映して蕩けている詩乃の瞳しかない。普段のクールな『氷の狙撃手』という仮面の下に隠されていた、熱く執着に満ちた一面。それに翻弄され悠也は言葉を失う。
「……ずるいな」
「ふふ、そうかしら?」
詩乃は悪戯っぽく口角を上げると、さらに彼との距離をゼロへと近づける。重なる体温と、乱れる呼吸。部屋の中は重苦しい空気など微塵も感じさせない、甘い甘い磁力で満たされていった。悠也は観念したように息を吐き出し、彼女の腰に腕を回してその身体を強く引き寄せる。
「確かに銃は好きだ。でもな」
悠也は少しだけ言葉を切り
「俺は詩乃を生涯かけて守りたいって言ったんだ。どっちが大切かなんて、比べるまでもないだろ」
真っ直ぐな言葉が静寂の中に落ちる。その深い愛情が伝わったのか、詩乃は満足げに目を細めた。
「……その答えなら、許してあげる」
詩乃は彼の腕の中で小さく伸びをすると、安心しきった声で呟いた。
「ねえ、キリトからの連絡、返さなきゃいけないんじゃない?」
「……あぁ、そうだったな」
悠也は片手でスマホを操作しようとするが、詩乃がその手首を掴んで止める。
「でも今は……もう少しだけ、私との時間を優先して」
甘えるような、けれど少しだけ強引な要求。悠也は苦笑しながらも結局その要求に逆らうことはなかった。現実の
街が夜に包まれる頃、悠也は「ちょっと遅れる」とだけ返信を打ち込み、二人は目的地である秋葉原UDXに向かうことにした。一階に降りて母親に挨拶を済ませると、ガレージに鎮座する愛車・エボⅩへと乗り込む。悠也がエンジンを始動させると、重厚な排気音が夕暮れの空気に溶けていった。
本郷にある悠也の自宅から秋葉原までは目と鼻の先ということもあり、エボⅩは渋滞に捕まることもなく、わずか六分ほどで秋葉原に到着する。駐車場に車を滑り込ませ、エンジンをカットし、耳の後ろにそれぞれ《オーグマー》を装着して向かった。
UDXの広場に足を踏み入れると、そこには既に目的の人物たちが待ち構えていた。キリトとアスナ、そしてクライン率いる《風林火山》のメンバーたちの姿もあった。
「よく来てくれたよ……シノン、ナガン」
二人を見つけるなり、キリトが肩を落としたまま、ひどく魂の抜けたような声で出迎えてきた。事前に送られてきたメッセージの通り、まるでこれから合戦にでも赴くかのような悲壮感が全身から漂っている。
そのあまりの落差に、悠也は呆れたように眉をひそめた。
「おい和人。お前の方から誘っておいてなんだが、なんでそこまでやる気がないんだ?これからボス戦なんだろ?」
「いや……それは……」
キリトは気まずそうに視線を泳がせ、隣に立つアスナの顔をチラリと見た。言葉を濁す黒の剣士に対し、すべてをお見通しだったアスナが生温かい苦笑いを浮かべたまま、容赦のない口撃を突き刺す。
「本当は私たちがキリト君を説得して悠也さんとしののんを誘ったの。で....運動不足でみんなに変な姿を見せないか心配なんだよね……キリト君?」
「うぐっ……!」
恋人兼相棒からの正確無比な指摘に、キリトは見事に痛いところを撃ち抜かれたように声を詰まらせた。
「おいおいキリの字!リアルの身体能力ベースのARゲームだからって、女の子たちの前で無様に転ぶのを怖がってんじゃねぇよ!」
「そうそう!日頃の運動不足が祟って足がもつれても、俺たちの前ならいくらでもダサい姿晒していいんだぜ!」
すかさずクラインや風林火山のメンバーたちが、ここぞとばかりにキリトの肩をがしがしと叩きながら野次を飛ばし始める。
「うるさいなクライン!そういう問題じゃないって!」
顔を真っ赤にして必死に反論するキリトの姿を見ながら、悠也は「やれやれ」と小さく首を振った。
フルダイブの仮想現実では無敵の英雄でも、拡張現実のストリートではただの運動不足な高校生。そのあまりにも人間臭い弱点に、悠也は少しだけ親近感を覚えた。
集まった一部のメンバーたちの間に、それまでとは違うピリピリとした緊張感が走り始めていた。今回のイベントボス――それは、かつて彼らを絶望の底に突き落とした悪夢、旧《SAO》のボスモンスターがAR空間に再現されるという噂だった。
オーディナル・スケールのルール上、HPがゼロになっても現実の身体が死ぬわけではない。しかし、あのデスゲームを生還したキリトやアスナ、クラインたちにとって、心に刻まれた記憶の重みは全く別物だった。時計の針が、イベント開始時刻である21時に迫る。
悠也と詩乃、そしてキリトたち全員が、ほぼ同時に耳の裏のオーグマーへと手を伸ばした。
「――オーディナル・スケール、起動!」
声を合わせると同時に、視界の最前面にあるLEDビジョンのデジタル時計が『21:00』を告げた。
次の瞬間、秋葉原の日常の景色が一変する。空間を覆い尽くす青いデジタルノイズが走り、コンクリートの地面は古びた石畳へと書き換わり、周囲の近代建築は洋風のフィールドへとその姿を変えていった。
広場の中央、突如として巨大な幾何学模様のシステム陣が展開される。ズズズ、と大地を震わせるような重低音と共に、天を突くほどの赤黒い火柱が吹き上がった。その炎を割って現れたのは、禍々しい大鎧を身に纏い、巨大な野太刀を肩に担いだ、大蛇の尾を持つ異形の鎧武者だった。
『アインクラッド第10層ボスモンスター:カガチ・ザ・サムライロード』
(カガチ・ザ・サムライロード……地味に言いにくい名前だな、おい)
これから大勢のプレイヤーたちに袋叩きにされるであろうボスを見上げながら、そんな暢気なツッコミを内心で入れたのは、世界中で悠也ただ一人の秘密だった。
「本当に、SAOのボスそっくり……」
アスナがレイピアを強く握り締め、ぽつりと呟く。その瞳には、かつての戦場の記憶が鮮明に蘇っているようだった。
「今の俺たちは、ソードスキルを使えない。だが――もし攻撃パターンが昔のままなら、やりようはある……!」
キリトが鋭い眼差しで巨躯を睨みつける。前衛組が生死を懸けたかつての戦いを思い出し、それぞれシリアスな空気を漂わせる中、
「詩乃、あっちの建物の上を取るぞ。射線が通る」
「ええ。突進の軸線からも外れてるわね。カバーは任せて」
悠也と詩乃の二人は、そんな前衛組の感傷に、付き合うことなく、職人の手際でとっくに移動を開始していた。UDXの立体的な構造を瞬時に把握し、射線が最も綺麗に通り、かつボスの広範囲攻撃が届きにくい高所の狙撃ポイントへとテキパキと足を動かしていく。
広場の中央で不気味な咆哮を上げる鎧武者に対し、前衛のキリトたちは当然のごとくそれぞれの得物である片手剣を構え、じりじりと間合いを詰めていく。
《オーディナル・スケール》における武器のバランス調整は極めて明確だ。銃や弓といった遠距離系の武器は、敵と接触するリスクが低い代わりに、システム上のダメージ割合が低く設定されている。
逆に、敵の懐に飛び込まなければならない剣などの近接武器は、ハイリスク・ハイリターン故、高威力を誇る。これが、このゲームにおける一般的なセオリーだった。
しかし、このゲームのもう一つの本質は「プレイヤー自身の身体能力や技術がダイレクトに反映される」という点にある。システムのアシストなどでは無く、自らの肉体と感覚だけで戦うストリートの戦場。
それは、フルダイブ環境のGGOで泥臭くエイムを磨き、ジジイによる地獄の狙撃訓練を生き抜いてきた悠也と、独学でナガンとタメをはれる詩乃にとって、これ以上ないほど有利なルールだった。
急所をミリ単位で射抜く精密性、そして最適なタイミングを見極める空間把握能力。有象無象の遠距離プレイヤーが適当にばら撒く牽制の弾丸とはわけが違う。二人の放つ一撃は、すべてがシステム上のクリティカル判定を叩き出す「別格の破壊力」を秘めた狙撃へと変貌するのだ。
悠也は背中に支給品のスナイパーライフルを背負い、右脚にはホルダー。引き抜いたのは、手に入れたばかりの黒きロマン砲――大口径仕様の《リデンプション》だ。
もっとも、それ相応のデメリットは、目も当てられない連射速度のなさの他にも存在する。一度薬室を確認した後、ホルスターに戻しライフルを抱えながらはしる。
二人は前線の騒がしい空気から離れ、戦場を一望できる建物の階段を駆け上がっていく。誰も見向きもしない高所の狙撃ポイントへ向けて、二人のプロフェッショナルは夜の秋葉原を静かに駆けた。
プレイヤー達はふと視線を上空へと向けた。
「ドローン……?」
通常ではありえないほどの高度を、一台の大型ドローンが静かにホバリングしている。不審に思ったのも束の間、ドローンの底部から鮮烈な光の粒子が溢れ出した。光は瞬く間に人の形を形作っていく。
現れたのは、最近SNSやメディアで圧倒的な知名度を誇る《OS》のイメージキャラクターであり、世界初のAIのARアイドル――ユナだった。
「みんなー準備はいい?さあ、戦闘開始だよ!──ミュージックスタート!」
ユナが華やかに微笑み、マイクを握って歌い始める。アップテンポなイントロが秋葉原の夜に響き渡った瞬間、眼下の広場から割れんばかりの歓声が上がった。
「よっしゃー!ユナが歌い始めたっ、ボーナス付きのスペシャルステージだぜ!!」
トラをアバターにしている大柄な男が、興奮した様子で拳を突き上げる。それと同時に、フィールド内にいる全プレイヤーの視界に鮮やかな色彩のバフエフェクトが掛かり、ステータスが底上げされていく。
だが、プレイヤーたちの戦意が高まったその瞬間、悪夢の化身が動いた。
『カガチ・ザ・サムライロード』は、初手から凄まじい地響きを立ててプレイヤーの集団へと走り出したのだ。プレイヤーたちは、その突進をまともに喰らい、まるで木の葉のように宙へと薙ぎ払われていく。広場は一瞬にして大混乱に陥った。
「うわ……一撃かよ」
「凄い威力ね」
上からその惨状を見下ろし、悠也と詩乃は同時に呟いた。しかし、二人の手元はすでに微動だにしていなかった。小気味よい発砲音が連続して響く。二人が構える支給品のスナイパーライフルから放たれた光線のような弾丸が、大乱戦の隙間を縫って正確にボスの頭部、そして胸の心臓部へと命中した。
急所をミリ単位で穿つ規格外の狙撃。これには流石のサムライロードも一瞬たじろぎ、その隙を突いてキリトたち前衛組が畳み掛けようと踏み込み攻撃を始めた。
その時、悠也の狙撃手としての野生の勘が、脳裏で激しく警報を鳴らした。
「——ッ!詩乃、移動するぞ!なんかやばそうだ!」
「えっ……!?悠也が言うなら信じるわ!」
詩乃は一瞬だけ目を見開いたが、迷うことなくライフルを抱えて悠也の後に続いた。悠也は走り出しながら、身を乗り出して眼下の広場へ向けて全力で叫んだ。
「全員ここから離れろ!!」
しかし、その警告が届くよりも早く、サムライロードの巨体が低く沈み込む。ボスは地面に力強く右手をつくと、左腕に巻き付けていた真っ白い大蛇のような部位を、銃弾の出どころである高台――つまり、悠也たちが先ほどまでいた方向へと向け、上体を起こしながら凄まじい速度で射出した。
白い蛇は空気を引き裂き、悠也たちのいた場所を爆破するように粉砕した。悠也の言葉を信じて即座に動いた詩乃と、その警告を聞き入れて咄嗟に飛び退いた数人は直撃を免れた。
しかし、その場に留まり続けた遠距離プレイヤーたちは、容赦のない一撃を喰らって瞬時にゲームオーバーのエフェクトへと変わり、ランキングを大きく突き落とされることとなった。
「チッ、一筋縄じゃいかねぇな……!」
そんな瓦礫の煙の向こうで、クライン率いる《風林火山》のメンバーたちが「おうりゃああ!」と雄叫びを上げて突入していく。流石はかつてのSAO攻略組、その息の合った連携は健在で、手練手管の連係攻撃でボスの巨体を確実に削っていく。
サムライロードも負けじと二本目の刀を抜き放ち、狂暴な二刀流で暴れ狂うが、デスゲームの最前線を維持し続けた彼らの実力は伊達ではない。アスナのレイピアが繰り出す電光石火の斬撃がボスの装甲を切り裂き、新たな高台を陣取った悠也と詩乃の狙撃が、ボスの動きを寸分狂わず制御していた。
戦況は確実にこちらに傾いていた。その空気を感じ取ったのか、キリトが意を決したように剣を構え、地を蹴る。
キレを取り戻そうとするかのような、鋭い踏み込み。誰もが、あの「黒の剣士」の鮮烈な一撃を期待した。――その、刹那。
「っと、あぁ———っ!?」
キリトは、コンクリートのわずかな段差に派手に足を取られた。重心を崩した身体はなすすべもなく空中を舞い、そのままアスファルトへと無様に五体投地。日頃の運動不足が、この土壇場で最も恥ずかしい形で露呈したのだ。
「あの馬鹿……!!」
その様を目撃した悠也は、思わず凄まじい悪態をついた。地面に突っ伏し、完全に無防備な背中を晒すキリト。その頭上でサムライロードが勝ち誇ったような咆哮を上げ、巨大な野太刀を振りかぶる。
「詩乃、カバー頼む!」
悠也は短く叫ぶやいなや、即座に駆け出した。
「任せて!」
詩乃の回答と同時に、悠也は銃口をサムライロードへと向けた。完全に間に合わないタイミングだった。だが、悠也はすでに「切り札」を装填済みだった。キリトの身体が両断される寸前、夜の秋葉原に、それまでのあらゆる電子音をかき消すほどの強烈な大爆音が轟く。
まるで大砲をぶっ放したかのような、大地を揺るがす重低音。目に見えぬ衝撃波を伴った一撃が、振り下ろされかけたサムライロードの刀身側面へと直撃する。凄まじい金属破壊音が響き渡り、ボスの野太刀は根元から派手に叩き折られ、光の破片となって夜空へ舞い散った。
ブラックコーヒーが甘く感じるくらい甘々で書きました....
番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。
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書くんだ!
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書かなくてもいい!