秋葉原の夜空を焦がす爆炎と戦場の喧騒。その中心で、煙を噴き上げる銃口を向けて立っていた男がいた。悠也である。その無骨な手にあるのは、時代錯誤なほどに孤高の威容を放つ単発式ピストル《リデンプション》。
この銃は、オーディナル・スケールのシステム内で極めて特殊な地位を占めていた。「高射程」「高威力」「高精度」というメリットの他に本人の技量による破壊力の向上とOSのシステムから大口径弾薬を選んだ事で特別に付与された、敵の強固な装甲すら容易く粉砕する「貫通性能」がある。これだけ並べれば、一見するとぶっ壊れ武器のようにも思えた。
しかし、それらの輝かしい長所を全て台無しにするレベルのデメリットが三つ、この銃には課せられている。
一つ目はストックのないハンドガン形状から大口径ライフル弾を射出するという物理的無謀が生む「反動のキツさ」。引き金を引いた瞬間の凄まじい衝撃波は、悠也の両腕の骨を軋ませ、関節に鈍い悲鳴を上げさせる。
二つ目は撃つたびに銃身を折り、左太もものレッグポーチから一発ずつ手動で弾丸を込め直すという「絶望的なリロードの遅さ」。次々と敵が飛び交うハイスピードなARMMORPGのテンポを、完全に無視した仕様だ。
そして三つ目が最も致命的な隠し仕様――それは『撃った直後、敵から凄まじいヘイトを向けられる』というシステム上の呪いである。
OSのヘイトシステムは、瞬間的に与えたダメージ量に大きく依存する。他のプレイヤーがちくちくと光線弾をばら撒く中、装甲を貫通する一撃必殺の.30-06スプリングフィールド弾をクリーンヒットさせ、挙句の果てにボスの武器を破壊するという特大のダメージ判定を叩き出せば、システムが弾き出すヘイト値が一瞬で限界突破するのは火を見るより明らかだった。
つまり、このリデンプションの引き金を引くということは撃った直後、次の装填すら終わっていない丸腰の状態でボスモンスターの強烈な殺意を一身に引き受けることと同義なのだ。
真っ赤に染まったボスの両目が、転がっているキリトを完全に無視し、ギチギチと音を立てて悠也の方向へと向けられる。刀を折られた怒りも加わり、その殺意は文字通り限界を超えていた。
「…分かっちゃいたが、一発撃ったら確実にこっちに突っ込んでくるな、あのトカゲ野郎!」
悠也は頬を引きつらせながらも、すでに右手でリデンプションのレバーを引き、銃身をパカリと中折れさせていた。煙を吹く空薬莢が跳ねる中、彼の太ももには、まだ次の弾丸が収まったままである。
そんな中、
「やっぱ、動きにくいな!」
一度体勢を崩した遅れを取り戻そうと、必死に足を動かしながらキリトがぼやく。しかし、そのすぐ横を疾走するアスナからの返答は実に容赦のないものだった。
「ただの運動不足でしょ?」
「これからだよ!」
原因をズバッと言い当てられて顔を真っ赤にするキリト。そんな緊迫感のないやり取りを繰り広げる前衛の背後に向けて、必死に手を動かしている悠也が声を張り上げた。
「アイツはもう少し運動しとけ……!……クソッ、手が震える……!」
悪態をつきながらも、悠也の左手は目まぐるしく動いていた。空薬莢を弾き飛ばすと同時に、左もものレッグポーチから次なる.30-06スプリングフィールド弾を引き抜いて薬室へと滑り込ませる。カチリ、と銃身が閉じる。
先ほどの武器破壊による特大のヘイトは、未だ健在だった。だが、悠也が引き金を引くよりも早く、高台から鋭い閃光がボスの足元を射抜いた。詩乃による正確無比な狙撃だ。ボスの右膝がシステム的な部位ダメージによってガクリと崩れる。
「ナイス、詩乃!」
これ以上ない、絶好のタイミングだったのか、悠也の気分は最高潮に高揚していた。彼はあろうことか《リデンプション》を「片手」だけで前方に突き出した。反動に備えて体幹を限界まで固定すると、再びその狂暴なトリガーを絞った。
秋葉原のビル群を震わせる大爆音。貫通性能を宿した大口径の凶弾が、膝をついたボスの胸部装甲を文字通り撃ち抜き、背後へと突き抜けた。派手なクリティカルエフェクトが咲き乱れ、ボスの体力ゲージが一気にレッドゾーンへと叩き落とされる。
「フゥ!最高!」
片手一本という無茶な体勢で受け止めた猛烈な反動により、右腕の感覚がじんわりと痺れて麻痺していく。しかし悠也の口からは、それを遥かに上回る圧倒的な快感の声が漏れていた。
ボスの残りHPはあと僅か。その瀕死のゲージを見た瞬間、周囲で様子を伺っていたプレイヤーたちの色めき立つ。一際大きな声を上げて、割り込んできた者がいた。
「ラストアタック頂きーー!!」
それは、先ほどバフに歓喜していたトラを催したプレイヤーだった。手柄を横取りしようと重量級のロケットランチャーをボスに向けて引き金を引く。
凄まじい白煙を上げて砲弾が放たれた――が、サムライロードは迫り来る砲弾に対し、首をひょいと傾けるという、最小限の挙動で見切って回避したのだ。
「……やべ!」
直撃を確信していたトラのプレイヤーが、間抜けな声を漏らす。
(やべ、じゃねぇよ!その先、ユナに当たるだろ!!)
悠也の視線が、躱された砲弾の軌道の先へと向く。そこには歌い続けているARアイドル、ユナのグラフィックがあった。オブジェクト判定があるOSの仕様上、あのままでは演出ごと爆破されてしまう。
毒づきながら悠也は猛スピードで次弾のリロードを試み、空中で砲弾を迎撃しようと銃口を向けようとしたが――それよりも早く、横合いから一人のプレイヤーが閃光のように跳び出してきた。
オーディナル・スケール、ランキング第2位のプレイヤーだった。
黒を基調としたスタイリッシュな衣装を纏ったその男は、抜刀の勢いのまま、迫り来るロケランの砲弾を自らの剣の腹で鋭く引っ叩いた。信じられないほどの精密な動体視力と身体能力。金属質の甲高い音が響き、軌道を強引に変えられた砲弾は、綺麗な放物線を描いてサムライロードの顔面へと直撃した。
凄まじい爆発がボスの頭部で巻き起こる。
「すっげえ……」
「ランク2位……!?」
トラのプレイヤーが呆然と呟き、前線に復帰したアスナもその圧倒的なプレイヤースキルとランキングの数字に目を見張った。
「大技が来るぞ!タンクの奴らは付いて来い!!」
即座に周囲の重装プレイヤーへ指示を飛ばしながら、ランク2位の男は爆煙の残るボスへと果敢に突っ込んでいく。それに呼応するように、サムライロードが残ったもう一本の野太刀を猛然と振り回し、空間を切り裂くような赤い斬撃の波を周囲に撒き散らし始めた。
戦場が最後の乱舞で激しく揺れ動くが、その混沌の隙間を、一陣の風が駆け抜けた。
「たぁぁぁっ!!」
ラストアタックを確実に仕留めるため、一瞬の勝機を見逃さなかったアスナが、鋭いステップでサムライロードの懐へと滑り込む。彼女のレイピアが、ユナの歌声の最高潮に合わせて、眩い光の尾を引きながら繰り出された。
空気を穿つ鋭い音が響き、アスナの放った渾身の一突きが、ボスの胴体中央を完全に貫通した。その瞬間、サムライロードの動きが完全に停止する。一拍の静寂の後の巨体は、一般的なエリアボスよりも遥かに豪華で巨大な光の花火を夜空に咲かせた。
同時に、オーグマーから戦いの終わりを告げる、厳かで華やかな勝利のファンファーレが鳴り響いた。ユナが「みんな、ナイスバトル!」と大きく手を振って微笑み、光の粒子となって消えていく。
しばらくの静寂の後、ファンファーレの音響によってようやく勝利の実感を味わったプレイヤーたちの間に、地鳴り のような歓声と喜びの嵐が広がっていった。ハイタッチを交わす風林火山の面々や、安堵の息を漏らすアスナたち。
そんな喧騒の中、空中から光の羽を散らしながら、ふわりとユナが降りてきた。彼女は楽しげにステップを踏みながら、ラストアタックを決めたアスナの前へと歩み寄る。
「今回、一番頑張った人にご褒美をあげるね!」
ユナはそう言って悪戯っぽく微笑むと、ほぼ予備動作のない滑らかな動きで、アスナの頬へと小さく唇を寄せた。チュッ、と可愛い効果音が響く。その文字通りの「不意打ち」に、一番驚いたのは背後で見ていた彼氏のキリト、そしてクラインだった。二人は魂が抜けたような、とてつもなくマヌケな驚き顔で固まっている。
「今日のMVPはあなた!おめでとー!」
ユナが華やかに手を振ると、アスナの頭上に大量のボーナスポイントが付与されたことを示す、まばゆいエフェクトがポップアップした。
それと同時に、悠也の視界にもシステムウィンドウが滑り込んでくる。武器の破壊、そして貫通弾による高倍率のクリティカルダメージの蓄積が評価されたのだろう。アスナほどとまではいかないものの、他の一般プレイヤーとは一線を画す、中々に莫大なポイントが悠也へと加算されていく。
「……ま、あのじゃじゃ馬を振り回した分の元は取れたか」
手元のリデンプションの感触を確かめ、太もものポーチをそっとなぞりながら、悠也は満足げに小さく笑みを浮かべ高台から降りてくる詩乃を迎えに、賑やかな人混みの中へと歩き出す。
「お疲れ様。……派手にやってたみたいね?」
「あぁ、一撃必殺の気分を味わえたぜ」
二人でそんな軽口を交わしながら戦後の余韻に浸る。周囲では勝利の余韻に酔いしれるプレイヤーたちが、ハイタッチを交わしたり、武器を掲げて歓声を上げたりと、祭りのような喧騒が続いていた。そうして、悠也と詩乃はキリトたちの輪へと歩み寄った。
キリトはつい先ほどユナから頬にキスをされたアスナの後ろで、まだ魂が抜けたような顔でブツブツと何かを呟いている。クラインたち風林火山は「アスナ、おめでとう!」と大騒ぎしており、彼女は照れくさそうにシステムウィンドウのポイント画面を眺めていた。
そんな中、
「おいおい、ユウの字、なんだよその物々しい銃は!?さっきボスの刀をへし折ったの、それだろ?」
その言葉に、ようやく我に返ったキリトやアスナも悠也の手元に視線を注ぐ。流線型のAR装備が主流のOSにおいて、《リデンプション》は、嫌でも異彩を放っていた。
「ああ、イベントのラストアタック報酬で手に入れた限定武器《リデンプション》だ」
「へえ、ピストルか……にしては、さっきの音と威力は尋常じゃなかったぞ。どんなステータスなんだ?」
キリトが興味を惹かれたように身を乗り出してくる。ゲーム内の武器、特に銃器に関しては、元スナイパーである詩乃だけでなく、キリトのようなゲーマーにとっても好奇心をそそられる対象らしい。
「口径が選べたから、.30-06スプリングフィールド弾仕様にしてある」
「ライフル弾を、ピストルで……!?」
GGOによって銃の知識がそれなりに増えたキリトは、それだけで顔を引き攣らせた。そんなキリトの様子を見て、アスナが悪戯っぽく微笑みながらキリトの肩をちょんちょんと突っつく。
「ねえ、キリト君。せっかくの機会なんだから、一発撃たせてもらいなよ。男の子って、こういう武器が好きなんでしょ?」
「えっ、俺が!?いや、でもこれ悠也の私物だし……」
「いいぜ」
悠也はニヤリと笑うと、リデンプションの銃身を折って太ももから新しい弾丸を一発装填し、カチリと閉じてからキリトへと手渡した。
ずっしりとした金属の重量感がオーグマーのシミュレーションを通じてキリトの両手に伝わる。キリトはごくりと唾を飲み込み、周囲にプレイヤーがいない安全な方向へ銃口を向け、両手でしっかりとグリップを握りしめた。
「よし……いくぞ」
キリトが腰を落とし、トリガーをじわりと絞る。次の瞬間、秋葉原の広場に本日3度目の大砲めいた大爆音が炸裂した。
「うわあああぁぁっ!?」
凄まじい衝撃波と共に、キリトの悲鳴が響き渡る。ストックのないピストル形状から放たれた大口径ライフル弾の反動はキリトの予想を遥かに超えて狂暴だった。発射の瞬間、文字通り銃口は真上の宙へと跳ね上がり、キリトの両腕は無理やり万歳をさせられるような形で後ろへと弾かれた。
それだけにとどまらず、凄まじい衝撃はキリトの貧弱な体幹を直撃し、彼の身体は完全にバランスを崩して後ろへと派手にひっくり返りそうになる。
「っと……!大丈夫、キリト君!?」
地面に激突する寸前、背後に回り込んでいたアスナが、その華奢な身体でキリトの背中をがっしりと受け止め、辛うじて支え切った。
「あ、アスナ……ありがと……って、なんだよこれ、腕がもげるかと思った……!」
アスナに抱きついたままの姿勢で、キリトは両腕をガタガタと震わせながら情けない声を上げた。オーグマーを介した疑似触覚とはいえ、あまりの衝撃に現実の筋肉まで悲鳴を上げているようだ。
「おいおいキリト!銃一発に吹っ飛ばされてやんの!」
「クライン、笑い事じゃないって!これ、本当にARゲームの反動かよ!?」
「ARだぞ?」
クラインたちが腹を抱えて爆笑する中、悠也はキリトの手からリデンプションを回収し、慣れた手付きで銃身を折って空薬莢を弾き出した。
平然とした顔を取り繕ってはいるが、悠也自身、内心ではキリトの反応に深く同意していた。悠也はフルダイブのGGOで大型の対物ライフルを扱い、その狂暴な反動に散々揉まれてきた経験がある。おまけに現実世界でも、祖父から地獄の筋力トレーニングを叩き込まれてきた。
そんなリデンプションを日頃の運動不足でOSをサボりがちだったキリトが、まともに耐えられるはずがなかった。 隣にいた詩乃が、呆れたように肩をすくめながらも、悠也の横顔を見てクスリと笑う。
「でも、それを平気な顔でリロードしながら連発しようとする悠也も、大概まともじゃないわよ」
「褒め言葉として受け取っておく」
悠也は太もものポーチを軽く叩き、再び愛銃をポケットへと収めた。腕を摩りながら未だにアスナに支えられているリアルの「黒の剣士」の情けない姿を肴に、秋葉原の夜は賑やかな笑い声に包まれていくのだった。
最初、悠也の武器はリメイク前のバイオ4に出るハンドキャノン(限定使用)と思いましたが、あまりにもぶっ壊れ性能な為、バランスを取ってリデンプションになりました。
番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。
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書くんだ!
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書かなくてもいい!