秋葉原UDXの後、アルヴヘイム・オンラインのキリトが所有するログハウスは、いつもの騒がしい面々で埋め尽くされていた。悠也と詩乃は、ケットシーの姿でソファの端に隣同士で腰を下ろしている。しかし、悠也は自身の種族特性である猫耳と尻尾に対して、なんとも言えない気恥ずかしさを抱えていた。視覚に優れ弓の狙撃に有利な種族だからと詩乃に教えられ悠也は選んだが、すぐに後悔した。
(尻尾と猫耳は恥ずい.....!)
彼はALOについて殆ど知らなかった為、詩乃の言葉を鵜呑みにしてしまったのた。さらに詩乃がキャラ変更は認めないらしい。
ペアルックならぬペア種族である。
故に彼は相変わらず、自身の種族特性である猫耳と尻尾を特製の厚手ロングコートと深いフード、そして斜めにかぶった特別製の帽子で徹底的に隠蔽していた。その姿は、猫妖精族というよりは怪しげな旅人のようである。
「いや~ARで戦うフロアボスも本家同様の攻撃パターンとはいえ、生身で動きまくったから、体バキッバキだぜ」
クラインが盛大に肩を回しながらぼやくと、エギル視線を向けた。
「よくそんな人数で倒せたな?」
「俺とアスナは一回戦ってるから……周りは集団戦未経験者が多かったみたいで、大苦戦だったんだけど」
「キリト君もバテバテだったけどね~」
「俺が援護しなかったらお陀仏だったからな」
キリトが抗議の声を上げる。
「うぐっ……AR戦闘に慣れてなかっただけだよ」
「お前は単に運動不足だ」
悠也の容赦のない指摘に、キリトは言葉を詰まらせた。そこに、
「俺、ユナちゃんのライブチケット、応募しそびれちまってよ……」
クラインが悔しそうに肩を落とす。ユナアイドルのライブは今や社会現象であり、チケットの入手難易度は絶望的だった。すると、隣に座っていたエギルが何事もなかったかのように呟く。
「ああ……そういや、オーディナル・スケールの登録キャンペーンでペアチケットをもらったぞ。俺……」
その言葉に、詩乃が少しだけ表情を緩めた。
「私達も当たったわ」
「「私達……?」」
ログハウスの空気が一瞬だけ止まりキリトの妹である直葉こと、リーファとクラインの視線が同時に二人へと突き刺さった。
「ペアチケットが当たったのよ。ね、ナガン?」
「せっかくだから、行こうと思ってたところだ」
彼が至極当然のように、隣のシノンへ視線を向けて頷く。
「「………………え~~~っ!?いいなぁぁぁぁ~~~~!!!」」
二人の悲鳴に近い絶叫が部屋に木霊した。クラインは真っ先にエギルに飛びつき、「頼む! そのチケット、俺に譲ってくれ!」と必死の形相で懇願し始める。エギルは「やれやれ」と溜息をつきながらも、どこか嬉しそうに了承の意を示した。その横で、リーファは椅子からずり落ちるようにして崩れ落ちていた。
「どうして……どうして私の剣道合宿とライブの日程が被っちゃうのぉ……!」
泣き言を漏らす彼女の姿を見て、キリトは呆れたように視線を外し、ナガンとシノンは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。そんな空気の中、シリカがピナに小さなお菓子を与えながら真剣な面持ちで口を開いた。
「それにしても、一体どういうことなんでしょうか?」
「オーディナル・スケールに旧SAOボスの階層ボスが現れていることか?」
「そういえば、妙な話よね?特にタイアップの告知もされてないんでしょう?」
リズベットがシリカの言葉を引き取る。
「うん。そもそも、タイアップしようにもSAOを運営していたアーガスはもう無くなっちゃってるし……」
「イベントに参加していたプレイヤーはSAOのボスだって気付いてたんですか?」
キリトの妹であるリーファの問いに、アスナは当時の光景を思い出しながら首を振った。
「そんな様子はなかったかな……ボスの攻撃パターンを知っていたのは私たちだけだったと思う」
その時、キリトの脳裏に秋葉原で見かけたランク2位のプレイヤーの姿がふとよぎった。アスナによれば、そのプレイヤーは戦いの最中に、SAOの戦闘連携用語である「スイッチ」という言葉を口にしていたという。
「アスナ……あの2位のプレイヤーはどうだったんだ?」
「2位って、あの凄い動きをしていたプレイヤーのこと?」
キリトが問いかけると、ナガンは曇った表情で答えた。
「どう見ても人間の動きには見えなかったぞ、俺には」
その言葉に反応したのは詩乃だった。
「確かに...剣で弾を弾き返すなんて普通出来ないし....アスナ、何か覚えない?」
アスナが再び眉をひそめる。
「う~ん……引っかかる、とは思う。どこかで見たような気もするんだけど……キリト君は?」
「俺は記憶にないな。でも、アスナも言うように、今後も旧SAOのボスが出現し続けるのなら、気付く奴も出てくるだろうな。もらえるポイントもけっこうな額だしな」
「そう、か……」
「つまり、現実世界でアインクラッドを再現しようとしてる、ってか?」
「……でも、ナーブギアみたいに命の危険はないんでしょ?考えすぎでしょ」
エギルの問いかけに、リズが言葉を継ぐ。悠也は同意の言葉を口にしようとしたが、その先にある「何かがおかしい」という違和感を払拭できず、曖昧に言葉を濁した。そんな重苦しい空気を切り裂くように、キリトがユイに向き直る。
「ともかく、ユイ。何か分かったら、教えてくれ」
「はい、パパ!」
ユイが元気よく返事をする。初めて悠也と詩乃がユイに出会った時、彼女がSAOの人工知能であると知らされた時の驚きは今も忘れていない。すると、その場にいたシリカとリズが顔を見合わせ目を輝かせた。
「ユナと一緒に戦えるのなら、私も参加したいです!」
「私も!」
盛り上がる二人に対し、悠也はスケジュールを確認し、小さく首を横に振った。
「俺は明日明後日とバイトがあるから無理だ……今回はそっちに任せる」
「私も……ごめんなさい、ちょっと外せない予定があって」
詩乃の言葉に、リズが「えーっ! 二人がいたら戦いやすいのにー!」と思わず声を漏らした。狙撃という極めて高い技術、そして悠也が操る《リデンプション》の圧倒的な破壊力。2人が戦場にいるだけで、その安心感は格別なのだ。
「諦めろよ、リズ。無理に誘うのはよせよ」
キリトに宥められ、リズは渋々といった様子で頷いた。次々と上がる参加の意志と、学生という現実的な理由で辞退する悠也と詩乃。戦いの終わりを告げる静寂の中で、日常と仮想世界が混ざり合っていく。
そして、次の日の午後。部屋でのんびりしていた悠也はキリトに呼び出され、ALOで集まった。メンバーはクラインとリーファ、エギルを除いた全員だ。その表情は一様に緊張感に満ちていた。ユイの小さな手から投影されたホログラム映像が、暗い部屋の空気を塗り替える。
「これを見て下さい。ボスモンスターは今のところ、毎日決まって21時に出現しています」
ユイは現実世界の東京都心図を指し示し、手慣れた様子で解説を始めた。
「ここ秋葉原UDXは、パパとママ、悠也さんと詩乃さんが戦った場所です。そして、ここ代々木公園は昨日ママが戦っていた場所……今まで出現した他の9体のボスもプロットします」
彼女の操作とともに、地図上に赤い点が次々と打ち込まれていく。その数、合計11。そして、ユイはその上に半透明のグリッド線を重ねた。
「これに、旧アインクラッドの平面図を重ねます……すると」
「旧アインクラッドの迷宮区と、イベントボスの出現場所がピッタリ重なっているじゃない!?」
リズベットが感嘆と驚愕が混ざった声を上げる。まるで最初から計算されていたかのように、出現地点はかつて命を懸けて攻略した浮遊城のそれと一致していた。
「正確には、迷宮区と重なる座標の、最寄りの広場や公園のようですが……傾向は掴めました。今夜21時には、渋谷区の恵比寿ガーデンプレイスに出現すると予測されます!」
ユイの断言に、シリカが即座に手を挙げる。
「場所があらかじめ分かっていれば、私も参加できますよ!」
「夜になっちゃうけど、大丈夫?」
アスナが心配そうに問いかけるが、リズは屈託なく笑った。
「みんなと一緒なら大丈夫!VRだと親に文句言われるのにね……」
シリカ、アスナ、リズベットの参加が次々と決まっていく中、シノンは少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「私はその時間、バイトがあるわ……」
「今日もバイトだ……働きたくねぇ……今日はバイクで行くか...」
悠也も長いため息をつきながら、ソファに深く沈み込む。最後に、皆の視線がキリトに集まった。
「キリトは行くのか?」
問いかけた悠也に、キリトは少し複雑な表情で首を振った。
「俺は……遠慮しておく」
決まった面々と、それぞれの事情で動けない者たち。複雑な予兆を孕んだまま、今夜の戦いへ向けた準備が静かに進んでいくのだった。
26日の夜。今日も今日とてオーディナルスケールは盛んに行われているようだが、悠也と詩乃はその喧騒とは無縁の場所にいた。戦いよりも、現実のシフト表が優先されるのが、学生アルバイトというものだ。
しかし、悠也を待ち受けていたのは、戦場よりも過酷な現実だった。バイト先のカフェに顔を出すなり、同僚や後輩たちから向けられる視線が妙に熱い。
「悠也さん、動画見ましたよ!UDXで片手で銃ぶっ放してたの、やっぱり悠也さんですよね!?」
スマホを突きつけられ、ネット中で拡散されている自身の切り抜き映像を突きつけられる。どれだけ誤魔化そうとしても、その動きの癖は隠しようがなかった。
さらに追い打ちをかけるように、閉店間際のカフェに、やけにデカい荷物を抱え息を切らした詩乃が滑り込んできた。いつもの冷静な彼女には似つかわしくないほど、その端整な顔立ちには強い焦燥が浮かんでいる。
「バイトはどうしたんだよ?」
不意を突くように尋ねた悠也に対し、詩乃は乱れた息を整えながら、わずかに尖らせた声で言い放った。
「飛んだわ」
そして彼女がカウンター越しに告げた内容は、悠也の背筋を氷のように冷たいもので満たすには、十分すぎるほど深刻だった。
「昨日、風林火山のメンバーが何者かに襲撃された」
その情報の出どころはキリトだった。秋葉原のボス戦後、風林火山のメンバーの一人が突如として音信不通になり、ついにはクラインまでもが何者かに襲撃され、事件に巻き込まれてしまったらしい。
実はキリトは最初、悠也に連絡をした。しかし、彼は仕事中は携帯の電源を切っているためか連絡が付かない。そこで、切羽詰まったキリトは、最後の望みをかけて詩乃に連絡をかけ、悠也と合流して協力して欲しいと必死に頼み込んできたのだった。
さらに、その事態に対処する上でどうしても必要なモノがあった為、詩乃はバイトを放り出し、急いでそれを買い求めて、ここまで駆け込んできたというわけだった。
「クラインも……?」
「ええ。救急車で運ばれたそうよ……」
その瞬間、悠也の脳裏にALOの会話でキリトが口にしていた《ランキング2位》の男、エイジの姿が嫌でもフラッシュバックした。あの時感じた違和感は、ただの偶然ではなかったのか。
「……行こう」
悠也は迷わずエプロンを脱ぎ捨てた。事態はゲームの範疇を遥かに超えている。店長には数日休むと強引な形で休養を告げると、裏口の駐車場へ向かった。愛車のカワサキ・ニンジャ400が、夜の闇の中で鋭い光沢を放っている。
エンジンをかけようとした悠也の手が止まった。自分が予備のヘルメットを持ち合わせていないことに気づいたからだ。二人乗りで公道を走るにはあまりにも致命的だ。
だが、そんな窮地を予測していたかのように、詩乃は自分の大きなバッグからずしりと重そうな代物を取り出した。これこそが、彼女がバイトを投げ出してまで急いで買ってきたものだ。安くても一万円以上は下らない。一人暮らしの高校生にとって決して軽い出費ではないが、心のどこかで「悠也の背中にぴったりと抱きつける」という理由を見出し、彼女は自分を許していた。ただ、それ以上に...
「悠也なら、この状況で黙っているはずがないでしょ?」
「当たり前だろ?」
淡々と言い放つ詩乃の顔に迷いの色は微塵もない。彼女は何よりも悠也の事を信じているからだ。彼女はそのままヘルメットを被ろうとしたが、手元がおぼつかず、あっぷあっぷと持て余してしまう。
見かねた悠也がそっと歩み寄り、彼女の頭から優しくヘルメットを被せてやった。あご紐を留め、サイズを微調整するその指先が触れるたび、詩乃の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。照れ隠しをするように、詩乃はわずかに頬を膨らませると、そのままニンジャの後部座席へと軽やかに跨った。
悠也は免許取得から一年未満という法的な制約を、今の異常事態を前に心の中で切り捨てる。カワサキ特有の力強い排気音を夜の住宅街に響かせギアをローに入れクラッチを繋ぐ。悠也の腹に、詩乃の細い腕がしっかりと回され彼女の体温が背中越しに伝わってくる。
「しっかり捕まってろ!」
「分かってるわ!」
詩乃の強い声がヘルメット越しに響く。悠也がスロットルを大きく開けると、ニンジャ400は咆哮を上げて静寂の闇を切り裂いた。次のボス出現地点、恵比寿ガーデンプレイスへと向けてアスファルトの上を疾走し風圧が二人の身体を激しく打ち付ける。ヘルメットの中で悠也は奥歯を噛み締めた。
風林火山を、そしてクラインを襲った者たちが何者なのかは分からない。だが、自分たちが今追いかけているのは、もはやただのARのデータではない。その先に待つ何者か――あるいはエイジという名の男との対決が、不可避であることを彼は予感していたのだった。
何気にリーファ初登場。
※運転免許を取得してから1年未満での二人乗りは法律違反になりますのであくまでフィクションとしてお楽しみください。
番外編という形で劇場版の『オーディナル・スケール』を読みたいですか?※もし書くとなった場合更新が遅くなるかも知れません。
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書くんだ!
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書かなくてもいい!