名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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途中からシノンの一人称視点


どうすれば.....そこに届くの?

乾いた風が砂を薄く巻き上げる。視界の先、荒野の起伏の向こうに目標がいた。

 

重装甲の機械兵器。ゆっくりと進行しながら、周囲を警戒するようにセンサーを巡らせている。距離は十分だが、同時に“外せば終わる距離”でもあった。

 

シノンは静かに伏せ、ヘカートⅡを構える。

 

呼吸を落とし、心拍を整える。

スコープ越しに、敵の弱点部位を探る。

風速、距離、弾道。

 

すべてを計算に入れ、引き金に指をかけ――その時だった。ほんの数メートル横。彼がすでに撃つ体勢に入っていた。

 

(……早い)

 

思考の片隅でそう認識する。だがそれだけではない。構え、照準の置き方、呼吸の合わせ方。そのどれもが自然すぎる。まるで最初からそこに答えがあることを知っているかのように。

 

(……まさか)

 

「撃つぞ」

 

次の瞬間、轟音が荒野に響くシャイタックM200の一撃。重く、鋭く、空気そのものを叩き割るような音だ。弾丸は一直線に飛び――目標の装甲の隙間。わずかに露出した内部ユニットを正確に撃ち抜いた。内部から火花が散り、機械の動きが一瞬で鈍る。一発で、機能を大きく削いだ。シノンの指は、まだ引き金に触れたままだった。

 

撃てていない。いや――撃つ必要がなくなった。

 

(……嘘でしょ)

 

思考は冷静だ。だがその奥で確実に何かが揺れている。今のはただの命中じゃない。弱点を“見抜いた”上であの距離から初弾で正確に撃ち抜いた。

偶然で済ませられる精度じゃない。視線を、わずかに横へ動かす。ナガンは、すでに次弾の装填に入っていた。

 

何事もなかったかのように、当然の結果だと言わんばかりに。

 

「……今の」

 

思わず声が出かける。だが最後まで言葉にならない。問いにするまでもない。見れば分かる、理解してしまう。

 

(あれが……あいつの“普通”)

 

背筋にわずかな冷たさが走る。

 

恐怖ではない。だが、それに近い何か。自分が知っている“狙撃”の延長線上にあるのに明確に一段階上にあるもの。シノンはゆっくりと息を吐く。表情はいつも通り冷静なままだが――スコープの奥で、瞳がわずかに細くなった。

 

(……やっぱり、普通じゃない)

 

やはり、あの一撃は偶然じゃなかった。再現できるものだ。この男は、それを“何度でもやれる”。ナガンは軽くボルトを戻しながら、ぽつりと呟く。

 

「次、どこ撃つ?」

 

まるで、今の一撃が“前座”だったかのような口ぶり。シノンはほんの一瞬だけ沈黙。

 

「……右脚、関節部」

 

「分かった」

 

即座に答えるも声は変わらない。だがその内側では、確実にスイッチが入っていた。

 

(見せてもらうわ、全部)

 

比較する。

 

測る。

 

追いつく。

 

そのために――シノンは再びヘカートⅡの照準を合わせた。

 

 

機械兵の残骸が鈍い音を立てて崩れ落ちる。金属同士が擦れ合う不快な音が、遅れて耳に届いた。砕けた装甲の隙間から火花が散り、やがてそれも途切れる。完全に機能を停止したそれは、ただの“物体”に戻っていた。乾いた風が砂を撫で、崩れ落ちた機械兵の残骸の周囲をゆっくりと流れていく。戦闘の熱はすでに冷めきり、荒野には不釣り合いなほどの静けさが広がっていた。その静寂を破るように、間の抜けた声が落ちる。

 

「おぉ」

 

ナガンはすでにスコープから目を離し、いつの間にか立ち上がっていた。ついさっきまで、あの距離から正確に弱点を撃ち抜いていた男とは思えないほど、気の抜けた調子でドロップ品を確認している。

 

戦場の緊張とは無関係な、その無防備な喜び方に、シノンはわずかに目を細めた。ナガンの手にあるのは、今回の報酬――「RSh-12」。視線が自然とそこに引き寄せられる。大型リボルバー。だが、“大型”という言葉では到底足りない。拳銃という枠に押し込めるには異質すぎるサイズと存在感。

 

握るだけで腕に負担がかかりそうな重量。それをナガンは、まるで日常的に扱ってきた道具のように手にしている。

 

 

ShAK-12と同系統の弾薬。対人用途としては明らかに過剰火力。むしろ、対人に使うこと自体を躊躇うレベルの代物だ。そして厄介なのはそれが現実に存在していた銃であるという点だった。

 

ある時期を境に情報がほとんど出回らなくなったが、古いミリタリー系ゲームではたびたび登場していた。知識としては知っている。だが――

 

(……実物は初めて見たわ)

 

それが率直な感想だった。拳銃というカテゴリに収まっていること自体が、どこか歪んでいる。シノンは以前ナガンを探していた際に、彼のプロフィールから装備一覧を覗いたことがある。そこに並んでいたのは――

 

(……どれも癖が強いってレベルじゃないのよ)

 

レアな銃。扱い手を選ぶ極端な性能の武器。あるいは、実用性よりも何か別の基準で選ばれているような代物。

 

(……また変なの増やしたわね)

 

ため息が出そうになる。ナガンはその重量を確かめるように軽く振り、シリンダーを開いて装填の感触を確かめる。ほんのわずかに手首でバランスを取る。

 

その一連の動作に、無駄がない。

 

(……なんでよ)

 

シノンは眉を寄せる。ただの銃好きの動きではない。扱いに慣れているというより、“理解している”動きだった。初めて手にしたはずの武器を、最初から使いこなす前提で触れている。どこに癖があり、どこで制御すべきかを既に把握しているかのような手つき。その違和感が妙に引っかかる。

 

そして――少しだけ癪に障る。

 

「てか、本当に貰っていいのかシノン?」

 

ナガンが振り返るといつも通りの、あっさりした調子でシノンは肩をすくめる。

 

「えぇ。報酬は譲るって言ったでしょ。……それに」

 

一瞬だけ言葉を区切り視線はナガンの手元のリボルバーへ。

 

「私は、あんたの狙撃見れて満足よ」

 

淡々とした言い方だった。だが、それは紛れもない本音だった。ナガンは「そうか」とだけ返し、再び手元の銃へと視線を落とす。

 

それ以上のやり取りはない。だがシノンは、わずかに視線を外しながら思う。

 

(……やっぱり、変なやつ)

 

呆れに近い感情。だがその奥に、ほんの僅かな興味が混じっていることに、まだ自分では気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

シノンは言うかどうかほんの一瞬だけ迷った。けれど、その迷いはすぐに消えた。聞かない理由がない。

 

「ねぇ」

 

声は抑えたままそれでもこの静けさの中でははっきりと響いた。彼がわずかに視線だけを寄越す。顔は向けない。だが意識は向いている。それが分かる程度には反応が自然だった。

 

「ん?」

 

「……どうやったら、そこまで当てられるの?」

 

遠回しにしても意味がない。欲しいのは感想じゃなくて答えだ。彼は一瞬だけ困惑した。シノンも狙撃手だ。だからこそ分かる部分もある。風、距離、射角、重力、自転、気温、タイミング。そういう要素が絡み合って結果が出ることも理解している。しかし彼はシノンの理解を超えている。

 

そんな彼の表情は、“驚いた”というより“何を聞かれているのか測っている”ようなものだった。それから、何でもないことのように口を開く。

 

「練習」

 

あっさりとした一言だった。あまりにも簡単で、あまりにも軽い。まるで今の一撃が、特別な技術でも何でもなく、ただの反復の結果でしかないと言い切るような声音。

 

シノンの眉が、ぴくりと動く。

 

(……それだけ?)

 

言葉には出さない。けれどその疑問は隠しきれず、表情に滲む。ほんのわずかな変化のはずなのに、今この距離では十分すぎるほど伝わる。

 

悠也はその変化に気づいたのか、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

そして――

 

(……ふっ、これ言ってみたかったやつ)

 

内心で、そんなことを思う。フィンランド人の伝説的スナイパーが残した言葉。“練習だ”。それを一度くらいこういう場面で使ってみたかっただけであり、深い意味はない。

 

本当に軽い冗談のつもりだった……だったのだが。何気なく視線を戻した瞬間シノンと、真正面から目が合った。

 

「……」

 

無言。

 

ただじっと見ている。逃げ場のない視線だった。怒鳴っているわけでも、露骨に表情を歪めているわけでもない。それなのに、その沈黙のほうがよほど圧がある。

 

「……」

 

数秒。

 

短いはずの時間が、やけに長く感じる。周囲の音が一瞬遠のいたような感覚。砂の流れる音さえ、妙に意識に引っかかる。空気がわずかに張る。悠也は、その圧にようやく気づく。

 

(……あ、やべ)

 

遅い。

 

完全に遅い。

 

シノンの目は、明らかに“納得してない”どころじゃない。もっと直接的な苛立ちに近い何かがそこにある。

 

「……何それ」

 

低い声。

 

抑えられているが鋭い。静かに、しかし確実に刺してくる響き。

 

「それで終わり?」

 

シノンは一歩踏み込む。距離はほんのわずかに縮まっただけ。それなのに、その一歩がやけに重く感じる。逃げ場を塞がれたような錯覚すらある。彼は小さく息を吐いた。言い訳を考えるより先に、答えは出ていた。

 

「……悪かった」

 

短く謝る。軽く流すでもなく、冗談で誤魔化すでもない。ちゃんとした謝罪だった。その一言に、シノンはわずかに言葉を止める。予想外だったのかもしれない。軽口で返されるか、はぐらかされるか――どちらかだと思っていた可能性が高い。

 

けれど、視線は外さない。

 

「何が」

 

問い返す。

 

その声音にはまだ棘が残っているが、先ほどよりはわずかに温度が落ちている。

 

「今のは雑だった」

 

率直に言い、変に取り繕わず言葉を選びすぎない。ただ、事実だけを置く。

 

「“練習”で片付ける話じゃねぇよな」

 

一拍置く。ほんのわずかに視線を逸らしてから、続ける。

 

「悪い、説明向いてねぇんだわ」

 

自嘲気味でもなく、開き直りでもない。ただの認識としての言葉だった。シノンはその言葉を受け止めて、ほんのわずかに息を吐く。胸の奥に引っかかっていたものが、完全ではないにせよ、少しだけほどける。

 

「知ってる」

 

即答だった。けれど、その一言で空気が少し変わる。さっきまでの張り詰めた緊張が、ほんのわずかに緩む。完全に解けたわけじゃない。でも、ぶつかる直前の硬さは消えている。

 

「とは言っても結局数こなすのが一番だよな。俺も学校忙しくなるまで毎日やらされてたし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽつりと付け加えられたその一言が、妙に引っかかった。あまりにも軽い言い方。だけど、その中身は軽くない。絶対に軽くない。

 

 

「……やらされてた?」

 

気づけば、私は自然と聞き返していた。声は低く、でも意識して抑えたトーンだった。

 

「ああ、GGOが発売されて1週間だった頃かな」

 

その答えに一瞬だけ思考が止まる。GGOは今年に発売されたばかりで、まだ一年も経っていない。それに、“遊び”としてではないニュアンスが、もうこの時点で透けて見える。ナガンは特に隠す様子もなく、淡々と話を続ける。

 

「俺の祖父、フィンランド人の元狙撃手でさ。親父も現役で自衛隊の狙撃手やってて」

 

……なるほどと思わず、納得してしまう自分がいる。軽く言ってるけど、それは十分すぎる理由だ。元スナイパーの祖父と現役の狙撃手の父親。

 

私は短く「へぇ……」とだけ返す。

 

それ以上は言わない。視線は逸らさず、自然に続きを促すように向ける。ナガンは私の反応を気にすることもなく淡々と話を進める。

 

「俺、ガキの頃から銃とか好きでCoDとかBattlefieldとか色々やってたんよ。役職はスナイパー。そこそこチーム内で頼られてはいたな。FPS以外にもバイオとかフロムゲーとかしてたぞ」

 

……CoD、Battlefield

 

懐かしい名前だった。現実の銃を模したゲーム。反動も風もほとんど再現されていない、いわば“簡略化された戦場”。それでも、基礎的な感覚――照準を合わせる、撃つタイミングを測る、そういう部分は確かに養われる。

 

「で、あのジジイが俺のゲームの腕を見て、光るモノがあったかは知らないけどさ」

 

その笑いは、過去を振り返るためだけの力の抜けた笑いだ。

 

「老後の暇つぶしにやってたGGOに俺を誘ったんよ。わざわざ俺用にアミュスフィアとソフトを買って。今考えたらそん時は結構ゴタついてたのによう誘ったなと思ったわ。まぁ俺が言えたもんじゃないけど」

 

その光景が頭に浮かぶ。年配の男が、不器用に最新機器を扱い、孫と同じ世界に立とうとする姿。孫と過去の自分を重ねているような、ぎこちなくも温かい光景。

 

「VRなんて無かった世代だし、孫と遊ぶついでにって感じだな」

 

……遊ぶ。その言葉にわずかに違和感が残る。

 

「……遊ぶ、ね」

 

無意識に口に出していた。ナガンは即座に否定する。

 

「いや、あれは遊びじゃないわ。普通に地獄だった」

 

その言葉に、私の視線が少しだけ鋭くなる。軽く言ってるけど、それは“軽い経験”じゃない。

 

(やっぱり....)

 

「意味分かんねぇ距離から当てろとか、風読めとか、長時間同じ姿勢でいろとか、自転考慮しろとか、外したらやり直しとか……おまけにナイフの近接戦も仕込まれたな」

 

淡々と並べられる言葉。でも、その一つ一つが現実的で、生々しい。

 

距離

姿勢

自転

再試行

 

どれも狙撃の本質。でも――それを“やらされる側”で、しかも逃げ場なく続けるのは、全く別の話だ。

 

「で、たまに親父が帰ってきたらさ、今度はそっちが混じってくるわけ。構えがどうとか、タイミングがどうとか、余計なこと教えてくるし」

 

余計なこと、なんて言ってるけどそれは全部、“必要なこと”だ。祖父の実戦寄りの感覚と父親の体系的な技術とそれを同時に叩き込まれる。

 

……普通じゃない。明らかに、並大抵の努力では辿り着けないレベルだ。

 

「ずっと付き合わされてたら、まあ……気づいたら、こうなってた。と言っても最近はリアルが忙しくてやれなかったけどな」

 

 

あいつは、本当に何でもないことみたいに言う。肩の力を抜いたまま、特別でも何でもない日常の延長みたいに。でも、『そのこうなった』の中身がどれだけ重いかくらい、私にだって分かる。

 

(……軽く言いすぎでしょ)

 

積み重ねの量が違う。それだけじゃない。積み重ね方が、普通じゃない。

 

気温、距離、風、姿勢、精度。

 

 

一つ一つを削って、削って、削りきって――ようやく辿り着く領域。それを“気づいたら”で済ませるのは、さすがに反則だ。

 

「まぁ遺伝もあるだろうな。ここまでスナイパー、一家なら多少は向いてたんだろ」

 

軽く笑いながら、そんなことまで言う。冗談っぽい口調でも完全に否定できない現実。私は何も言わず、頭の中で整理する。

 

環境。

経験。

反復。

そして、素質。

 

 

全部揃ってる。ここまで条件が揃えば強くなるのは当然だ。むしろ、ならない方が不自然ですらある。

 

(……納得はできる)

 

理屈としては、これ以上ないくらい分かりやすい。でも同時に思う。

 

(普通はそこまでやらない)

 

やれる環境があること自体がまず少数派だし、仮にあったとしても、それを“やり続ける”人間はさらに少ない。やらされる側で、逃げ場もなく結果も求められて、それでも続ける。普通ならどこかで折れる。でも逃げなかった。

 

その結果が――今、隣にいる“ナガン”だ。

 

(……そりゃ、当てるわよね)

 

あの精度。

あの迷いのなさ。

あの距離感。

 

全部、理由がある。

全部、積み重ねの結果だ。

 

でも、

 

(全員が、あそこまで行けるわけじゃない)

 

同じことをやったとしても、同じ場所に辿り着けるとは限らない。そこには確実に、“それだけじゃない何か”がある。

 

言葉にできないナニカ。でも、確実に存在してる差。

 

私はゆっくりと息を吐く。胸の奥に溜まっていた、言葉にならない感覚を吐き出すみたいに。視線を少しだけ外すと、風が砂を巻き上げていた。乾いた地面を撫でるように流れて、足元で小さく踊る。

 

その動きが妙にゆっくり見えて、一瞬だけ、時間が止まったみたいな感覚になる。

 

「……いい環境ね」

 

ぽつりと、呟く。

 

自分でも分かってる。これは半分は本音で、半分は皮肉だ。あれだけ揃っていれば強くなるのは当然。でも、それを“いい”の一言で片付けるには、あまりにも重い。

 

楽じゃない。むしろ、きつい側の環境だ。

 

それでも――

 

(結果として、あそこにいる)

 

それが全てであり、ナガンは軽く笑った。

 

「恨みもあるけどな。無茶振りばっかだったし」

 

その言い方は、文句のはずなのに妙に柔らかい。本気で嫌っているわけじゃない。かといって、全面的に肯定してるわけでもない。少しだけ距離を置いた、でも完全には切り離していない、そんな温度。私はその横顔をちらりと見る。

 

 

 

 

 

 

(じゃあ———私は)

 

同じ過去はない。

 

同じ環境もない。

 

同じ才能もない。

 

 

 

 

 

どうすれば.....そこに届くの?

 

 

 

 

 

その答えはまだ出てこなかった。

 

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