名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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ゲーマーなんだから、仲良くプレイしろ

夜の帳が降りた恵比寿ガーデンプレイスは、イベント開始を待ちわびるプレイヤーの熱気と、直前に漂い始めた異様な緊張感で騒然としていた。

 

「なんとか間に合ったわ!」

 

ニンジャから飛び降りた詩乃が周囲を見回す。悠也はヘルメットを乱暴に脱ぐ。

 

「急ごう!」

 

二人は人混みを縫うように駆け抜け、広場の一角でキリトと合流する。だが、その足取りは直後に止まった。広場の上空、本来なら愛らしい妖精ペットのピナがいるはずの場所に、異様な影が浮かんでいたからだ。

 

「あれって……シリカのピナ?」

 

詩乃の呟きに、悠也も眉をひそめる。確かにその姿はシリカの相棒である小さな竜に似ていた。しかし、その輝きは禍々しい。

 

「なんか変だぞ....?」

 

悠也の言葉が届くか届かないかのうちに、その小竜は苦悶の声を上げるように姿を変えた。可愛らしい羽根は硬質な鱗に覆われ、瞬く間に赤銅色に輝く巨大なドラゴンへと変貌を遂げる。突如出現したボスモンスターに、広場が悲鳴に包まれた。

 

『パパ!悠也さん!詩乃さん!あれは、アインクラッド第91層のボスに予定されていた『ドルゼル・ザ・カオスドレイク』という名のモンスターです!』

 

ユイの悲鳴のような警告が響く。 

 

「91層!?」

 

キリトが愕然と声を上げる。未踏破の階層のデータが現実の恵比寿に降臨していた。

 

「急ぎましょう!」

 

詩乃が叫び、三人は広場へと続く階段へ向かった。しかし、そこは観客と突然のモンスター出現にパニックを起こして逃げ出すプレイヤーたちで完全に封鎖されていた。人波が壁となり、一歩も進めない。

 

「多すぎる!」

 

キリトが苛立ちを見せる。このままでは現場にたどり着く前に手遅れになる。だが、悠也は迷わなかった。

 

「しゃぁねぇ!」

 

悠也は手すりに足をかけ、躊躇なく階下の広場へと身を投げた。落下する重力に身を任せ、着地時に回転を加える。ぶっつけ本番でやってみたが案外上手くいくものだと悠也は感じた。

 

続いて、キリトが軽やかに手すりを飛び越えて悠也の横に並ぶ。詩乃は高台から悠也を見下ろすと、その高さに一瞬だけ戸惑う。だが、悠也が下で両腕を広げて合図を送るのを見て、彼女は躊躇いを捨てて手すりから跳んだ。

 

風を切って降下してきた詩乃の身体を、悠也が正確に受け止め二人の体勢が崩れることはない。着地の衝撃を体幹で制御し、悠也はそのまま彼女を下ろす。

 

「行こう!シリカ達を助けるんだ!」

 

目の前には赤い鱗を逆立てて咆哮するドルゼルが、広場を蹂躙しようと牙を剥いていた。キリトの背中には、覚悟を決めた二人が続く。夜の恵比寿が、再び戦場へと変貌した。

 

悠也は広場を駆けるその一歩一歩で、愛銃《リデンプション》を右太もものホルダーから引き抜いた。中折れ式の薬室を一瞬で確認し、装填された.30-06弾が鈍い光を放つのを見て取る。彼は迷わず銃口を跳ね上げ、ドルゼルの堅牢な頭部を目掛けて引き金を絞った。

 

大口径弾が空気を切り裂く衝撃音と共にボスの右眼付近に着弾。91層のボスという規格外の耐久値を持つカオスドレイクといえど、貫通性能を宿した凶弾は深々と食い込み、赤銅色の鱗を砕く。だが、ドルゼルは咆哮を上げるだけで倒れず、その異様な眼光を一点――震えすくむシリカに向けて放ち続けた。

 

「ヘイトが固定されてる……!?ボスのターゲット設定が弄られてるのか!?」

 

悠也が二発目のリデンプションを撃ち込み、詩乃も精密な狙撃を浴びせる。しかし、ボスは悠也たちの攻撃を完全無視し、シリカへと一直線に突進していく。その視界の端に冷ややかな笑みを浮かべる男、エイジの影が見えた。あろうことか、ぶつかってしまったシリカの肩を激しく突き飛ばしたのだ。

 

「ッ、シリカ!」

 

シリカはアスファルトの上に尻もちをつく。逃げ場を失ったシリカに、ドルゼルの巨大な鉤爪が振り下ろされようとしたその瞬間、

 

「シリカちゃん!!」

 

アスナがその身を投げ出した。レイピアを振るう隙もなかった。ドルゼルの重厚な一撃がアスナの細い身体を直撃する。凄まじい衝撃音と共に、アスナは糸が切れた人形のようにゆっくりと地面へと崩れ落ちた。

 

「アスナッ!!」

 

キリトの悲痛な叫びが広場に木霊する。悠也は自身の右腕を激しく痺れさせながらも、反動を無理やりねじ伏せて着地し、アスナの元へ全力で駆け出した。

 

キリトがアスナの身体を抱き寄せ、その瞳には凍りつくような怒りと絶望が宿る。シリカは顔を真っ青にしてその場に凍りつき、詩乃もまた、信じられないものを見るような目で見つめていた。

 

アインクラッドの悪夢が今まさに、現実の恵比寿で再現されようとしていた。

 

アスナが地面に崩れ落ちキリトの視界が赤に染まった。彼は反射的に倒れたアスナの元へ駆け寄ろうとしたが、その目前で冷酷な嘲笑を浮かべるエイジの姿が立ちはだかった。

 

「……お前! アスナに何を……!」

 

キリトが怒りに震える声を絞り出した瞬間、エイジは音もなく動き出した。その手には鋭利な剣が握られ、キリトの首筋を一閃する軌道を描く――その直後だった。

 

まるで空間そのものを叩き壊したかのような、重低音の衝撃がガーデンプレイスの広場を支配した。エイジの剣が、無様に空中に弾き飛ばされる。

 

「っ!?」

 

エイジが驚愕に目を見開いた。視線の先、彼の死角となっていた位置から、悠也が冷徹な眼差しで《リデンプション》を突き出している。そして、詩乃もエイジに正確に狙いを定めようと行動している。しかもエイジは悠也に意識を向けている為、気づかれていない。

 

今しがた放たれた大口径弾は、エイジが剣を振るった右手首をピンポイントで打ち抜いていた。現実であれば骨が砕け散っているであろう衝撃が、オーディナル・スケールのシステムを通じて、エイジの右手に壮絶なダメージとしてフィードバックされる。

 

「真下……悠也……!」 

 

エイジが忌々しげに唇を噛む。その瞳には、計画を邪魔された苛立ちが渦巻いていた。しかし、悠也は怯むどころか、冷めた動作で薬室を開放し、薬莢を弾き出すと、流れるような手つきで新たな弾を込めた。

 

銃身を閉じる金属音が、冷酷な宣告のように響く。彼は不敵な笑みを浮かべ、圧倒的な威圧感でエイジを見下ろした。

 

「動くなよ。動いたら、今度は頭を撃つ」

 

「なるほど……やはり貴方は厄介なプレイヤーだ...!」

 

エイジは震える右手を隠すように下げ、低く呟いた。《リデンプション》を扱うプレイヤーは他にも存在する。だが、大口径弾仕様の反動という「呪い」を完璧に制御し、戦術の核として使いこなす者は悠也以外には存在しない。

 

秋葉原UDXでの戦いを見ていれば、その狂気的な習熟度は明らかだった。油断などしていなかった。それでも、彼の出力は常に自分の想定を上回ってくる。悠也は銃口をミリ単位の狂いもなくエイジの眉間へと固定した。その瞳に迷いはない。

 

「ゲーマーなんだから、仲良くプレイしろよな……もっとも、テメェみたいな奴と仲良くする人なんざ、この世に一人もいねぇと思うけどな」

 

その言葉がエイジの内に秘められた何かに触れたのか。冷徹さを装っていた彼の仮面が、一瞬で剥がれ落ちた。エイジは人間離れした速度で地を蹴り、悠也の懐へと飛び込んだ。銃口を向ける間も与えず、強烈な左拳が悠也の腹部に突き刺さる。

 

「――がッ!」

 

胃の中身が喉までせり上がるほどの強烈な衝撃が悠也の腹部を襲う。エイジの拳が深くめり込み、内臓が悲鳴を上げた。

 

「どうした? 頭は狙わないのか?」

 

エイジは口の端を歪め嘲るように囁く。しかし、悠也は意識が朦朧とする中でも強靭な体幹を維持し、突き出されたエイジの腕を万力のように力強く掴み上げた....しかし

 

(コイツ……どんなパワーしてんだよ....!?)

 

思考すら震えるほどの膂力だった。悠也が死に物狂いで掴みかかっていても、拘束を維持できるのはせいぜい5秒と言ったところ。エイジの怪力に押され、悠也の足がアスファルトを削り、じりじりと後方へ押し込まれていく。

 

「そっちこそ……忘れたのか? 狙撃手ってのは、位置取りの....スペシャリストなんだぜ……」

 

悠也が歯を食いしばりながら言い放つが、これは単なる負け惜しみではない。エイジはふと、悠也の相棒である詩乃の姿がないことに気づく。鋭い視線で一瞬後ろを警戒するが、そこには狙撃手の影など微塵も感じられない。悠也の言葉を虚勢だと断定したエイジは、嘲笑と共に追撃へ転じる。

 

拳をさらに深くねじ込み悠也を力任せに殴り飛ばした。しかし、悠也は殴り飛ばされるその刹那、残された力で《リデンプション》の銃口をエイジの額へと突きつけた。

 

「くたばれっ!」

 

放たれた一発。だがエイジは、まるで弾道が最初から見えているかのように顔をわずかに傾け、銃弾を紙一重で回避する。その回避の余韻も冷めやらぬ瞬間だった――。

 

空気を切り裂く高音と共に、隠れ潜んでいた詩乃の正確無比な光線弾が、エイジの額を容赦なく射抜いた。悠也の身体は背後へ大きく弾き飛ばされ、地面に叩きつけられたが彼はその反動を殺さず、瞬時に受け身を取って立ち上がり、すぐにリロードを始める。

 

システム上の演算ダメージに加え、ヘッドショットによる強制的なノックバックが絶対的な支配権を握っていたはずのエイジの自由を一瞬にして奪い去った。エイジの恨めしい声が広場に響く。悠也は口元を拭い、荒い息を吐きながらも不敵に笑った。

 

「ゲホッ……ハッ! しっかり効いてるじゃねぇか!」

 

狙撃手は位置取りのスペシャリスト。それは決して嘘ではない。エイジは悠也の言葉に惑わされ背後ばかりを警戒していたが、詩乃の銃口は最初から、逃げ場のない正面からエイジを捉えていた。

 

エイジが悠也の一撃を回避し、思考がわずかに「避けた」という安堵に緩んだ――その一瞬の隙。そこが、詩乃にとっての絶対的な狙撃ポイントだったのだ。

 

「....敵の言葉を簡単に信じるからこうなるんだよ....そんなんだから、お前は2位のままなんじゃねぇの?」

 

悠也の挑発にエイジの表情が怒りで歪んだ。獣のような咆哮を上げて悠也へと突進する。その凄まじい踏み込みに合わせて、詩乃の狙撃銃《アドバンサー》が火を噴いた。だがエイジは肉眼の反応速度を逸脱した反射神経で、弾道を完璧に見切り、紙一重で回避する。だが、悠也にとってそれは想定内の事象だった。

 

彼もまた疾走し、エイジの足元――その進撃の軌道そのものへ向けて、《リデンプション》のトリガーを絞り込む。狙いはエイジではなく、環境への干渉だ。大口径弾がアスファルトを砕き、凄まじい轟音と共にコンクリートの破片と砂塵をエフェクトとして広場にぶちまけた。

 

不意の視界遮断と足場の崩落。どんなに反射神経が優れていても、目の前に迫る破片の雨には、人間は本能的に目をつぶり身体を硬直させてしまう。その刹那、詩乃の追撃が飛来した。狙いはあえての胴体。

 

回避を強要される進路を完全に塞ぐ「詰み」の一撃。エイジはそれすら、反射的な回避するが、無理な体勢から避けた為、制動をかけるしかなかった。悠也はその「停止」を逃さない。限界を超えた瞬発力で地を蹴り、舞い上がる砂塵を切り裂き、風のごとき速さでエイジの懐へと滑り込む。

 

最小限の動作でくるりと背後に回り込み、リロードを終えたばかりの熱い銃身がエイジの後頭部を捉え、引き金が絞られる。

 

「ジャックポット!!」

 

至近距離で叩き込まれた大口径弾は特大のクリティカルエフェクトを広場に炸裂させ、その衝撃波は周囲の空気を歪ませる。その光景を目にしたプレイヤーたちの網膜に刻み込まれるような鮮烈な閃光が焼き付けられた。エイジの身体はなす術もなく前方へと吹き飛ばされ、広場のアスファルトの上を、まるで泥人形のように何度も無様に転がった。

 

「ゲホッ...ガハッ...言ったろ....動いたら頭撃つってな!!」

 

「貴様ァ....!」

 

周囲にいたプレイヤーたちは、あまりの光景と圧倒的な殺気に息を呑み、金縛りにあったかのように立ち尽くすことしかできない。硝煙が静かに立ち込める中、悠也は銃口を下げず、中折れさせた銃身を開放した。硬質な音が響き、薬室から排出した熱い薬莢が地面に落ちる。それはチリチリと乾いた音を立てて転がり、冷え切った戦場に小さな痕跡を刻んだ。

 

悠也の肩は激しく上下し、その息は荒かった。だが彼の瞳に宿る光はエイジを射抜いている。張り詰めた緊張感の中、キリトが一気に間合いを詰める。だが、エイジは先ほど銃撃を受けたはずにもかかわらず、その一撃をバク転で鮮やかに回避した。

 

そこへ騒ぎを聞きつけたリズベットやシリカたちが援護に駆けつける。戦況は一気にプレイヤー側の優位に傾きかけた――が、非情な警告が音を鳴らした。

 

『残念〜!』

 

ユナの合図と共に、ボスとエイジの身体が煙と共に輪郭をぼかし始める。彼は忌々しげに悠也を睨みつけると、そのまま人混みの向こうへと溶け込むように姿を消した。

 

「くそっ……逃げたか!」

 

キリトが叫ぶが、もう追撃の術はない。広場には、ただ激しい戦闘の余韻だけが冷たく漂っていた。悠也にエイジの拳を腹部に受けた衝撃が、アドレナリンの低下と共に、まるで遅れてきた罰のように内臓を突き上げる。

 

「……ッ」

 

胃の奥底に突き刺さるような鋭い鈍痛。リデンプションを握り直して何とか踏みとどまろうとしたが、悠也の意識がぐらりと揺れる。

 

「悠也!」

 

その光景を見て誰よりも早く動いたのは詩乃だった。彼女が悠也の肩を支え、ゆっくりと地面へと降ろす。普段の冷静な仮面など微塵もなく、詩乃の瞳にはただ純粋な焦燥と、それ以上に深い不安が浮かんでいた。

 

「バカな真似して……!あんなやり方、正気なの!?」

  

自分を囮にし、詩乃の狙撃ルートを通すための即興の作戦。しかし、その代償はあまりにも大きかった。詩乃の手が、痛みに歪む悠也の腹部を恐る恐る探る。悠也は荒い呼吸を整えながら、支えてくれる詩乃の肩に額を預けた。

 

「へっ……おかげで、あの野郎を追い詰めた」

 

「笑い事じゃないわよ!」

 

詩乃の怒鳴り声は、今にも泣き出しそうなほど震えていた。彼女は悠也の頬を掌で包み込み、その瞳をじっと覗き込む。

 

「二度とあんな危ない賭けはしないで……!本当に無茶ばかりするんだから....!」

 

詩乃の温かな掌の感触と掠れた声に含まれる微かな震えに、悠也は胸の奥が締め付けられるのを感じた。痛みで霞んでいた視界の中で、彼女の心配げな表情がやけに鮮明に映る。

 

「……悪かった」

 

詩乃は少しだけ溜息をつくと、安心したように身体の力を緩め悠也を支える腕に優しく力を込めた。夜の恵比寿の空の下、二人の鼓動が少しずつ、静かなリズムへと戻っていった。

 




オーディナルスケールもいよいよ終盤に入り始めました。

悠也がエイジの背後を取る描写は、バイオ9のフィニッシュアタックをオマージュしてます。

完結したんですけど書いて欲しいネタありますか?

  • 詩乃とのイチャコラ
  • アンダーワールド編
  • AGGOのキャラ達とのクロスオーバー
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