付き合い始めてから、すでにそれなりの年月が流れていた。イベントをいくつか一緒に越えていく中で、二人の間には言葉にしなくても分かる確かな絆と、穏やかな日常が築かれていた。
しかしある日の夜、自室のベッドに寝転がりながら、悠也はふと天を仰いで固まった。
「待てよ....俺、今まで詩乃にちゃんとしたプレゼントの類を、何か渡したか……?」
思い返してみれば、普段の何気ない時期や、記念日でもないタイミングで「これ」というものを贈ったことがほとんどない。
デートの代金をどちらか一方が極端に払わないようにしたり、それなりに気は遣ってきたつもりだったが、改めて「彼氏としてのサプライズや贈り物」を振り返ったとき、悠也の背筋に冷たいものが走った。
「これ、彼氏として相当マズいんじゃねえのか……?」
気づいてしまったが最後、冷や汗が止まらなかった。明日からさっそく、何か最高の一品を見つけ出さなければ男がすたる。翌日の放課後、悠也の「プレゼント探し奔走劇」の幕が上がった。とはいえ、センスに絶大な自信があるわけでもない。
なにせ、詩乃と付き合う前は、銃や車が恋人でも良いとヤケクソになっていた男だ。そんな男にセンスなんてものは無い。
実用性やスペック、あるいは無骨な格好よさばかりを求めて生きてきた彼にとって、女性の心をときめかせるようなロマンチックな贈り物の基準など、霧のように掴みどころがなかった。
授業が終わるやいなや、悠也は愛車のエボⅩを走らせ、都会の大型デパートやおしゃれなセレクトショップが立ち並ぶエリアへと繰り出す。
授業のコマ次第で帰ることができるのが、大学生の強みというものだ。この平日の昼下がりという絶妙な時間帯であれば、高校生である詩乃とうっかり出くわしてしまうという、彼氏としてのプライドが音を立てて崩壊するような最悪の事態は確実に避けられる。
(よし、この時間なら絶対に詩乃にはバレない……!)
ハンドルを握る悠也の心の中は、任務を遂行するエージェントのような妙な緊張感と、サプライズを成功させたいという密かな意気込みで満ちていた。
エボⅩを地下駐車場に滑り込ませ、エンジンを切ると、彼はいよいよ本格的な戦場へと足を踏み入れる。周囲を歩くのは洗練されたファッションに身を包んだ人々や上品な雰囲気をまとった女性客ばかりだ。
無骨なミリタリーや車のパーツショップならいくらでも勝手が分かるが、このきらびやかな空間においては、百戦錬磨のGGOプレイヤーである悠也であってもアウェイ感を隠しきれなかった
「女性が喜ぶプレゼント、定番……アクセサリー、香水、あるいは小物……」
スマホの検索履歴を頼りに、ブランドのショップが並ぶフロアを一人、冷や汗を流しながらうろうろと歩き回る。ガラスケースの中にきらめくネックレスや指輪はどれも上品で美しいが、今の詩乃に本当に似合うのか、彼女が心の底から喜んでくれるのかを考え始めると、途端に足がすくんだ。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
洗練された笑顔を浮かべた店員に声をかけられ、悠也は反射的に数歩後ずさった。
「あ、えっと……ちょっと見ているだけで……」
コミュ障を発動しかけながら店を飛び出し、別の雑貨屋、また別のアクセサリーショップへと足を運ぶも決まらない。自分の優柔不断さに疲弊したため息だけが溜まっていた。
「くっ……」
路地裏のカフェのテラス席にぽつんと座り、アイスコーヒーを飲みながら悠也は頭を抱えた。 普段なら冷静な判断ができるはずなのに、「詩乃にこれを渡したらどう思うだろう」と考えれば考えるほど、選択肢が多すぎて迷宮に迷い込んでしまう。
(そうだ……詩乃の好みを思い出せ)
GGOでの戦闘スタイル、普段の私服のテイスト、愛読している本や、ふと口にしていた些細な言葉。頭の中で詩乃の記憶を一つ一つ紐解いていく。
派手すぎるものは好まない。かといって実用性一辺倒でも面白くない。彼女の凛とした美しさと、ふとした瞬間に見せる女の子らしい可愛らしさ、その両方を引き立てるようなもの――頭の中で理想の条件をこねくり回しながら、悠也は重いため息を吐き出した。
「こんな時、ヘカーテに聞ければ参考になるんだが……」
ふと、そんな弱音が脳裏をよぎる。GGOの中で詩乃の相棒として寄り添うヘカーテなら彼女の好みなんて悠也よりもよっぽど熟知しているに違いなかった。
だが次の瞬間、悠也は首を横に振る。
「いや、恋人である俺が選ばなければ……!」
自らを鼓舞し、再び気合を入れ直して新たな店へと足を向けようとしたその時、悠也の足がピタリと止まった。
(……待てよ?)
思考の片隅に引っかかったのは、いつも詩乃が愛してやまない相棒の名前だった。
(そういや、ヘカートⅡの由来ってギリシャ神話のヘカテーだったよな……)
気になってスマートフォンを取り出し、歩きながら素早く検索をかける。画面に表示された文字をスクロールしていくと、そこには魔術やら、冥界やら、中々に物騒で彼女の戦闘スタイルに似つかわしくない言葉が並んでいたが、ふと一つのワードに目が留まった。
――『月』の女神でもあると。
月。夜空に静かに、しかし圧倒的な存在感で輝く、神秘的な天体。GGOの荒野を照らす月であり、彼女の愛銃の名前の由来でもあるそのモチーフが、頭の中でカチリと音を立てて噛み合った。
「月か……いけるかも」
曇っていた悠也の視界が、一気に晴れ渡る。モチーフの方向性が決まったことで、迷いは消え去っていた。彼は頼もしい光を宿した瞳で周囲を見渡し、月の意匠を扱っていそうなアクセサリーショップを探して、再び足取りを軽く歩き出す。
「月をモチーフにしたアクセサリー、か……」
数分後、彼が足を踏み入れたのは、白を基調とした落ち着いた雰囲気の小さなジュエリーショップだった。大手のデパートの喧騒とは違い、店内には静かで洗練された空気が流れている。ガラスケースの中には、星や月をかたどった繊細なシルバーやゴールドのアクセサリーが上品に並んでいた。
普段、車や銃器のパーツばかり見てきた悠也にとっては少し気後れしそうな空間だったが、ガラス越しにディスプレイされた価格表示に目を走らせ、内心で小さく息を吐き出す。
(……これなら、今の俺でも払える額だ)
財布の中身や貯金を一瞬で全滅させるような桁違いの高級品ではなく、かといって安っぽさもない、背伸びしすぎない等身大の誠意が形にできる絶妙なラインだった。これなら気負わずに、それでいてしっかりと想いを伝えることができる。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
優しげな笑みを浮かべた女性スタッフに声をかけられ、先ほどまでなら冷や汗をかいていた悠也だが、今回ははっきりと目的地を見据えた目をしていた。
「あ、えっと……月をモチーフにしたネックレスか、何かペンダントを探してるんですが」
「月ですね....承知いたしました。こちらのケースにいくつか新作がございますよ」
スタッフに案内され、店の奥のガラスケースの前に立つ。そこに並んでいたのは、まさに悠也が思い描いていた通りの品々だった。
半月を象った細身のフレームに、夜空の深い青を閉じ込めたようなラピスラズリが埋め込まれたものや、細いチェーンの先に小ぶりな満月が静かに輝くシンプルなデザインのもの。
どれも美しかったが、悠也の視線はある一つのペンダントから離れなくなった。
(これなら....詩乃の首元によく似合うはずだ)
直感が告げている。悠也は迷うことなくそのペンダントを指差した。
「これを見せてもらえますか」
「かしこまりました」
スタッフが丁寧にケースから取り出し、ベルベットの小箱の上にそっと乗せる。間近で見ると、シルバーの繊細な彫金が光を反射して、まるで夜空に浮かぶ月の光のように美しくきらめいていた。
「……これにします」
迷いのない悠也の返事に、スタッフは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「大切な方への贈り物ですか? 素敵なチョイスですね」
照れくさそうに首元を掻きながらも、悠也の胸の内には、これを渡したときの詩乃の驚いた顔や、少しだけ照れた表情を想像するだけで、心地よい高鳴りが広がっていた。
丁寧にラッピングされた包みを受け取りショップを後にする。ポケットに忍ばせた小さな箱の重みを感じながら、悠也は愛車のエボⅩへと戻り、どう渡そうか考え始める。
(さて……これを、一体どうやって渡したもんか)
ただ普通に手渡すだけでは、せっかくのサプライズ味に欠ける。かといってドラマの主人公のようにキザなセリフを並べ立てるのは自分のキャラではない。運転席に座り、ステアリングに軽く突っ伏しながら、悠也は真剣に脳内シミュレーションを繰り返した。
家まで送る車の中で不意打ち的に渡すか、あるいは――。
「……よし、決めた」
心の中で小さく頷くと、悠也はエンジンを始動させ、そのまま詩乃に連絡を入れた。急な誘いではあったが、「ちょっと話したいことがあるから」というメッセージに、詩乃も二つ返事で了承してくれたのだ。
そうして迎えた当日。
待ち合わせの場所だった駅前のロータリーから少し離れた、静かな公園のベンチ。街灯の明かりがぽつんと二人を照らす中、悠也は緊張を隠すように軽く息を吐き出した。
「お待たせ、悠也。どうかしたの? そんなに急に呼び出して……」
少し不思議そうな顔をしながら近づいてきた詩乃の姿に、悠也はぐっと息を呑む。普段着でありながらもどこか品のある彼女の姿を見て、ポケットの中でしっかりと握りしめていた小さな包みの重みを改めて実感した。
「いや……お前にはいつも色々もらってばかりだったからさ」
「え?」
「これ、受け取ってくれ」
悠也が差し出したのは、上品にラッピングされた小さな小箱だった。突然のことに詩乃はわずかに目を丸くしそれからゆっくりとその箱を受け取る。リボンをほどき、フタを開けた瞬間、彼女の瞳が驚きで大きく揺れた。
中に収まっていたのは、三日月を抱くようにして寄り添う小さな星をデザインした、シルバーのペンダントトップだった。派手すぎず、しかし凛とした気高さを感じさせるその造形は、どこかGGOの荒野で月夜を背にスナイパーライフルを構える詩乃の姿を彷彿とさせるものがあった。
「これ……」
「月のモチーフが合うと思って選んだんだ。気に入ってくれるか?」
照れくさそうに頭を掻きながら言う悠也の顔を、詩乃は言葉を失ったように見つめていた。胸の奥が熱くなり、さっきまでの冷静さが嘘のように、目頭がじわりと熱を帯びるのを覚える。
「バカね、急になんの記念日でもないのに....」
そう言いながらも、詩乃の頬はみるみるうちに真っ赤に染まっていた。彼女は震える指先でペンダントをそっと取り出し、自分で首元へと回す。詩乃はスマホの画面を鏡がわりに首元を映し、それから照れくさいような、けれどこの上なく愛おしい笑みを浮かべて頷いた。
「うん.....すごく綺麗.....ありがとう、悠也」
満面の笑みでそう告げたあと、詩乃は周囲をチラリと伺い、誰も見ていないことを確かめると、スッと悠也の胸元に飛び込んできた。
「……詩乃?」
「……こういうサプライズは反則よ」
ギュッと服の裾を掴みながら、彼の胸に顔をうずめる詩乃。 夜風は少し冷たかったが、胸元で輝く月と星のペンダントと、そこから伝わってくる彼女の体温は、今世界で一番温かかった。悠也は優しく彼女の背中に手を回し、静かな夜の公園で、二人だけの穏やかな時間をいつまでも噛み締めていた。
活動報告の通り、次の連載は2週間後を目安にしています。
完結したんですけど書いて欲しいネタありますか?
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詩乃とのイチャコラ
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アンダーワールド編
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AGGOのキャラ達とのクロスオーバー