作戦区分上の「ソロ担当」
六月に入り、じめじめとした雨が降る日も増えてきた。世間一般であれば突然の雨に傘を奪われて気分が滅入ったり、湿気に悩まされたりするところだろう。だが、今の悠也にとって、そんな些細な日常の悩みなど海の向こうの出来事のようにどうでもよかった。しかし、別の意味で彼の命に関わる一大事が今まさに自室のベットの上で繰り広げられていた。
「……詩乃。悪かったから、その……無言で肩を絶妙な力加減で殴るの、やめてくれ....地味に痛いから」
「…………」
返事はない。ただ、一定のリズムで悠也の肩にコツ、コツと拳が落とされる。決して全力の暴力ではない。痛みを伴うがアザにはならない、絶妙に精神を削ってくる嫌がらせだ。
かれこれ五分ほど、この無言の制裁が続いていた。原因ははっきりしている。少し前に開催された第4回BoBに悠也が一緒に参加できなかったことだ。
よりによって大学の重要な行事とスケジュールが丸かぶりしてしまい、悠也は泣く泣くエントリーを断念せざるを得なかった。その結果、一人で参戦した詩乃は、『サトライザー』という圧倒的な強敵との一騎打ちの末、背後から首を絞められてK.O.されるという、彼女にとって非常に悔しく、ある種の屈辱的な敗北を喫したのである。
本来なら、その鬱憤はサトライザーに向けて発散されるべきものだった。だが、肝心のサトライザーが現れるわけでもなく、身近にいる頼れる彼氏はあの時、側にいなかった。
結果、行き場を失ったストレスと悔しさの矛先が、すべて目の前の悠也に向いたというわけだ。とはいえ、むくれて頬を膨らませている恋人の顔は、客観的に見ても驚くほど可愛い。もちろん、そんな感想を口にしたが最後、本当に首を絞められかねないので、悠也は命懸けで喉元まで出かかった言葉を飲み込んでいた。
決心した悠也は、少しだけ声のトーンを落として交渉を持ちかけた。
「……前、和人と一緒に行った喫茶店のチーズケーキ買ってきてやるからさ……?」
「……」
ピタリと、肩を叩く手が止まる。詩乃はスッと顔を上げ、じっと悠也の目を覗き込んだ。そして冷徹なハンターのような目でこう言い放つ。
「……2個」
「え?」
「チーズケーキ2個。それなら許してあげる」
詩乃が「2個食べたい」と所望しているその高級チーズケーキは、なんと一つあたり2000円もするシロモノだ。しかし彼に拒否権など無い。
「…………はい、喜んで」
引き攣るのを必死に抑えた笑顔でそう返すと、詩乃はふん、とわざとらしくそっぽを向いた。だが、その口元はわずかに緩んでおり、どこか満足げに腕を組んでベットに深く腰掛けている。そんな彼女のあからさまで可愛い機嫌の直し方に、悠也は心の中で盛大にため息をつきつつも、苦笑いを浮かべるのだった。
「それともう一つ、お願いがあるの……」
満足げに腕を組んでいた詩乃が、ふと思い出したようにスッと視線を悠也に戻した。
「まだ何かあるのか?」
「うん。実は....27日にアスナ達とスコードロンを組んで戦いたいの」
真剣な、しかしどこかワクワクとした目を悠也に向ける。最近、GGOのなかでも特に話題を集めている厄介なスコードロンがいるらしい。変則的で神出鬼没な戦い方をする彼らに、どうしても一度接触して戦闘を仕掛けてみたいのだと詩乃は言う。メンバーはアスナ、クライン、シリカ、リズベットの四人に、加勢としてキリトが加わる予定だとのことだった。
「だから、悠也にも協力して欲しいの」
「それは分かったが...俺か詩乃のどっちかがアスナ達のスコードロンに混ざった方がいいんじゃないか? てか……スコードロンって基本6人編成だよな? クライン達4人+キリトで5人……俺達どっちかで+1人.....1人余るぞ」
悠也が首を傾げると、詩乃はふっと含みのある、しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうなの……だからね? ……じゃんけんで負けた方は、ソロってことになるわ♡」
さらに、追い打ちをかけるように甘い声でこう付け加える。
「大丈夫よ、作戦上の区分で分かれるだけだから、近くにはいるし死ぬわけじゃないわ」
甘ったるい声でサラリとエグい提案をしてくる恋人の笑顔に、悠也は思わず引きつった。総力戦の最中に一人だけポツンとソロ戦域に放り出されるのがどれほど過酷か、GGOの荒野を生き抜いてきた彼には痛いほどよく分かる。連携が命のスコードロン戦で、単騎行動を強いられるのは実質的に死んでこいと言っているようなものだ。
「ふっ……上等だ。たとえ相手が詩乃でも、この勝負だけは負けられない……!」
「恨みっこ無しよ?」
ピリッと火花が散るような緊張感の中、二人は力強く向き合った。
「「最初はグー!じゃーんーけーん――ぽんっ!」」
息の合った掛け声とともに、二人の手がスパッと突き出される。
そして――悠也が出したチョキに対し詩乃が突き出したのはグー。見事、悠也は作戦区分上の「ソロ担当」に決定してしまったのだった。
「やった!」
「……マジかよ」
ガッツポーズを作る詩乃の眩しい笑顔とは裏腹に、悠也は遠い目をして自室の天井を仰ぐしかなかった。先ほどのチーズケーキ一件での4000円の痛手に続き、今度はVR空間での地獄行きが確定した彼の前途は、窓の外で降り続く梅雨の空模様よりも遥かにどんよりと曇りきっているのであった。
そして、迎えた6月27日。指定された時間に、GGOのロビーにはシリカ、クライン、そしてアスナたちの姿があった。それぞれが一通りの装備を整えていく中、アスナの手元を見た悠也は思わず二度見した。彼女が手にしていたのは突撃銃でも狙撃銃でもなく、小型の光源にハンドガンという構成だった。それはどこからどう見ても彼氏そっくりの変則的な装備だった。
(……これって、一応銃がメインのゲームだよな……弾丸切れるのが当たり前なのか?)
SAO出身者たちのブレない戦闘スタイルに、悠也は心の中で遠い目をしながらツッコミを入れる。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう」
そんな緊張感のない悠也の思考を他所に、詩乃がきりっとした表情でメンバーに向き合い、今回の作戦概要を説明し始めた。最近GGOで話題になっているその厄介なスコードロンは、移動中の孤立したターゲットを好んで狙う傾向があるらしい。
であれば、手っ取り早く接触するために、あえてこちらが「孤立した部隊」を装って餌になり、敵を誘き寄せて迎撃するという算段だった。
「じゃ、みんな車に乗りましょう。ただ、アスナとキリトはすぐに奇襲へ動けるようにジープの荷台の背後あたりに座って、この特製のカモフラージュ布で姿を隠しておいて。運転はクラインがお願いね。それと悠也は――分かってるわね?」
「分かった……」
詩乃の的確で容赦のない采配に、メンバーたちがテキパキと動き出す。 今回の作戦において、悠也の役割はキリトたちが交戦を開始した際の遠距離からのアシスト……つまり、あのじゃんけんで敗北を喫した彼に与えられた「ソロ担当」としての狙撃任務だ。そのため、作戦開始早々に彼は車から途中下車することが決定している。
もちろん、囮の網を張るために詩乃も車を降りて別動で展開することになっている。ジープのエンジン音が荒野の風に溶け込む中、それぞれの持ち場へと向かうメンバーの背中を見送りながら、悠也は愛用のシャイタックM200をしっかりと抱え直すのだった。クラインが操るジープが深い森の中をガタゴトと駆け抜けていく。その途中で詩乃の合図に従い、悠也は車から静かに飛び降りた。
足音を殺して木々の間を走り抜け、離れた位置からジープの軌跡を追従する。少し先では詩乃も車を降り、あたかも孤立して慌てているような小隊メンバーを思わせる絶妙な演技で移動していた。その芝居が見事に功を奏したのか。
「――来たわ」
詩乃を狙って、背後から影のように追ってきた敵プレイヤーたちの影が迫る。詩乃は計画通りに彼らをあらかじめ定めておいた見通しのいい窪地へと誘導し、まさに迎撃態勢に入ると見せかけて、一転してクラインの運転するジープを死角から激しく乱入させた。
「全自動種子島だぜぇ!!」
雄叫びを上げながら、クラインが片手でハンドルを握りつつ機関銃をぶっ放す。それに合わせてリズベットが「PK野郎ども、これでも喰らえ!」とスラッグ弾のショットガンを轟かせ、さらにシリカが――。
「うりゃりゃりゃりゃっ!」
ジープに搭載された大口径機関銃を小さな体で荒々しくぶっ放し、隠れていた岩盤ごと敵の掩蔽物を粉々に破壊していく。普段のALOや別のゲームとは一味違う、ヒリつくような銃撃戦の非日常性に、彼らはどこか生き生きとした表情を浮かべていた。
不意打ちを食らった追跡者側のプレイヤー3人は、冷静に道を引き返そうと身を翻す。しかし、それを逃がすはずもない。カモフラージュ用の布でジープの荷台に隠れていたアスナとキリトが、音もなくその姿を現して猛追をかける。川の近くへと追い詰められた敵が、あわてて銃を構えて迎え撃とうとしたその瞬間だった。
飛来するAKの銃弾の嵐を、キリトとアスナは信じられないほどの超人的な反射神経で次々と光の軌跡へと変えて斬り払っていく。銃弾を斬るという常軌を逸した光景の中、キリトが一瞬の隙を突き、プレイヤーの懐へと深く踏み込んだ。鮮烈な光を放つフォトンソードが闇夜を切り裂くように閃き、敵の前衛を鋭く両断する。
瞬く間に仲間を失い、残された2人の敵はライフルを構え冷静に態勢を立て直そうと銃口を向けたその瞬間――常識を外れた轟音を伴う乾いた爆音が、鬱蒼とした森の空気を一気に切り裂いた。木々の間に身を潜めていた悠也の愛銃、シャイタックM200が火を噴いたのだ。遠距離から放たれた大口径弾は、狙い違わず敵の頭部を正確に捉え、綺麗に吹き飛ばした。
「……まず1人」
冷徹な呟きを零しながら、悠也はスコープを覗いた姿勢のまま流れるような手際でボルトを力強く引き、カチャリと重い金属音を響かせて空薬莢を弾き飛ばし、即座に次の標的に十字線を合わせた。スコープの視界の先では、残る最後の敵が冷静に足元へスモークグレネードを投げ捨てて白煙の霧に紛れ、命からがら逃げ出そうとしていた。
(……俺を一人だけソロ送りにしやがった恨み……!)
脳裏に蘇る、あのじゃんけんの敗北。その小さなしかし本人にとっては重大な私怨をこれでもかとばかりに弾丸へと乗せ、悠也の指が引き金を絞る。スモークの煙幕が完全に周囲を覆い尽くすコンマ数秒のわずかな隙間、その確率の糸を縫うようにして弾丸は突き進んだ。
見事に逃走経路を先読みし、煙の奥で逃げ惑っていた敵のヘルメットごと頭部を正確に撃ち抜く。パインッ、とゲーム特有の電子的な消滅音が響き渡り、最後の一人が光の粒子となって消えていった。しかし、戦闘はそれで終わりではなかった。木々の深い森のどこかから、新たなスモークグレネードが放物線を描いて投げ込まれる。瞬く間に濃密な白煙が辺りを覆い隠し、視界を奪われたキリトやアスナたちは、迂闊に身動きが取れなくなった。
その煙の向こうで、エンジン音が唸りを上げる。近くにひっそりと停められていた敵の車両が、急発進して走り出したのだ。
「……逃がすかよ」
悠也はシャイタックM200を構え直し、鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、猛スピードで逃走を謀る車のドライバーへと照準を絞る。木々の枝、車の速度、距離、そして風向き――すべてのタイミングを緻密に脳内で計算し合わせる。
「……撃つ!」
乾いた大音響とともに銃弾が放たれ、見事に車のフロントガラスを貫通して運転手の頭部を撃ち落とした。だが、直後だった。ドライバーを失って制御を失うはずの車から、残された敵プレイヤーたちは微塵の慌ても見せず、極めて冷静にドアを開けて次々と飛び降り、瞬く間に森の闇へと身を翻して撤退していったのだ。
敵の目的は、最初からここで全滅させることでも、泥臭く抗戦することでもなかったかのように――
(……なんだ? 今の動きは……)
ただの交戦や局地戦というよりも、まるで悠也たちの戦力や反応速度を「測る」ための、テストのようだった。去っていく敵の背中を見送りながら、悠也の胸中には拭い去りがたい奇妙な違和感と、底知れない不気味さがいつまでも残る。
スコードロン戦を終え、GGOの首都――SBCグロッケンの喧騒に包まれた一角の酒場で一行は集まっていた。
「いや~……噂には聞いてたけど、ハードなゲームだな、GGOってのは?」
冷えたドリンクを片手に、クラインがしみじみとした口調で感想を漏らす。その言葉に、シリカやリズたちも「本当にね……」と大きく頷いた。
「でも、スリル満点で楽しかったです!」
シリカがパッと表情を輝かせてそう言うと、リズベットも「まあ、たまにはこういうドンパチも悪くないわよね」と笑う。一方で、クラインは苦笑しながら頭をかく。
「いや、それにしてもただ銃を当てるだけでも難しいぜ……俺なんてかすりもしなかったぞ....」
「そうそう。私なんて1人も敵倒せなかったからねぇ、悔しいことに」
リズベットが頬を膨らませてぼやくと、クラインが視線を巡らせてから口を開いた。
「そういえば、今回の一番のキル数稼ぎは……悠也か?」
「3人は確実にやれたな」
クラインの問いかけに、悠也はアイスレモンティーを飲みながら答えた。予測不能な敵の動きに翻弄されつつも、的確な後方支援でチームを救ったその実績に、酒場の一同は納得したようにうなずくしか無い。
しかし、詩乃の表情はどこか引き締まったままだった。
「……いくら自由にPKができるゲームだと言っても、あのスコードロンのやり方は異常だわ」
詩乃のその真剣な声に、悠也は、さっき戦ったスコードロンのプレイスタイルを思い出し、悠也がグラスをテーブルに置きながら指摘する。
「あいつら、グレネードやスモークをバカスカ使ってたが、あんな消耗品の使い方完全に赤字だぞ。しかも妙に手慣れてる」
「そうなのよね……」
悠也の分析に詩乃も険しい顔で頷く。かつてGGOで詩乃に出会う前、悠也はひたすら銃と弾薬を集めて回っていた時期があったが、グレネードをはじめとする特殊消耗品は馬鹿にならないほど高価であることを身をもって知っている。それを組織単位で浪費するなど、普通のプレイヤーの発想ではない。
「あいつらは現れるときはいつもあんな感じなのよ。フィールドで孤立しているスコードロンを的確に狙って、皆殺しにして……まるで、愉悦のための『狩り』をしているかのような戦法をとるのよ」
悠也の言葉に重ねるように、詩乃がこれまで自分たちが追ってきた被害スコードロンの傾向を説明する。そのあまりにも冷徹で得体の知れない敵の姿に、アスナはわずかに眉をひそめた。
「あの人たち、勝率100%って本当なの?」
「私の知る限りはね。だからこそ、とことん変則的なスタイルで戦う連中に、もしかしたら勝てるかもしれないって思って、みんなに協力してもらったんだけど……ごめん、私の作戦が少し甘かったわ」
悔しそうに拳を握る詩乃を見て、悠也はふっと柔らかい笑みを浮かべ、彼氏としてその肩に軽く手を置いた。
「気にするなよ。詩乃が一人で抱え込む必要はねぇよ、俺たちもついてるんだからな」
「悠也……」
甘い空気がふわりと漂いかけたその瞬間、詩乃はハッと我に返り、慌てて「コホン」と小さく息をついて姿勢を正した。
「……と、とにかく! みんな、今日は手伝ってくれて本当にありがとう」
詩乃のその言葉を合図に、酒場のあちこちで「お疲れ!」「また遊ぼうね!」と声が飛び、メンバーたちが次々とログアウトの光に包まれて消えていく。
「うん。それじゃ、しののん、私たちも――」
「あっ、アスナ。ちょっといいかな?」
ログアウトしようとしたアスナを、詩乃が引き止めるように声をかけた。
「実は、第5回BoBについて少し相談したいことがあって……」
詩乃が切り出したのは、次なる大会に向けた情報共有と作戦の提案だった。
「うーん……私は夕方からなら動けるから、場所はエギルさんの店でどうかな?」
「了解。詳しい相談内容は、この後メールしておくから読んでおいてくれる?」
手際よく話を進める彼女たちを横目に、悠也は自分の指をトントンと詩乃の肩に軽く叩いた。
「詩乃....俺は?」
置いてけぼりにされたような顔をする悠也に、詩乃はちらりと視線を向け、悪戯っぽく微笑んだ。
「悠也は、ログアウトしたら私の部屋に来て。そこでちゃんと説明してあげるから」
「……分かったよ」
苦笑しながら頷く悠也と、満足そうに頷く詩乃。仲間たちの笑い声が響く中、二人はそれぞれの現実へと戻るべく、次なる戦いへの準備を胸に秘めてログアウトボタンを押したのだった。
完結したんですけど書いて欲しいネタありますか?
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詩乃とのイチャコラ
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アンダーワールド編
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AGGOのキャラ達とのクロスオーバー