名前のない距離の隣で   作:レゾリューション

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今回少し長め



言葉にしなくても成立する距離

ナガンとシノンのバディは、当初の想定よりもずっと長く続いていた。互いに深入りするつもりはない。ただ利害が一致しているから組んでいる――その前提は変わらないはずだった。だが実際には、クエストを重ねるごとに連携は洗練され、無駄な言葉は減り、代わりに“分かる”領域が増えていく。

 

気づけば解消する理由が見当たらなくなっていた。ある時、何気ない雑談の流れで互いの年齢を知った。シノンは高校1年生。その事実を聞いた瞬間、ナガンはほんの僅かに眉を動かした。

 

(……マジで?)

 

内心ではそう呟いていたが、口には出さない。ただでさえ気が強く、あの射撃精度と判断力で高1というのは、普通に考えておかしい。むしろ「納得したくない」類の情報だった。

 

一方で、シノンの方もわずかに驚いていた。

 

ナガンは大学1年生。

 

年齢だけ見れば、ほんの数歳の差しかない。だが、立ち回りも思考も、もっと年上だと思っていた。少なくとも、“同年代”という感覚ではなかった。

 

(……22くらいかと思ってた)

 

そんな認識のズレがあったが、互いにそれ以上踏み込むことはなかった。関係はあくまで“バディ”のまま。その距離感が、逆に心地よかった。

 

 

雑多なプレイヤーの足音と、装備の起動音が混ざり合うロビー。金属音、電子音、誰かの短い指示、笑い声――雑音に近いそれらの中で、シノンはいつものように周囲へと意識を巡らせていた。

 

視線は流すだけ。だが拾い上げる情報は正確だ。装備の種類、構え方、重心の置き方、視線の癖。それらを無意識に分類し、戦闘前の準備として積み上げていく。

 

その最中――ふと、違和感が引っかかった。

 

(……あれ?)

 

ほんの小さなズレだが、見逃せない。いつもなら、意識せずとも視界に入っているはずの“形”がない。代わりにあるのは、似ているようで、どこか違うシルエット。

 

視線が自然と止まる。ナガンの手元にあるのは、見慣れた無骨なM24 SWSではなかった。銃身はわずかに長く、全体のラインは洗練されている。

 

ストックは調整機構が強化され、より現代的で、機能性を突き詰めた設計へと変わっている。一見すれば些細な違い。だが、銃というカテゴリにおいて、それは決して小さくない差だった。

 

(……M24じゃない)

 

そう認識した瞬間、シノンの思考は一段深く潜る。ナガンは、気まぐれで武器を変えるタイプではない。変えるときは必ず理由がある。彼には収集癖があるが実戦と分けている。

 

 

だからこそ、今この場でこの銃を持っている意味は軽くない。彼はその銃を、いつも通りの手つきで扱っていた。ボルトを引き、装填を確認し、軽く重心を調整する。

 

一つ一つの動作に迷いはない。

 

初めて触る武器に特有の“試す動き”が一切存在しない。まるで最初からそこにあったかのような自然さ。

 

(……慣れてる)

 

その違和感は確信へと変わる。新規装備でもなければ試験運用でもない。これは完全に、“使い込まれた武器”だ。

 

「……それ」

 

気づけば、声が出ていた。ナガンは顔を上げる。反応は薄いが、無視はしない。

 

「ん?」

 

「その銃」

 

シノンは視線を外さない。

 

「M24じゃないわよね」

 

ナガンは一瞬だけ手元を見下ろし、確認するように視線を落とし、軽く頷いた。

 

「あぁ、M2010ESR」

 

シノンの中で情報が繋がる。

 

(M24の後継銃....)

 

合理的に考えれば、むしろ“上位互換”だ。それでも――引っかかる。

 

「……変えたの?」

 

問いが零れる。ナガンはあっさりと答えた。

 

「まぁな」

 

そして、ほんのわずかに間を置いてから続ける。

 

「お前、俺がM24持ってきたとき顔顰めてただろ。だから変えた。そんぐらいの配慮は俺だってするぞ」

 

シノンは、一瞬だけ言葉を失う。

 

(……え?)

 

予想外だった。まったく気にしていないか、あるいは意図的に無視しているか――そのどちらかだと思っていた。

 

だが違う。気づいていた上で、変えていた。しかも、それを特別なことだと思っていない。

 

「……それで変えたの?」

 

わずかに確認するような声になる。

 

「言ったろ、俺だってそのくらいの配慮はするってな」

 

さらっと付け足す。シノンはしばらく何も言わなかった。視線だけが、ナガンの手元の銃に向けられている。

 

「……別に、そこまで気にしてないけど」

 

少しだけ視線を逸らしながらそう言う。半分は本音で、半分は強がりだった。

 

「嘘つけ。だったらあんな顔しないだろ」

 

あまりにも自然な否定だった。間髪入れず、考える素振りすらない。その反応の速さが、余計に癇に障る。

 

「してないわよ」

 

だがその声は、ほんのわずかに強く、否定というよりは押し返すための言葉になっていた。ナガンは一歩も引かない。むしろその場に立ったまま、変わらない温度で言い切る。

 

「いや、してたな」

 

断言だった。迷いも遠慮もない。

 

「してない!」

 

今度ははっきりとした否定だった。シノンは逸らしていた視線を戻し、ナガンを真っ直ぐに睨みつけるが、その視線の奥にはほんのわずかに焦りの色が混じっている。

 

「してた!」

 

ナガンも同じように言い返すが、その声音にはどこか余裕があり、ほんの少しだけ面白がっている気配すら滲んでいた。

 

「してないって言ってるでしょ!」

 

「いや絶対してたって。あれは流石に分かる」

 

「何がよ!」

 

「“うわ最悪”みたいな顔してたぞ」

 

「してない!!」

 

即答だがその反応の速さが、逆に図星だと物語っている。ナガンはわずかに目を細め、

 

「あ、やっぱりしてたな」

 

「してない!!」

 

シノンはさらに一歩踏み出す。完全にヒートアップしていた。さっきまで冷静に状況を把握していたスナイパーの姿はそこにはなく、年相応に感情を露わにした少女の姿が、そのまま表に出ている。

 

「分かった、分かった」

 

ナガンはそこでようやく軽く手を上げ、なだめるように言うが、その言い方はどこか投げやりで、本気で収める気があるのか疑わしい。

 

「何が!」

 

一歩踏み出したまま、完全にスイッチが入っている。ナガンはその様子を見て、ほんの少しだけ肩の力を抜き――そして、わざとらしくでもなく、ごく自然な流れで....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火に油を注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや……お前が案外強がりだなってこと」

 

それがまた、シノンの神経を逆撫でする。

 

「あんたねぇ!」

 

即座に食いつく。ナガンは小さく息を吐いた。

 

「いや、冗談だって」

 

「ふざけないで!」

 

食い気味の否定。完全にスイッチが入っている。風が吹き抜け錆びた鉄骨が、わずかに軋む音を立てた。

 

その中で――ナガンはぽつりと呟く。

 

「……図星じゃねぇか」

 

「違うって言ってるでしょ!」

 

最後の抵抗のような一言。だがその声には、さっきまでの勢いはもうなかった。ほんのわずかに、揺れている。ナガンはそれ以上は何も言わなかった。

 

ただ、銃を持ち直しながら前を向く。

 

その横顔は、いつも通りだった。何も気にしていないようでいて。しっかり全部見ている。シノンはしばらくその背中を睨んでいたが――やがて、小さく舌打ちした。

 

「……ほんと、やりにくい」

 

ぼそりと零す。だがその言葉には、さっきまでの苛立ちとは違う、どこか別の色が混じっていた。

 

 

 

 

 

今回の舞台は半壊した都市区画。高層ビルの残骸が林立し、道路は瓦礫に覆われている。視界は開けているようでいて、死角が多い。遠距離射撃は成立するが、同時に射線の切り替えも激しい――“撃てる者”ほど試される地形だった。風はビルの谷間を抜けるように吹いている。一定ではない。場所によって流れが変わる厄介なタイプだ。

 

「今回のターゲットは武装ドローン部隊。数は四、巡回ルートはランダム寄り」

 

シノンが淡々と説明する。その手にあるのは――ヘカートⅡ。重量級対物ライフル。圧倒的な威力と引き換えに取り回しは最悪。だが、それを扱いきる腕があるからこそ、彼女はそれを選んでいる。

 

対して、ナガンの手にあるのは――M2010 ESR。M24の改修型。ヘカートⅡほどでは無いが、精度、射程、バランス。そのどれもが高水準でまとまっている。極端な性能ではない。 

 

だが、あらゆる状況で外さないための銃だ。

 

「ドローンは機動力高いし、止まるタイミングは短いわ」

 

「了解」

 

ナガンは短く返す。スコープを覗き込むその動きは、相変わらず無駄がない。すでに視界の中で、撃つべき場所と順序を組み立てている。

 

「初弾、どうする?」

 

「俺が落とす。その間に叩け」

 

「了解」

 

それだけで成立する。

 

 

配置から数分後。ナガンは崩れかけたビルの中層、開けた窓枠の影に身を潜めていた。姿勢を低く保ち、瓦礫を支点に銃を固定する。

 

スコープ越しに、ドローンの影が映る。高速で巡回しているが、完全なランダムではない。微妙な癖がある。旋回の角度、減速のタイミング――そこに“撃てる瞬間”がある。

 

(距離、約340m)

 

風は不規則だが、読み切れないほどではない。呼吸を整える。視界が静まる。

 

無線が入る。

 

「……来るわよ」

 

「見えてる」

 

短い応答だが、それで十分だった。

 

 

ドローンが交差ポイントに入る。その瞬間――乾いた発砲音が一つ。ナガンの弾丸が先頭のドローンのセンサー部を正確に撃ち抜く。火花が散り、機体が大きくバランスを崩す。完全な破壊ではない。だが、“止まった”。

 

その一瞬。

 

「もらうわ!」

 

シノンのトリガーが引かれる。ヘカートⅡの一撃が、動きを止めたドローンをまとめて貫いた。残骸が弾け、後続のドローンの動きが乱れる。

 

(重い……でも、当てる)

 

シノンは即座に次弾を装填し狙いを移す。ナガンはすでに次を見ていた。

 

「右、一機」

 

「見えてる」

 

言葉が重なり、ナガンの二発目が、回避行動に入ろうとしたドローンの軌道を先読みして撃ち抜き爆ぜる。

 

だが、すでに敵の動きは崩壊している。

 

「一体、任せる」

 

「了解」

 

シノンの弾丸が、逃げに入った個体を粉砕。最後の一体が高速でビルの陰に潜り込もうとする。

 

――だが。

 

「遅い」

 

ナガンの声と同時に、引き金が引かれる。

 

弾丸は、遮蔽物の隙間を正確に抜け、ドローンのコアを貫いた。

 

 

 

 

シノンはゆっくりとスコープから目を離した。

 

(……やっぱり)

 

視線が、ナガンへと向く。M2010を構えたままの姿。その動きは、以前と変わらない。正確で、無駄がない。

 

だが――

 

(……やりやすい)

 

理由は分からない。だが確実に、噛み合っている。ナガンは軽く銃を下ろし、周囲を一瞥する。

 

「クリア」

 

「ああ」

 

シノンの中で、何かが変わっていた。言葉にするほどのものじゃない。だが確かに、“前より近い”。その感覚だけが、静かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘の余熱はすでに消え、フィールドには乾いた静けさが戻っている。風が瓦礫の隙間を抜け、錆びた鉄片が小さく鳴る。敵影はない。索敵範囲にも反応はなく、あとは帰還ポイントへ向かうだけ――本来なら、気の緩む時間帯だった。

 

シノンは歩調を崩さず、それでも意識だけは周囲へと巡らせている。視線は流すだけだが、情報は確実に拾っていた。音、影、気配。そのどれもを取りこぼさないように、無意識に処理している。

 

だが――ナガンだけは別の“何か”を感じ取っていた。

 

(――来る!)

 

理屈ではない。感覚に近い。だが、それは経験に裏打ちされた確信だった。

 

「シノン、避けろ!」

 

「えっ……」

 

反応が追いつく前に、ナガンの手が伸びる。シノンの肩を掴み、そのまま地面へと押し倒した。次の瞬間――空気が裂けた。鋭い弾丸が、シノンのいた位置を掠めて通過する。髪がわずかに揺れ、頬に冷たい感覚が残る。

 

「狙撃……!?」

 

シノンが叫び、理解が追いつくよりも先に影が動く。地を蹴る音すら置き去りにするような加速。AGI特化のプレイヤーが、一気に距離を詰めてくる。

 

「ナガン!」

 

シノンの声が飛ぶ。

 

(クソ……近距離の装備が少ねぇ……なら!)

 

ナガンは即座に判断を切り替える。背負っていた長物は捨てるようにスリングへと逃がし、手に取るのは刃が長めのナイフ。ナガンもAGIにはステータスを振ってはいるが相手は明らかに向こうが上だ。

 

刃と刃がぶつかり、連続する斬撃。速度に任せたラッシュ。AGI特化特有の、“回避される前に押し切る”戦い方。ナガンはそれを受け止めるが、押されていた。一手一手は防いでいる。だが速度が違う。わずかに遅れる。その積み重ねが、確実に差を生んでいた。シノンはライフルを構えるが――撃てない。ハンドガンも同様だった。

 

「この距離じゃ……!」

 

ナガンごと撃ち抜くリスクがある。射線が重なる。引き金にかけた指が、動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(AGIにステ振りやがって!タイミング掴むのがムズイんだよ!)

 

ナガンは歯噛みするように内心で悪態をついた。視界の中で、敵の動きが“速い”では済まない領域に入っている。直線的ではない。踏み込み、フェイント、軸のズレ――すべてが細かく噛み合い、読みを外してくる。

 

狙撃であれば、パターンを見切れば終わる相手だ。だが近接では、その“わずかなズレ”が致命的になる。ナイフ同士がぶつかり発生する甲高い金属音。火花が散るような錯覚すら伴う衝突。しかし、その一撃を受けたナガンの手首に、鈍い衝撃が残る。

 

(重い……!)

 

速度だけではない。踏み込みに体重が乗っている。AGI特化でありながら、ただ軽いだけではない戦い方をしている。回避主体ではなく、“押し切るための速さ”だ。

 

二撃、三撃と間断なく打ち込まれる刃を、ナガンは辛うじて捌く。だが、防御は“受け”に回っていた。一瞬でも遅れれば終わる。一度でも読みを外せば、そのまま喉元まで届く距離。ナガンは本来、距離を取って完封する側だ。射線を管理し、動きを封じ、近づかせない。

 

 

 

 

それが前提の戦い方。しかし、その前提が崩れている。詰められた。対応を強いられている。そしてその対応は、決して余裕のあるものではなかった。敵の刃がわずかに軌道を変える。

 

フェイントにより反応が一瞬遅れる。

 

 

 

――浅い。

 

 

 

だが確実に、ナガンの装備にダメージが入る。

 

(やべぇな……!)

 

冷や汗に近い感覚が、背中を伝う。シノンの位置は把握している。だが、この距離、この速度では援護は逆に危険だ。彼女もそれを理解しているからこそ撃てない。下手に援護しようとすれば逆に足を引っ張る。

 

つまり――ここは、自分でどうにかするしかない。

 

ナガンは一度、大きく後ろに跳ぶ。距離を取るための後退。しかし、それを許す相手ではない。即座に間合いを詰めてくる。地面を蹴る音が異様に軽い。

 

(追いつかれる……!)

 

次の瞬間には、再び刃が迫るその瞬間。ナガンの思考が切り替わった。この戦いにおいて彼は唯一の“答え”を知っている。

 

 

 

 

 

ナイフによるパリィ。

 

 

 

 

 

真正面から受け止めるのではない。力で弾くのでもない。相手の軌道を読み、その“通り道”に刃を置く。接触の瞬間に、ほんのわずかに角度をずらすだけで、攻撃の力は逃げ、相手はバランスを崩しカウンターを放てる。

 

 

しかし、それをやるプレイヤーは少ない。ほぼいないと言ってもいいだろう。理由は単純で――タイミングが、シビアすぎるからだ。GGOの主戦場は遠距離。銃撃戦が主体であり、近接での“弾き”を極めるプレイヤーは少ない。そもそも、そこにリソースを割く価値が低いからだ。

 

 

しかし、今のナガンにはこれしか無い。旧世代のゲーム機で、何度も何度も“その一瞬”を要求され、完璧に弾いていたのを思い出すが現実は甘くない。

 

(……分かってても、合わせられるかは別だろ……!)

 

ナガンの内心には、はっきりとした焦りがあった。視界の中で敵の動きが、早送りのように流れていく。読もうとすればするほど、わずかなズレが生まれる。ほんの数フレーム。だが、その数フレームが致命的だった。

 

ナイフを合わせるが――弾けない。

 

角度は悪くない。だがタイミングが遅れる。受け流すはずの刃が、衝撃となって腕に伝わる。もう一度合わせる――今度は早い。空を切るが、そこに敵の刃が滑り込んでくる。

 

「ッ……!」

 

浅いが確実に削られる。一歩、半歩、じりじりと後退を強いられる。呼吸が乱れ視界が狭くなる。

 

(クソ……!)

 

理解していることと、実際にできることの差。そのズレが、容赦なく突きつけられていた。ナガンは歯を食いしばる。ここで崩れれば終わる。距離はもうない。狙撃に持ち込む余裕もない。選択肢は限られている。

 

――近接で凌ぐしかない。

 

だがそれは、“得意分野ではない領域で勝て”という意味に等しかった。敵の踏み込みが変わる。わずかに深く、次で決めに来る。

 

(……来る!)

 

頭で考える余裕はもうない。積み重ねた感覚だけを頼りに、刃の通る位置へと、自分の刃を滑り込ませる。そして――シノンが敵に銃を向けた。当たる保証は無い。しかし着弾予測円が出されたという事実に敵は動揺したのか、ナガンへの攻撃の詰めが甘くなった。

 

金属音が弾ける。それまでとは明らかに違う、乾いた鋭い音。衝撃が“来ない”。受けたのではなく弾いた。

 

――ジャストパリィ。

 

敵の刃が外へ流れ完全に軌道を逸らされたその瞬間、時間がわずかに引き延ばされたように感じられた。

 

(このタイミング!)

 

ナガンの身体が動いた。思考でも反射でもない。身体に染み付いた“最短動作”。腰を軸に、全身が一つの動きとして回転し、その流れの中で放たれたのは鋭い後ろ回し蹴り。敵プレイヤーの身体が横へ弾き飛ばされる。完全に体勢を崩し、受け身も取れない。

 

ナガンは一切の迷いなく動いた。ナイフを収めるよりも速く腰へ手を伸ばし、Rsh-12を引き抜く。重量のある大口径リボルバーが、手の中で確かな存在感を持つ。距離は数メートルもない。トリガーを引き重い発砲音が響き渡る。

 

「ジャックポットだ!」

 

12.7×55mm弾が放つ衝撃が空気を震わせ、敵の頭部が弾け静寂が訪れた。ついさっきまでの激しいやり取りが嘘のように、周囲は再び静かさを取り戻していた。ナガンはその場で立ち尽くし、わずかに肩が上下していた。

 

「……はぁ……」

 

短く息を吐くが確実に疲労の滲んだ呼吸だった。完全に余裕のない戦闘だった。一手でも噛み合わなければ終わっていた。ほんの数フレームのズレが、そのまま敗北に直結していた状況。ナイフを握る手に、わずかな震えが残っている。

 

遅れて、自分の心拍がやけに大きく聞こえてくる。

 

「……ギリギリだな」

 

そう自覚せざるを得ない。狙撃とは違う種類の緊張と相手の動きを読み続ける必要がある戦い。逃げ場のない距離。それに対する経験値は明らかに足りていない。

 

(やっぱ近接は慣れねぇな……)

 

内心でぼやく。分かってもいる。しかし、最後に掴んだあの“タイミング”。あれだけは偶然じゃない。そう思っていたとき、

 

「大丈夫?」

 

そこにいたのはシノンだった。いつの間にか距離を詰めてきていたらしい。表情はいつも通り落ち着いている――ように見えるが、視線だけがほんの少しだけこちらを気にしている。

 

視線が、ナガンの手元――ナイフを握っている手に落ちる。その手はわずかに震えていた。それを見て

 

「……無茶しすぎ」

 

ぽつりと、そう言った。

 

「でも......ありがとう.....」

 

その声音は小さくて、どこかぎこちない。ナガンは一瞬だけ目を細めた。普段なら、軽く流すか、適当に返して終わる場面だった。だが今回は違った。ほんのわずかに呼吸を整えてから、ナガンは口を開く。

 

「……いや」

 

短く、だがはっきりと受け取る。それだけでは終わらない。

 

「こっちも助かった」

 

「え……?」

 

思わず聞き返す。ナガンは視線を外さないまま、淡々と続ける。

 

「さっきの、タイミング読めたのは、お前が時間稼いでくれてたからな。むしろ、礼を言うのはこっちだ」

 

シノンは言葉を失った。ナガンがこういう言い方をするのは珍しい。ただ、まっすぐに受け取って返してきたからだ。

 

「そう....」

 

ようやく出た言葉は、少しだけ照れ隠し混じりだった。二人の間に流れる空気は、さっきまでとは少しだけ違っていた。言葉にしなくても成立する距離が、ほんのわずかにだけ――近づいていた。

 

 




あと1〜2話でキリトが登場します。
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