最初はシノン視点、途中からナガンに戻ります
AGI特化のプレイヤーに奇襲されるというハプニングがあったが無事帰還し、シノンは首都SBCグロッケンを一人歩いていた。疲労はあるが不快なものではない。むしろ集中した後の、心地いい静けさに近い。そのまま何気なく顔を上げ視線が自然と動く。
(……どこ行ったのよ)
ナガンはショップに行く、と言って別れてからもう十分以上は経っている。約束の時間は、とっくに過ぎていた。
(別に心配してるわけじゃない……ただ、時間過ぎても来ないから、そのことについて言いたいだけ)
シノンは言い訳めいた事を並べ探していた。その時、不意に視界の端に見覚えのある姿が入る。壁際に人の流れから少し外れた場所。
(……いた)
ナガンはいた。ただし一人ではない。
人の流れが少し緩やかな場所で、ナガンは足を止めていた。その背中は自然体で肩の力も抜けている。けれどどこか、彼特有の“鋭さ”を秘めていることを、シノンは無意識のうちに感じ取った。
「改めて、久しぶりねナガン」
声をかけてきたのは、長身で洗練された装備の女性プレイヤーだった。彼がショップでコレクター用の銃を買おうとしたとき、不意に声をかけられたのた。そしてショップ中では話づらいとうことで外に出ていたのだ。
立ち居振る舞い、手元の装備、構え、歩き方……それらすべてに“慣れ”が滲んでいて、古参特有の安心感と余裕があった。視線を合わせるだけで、彼女がナガンと以前からの付き合いを持つことがわかる。
彼はシノンと出会う前、目的が一致していた為彼女と一時的にコンビを組んでいたのだが彼女の強引な推しで、彼女のスコードロンに臨時で所属もしていたのだ。といっても所属していたのは数回だけで、その後も勧誘があったが断っている。
ナガンは片手を軽く上げた。
「……ああ、久々だな」
どこか力の抜けた調子。だがその声の奥には、初対面の相手には向けられない、信頼の微かな余韻がある。シノンは思わず視線を鋭くした。
彼女自身も、その何気ない仕草や声の抑揚から、ナガンの相手に対する距離感を敏感に感じ取る。
「久々の再会なのに、他にいう事ないの?」
「お前とそこまで関わりないだろ」
「相変わらずね。あなた今までログインしてなかったけど何かあったの?」
「リアルが忙しかったんだよ。腕が鈍ったかもな」
「ふーん。Rsh-12手に入れるくらいなら、鈍ってないと思うけど?」
「耳が早いな」
「私も欲しかったのよ」
軽く笑う女。その笑い方には、ただの社交辞令ではない、経験と互いの実力を知り尽くした者同士のニュアンスがあった。シノンの胸が、わずかにざわつく。理由はわからない。ただ、心の奥が少しだけ不安定になる。
(……近くない?)
シノン自身でもよく分からない基準で、そんなことを思う。しかし会話は自然に続く。息の合ったやり取りのようで、でも微妙に線引きされた距離感がある。その距離感のせいで、シノンは自分の心の中に奇妙な違和感を感じていた。
少し離れた位置から、シノンは2人のやり取りをじっと見つめている。人の目や群衆を避けるかのように、しかし視線は逃さない。目の前に広がる光景はただの再会の風景に過ぎないはずなのに、胸の奥が勝手に締め付けられる。
(……普通に話してる)
彼が肩の力を抜き相手を拒絶もせず受け入れもせず会話している。彼がどんな人物であるかをシノンはずっと知っているつもりだった。
けれど、その“自然さ”には自分が知らない一面がある。女プレイヤーが笑う。ナガンもほんのわずかにだけ口元を緩める。
(……え?)
その瞬間、胸の奥で何かが引っかかる。
(今....笑った?)
思考がそこに固定される。別に、珍しいことじゃない。彼だって人間だ。誰とだって会話はするし、多少は表情も動く。そんなこと、分かっている。
なのに――
(……私といるとき、あんな顔してた?)
比較するつもりなんてなかった。意識していなかったはずなのに、勝手に並べてしまう。記憶の中のナガンと、目の前にいるナガンを。そして、ほんのわずかな違いを見つけてしまう。
「で、本題なんだけど」
女性プレイヤーが少し声のトーンを落とす。その瞬間、シノンの視界は少し鋭くなる。胸の奥が言葉にできない緊張でざわつく。
「うちのスコードロンにまた来てくれない?腕の良い狙撃手欲しいのよ。報酬は弾むわ」
単刀直入だった。それは、ただの世間話の延長ではなく明確な意思を伴った言葉だった。軽い調子に聞こえるがその実、内容は重い。戦力としての評価と実力への信頼。そして囲い込み。
シノンはわずかに視線を細める。
(……本気ね、というか、「また」って)
あの女は冗談でこういうことを言うタイプではない。それは声のトーンや間の取り方で分かる。言葉の端々に、相手の力量を正確に測った上での確信が滲んでいた。
だからこそ、その誘いには“現実味”がある。ナガンほどの狙撃手なら、スコードロンにとっては間違いなく切り札になる。報酬を弾むと言ったのも、単なる方便ではないだろう。
(……行く理由は、ある)
合理的に考えれば断る理由の方が少ない。安定した報酬、バックアップのある戦闘。単独行動では得られない情報や機会。どれも、スナイパーとしての活動を広げる上では有利に働く条件だ。
ナガンは一瞬だけ考えた素振りを見せたが返答はあっさりしていた。
「……お前、俺が断るの知ってて言ってるだろ?」
その無駄のない断り方に、女性プレイヤーは微かに笑うだけ。怒るわけでもしつこく食い下がるわけでもない。その余裕が、余計にシノンの胸に違和感を落とす。
(……知ってるのね)
彼らの間にある時間、過去、理解し合う関係。それが胸に刺さる。自分だけ知らない世界。自分はそこにいられないことの苛立ち、焦燥、言葉にならないナニカがゆっくりと心を締め付ける。
「やっぱり、ソロ主義で銃集めやるのは変わってないのね」
「まぁな」
「でも最近、スナイパーのシノンと組んでるらしいじゃない、有名よ?彼女が無名の誰かさんとバディ組んでるって」
その一言で、空気がわずかに揺れた。少し離れた場所にいたシノンは無意識に息を止める。自分の名前が出たから――それだけのはずだった。だが、胸の奥が小さくざわつくのを抑えきれない。視線は逸らせない。二人のやり取りを、ただ見つめる。
「俺は銃の情報が欲しくて、アイツは実戦経験が欲しい。利害の一致ってやつだな」
ナガンの声はいつも通りだった。平坦で無駄がなく、ただ事実だけを並べたような、冷静すぎる説明。それは彼らしい、誰よりも分かっているはずだった。
それでも――シノンの胸のざわつきは消えない。むしろ、ゆっくりと形を持ち始めていた。曖昧だった違和感が、確かな重みへと変わっていく。言葉にすればたったそれだけの事。合理的な協力関係。
何より......
利害の一致と言ったのは自分だからだ。
なのに心がそれを拒む。女は軽く手を振り、背を向ける。
「気が向いたらいつでも来てちょうだい」
「あぁ、気が向いたらな」
それで会話は終わる。――それだけなのに。
シノンは動けなかった。胸の奥が、きつく締め付けられる。理由は分からない。言葉にもできない。ただ、確かな違和感だけが残る。視界に映る背中は、いつもと同じ距離にある。手を伸ばせば届くはずの位置。
(近いのに……遠い)
それなのに、どうしても届かない気がする。距離は変わらない。けれど、確かに隔たりがある。ナガンは振り返らない。気づきもしないまま、人の流れの中へと溶けていく。呼び止めることもできた、一歩踏み出せばよかった。
だが、その一歩が出ない。足が、その場に縫い止められたように動かない。シノンはただ立ち尽くしたまま、ゆっくりと息を吐いた。胸の奥に残った重さは、行き場を失ったまま沈み続ける。消えることなく、ただそこに在り続けていた。
その感情がまだ自分にはまだ分からなかった。
ナガンは女プレイヤーを見送った後、そのままシノンを探そうと歩き出そうとした。
その瞬間。
「ずいぶん親しそうね」
背後から声が飛びナガンは足を止める。振り返ると、そこにはシノンが立っていた。腕を軽く組みこちらを見ている。表情はいつも通り――のはずなのに、どこか微妙に機嫌が悪そうに見える。彼は一瞬だけ目を細めた。
「いたのか。悪い遅くなった」
「ええ、
即答だった。間髪入れず返ってくるあたり、やはり機嫌は良くないらしい。ナガンは特に気にした様子もなく会話を続ける。
シノンは一歩、距離を詰める。
「それで、彼女は?」
声は平静だがどこか棘がある。ナガンは一瞬だけ考えるように視線を上げた後、あっさり答えた。
「前にアイツのスコードロンに何回か所属してたんだ。レアな銃の情報の対価にってな」
「……ふぅん」
短く興味なさげな相槌だが視線は外さない。
「なんだよ....」
「別に?」
あまりにも早い否定。
「あんた、私以外に女性プレイヤーと関わりあるんだって思っただけ」
「言い方に棘があるな.......まぁ事実なんだが」
軽く苦笑するナガン。だがシノンは表情を崩さない。
「あなた、もっとドライなタイプかと思ってたから」
「ドライだろ」
「そうかしら?」
少しだけ視線を細める。
「少なくとも、さっきのはそう見えなかったけど」
「ただの雑談だ」
彼はあっさりと切り捨てる。その温度の低さに、シノンは一瞬だけ言葉を失う。
(……ほんと、分かりにくい)
さっきまでのやり取りと今の態度。どちらも嘘ではないのだろう。だから余計に厄介だ。シノンは小さく息を吐いた。
「……まぁいいわ」
話を切るように言う。ナガンは「なんだそれ」とでも言いたげな顔をしたが、特に追及をする事はなく、二人はそのまま歩き出していた。
ストックが切れたので次の投稿は週明けになるかもしれないです....