呪術でワイは生き残るで! 作:ワイくん見守り隊
ワイはたぶん、転生したんやと思う。
……いや、転生かどうかは知らん。
でも、気づいたら知らん場所におったんやから、そう思いたくもなるやろ。
空はやたら高くて青かった。
空気は妙に澄んでて、肺に入れるたびに冷たくて痛いくらいやのに、同時に草と土と湿った木の匂いが鼻にまとわりつく。
で、周りを見たワイは思った。
「……なんやここ」
木がデカい。
草がデカい。
虫もデカい。
ついでに鳴き声も全部デカい。
森全体が生き物みたいにざわざわしてて、どこか遠くで何かが吠えるたびに、地面の下までその音が響いてくる。
見上げれば枝の間を、翼竜みたいな何かが影になって飛んでいった。
「いや、ちょっと待てや……」
遠くの平原に、見覚えのある形の生き物がいた。
象や。
……象やねんけど。
どう見てもサイズがおかしい。
普通の象の三倍はある。いや、もっとかもしれん。
毛むくじゃらの巨体に、前へ大きく反り返った牙。
その牙はもはや牙というより、城門をぶち抜くための攻城兵器みたいな太さをしていた。
「マンモス……?」
そう口に出してから、ワイは少し考えた。
いや待て。
マンモスってこんなに“怪獣”みたいな圧あったっけ?
しかもそいつの向こう側には、妙に首の長い爬虫類みたいなやつや、骨が外に飛び出したような大型獣がうろついている。
どう見ても、現代日本ではない。
いや、日本どころか地球の常識ごと怪しい。
草はめちゃくちゃ生えてるけど。
「これは草生えるでwww」
……うん。
現実逃避や。
さすがに一人でこれを受け止めるには、頭が追いつかへん。
何せ、ワイには何もなかった。
記憶が。
自分が誰なのか、何をしていたのか、何歳なのか、どこで死んだのかすらわからん。
あるのは言葉と知識っぽいもんだけで、肝心の「自分」の部分だけがごっそり抜け落ちていた。
そんな状態で、いきなり怪獣博覧会みたいな場所に放り込まれたのである。
そらもう、脳もバグる。
「せめて武器とか欲しいな……」
半分泣き言、半分本気でそう呟いた、その時だった。
右手の先が、ふっと熱を持った。
「……ん?」
空気が歪む。
何もない空間に、青白い光が細い糸みたいに走った。
それが幾重にも重なり、絡まり、編まれていく。
まるで、見えない誰かが“そこに何かを作っている”みたいに。
いや、違う。
ワイが作ってる。
「は?」
数秒後、ワイの右手には一振りの武器が握られていた。
短めの剣。
片手で扱える長さやけど、見た目は妙に凝っていた。
持ち手の両側には、二つの金属の輪が重なってできた丸い飾りが付いている。
刃のある側は×印、反対側は十文字のように見えて、全体的に妙に洒落た造形をしていた。
「え、なにこれ。かっこよ」
反射的に振ってみる。
バチィッ!!
「うおっ!?」
刃から雷が弾けた。
青白い閃光が空気を裂いて、近くの大木の幹を焦がす。
焼けた樹皮の匂いと、耳の奥に残るような放電音。
ワイはしばらく剣と木を交互に見比べていた。
「……これ、転生特典やん」
そうとしか思えん。
欲しいと思ったものが、出てくる。
しかも雷を纏っためちゃくちゃかっこいい剣付き。
「よっしゃ……お前の名前は……」
ワイは剣を掲げた。
「ブンブン雷剣や!!」
ネーミングセンスには触れんでほしい。
その時のワイは、極限状態でテンションが変な方向に振り切れていたのだ。
でもその数十分後には、ワイは全力で泣きながら逃げ回っていた。
クソデカ毒ムカデみたいなやつに追いかけ回されたからである。
「無理無理無理無理無理!!」
雷を撒き散らしながら草むらを転げ回り、木に登って、滑り落ちて、また登って。
その日のワイは、たぶん一生分くらいの命の危機を味わった。
――この世界、笑えん。
⸻
一年後
とりあえず、わかったことを書いておこうと思う。
まず一つ。
ワイ以外に人間がいない。
いや、正確には“見つからない”。
川沿いを歩いた。
山を越えた。
森を抜けた。
洞窟も見た。
でも、人間の痕跡らしきものは何もない。
火の跡もない。
家もない。
道具もない。
動物は山ほどおる。
いや、化け物は山ほどおる。
でも、人だけがおらん。
寂しい。
ほんまに、思ってる以上に、寂しい。
あと、あの「なんか出せる力」についても少しわかった。
ワイが欲しいと思ったものは、どうも何もないところから“生えてる”わけやないらしい。
体の内側にある、蒼い光みたいなものを使って、それを形にしてるっぽい。
最初は剣しか出せんかったけど、慣れてくると多少は応用も利いた。
ナイフ。
槍。
板。
コップ。
意味もなくやたら丈夫な棒。
出せるものに法則はある気がするけど、まだようわからん。
ただ一つ言えるのは――便利すぎるということや。
食器が欲しければ出る。
武器が欲しければ出る。
火打石っぽいものも出せた。
寝る場所が欲しい時は、雑に板と壁を出して雨風を凌いだこともある。
その気になれば、何でも作れそうな気がする。
……まあ、その「何でも」がどこまで通るのかは、試す前に死にかけるからあんまり検証できてへんのやけど。
そしてもう一つ、気づいたことがある。
ワイはたまに、体が勝手に動く。
ほんまに、たまにや。
でかい獣に襲われた時。
毒にやられて意識が遠のいた時。
谷に落ちた時。
首を噛み千切られかけた時。
そういう「これマジで死ぬやろ」って瞬間だけ、急に世界の見え方が変わる。
音が遠のく。
無駄な思考が消える。
体が、勝手に最適解を選ぶ。
その時のワイは、ようわからんけどめちゃくちゃ強い。
自分で動いてる感覚が薄いのに、何をどうすれば助かるかだけは“知っている”。
どう避けるか。
どこを殴れば壊れるか。
どう蒼い力を使えば一番効率がいいか。
全部、体が勝手にやる。
その間、ワイはほぼ何も考えてない。
で、危機が去ると元に戻る。
戻った後のワイはだいたいこうや。
「……え、今の何?」
怖いので深く考えないことにした。
それより怖いことが他にもあるからや。
例えば。
ワイ、あんまり老けてない気がする。
……いや、ほんまに考えるのやめよ。
⸻
四百万年後
ワイは、人の形を見つけた。
最初は遠目やった。
平原の端。草の海の向こう側。
何かが二足で動いているのが見えた。
その瞬間、胸の奥で何かが爆発した。
「……っ、人や」
足が勝手に前へ出る。
呼吸が浅くなる。
心臓が痛いくらいに鳴る。
やっとや。
やっと、ワイ以外の誰かがおった。
それが現代人みたいな綺麗な人間じゃなくてもよかった。
姿勢が少し前かがみでも、体毛が多くても、顔つきが猿に近くても関係ない。
人型や。
ワイは、それだけで十分やった。
でも、その群れのすぐ近くで、地面が揺れた。
ズシン、ズシン、と。
草をかき分けて現れたのは、あの巨獣やった。
マンモス。
いや、マンモスという言葉で片付けるにはあまりにも異常な、牙の怪物。
体高は木の枝に届くほど高く、分厚い毛皮の奥に詰まった筋肉が一歩ごとに波打つ。
牙は白ではなく黄ばんでいて、何度も血を吸ったみたいな赤黒い筋がこびりついていた。
原人たちは叫び声を上げ、石槍を構える。
でも、そんなもんで止まる相手やないことは一目でわかった。
「やばい」
ワイは走っていた。
考えるより先に。
人を見つけた喜びとか、ようやく会えた嬉しさとか、そういうのを全部押しのけて、ただ一つの感情だけがあった。
助けなきゃ。
その次の瞬間のことを、ワイはあんまり覚えていない。
ただ、気づいたら。
ワイはマンモスの真正面に立っていた。
風が止んでいた。
周囲の空気が、妙に重い。
原人たちの叫び声も、獣の唸りも、何もかもが一段遠くなったみたいに感じる。
目の前の巨体が牙を振り下ろす。
それに対してワイの体は、迷いなく一歩だけ斜めにずれた。
紙一重で回避。
そのまま地面を蹴る。
膝、腰、肩、拳。
全身が一切の無駄なく噛み合って、一つの動きとして繋がる。
何かを考えたわけやない。
ただ、そうするのが当然みたいに体が動いた。
蒼い光が腕を走る。
それは今まで見たどの時よりも濃く、重く、鋭かった。
そして――
ドゴンッ!!
拳が、マンモスの頭部を打ち抜いた。
衝撃で空気が爆ぜた。
巨体が横に吹き飛び、何本もの木をへし折りながら転がる。
地面が割れ、土煙が天へ立ち上る。
静寂。
しばらくして、ワイは立ち尽くしたままその光景を見ていた。
「……え?」
なんか、すごいことした気がする。
でもそれ以上に、ワイは別のことが嬉しかった。
助けられた。
やっと会えた誰かを、守れた。
ワイはゆっくりと振り返った。
原人たちは、こちらを見ていた。
目を見開いて。
石槍を握りしめて。
肩を震わせながら。
その顔に浮かんでいたのは、感謝ではなかった。
恐怖やった。
「……あ」
その時になって初めて、ワイは自分の異様さに気づいた。
腕には蒼い光がまとわりついている。
呼吸一つしていないのに、周囲の草がざわざわと揺れている。
マンモスを殴り飛ばした衝撃で地面が抉れている。
しかもたぶん、その時のワイの顔は、だいぶ人間っぽくなかったんやと思う。
何も喋らず、感情も見えず、ただ“殺せるものを殺した後の怪物”みたいな立ち姿やったんやろう。
そら怖いわ。
次の瞬間。
槍が飛んできた。
「痛っ!?」
肩に刺さる。
続けて二本、三本。
ワイは反射的に身を引いた。
「え、ちょ、待っ――」
言葉は通じない。
そもそも相手はパニックや。
原人たちは叫びながら石を投げ、槍を投げ、必死にワイを追い払おうとしていた。
ワイはそこで、ようやく理解した。
ワイは助けた側やけど、
向こうから見たら、マンモスより意味わからん怪物や。
「……っ」
胸の奥が、きゅっと縮む。
痛いのは肩の傷だけやない。
ワイは逃げた。
森の方へ、何も言えないまま。
背中に飛んでくる石と叫び声から逃げるみたいに、ただひたすら走った。
⸻
どれだけ走ったかわからん。
気づけば、周りには誰もおらんかった。
荒い息を吐きながら、ワイは木にもたれかかる。
肩に刺さった槍は、途中で折れていた。
「……はぁ、はぁ……」
痛い。
普通に痛い。
でもそれ以上に、胸の奥が気持ち悪かった。
吐き気に似た、でももっと深いところがひっくり返るような感覚。
嫌な感じや。
その感覚に合わせるように、腕にまとわりついていた蒼い光が揺れる。
ぐにゃり、と。
何かが裏返るみたいに。
青かったはずのそれが、淡い白へ変わった。
「……またか」
ワイはそれを無意識に傷口へ押し当てる。
白い光がじわりと染み込み、裂けた肉が塞がっていく。
血が止まり、痛みが引いていく。
何度見ても、気味が悪い。
便利とか、すごいとか、そういう感想より先に。
自分が何なのかわからんっていう気持ち悪さの方が勝つ。
「……悲しいな」
ぽつりと、声が漏れた。
ようやく人に会えたと思ったのに。
嬉しかったのに。
助けたかっただけやのに。
怖がられた。
当たり前みたいに。
⸻
それからまた、長い時間が流れた。
自分が何なのか。
なぜ死なないのか。
なぜ老いないのか。
なぜ、危機の時だけ体が別人みたいに動くのか。
考えようと思えば、いくらでも考えられた。
でもワイは、深く考えなかった。
考えると、嫌な予感がしたからや。
もし、自分が人間やないとしたら。
もし、自分が“向こう側”やとしたら。
その答えを知ってしまったら、たぶん、今よりずっとしんどくなる。
だから、何も考えずに歩いた。
歩いて、歩いて、歩き続けた。
そしてある日。
夕暮れの赤い光の中で。
ワイは、妙にまっすぐな線を見つけた。
「……ん?」
草をかき分けて近づく。
それは自然物やなかった。
木でもない。
岩でもない。
風化して、崩れかけて、それでもなお“人の手で作られた形”を残している何か。
柱。
壁。
そして――屋根。
ワイは、しばらくその場で固まっていた。
風が吹く。
草が揺れる。
遠くで、何かの鳴き声が響く。
でも、そんなことはどうでもよかった。
目の前にあるそれから、目が離せない。
「……」
喉が、かすかに鳴る。
「――家やんけ!!?」