呪術でワイは生き残るで!   作:ワイくん見守り隊

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家の中と、遠くの人間たち

――家やんけ!!?

 

 そう叫んだあと、ワイはしばらくその場から動けんかった。

 

 目の前にあるのは、どう見ても人工物やった。

 

 柱。

 壁。

 斜めにかかった屋根。

 もうだいぶ朽ちてはいるけど、それでも自然にできたもんやないことくらい、ワイにもわかる。

 

 風に揺れる草の向こうで、それは夕日に赤く照らされていた。

 

 なんやこれ。

 

 いや、家やねんけど。

 

 ほんまに家やん。

 

「……人、おったんや」

 

 ぽつりと漏れた声が、自分でもびっくりするくらい弱かった。

 

 その瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。

 泣くほどではない。たぶん。まだ。

 でも、めちゃくちゃ変な感じやった。

 

 だってそうやろ。

 

 何万年――いや、もう何年経ったのかもようわからんけど、とにかく気が遠くなるくらい長いこと一人で歩いてきたんや。

 たまに二足歩行の猿みたいなんを見つけても、助けたら槍飛んできたし。

 それ以降、ワイの中で人類へのハードルはだいぶ上がっとる。

 

 せやけど今、ここには確かにあった。

 

 人が暮らしていた痕跡が。

 

「……入ってええんかな」

 

 誰に聞いとるんやろな。

 

 返事が返ってくるわけもないのに、ワイは小声で呟いてから、そろそろと草をかき分けて近づいた。

 

 

 家は、思っていたよりちゃんとしていた。

 

 いや、もちろん現代の家みたいな綺麗なもんではない。

 壁は土っぽいし、屋根は草とか木の皮とかを重ねてる感じやし、入り口も扉というより「穴」や。

 

 でも、ちゃんと**“住むために作られている”**のがわかる。

 

 雨風を防いで、火を焚いて、眠るための場所。

 

 ワイは入り口の前で一度立ち止まった。

 

 中は薄暗い。

 でも、ほんのりと土と灰と、古い獣の皮みたいな匂いが残っている気がした。

 

 誰もおらん。

 気配もない。

 

 そらそうや。

 こんだけ放置されてるんやから、さすがに現役ではないやろ。

 

 ワイは恐る恐る中へ足を踏み入れた。

 

 床は踏み固められた土やった。

 真ん中あたりには丸く黒ずんだ跡があって、そこが火を焚く場所やったんやろうなと何となくわかる。

 

「火ぃ焚いてたんやな……」

 

 しゃがみ込んで、指先で土をなぞる。

 

 灰はもう残ってへん。

 でも、石の配置とか、焦げた土の色とか、ここで何度も火が焚かれていたことだけは伝わってくる。

 

 壁際には、崩れた土器の欠片みたいなもんが転がっていた。

 手に取ると、ざらざらしていて、意外としっかりしている。

 

「おお……土器やん」

 

 なんか教科書で見たことあるやつや。

 

 思わず、ちょっとテンションが上がる。

 

「すご……ほんまに人類の暮らしやん……」

 

 他にも、骨を削ったみたいな細い道具や、石を打ち欠いた刃っぽいもの、獣の毛皮の名残みたいなんもあった。

 

 全部、ボロボロや。

 今すぐ使えるもんなんてほとんどない。

 

 でも、それが逆に生々しかった。

 

 ここで誰かが暮らしていた。

 火を焚いて、何かを食べて、眠って、話して、生きていた。

 

 ワイ以外にも。

 

 この世界に。

 

「……っ」

 

 そこで初めて、ちょっと涙が出た。

 

 いや、別に号泣とかではない。

 なんか、勝手にじわっと来ただけや。

 

「……よかった」

 

 ほんまに、その一言やった。

 

 ワイはずっと、どこかで怖かったんやと思う。

 

 この世界には、自分しかおらんのやないかって。

 人間なんて、最初から一匹もおらんかったんやないかって。

 ワイだけが、化け物の群れの中に紛れ込んだ異物なんやないかって。

 

 でも違った。

 

 人はいたんや。

 

 少なくとも、一度はここで暮らしていた。

 

 それだけで、少しだけ救われた気がした。

 

 

 その日から、ワイはその家を拠点にすることにした。

 

 ……いや、正確には「勝手に住み着いた」やな。

 

「空き家やし、ええやろ」

 

 自分でも最低みたいな理屈やと思うけど、何せワイは何万年も孤独やったんや。

 人類の文化財保護法とか知らん。まだ存在してへんし。

 

 屋根の穴は、手元に集めた蒼い光で板っぽいもんを作り出して雑に塞いだ。

 壁のひびも埋めた。

 入り口の前には獣除けにちょっとした柵も出して置いた。

 

 そのうち何となくコツが掴めてきて、家の補修くらいならだいぶ楽にできるようになった。

 

「……ワイ、こういうの得意なんか?」

 

 いや、たぶんこの力のおかげやろうけど。

 

 相変わらず、ワイの中の蒼い光はよくわからん。

 意識すれば集まる。

 集めて形をイメージすれば、ある程度のものは出せる。

 

 ただし、細かいもんは難しい。

 

 なんか皿を作ろうとしても、たまに変な形になるし、

 椅子を作ろうとしたら「座れるけど微妙に傾いてる呪いの家具」みたいなんが爆誕したりする。

 

「なんでや……」

 

 ワイは何度か試して、最終的に地面に直座りする方が楽という結論に達した。

 

 文明、まだ遠い。

 

 

 それと、最近ちょっと気づいたことがある。

 

 ワイ、昔よりなんか調子がええ。

 

 いや、昔がどれくらい前かはもう知らん。

 昨日とか一年前とかそういう次元ではない。

 でも、前より身体が軽い気がするんや。

 

 走っても息が上がりにくい。

 高いとこから落ちても案外平気。

 寝起きも妙にええ。

 あと、手元に蒼い光を集めるのも、前より少しだけやりやすい。

 

「慣れた……んか?」

 

 そう思っていた。

 

 実際、それもあるんやろう。

 

 でも、たまにある。

 

 夜中にふっと目が覚めた時、身体の奥が変に熱いことが。

 

 筋肉がじんわり痛いような、骨の位置が微妙に気持ち悪いような、

 でも朝になると全部治ってる、みたいな変な感覚や。

 

 最初は「寝相悪かったんかな」で流してたけど、

 さすがに何回か続くとちょっと気になる。

 

「……寝てる間に何してんねや、ワイ」

 

 まあ、考えてもわからんので放置した。

 

 何せ生き延びるのに必死やったし、

 細かい違和感にいちいち付き合ってたらこの世界ではやってられん。

 

 それに、悪くなってる感じはしない。

 

 むしろ逆や。

 

 なんか知らんけど、前より生きやすい。

 

 それなら、今はそれでええかと思った。

 

 

 しばらくして、ワイは煙を見つけた。

 

 朝方やった。

 

 家の外でぼーっと空を見ていたら、遠くの森の向こうに、細く白いものが立ち上っていた。

 

「……煙?」

 

 最初は山火事かと思った。

 でも違う。

 あれはもっと、一定の場所から細く真っ直ぐ上がっている。

 

 人の火や。

 

 ワイの心臓が、どくんと跳ねた。

 

「……おる」

 

 人がおる。

 

 近くに。

 

 この家の主か、その仲間か、あるいは別の集落か。

 とにかく、今この時代、この近くに、生きてる人間がいる。

 

 ワイは立ち上がった。

 

 そのまま一歩、前に出る。

 

 ……出たところで、止まった。

 

「……いや」

 

 脳裏によぎる。

 

 あの時のことが。

 

 でかい象みたいなんをぶっ飛ばした後、

 猿みたいな人らにめちゃくちゃ槍投げられた記憶が、鮮明によみがえる。

 

 痛かった。

 普通に痛かったし、何よりメンタルが痛かった。

 

「……また槍飛んできたら嫌やな」

 

 ワイはその場で真剣に悩んだ。

 

 行くか。

 行かんか。

 

 行けば、もしかしたら話せるかもしれん。

 いやでも、言葉通じるんか?

 そもそも今のワイ、人間判定してもらえるんか?

 

 ワイはしばらく腕を組んで考えたあと、結局こう結論づけた。

 

「……遠くから見るか」

 

 日和った。

 

 完全に日和った。

 

 でもしゃーない。

 心は一度折れたら簡単には戻らんのや。

 

 

 そこからのワイの生活は、だいたいそんな感じになった。

 

 遠くから、人を見る。

 

 煙が上がる場所。

 川辺の気配。

 夜に火が灯る方向。

 

 それらを少しずつ辿っていって、ワイはついに見つけた。

 

 森を抜けた先の、小さな集落を。

 

 木と土で作られた簡素な家がいくつか並んでいて、

 その周りを人が行き来していた。

 

 人や。

 

 今度こそちゃんと人やった。

 

 まあ、現代人と比べたらだいぶ顔立ちも体つきも違うし、服も獣の皮とか植物を編んだものやし、文明レベルもだいぶ素朴やけど。

 

 それでも、人は人や。

 

 女が子どもを抱いて歩いていた。

 男が槍みたいなものを持っていた。

 老人っぽいのが火のそばで座っていた。

 子どもが走って転んで泣いていた。

 

 その全部が、どうしようもなく眩しかった。

 

「……すご」

 

 ワイは木の上に隠れながら、ぼそっと呟いた。

 

 なんやろな。

 

 何をしてるわけでもない。

 ただ生きてるだけやのに。

 

 それがやけに、胸に来た。

 

 人が生きてる。

 笑ってる。

 飯食ってる。

 寝て、起きて、また暮らしてる。

 

 ワイがずっと見たかったものが、そこに全部あった。

 

 せやけど、ワイは近づけなかった。

 

 木の上から見てるだけ。

 遠くの岩陰から見てるだけ。

 夜に火の明かりをぼんやり見つめるだけ。

 

 それで十分……ではなかったけど、

 それでも「ゼロ」よりはずっとマシやった。

 

 

 たまに、ワイはこっそり手伝った。

 

 ほんまに、こっそりや。

 

 夜中に獣除けの柵が壊れてたら、誰にも見つからんように直しておく。

 川の近くで変な大型獣の足跡があったら、遠くへ追い払っておく。

 畑っぽいところを荒らす猪みたいなんを、見えんところでぶん殴って山に帰す。

 

 あと、冬前に薪が少なそうな時は、近くにちょうどよさそうな木材を積んでおく。

 

「……妖怪なんかな、ワイ」

 

 自分で言ってちょっと笑った。

 

 でも、そういう立ち位置の方がまだマシやった。

 

 “人として近づいて拒絶される”より、

 “正体不明の何かとして遠くから役に立つ”方が、今のワイには気が楽やった。

 

 情けないけどな。

 

 

 そうして季節が何度か巡った頃や。

 

 その日、集落の空気は朝からおかしかった。

 

 ざわざわしていた。

 人の動きが慌ただしい。

 男たちが槍や石斧を持って外を見ている。

 

「……なんや?」

 

 ワイも離れた木の上から様子をうかがっていた。

 

 しばらくすると、原因はすぐにわかった。

 

 森の奥から、何かが出てきた。

 

 最初に見えたのは、腕やった。

 

 細長い。

 でも、人間の腕ではない。

 妙に節が多くて、黒ずんでいて、関節の向きがおかしい。

 

 次に、頭が見えた。

 

 獣とも人ともつかん顔。

 口元だけが不自然に裂けていて、その中に歯がびっしり並んでいる。

 

 全身が見えた時、ワイは思わず眉をひそめた。

 

「……なんやあれ」

 

 あれは獣ではない。

 

 でも、人でもない。

 

 なんかこう……気持ち悪い。

 

 見た瞬間に「これはおかしい」と本能が言ってくる感じ。

 今までの巨大獣や爬虫類ともまた違う、もっと嫌な方向の異質さやった。

 

 集落の人間たちも、それを感じてるんやろう。

 誰も近づけず、槍を構えたままじりじり後ずさっている。

 

 そいつは、よだれを垂らしながら、ゆっくりと集落へ歩いてきた。

 

 嫌な予感がした。

 

 ワイは木の上で身を乗り出す。

 

「……まずいな」

 

 助けるか?

 

 でも近づいたらまた――

 

 そう迷った、その時やった。

 

 集落の中央あたりから、一人の男が前に出た。

 

 若い男やった。

 他の連中より少し痩せていて、顔色もあまりよくない。

 でもその目だけは妙に鋭かった。

 

 男は震える手で、石を握りしめた。

 

 その石に――

 

 何かがまとわりついた。

 

「……え?」

 

 ワイは目を見開いた。

 

 見間違いじゃない。

 

 石の表面に、うっすらとした揺らぎみたいなものが走っている。

 空気が歪んで見える。

 しかも、それはワイが何かを作り出す時に手元へ集まる蒼い光と、どこか似た感触を持っていた。

 

「今の……」

 

 男は叫びながら、その石を投げた。

 

 ただの投石のはずやのに、石は不自然な速度で飛んだ。

 一直線に化け物の額へ突き刺さる。

 

 バキッ!!

 

 鈍い音とともに、化け物の頭がのけぞった。

 

 集落の人間たちがどよめく。

 

 男はさらにもう一つ石を掴む。

 また、あの揺らぎが走る。

 

 今度はもっとはっきり見えた。

 

 何かや。

 目に見えんけど、確かにある。

 ワイの中の蒼い光と、根っこの部分が同じもの。

 

 男が二投目を放つ。

 

 化け物の肩が砕ける。

 

 そいつは苦しげに叫び、暴れながら後退した。

 他の男たちも勢いづいて槍を投げ、石をぶつける。

 

 やがて化け物は森の方へ逃げていき、集落には一気に安堵の空気が広がった。

 

 誰かが叫ぶ。

 誰かが笑う。

 子どもが泣く。

 女たちがその男に駆け寄る。

 

 でも、ワイはそのどれもちゃんと聞こえてなかった。

 

 頭の中で、さっきの光景だけが何度も再生されていた。

 

「……おった」

 

 喉が震える。

 

 胸の奥が熱い。

 

「おったんや……」

 

 ワイと、似たような力を使う人間が。

 

 ワイだけやなかった。

 

 ワイだけが変なんやない。

 

 ワイだけが、この世界の異物なんやない。

 

 その事実が、あまりにも嬉しくて。

 

 気づいたら、ワイは木の上でぼろぼろ泣いていた。

 

「っ、よかった……」

 

「よかったぁ……」

 

 誰にも聞こえへんように、小さく、小さく。

 

 でも止まらんかった。

 

 何万年も、どこにも居場所がないみたいな気がしていた。

 何万年も、自分が人間かどうかすらわからんまま歩いてきた。

 

 でも違った。

 

 同じやつが、おったんや。

 

 いや、同じかどうかはまだわからん。

 向こうが何を使ってるのかも、何者なのかも、ワイにはまだ何もわからん。

 

 でも、少なくとも。

 

 “こういう力を持っているのはワイだけじゃない”

 

 それだけで、十分やった。

 

 

 その日の夜、ワイはいつもより少しだけ近くまで集落へ寄った。

 

 もちろん姿は見せん。

 木陰から、火の明かりを見てるだけや。

 

 昼間、石を投げてた男は、焚き火のそばに座っていた。

 周りの人たちが何かを話しかけている。

 たぶん褒めてるんやろう。

 あるいは感謝してるのかもしれん。

 

 男は少し困ったように笑っていた。

 

 その様子を見ながら、ワイはぽつりと呟いた。

 

「……ええな」

 

 ほんまに、それだけやった。

 

 羨ましい。

 ああいうふうに、誰かと笑って、誰かと飯食って、誰かに必要とされるの。

 

 ワイにはまだ無理や。

 

 たぶん、今近づいたら普通に不審者やし。

 いや、時代によっては怪異やし。

 下手したらまた槍や。

 

 でも。

 

 今日は前より、ちょっとだけマシやった。

 

 遠くにでも、居場所の気配がある。

 世界のどこかに、自分と似た力を持ったやつがいる。

 

 それだけで、明日を歩く理由にはなった。

 

 火の明かりが、ゆらゆらと揺れる。

 

 人の声が、夜風に混ざって届く。

 

 ワイはしばらくそれを眺めてから、静かに踵を返した。

 

 帰る場所は、もうある。

 

 朽ちかけた家。

 勝手に住み着いた、誰もおらん空き家。

 

 でも今のワイには、それで十分やった。

 

 

 その夜、ワイは珍しく少しだけ気分がよかった。

 

 屋根の隙間から見える星空をぼんやり眺めながら、適当に作り出した微妙に傾いてる台の上に水っぽいもんを置いて、ひとりで祝杯みたいなことをした。

 

「……乾杯や」

 

 何に対してかは、ようわからん。

 

 でも、たぶん。

 

 今日、初めて。

 

 ワイはこの世界で、自分が完全に一人やないと思えたんや。

 

 だからそれでよかった。

 

 ほんで、そのまま眠りに落ちた。

 

 

 夜中、ふと目が覚めた。

 

「……ん」

 

 身体が、少し熱い。

 

 胸の奥で、蒼い光がじわじわと巡っている感じがする。

 熱があるみたいなだるさではない。

 むしろ逆で、身体の中を何かが静かに整えているような、変な感覚やった。

 

 骨が軋むような。

 筋肉が締まり直すような。

 息の通り道が少しだけ広がるような。

 

「……なんやこれ」

 

 気味は悪かった。

 

 でも、不思議と怖くはなかった。

 

 痛みも、苦しさもない。

 ただ、身体のどこかで何かが勝手にやられている感じだけがある。

 

 しばらくぼーっとしていたけど、眠気の方が勝った。

 

「……明日考えよ」

 

 そう呟いて、ワイは再び目を閉じた。

 

 そして次に目が覚めた時には、もう全部終わっていた。

 

 身体はやけに軽く、呼吸は静かで、

 手元に蒼い光を集める感覚も、ほんの少しだけ前より自然になっていた。

 

「……ほんま、なんなんやろな」

 

 答えは出ない。

 

 でも、今はまだそれでよかった。

 

 どうせこの世界、わからんことだらけや。

 

 ひとつずつ気にしてたら、たぶん生きていけへん。

 

 だからワイは、その違和感もまた、ひとまず胸の奥へ押し込めることにした。

 

 遠くでは、人の暮らしの煙が今日も空へ上っていた。

 

 それを見ながらワイは、少しだけ笑った。

 

 ――まあええか。

 

 今日も人がおる。

 

 それだけで、しばらくは頑張れそうやった。

 

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