アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと?   作:村ショウ

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忙しく、ちょっと期間が空いてしまい申し訳ないです。



13.カリ×ト×カクニン

 

 ゼビル島の端に位置する、波の音が響く薄暗い洞窟の中。先ほどのヒソカとの遭遇から逃げ延びた俺とカストロは、気配を完全に絶ちながら深い息を吐き出していた。

 至近距離での蓄念池三つの同時爆発。俺自身も爆風の衝撃で全身が軋んでいる。だが、五体満足で生き残れたのだから上出来だ。

 

「……師匠」

 

 暗闇の中で、カストロが低く、しかし隠しきれない動揺を滲ませた声で口を開いた。

 

「先ほどの能力……あれは、私が考えていた能力ですよね? 師匠と瓜二つの分身が、具現化されていました」

 

「ああ。その通り、あれは君の能力だ」

 

 俺は岩壁に寄りかかり、タブレットを極小の光量で点灯させながら答えた。

 

「俺が使うもう一つの能力……『念課金は家賃まで(オーラスキルガチャ)』。オーラを消費して、出会ったことのある念能力者や、俺の『未来予知』の知識にある人物の能力をランダムで引き当て再現する力だ」

 

 カストロは信じられないというように目を見開いた。

 

「他人の能力を、自由に引き出して使える……? そんな馬鹿な。それではまるで、どんな相手にもそれに応じて対応できる最強の能力ではないですか」

 

「確かに見た目は最強かもしれんが。割と洒落にならないデメリットもある……」

 

 俺は自嘲気味に鼻で笑った。

 

「例えば、盗賊のように他人の能力そのものを奪い取って使う奴がいるとしよう。そういうタイプは、奪った相手のオーラや条件ごと能力を使えることもある。だが、俺のガチャは違う。獲得するのはあくまで『コピー品』であり、それを起動し維持するための燃料は、すべて『俺自身のオーラ』で賄わなければならないんだ」

 

 俺はタブレットの画面に表示された、『能力保管庫(スキルストレージ)』の項目を指差した。

 

「俺の顕在オーラ量──つまり出力は、君も知っての通り五百程度しかない。そんな出力で、君のような手練れの複雑な能力を動かせるわけがない。だから、要求されるオーラ量が俺の出力を超えている能力を使った場合、俺の意思とは関係なく強制的に『過負荷(オーバークロック)』が起動する。親切なことに獲得した能力の最低値はここで見れはするが、無尽蔵に消費するタイプの能力だと破産のリスクもありうる」

 

「……ッ。では、先ほど分身を維持し、さらに自爆特攻を仕掛けさせた間、師匠の体内ではあの異常なオーラの浪費が起きていたと?」

 

「そういうことだ。もし爆発のタイミングが1秒遅れていたら、ヒソカのオーラを相殺するために、俺の『貯念口座(オーラバンク)』のストックがそれなりには消し飛んでいたかもな」

 

 他人の強力な能力を引いたところで、燃費が悪すぎて俺の首を絞める劇薬となりうる。さらに、と俺は言葉を継いだ。

 

「このガチャから排出される能力には、『時期』の概念がある」

 

「時期、ですか」

 

「ああ。人間は成長する。子供の頃と大人になってからでは、オーラ量も能力の完成度も違うだろう? このガチャは、その人物の『特定の時期の全盛期』あるいは『特定の状態』を引っ張ってくるんだ。私が今回引いたのは、君がこのままあの分身路線を突き詰め、天空闘技場でヒソカと戦うことになっていた『未来の君』の能力だ」

 

 カストロは息を呑んだ。

 彼自身、俺と出会ったことで『分身(ダブル)』の習得を一旦放棄し、今は強化系の極致を目指している。だが、俺がガチャで引き当てたのは、原作のダブルまで完成した「IFのカストロ」だったというわけだ。

 

「……そこまで再現できるとは。師匠の能力は、底が見えませんね」

 

 アレが自身の念能力のひとまずの完成形だったことに気づき、少し適当に相槌が返ってきた。

 

「あと、この能力の最大の弱点はガチャであり、当たらないことだ。そもそも、当たっても一度しか使えない。だからこそ、普段使いはできない。あれは完全に使い捨ての切り札だよ」

 

 俺はタブレットをしまい、洞窟の入り口から外の森を見つめた。

 俺たちの第四次試験の合格ラインである六点は、すでに確保している。あとはこの洞窟で数日間、試験終了まで身を潜めていればいいだけだ。

 だが、俺の胸の中には、先ほどから冷たい焦燥感が渦巻いていた。

 

(……原作改変の、代償)

 

 ヒソカは俺とカストロをロックオンし、襲いかかってきた。俺の自爆特攻によって彼は一度退いたが、あの一戦でヒソカが「妙な満足感」を得てしまっていたらどうなる? 

 

 このゼビル島において、最も重要なイベント。それは、ゴンがヒソカからプレートを奪い、ハンターとしての才能を見せることだ。このイベントがなくても、ゴン自体には大した問題はないだろう。

 もし、ヒソカが俺たちとの戦闘の余韻で予定外の行動をとり、ゴンとの遭遇という原作のレールから外れてしまったら。それにより、ヒソカからプレートを奪えずゴンが試験に落ちれば、キルアの救出や幻影旅団編、ひいてはグリードアイランドでの修行といった未来の全てが致命的なズレを引き起こす。

 俺が生き残るための道標である『原作知識』が、ここで完全に崩壊してしまう。

 

「……カストロ。少し、森の様子を見てくる」

 

「師匠? 外に出るのは危険です。あの奇術師がまだ探しているかもしれない」

 

「だからこそだ。ヒソカの動向だけは、最低限把握しておかなければならない。君はここで待機し、俺にもしものことがあれば単独で試験を突破してくれ」

 

「……お供します。絶の状態での隠密行動なら、私も足手まといにはなりません」

 

 カストロの真剣な瞳に、俺は短く頷いた。

 

 俺たちは再び森へ足を踏み入れた。

 俺は陰で隠しながら具現化したタブレットを操作し、双眼鏡の役割を果たす簡易的なアプリを起動した。そして、また血の匂いが漂う方向へと慎重に近づいていく。

 


 

 森の深部。木々が鬱蒼と生い茂る獣道の先に、その男はいた。ヒソカだ。

 先ほどの爆発によるダメージで、彼の服はところどころ破れ、僅かに血が滲んでいる。だが、そんな負傷など全く気にしていないかのように、彼はゆっくりとした足取りで森を徘徊していた。

 

 俺とカストロは、風下にあたる数百メートル離れた大樹の上から、レンズ越しにその様子を監視した。頼む、他のターゲットを狙って、ゴンへ隙を見せてくれ。

 俺が祈るように視線を巡らせると、ヒソカから数十メートル離れたさらに別の木の上に、息を殺して葉と同化している緑色の服の少年──ゴン・フリークスの姿があった。いくらゴンが天才といえど、ゲレタにつけられていたように、いると分かっていれば俺でも見つけられる。

 

 よし、と俺は内心で安堵の息を吐いた。原作のレールは繋がっている。ゴンはしっかりとヒソカを尾行し、彼からプレートを奪う好機を窺っていた。

 だが、その場の空気は、遠く離れた俺の肌が粟立つほどに異常だった。日が傾き、森が薄暗闇に包まれ始めた頃。

 突如として、ヒソカの足がピタリと止まった。

 

『……ククッ』

 

 ヒソカの全身から、どす黒い、泥のような殺気が立ち昇った。

 先ほど俺たちに向けられたものとは質が違う。ただ純粋な、見境のない殺戮の衝動。俺という獲物に逃げられたフラストレーションが、ついに抑えきれずに決壊したのだ。

 その直後、茂みから飛び出してきていた受験者、アゴンだったか。そいつにヒソカが襲いかかる。瞬きする間もなく、奇声を上げながら近づくヒソカ。

 

 ヒソカは、血に濡れたトランプを口元に当てながら、奇妙な身震いをした。そして、おもむろに、彼は着ていた破れた服を引き裂き、上半身を露わにしたのだ。

 

「……は?」

 

 遠くからタブレットの望遠カメラ越しに見ていた俺は、思わず素っ頓狂な声を漏らしそうになった。 何やってんだあいつ。服、脱いだぞ。

 

 カストロも眉をひそめ、信じられないものを見るような目をしている。

 

「……血の興奮を抑えきれないのでしょうか。理解に苦しむ行動ですね」

 

「いや、ただの変態だろあれ。あんな筋肉ムキムキのピエロが、夜の森の中で半裸になって立ち尽くしてるんだぞ。普通に通報モンだな」

 

 俺は心の中で強烈なツッコミを入れた。

 漫画で読んでいた時は「ヒソカの狂気」としてシリアスに受け止めていたが、現実の光景として『半裸のピエロが森で殺気を撒き散らしている姿』を見せられると、恐怖よりも先にドン引きする感情が勝る。

 

 だが。そんな俺の生温かいツッコミとは裏腹に、当事者であるゴンの視界に映る世界は、極限の死地に他ならなかった。

 なぜなら、想定していたであろう上着にはプレートがなく、ズボンの右端についていたからだ。

 


 

(……すごい殺気だ)  

 

 木の上で釣り竿を構えるゴンは、全身の毛穴から冷や汗を噴き出しながら、半裸のヒソカを見下ろしていた。

 変態だとか、滑稽だとか、そんな感情が入り込む余地はない。

 ゴンの目には、ヒソカがまるで巨大な肉食獣──それも、血の飢えに我を忘れた最悪の捕食者に見えていた。

 息を吸う音さえも命取りになる。まばたき一つすれば、その瞬間に首が飛ぶ。

 ヒソカから放たれる殺気は、周囲の木々を揺らし、小動物たちを硬直させるほどの質量を持っていた。ゴンの震える手は、釣り竿のグリップに汗を滲ませている。

 

(待つんだ……)

 ゴンは己に言い聞かせる。

 ヒソカが殺意を撒き散らしている間は、絶対に隙はない。

 狙うべきは、獲物を仕留め、あるいは殺気を収めた瞬間に訪れる『静寂』。

 ハンターが、獲物を狩るその瞬間。それを狩る。

 

 時間が、粘りつくように過ぎていく。やがて、ヒソカのどす黒い殺気が、ふっと霧散した。

 彼が一瞬だが力を抜き、ターゲットに気を取られた、まさにその刹那。

 

(今だッ!!)

 

 ゴンは木を蹴り、空中に身を躍り出させた。腕の筋肉が軋むほどのスイング。釣り竿のルアーが、空気を切り裂く鋭い音を立てて一直線に飛び出し──。

 カッ! 見事、ヒソカの下半身から四十四番のプレートを弾き飛ばし、釣り上げた。

 

 ヒソカが驚愕に目を見開く。ゴンは空中でプレートをキャッチし、そのまま地面を転がるようにして着地すると、一目散に森の奥へと駆け出した。

 

「やった……! 取れた!!」

 

 ゴンが歓喜の表情を浮かべ、走る速度を上げた。だが、その直後だった。

 

 ヒュッ。 森の死角から放たれた一本の吹き矢が、ゴンの首筋に突き刺さった。

 

「あ……れ……?」

 

 強烈な筋弛緩性の毒。ゴンは足をもつれさせ、そのまま地面に激しく倒れ込んだ。

 

 茂みからゆっくりと姿を現したのは、吹き矢の使い手・ゲレタだ。

 

「悪いな、ボウズ。お前がヒソカを狙っていたように、俺はお前を狙っていたんだ」

 

 ゲレタは冷酷に笑い、動けなくなったゴンの胸からヒソカのプレートと、ゴンのプレートの両方を奪い取った。

 

「ぐっ……」

 

 ゴンが睨みつけるが、体はピクリとも動かない。 ゲレタは勝利を確信し、踵を返して歩き出した。

 

 ──しばらくして、何かが崩れ落ちる音がした。

 

「どうして……」

 

 ゴンの視界が捉えたのは、ゲレタの生首を持った半裸のヒソカだった。奪われたプレートを反対の手に持ち、ゆっくりとゴンの前へ歩み寄った。

 

「驚いたよ♦ずっと気配を絶ってチャンスを窺っていたのかい? ボクが誰かを攻撃する一瞬のスキを?」

 

「気配の消し方は自己流かい? 素晴らしいよ、野性の獣並みだ♥」

 

 ヒソカはゴンの目の前に立ち、四十四番のプレートをゴンの前に投げる。

 

「吹き矢に塗られた毒は筋弛緩剤だそうだ♣ 残り4日、キミなら、まぁ動けるようになるだろう♦」

 

「取り返しにきたんじゃないの?」

 

「ううん、褒めにきただけ。彼がボクの獲物(ターゲット)だったからそれはもういらない♥」

 

「オレもいらない……!」

 

 ゴンが必死に拒絶の声を絞り出すが、ヒソカの冷酷な瞳は微塵も揺らがなかった。

 

「そう言うなよ。それは貸しだ♣ いつか返してくれればいい♥」

 

 ヒソカはゴンの顔を覗き込み、背筋の凍るような笑みを浮かべた。

 

「それじゃね──♦」

 

「借りなんかまっぴらだ! 今、返す!」

 

 ゴンは力を振り絞り立ち上がって、プレートを掴み、叩き返そうとした。

 

「断る♠ 今の君はボクに生かされているんだよ♣」

 

 そして、ヒソカの拳がゴンの顔面に綺麗に打ち込まれる。

 

「今みたく、キミがボクの顔に一発、ぶち込むことが出来たら受けとろう♦ それまでは、キミに預ける♣」

 

 ヒソカはそれだけ言い残し、足音一つ立てずに森の奥へと消えていった。残されたゴンは、地面に突っ伏したまま、自分の無力に項垂れることしかできなかった。

 


 

「……終わったな」

 

 望遠レンズ越しにその一部始終を見届けていた俺は、木の枝の上で深く、深い安堵の息を吐き出した。

 心臓の鼓動がようやく正常なリズムに戻っていくのを感じる。

 

 俺の爆発による介入というイレギュラーはあったが、原作の大きな柱──ゴンとヒソカの因縁、そしてゲレタの死という一連のイベントを見届けられた。

 ゴンのハンター試験合格は、これでほぼ確定したと言っていい。未来への道標は、失われていない。

 

「……あの少年も、恐ろしい才能ですね」

 

 カストロが、ゴンの絶叫が響く森を見つめながら静かに言った。

 

「あの極限状態のヒソカの隙を突いて、狙い通りにプレートを奪い取る。並の精神力と集中力ではありません」

 

「ああ。彼は間違いなく、本物のハンターになる」

 

 俺はタブレットの具現化を解いて、立ち上がった。

 

「だが、俺たちのやることは変わらない。残りの日数を、洞窟で静かにやり過ごすだけだ。だが、君もヒソカに似たような執着を向けられていることを忘れるなよ」

 

 第四次試験の合格ラインはクリアし、最大の懸念だった原作改変の危機も乗り越えた。 あとは、このサバイバルが終わり、最終試験の舞台へと進むのを待つのみだ。

 俺はカストロを促し、木を飛び降りて、元いた洞窟へと静かに帰還の途についた。

 

 

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