アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと? 作:村ショウ
まずは流星街での準備から!
灰色の空から、ザラザラとした砂混じりの風が吹きつけてくる。
俺は息を荒らげながら、崩れかけたゴミの山を駆け上っていた。足元はひどく不安定で、油断すれば鋭利な金属片やガラスの破片が容赦なく靴底を貫いてくる。
肉体年齢はまだ六歳。いくら流星街の過酷な環境で育ったとはいえ、歩幅も体力もたかが知れている。
「待て、このクソガキ!」
背後から、野太い怒声が飛んできた。
振り返らなくてもわかる。スリや強盗をなりわいとしている、流星街のならず者たちだ。俺がゴミ山から拾い集めた換金できそうなガラクタに目をつけ、横取りしようと追ってきている。
ヒュッ、と風を切る音がして、背中に鈍い衝撃が走った。投げつけられた石だ。
俺はすでに体表を薄いオーラの膜、
その隙に、回り込んでいた大柄な男の一人が、サビだらけの鉄パイプを振り上げて俺の前に立ち塞がった。
「すばしっこいネズミだ。おとなしく荷物を置いていけば、痛い目を見ずに済んだものを」
ニタニタと笑う男の顔には、明確な暴力の意思が浮かんでいる。
逃げ場はない。俺は短く息を吐き、体内からオーラを練り上げた。
男が鉄パイプを振り下ろすより早く、俺はその懐に潜り込み、渾身の力を込めて男の腹部へ拳を打ち込んだ。
ドスッ、というくぐもった音が響く。
念を込めた一撃だ。普通の人間なら、内臓を揺らされて昏倒してもおかしくない。
だが。
「……あ? なんだ、今の」
ここは流星街、明確な四大行を知らずとも僅かに念を纏うものもいる。男は少しよろめき、顔をしかめただけだった。肋骨が折れるどころか、膝をつくことすらしていない。
「痛えな、この野郎!」
怒りで顔を真っ赤にした男が、無造作に蹴りを放ってくる。俺は咄嗟に腕を交差させてガードしたが、そのままゴミの斜面を数メートル転げ落ちてしまった。
すぐに立ち上がり、追撃が来る前に迷路のようなスクラップの隙間へ飛び込む。小柄な体を活かして入り組んだ暗がりを抜け、彼らが諦めて悪態をつく声が遠ざかるまで、ただひたすらに走り続けた。
孤児院から少し離れた廃バスの中に逃げ込み、俺は膝を抱えて荒い息を吐いた。
ここは俺が見つけた秘密の隠れ家だ。しばらくは安全だろう。
全身の泥を払いながら、俺は先ほどの戦闘を冷徹に振り返っていた。
なぜ、念を込めた拳が効かなかったのか。
答えは明白だ。顕在オーラ量が低すぎるからだ。
物心ついた時から基礎修行を重ねてきたが、今の俺が一度に出力できる顕在オーラ量は、おそらく200オーラ未満。
これは、ハンターハンターの世界において、戦闘要員としては絶望的な数値だ。参考までに中堅ハンターなら1500オーラ以上といわれており、ナックル戦のゴンのジャジャン拳は4000オーラにもなる。いくら俺が
あと、俺の元の身体能力が低いのも大きいだろう。試しの門を開けるような人間離れした怪力があれば、なんなら念もなしでも勝てるだろう。実際、ズシをキルアは念なしで圧倒していた。
強化系の素質があれば、その少ないオーラでも効率よく肉体を強化できたかもしれない。だが、俺のオーラにはそんな爆発力は欠片もなかった。
「普通の戦い方じゃ、絶対に生き残れない」
錆びたバスの床を殴りつけ、俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
潜在オーラ量──体内に眠っているオーラの総量は、気が狂いそうなほどある。長時間
だが、戦闘において総量は「継戦能力」でしかない。一撃の威力や防御力を決めるのは、あくまで「顕在オーラ量」だ。
いくら巨大なダムを持っていようが、排水管がストロー一本なら、目の前の火事すら消せない。俺の才能は、あまりにも歪だった。
この出力不足をどうにかしなければ、いずれ念能力者の端くれに出会った瞬間、あっけなく殺される。
自分の系統を正確に把握し、その欠点を補う
俺は隠れ家の隅から、孤児院の厨房からこっそり持ち出してきた欠けたグラスと、比較的きれいな水を入れたペットボトルを取り出した。そして、外のゴミ山から拾ってきた枯れ葉を一枚用意する。
グラスに水を注ぎ、葉を浮かべる。グラスの縁に両手を添え、ゆっくりと
俺のオーラがグラスの中の水に干渉していく。しばらくすると、水の中に白い結晶のような不純物がいくつも現れ、ゆっくりと底へ沈んでいった。
「……やはり具現化系、か」
ため息が漏れた。
悪い系統ではない。だが、直接的な戦闘力という点では、強化系や放出系に劣る。クラピカのように強力な制約と誓約を課さなければ、単なる器用貧乏で終わる危険性が高い系統だ。
だが、ここでふと妙な違和感に気づいた。
オーラを練り上げている最中、俺の意識の片隅には、先ほどの大男に対する恐怖や焦りとともに、「前世の記憶」が強くよぎっていたのだ。
この世界がハンターハンターという漫画の世界であること。自分がルーレットで転生させられた異物であること。そのメタな認識を強く意識した瞬間、体から立ち昇るオーラの質感が、ぬるりとした異質なものに変わる感覚があった。
「もしかして……」
俺はもう一度、新しい水と葉を用意してグラスに注いだ。
今度は、前世の記憶と原作の知識を強烈に脳裏に描き出しながら、グラスにオーラを注ぎ込む。ゴン、キルア、ヒソカ、幻影旅団──この世界の未来の光景を強く念じながら
すると、今度は水に不純物は現れなかった。代わりに、浮かべていた枯れ葉がさらに干からびてボロボロに崩れ、水全体がひどく濁った色に変わったのだ。
「特質系……!」
心臓が大きく跳ねた。
俺は生来の系統は具現化系であるが、前世の記憶──この世界の「原作知識」という異物を強く思い浮かべている時に限り、特質系にシフトできるらしい。
なるほど、転生者ならではのバグのようなものか。だが、これなら活路がある。
具現化系ベースで、特質系の要素を組み込める。ならば、俺が創るべき能力はなんだ?
俺の強みは「原作知識」と「無駄に巨大な潜在オーラ」。弱みは「絶望的に低い
これらを結びつける形が必要だ。
まずは、特質系を安定させるために原作知識を引き出し、自分の情報を管理するための中枢。
現代の象徴とも言えるデバイス。スマートフォン、いや、もっと一覧性が高く操作しやすいものがいい。そう、タブレットだ。
俺は目を閉じ、手に馴染んだ薄い金属とガラスの板を強烈にイメージした。ただの板ではない。俺の特質系としての記憶とリンクし、情報を可視化する端末。
手のひらにオーラを集束させる。具現化の修行は本来なら何ヶ月もかかるものだが、自分が現代で骨の髄まで使い込んでいた道具のイメージは、驚くほど鮮明に形を結んだ。
逃げ隠れしながらの数週間だった。
カチッ、という硬質な感触とともに、俺の両手の中に黒いタブレット端末が現れた。
『
画面には、俺のオーラ残量や状態を管理するアイコンが並んでいる。さらに、この能力がうまく機能すれば特質系にシフトしている状態であれば、原作の漫画やアニメの映像すら再生できるはずだ。これは神から与えられた記憶にも関連しているのかもしれないが、思いのほか能力にしやすかった。
曖昧になりかけていた原作知識という、情報の優位性は確保できた。
だが、問題はまだ解決していない。情報は力だが、それだけでは戦えない。根本的な「出力不足」をどうするかだ。
「出力が低いなら、レバレッジをかけるしかない」
俺はタブレットの冷たい画面を指でなぞりながら、自らの歪な名前を反芻した。
利得・レバレッジ。
手持ちの資金が少ないなら、資産を担保にして取引の規模を膨らませる仕組み。
俺の場合の担保は、有り余る潜在オーラだ。
念能力の効果を引き上げるためには、相応のリスク、すなわち「誓約と制約」が必要になる。
俺が設定すべき制約は極めてシンプルだ。
「能力の効果を『n倍』にする代わり、消費オーラを『nの二乗倍』にする」
頭の中で計算式を組み立てる。
『
特質系の間増えている顕在オーラ量の300オーラを、二倍の600オーラに引き上げるとする。倍率nは2倍。消費オーラは2の二乗で4倍。
つまり、600オーラの出力を得るために、一秒あたりに消費するオーラが通常の4倍になる。
もし10倍──3000オーラの出力を得ようとすれば、消費は100倍。
ただでさえ激しい戦闘中のオーラ消費が、二次関数的に跳ね上がっていく。念費という概念が崩壊するほどの悪魔的な浪費だ。
だが、俺にはそれを一時的に支払えるだけの「メガ盛り」な潜在オーラがある。
試しに、俺は立ち上がり、『
倍率は二倍。たった二倍だ。
その瞬間──全身の毛穴から、無理やりオーラを引っこ抜かれるような強烈な圧迫感に襲われた。
「ッ……!」
息が詰まる。肺が潰されたような苦しさ。
体の外に顕在するオーラは、確かに普段の二倍ほどに分厚くなっている。これなら、さっきの大男の鉄パイプも片手で止められるだろう。
だが、体内の潜在オーラから、蛇口を無理やりこじ開けられたような勢いでオーラがドバドバと流れ出していくのがわかる。
たった数秒維持しただけで、俺は集中力が持たずに能力を解除し、その場に膝をついた。
「ハァッ……ハァッ……ひどく非効率だな……」
全身が汗だくだった。
これでは、仮に集中力が持つようになっても一時的に上位の念能力者と渡り合えるかもしれないが、長期戦になれば確実にオーラが枯渇して死ぬ。ゴンのジャジャン拳はただの掛け声の制約だけで顕在オーラが1800オーラのところ、4000まで引き出せていたのに、こちらは2倍のために4倍オーラが必要なのは才能の差を感じざるをえない。
戦闘中は攻撃や防御、移動にもオーラを使う。そこにこの『
「……なら、事前に貯蓄しておけばいい」
荒い息を整えながら、俺の脳裏に最後のピースがはまった。
俺の潜在オーラは、平常時であれば放置していてもどんどん回復し、常に満タン状態で溢れている。その溢れた分はただ無駄に垂れ流されているだけだ。
だったら、その無駄になっているオーラを、具現化した「箱」に詰めて保存しておけばいい。
過負荷による最悪の念費をカバーし、さらには出力の低さを手数や物量で補うための外部バッテリー。
俺は再び具現化のイメージを固めた。
今度は、片手で持てる程度の無骨な四角い箱。大容量のモバイルバッテリーだ。
これに、自分の潜在オーラの数パーセント、あるいは顕在オーラの最大値までを注ぎ込めるようにする。
『
具現化した箱にオーラを流し込むと、箱の表面に青いインジケーターが点灯し、徐々にオーラが貯まっていく感覚があった。
俺の細い蛇口から注水しているため、一つの箱を満タンにするにはかなりの時間がかかるだろう。ざっと見積もって数時間。
だが、時間はたっぷりある。俺はまだ六歳だ。原作が始まるまで、十年以上の猶予がある。
毎日、少しずつこの箱を作りオーラを貯め続けたらどうなる?
戦闘の際、自分の出力不足をこのバッテリーから引き出したオーラで補い、『過負荷』の念費の悪さを外部から継ぎ足してカバーする。
他人にこのバッテリーを渡せるようにすれば、支援にもなる。トラップとして一気に解放すれば、擬似的な爆弾にもなるかもしれない。
廃バスの窓から差し込む夕日が、具現化した黒いタブレットと、無骨なバッテリーの箱を照らしていた。
俺は二つの道具を交互に見つめ、ゆっくりと口角を上げた。
絶望的に細い蛇口。
だが、その蛇口から毎日少しずつ水を貯め、必要な時に一気にレバレッジをかけて解放する仕組みができあがりつつある。
点と点が繋がり、一つのシステムとして骨格を成し始めた。
最強にはなれないかもしれない。真正面からの殴り合いでは、一生勝てないかもしれない。
だが、勝率を上げることはできる。負けにくくすることはできる。
自分の歪な才能を運用する道筋が、はっきりと見えた瞬間だった。
「さて……貯蓄を始めるとするか」
流星街の冷たい風の音を聞きながら、俺は次のバッテリーの具現化に取り掛かった。