アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと?   作:村ショウ

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07.シュギョウ×ト×シケン

 

 森の木々が、爆発的な風圧に煽られて大きくしなっている。

 空き地の中央で、純白の道着に身を包んだカストロが低く腰を落としていた。彼の体表を覆うオーラは、先ほどまでの静かな『(テン)』から一変し、まるで燃え盛る炎のように激しく揺らめき、そして膨張している。

 それは、ただの『(レン)』ではない。

 

「──『神・虎咬拳(しん・ここうけん)』」

 

 カストロが静かに技名を口にした瞬間、彼を包むオーラの体積と密度が、文字通り「倍」に跳ね上がった。

 ダンッ、と彼が地面を蹴る。それだけで分厚い岩盤がクレーターのように陥没し、凄まじい土煙が巻き上がった。弾丸のような速度で前方に置かれた大岩へと肉薄したカストロは、両手にオーラを集中させ、虎の牙を模した構えから強烈な連撃を打ち込んだ。

 轟音。

 大人の背丈ほどもある硬質な岩が、まるで脆いビスケットのように粉々に砕け散り、破片が散弾となって森の奥へと吹き飛んでいった。

 

「……ハァッ、ハァッ……威力は申し分なし。だが、まだ息が上がる」

 

 カストロは構えを解き、肩で息をしながら自らの両手を見つめた。

 俺は少し離れた倒木の上から、具現化した『空想電脳板(ファンタジータブレット)』の画面越しに彼のステータスを確認していた。

 

「そりゃそうだろう。出力を二倍にするために、四倍のオーラを燃やしているんだからな」

 

 俺が声をかけると、カストロは苦笑しながら振り返った。

 彼が今放った『神・虎咬拳(しん・ここうけん)』は、俺の能力である『過負荷(オーバークロック)』の理論を応用した、カストロ独自の強化技だ。四倍のオーラを消費することで、顕在オーラ量を一時的に二倍に引き上げる簡易版のレバレッジ。

 ナックルを真似るヂートゥみたいで、あまり真似をしてもらうのは良くないとは思っていたが、ここまで強いとはな。

 

 強化系である彼がこの技を使った場合、単にオーラが増えるだけでなく、肉体の筋力、瞬発力、さらには再生力までもが乗算的に跳ね上がる。ドラゴンボールの『界王拳』に近い、極めて理にかなった必殺技だ。

 

 とはいえ、彼の才能からしたらこれはそこまでメモリを無駄にするような技でもない。ここからの拡張的な発も作れるだろうし、顕在オーラの割り当ての意味のメモリーでも、逆に増やす方に動くのだから悪くない。消費は激しいが分身(ダブル)の方向性だとしても、申し分ないだろう。オーラが倍なら半々でも相当な火力になるからだ。

 

 だが、問題はやはり念費だ。ジャジャン拳のような一時的な溜め技ですら莫大なオーラを消費するのに、全身の出力を倍化させたまま動き回れば、いくら彼でもすぐにオーラが底をつく。

 そこで、俺の出番というわけだ。

 

「オーラ残量が三割を切っている。送るぞ」

 

 俺はタブレットの画面を操作し、『念送信(センドオーラ)』のアプリを起動した。

 あらかじめ採取しておいたカストロの血液をキーにして、俺の『貯念口座(オーラバンク)』から彼の体内へ直接オーラを流し込む。

 カストロの体がビクッと震え、枯渇しかけていたオーラが一瞬にして満ち溢れた。

 

「……何度受けても、背筋が凍るような支援だ。師匠のその無尽蔵のオーラは、一体どういうカラクリなんだ?」

 

「企業秘密だ。言っただろう、俺はただの打算で動く男だと。君が前で戦い、俺が後ろから燃料を注ぐ。これで、最高のツーマンセルが組める。あの奇術師の首を刈るときは単独で戦ってもらっても十分だろうが」

 

 カストロは爽やかに笑い、深く頭を下げた。

 

 修行を開始して数ヶ月。

 カストロの武闘家としての吸収力は、俺の想像を遥かに超えていた。

 俺が提示した『(リュウ)』の攻防力移動や、念の基礎理論を完璧に理解した彼は、一時的にダブル路線を封印している。そして、己の肉体そのものを極限まで鍛え上げる強化系の王道へと回帰したのだ。

 接近戦での圧倒的な制圧力。そして、中距離の敵に対しては、ダブルの代わりに隣の変化系と放出系の技術をわずかに混ぜて、拳からずらした位置に牙状のオーラによる斬撃を飛ばす技術も身につけつつある。ビスケの系統別修行を参考にしたのが功をそうしたかもしれない。

 カストロの才能ならこれからダブルの封印を解いて、身につけても良いだろう。

 この数ヶ月で、カストロの実力は原作の天空闘技場時代をとうに超えたと言っていい。

 

「ところで師匠。先日から、少しずつ荷物をまとめているようですが……この森を出るおつもりで?」

 

 焚き火の前で干し肉をかじりながら、カストロが尋ねてきた。

 俺は手元のタブレットを消し、静かに頷いた。

 

「ああ。そろそろ、実践の場に移る時期だ。今年のハンター試験を受ける」

 

「ハンター試験、ですか。師匠ほどの念の使い手が、なぜ今更? プロのライセンスなどなくとも、金なら裏の世界で十分にやっていける力はおありでしょうに」

 

「ライセンスがあるのとないのでは、情報網や渡航の自由度が天と地ほど違うからな。それに……」

 

 俺は炎の揺らめきを見つめながら、理由を口にした。

 

「今回の試験には、一千万人に一人レベルの『面白いルーキー』たちが集まる。彼らと今のうちに接点を持ち、恩を売っておくことは、将来的に大きな利得になる」

 

 カストロは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに納得したように頷いた。

 

「師匠の『未来予知』が、そう告げているのですね」

 

「そんなところだ。俺は正面から無双できるような才能はないからな。知っている問題が出るテストなら、受けておくべきだろう」

 

 俺は立ち上がり、カストロを見下ろした。

 

「どうだ、君も一緒に来るか? ハンターの資格があれば天空闘技場への移動も楽になるし、何より、あのヒソカも今年の試験に現れるはずだ」

 

 ヒソカの名が出た瞬間、カストロの纏うオーラが微かに殺気を帯びた。

 だが、彼はすぐにそれを律し、静かに立ち上がった。

 

「……お供します。私の新しい武を試すには、これ以上ない舞台だ」

 


 

 数日後、俺たちはザバン市の街並みを歩いていた。

 流星街の灰色の空とは違う、鮮やかなネオンと人々の喧騒。カストロは道着の上に目立たないコートを羽織り、俺の斜め後ろを静かについてきている。

 

 第287期ハンター試験。

 毎年場所が変わるため、通常ならナビゲーターと呼ばれる案内人を頼らなければ会場に辿り着くことすら困難だ。だが、俺には前世からの原作知識がある。

 雑踏を抜け、とある裏通りを出ると、目的の定食屋が見えてきた。ザバン市ツバシ町2-5-10であることを確認する。

 

「ここが会場の入り口ですか?」

 

 カストロが看板を見上げながら訝しげに呟く。

 

「ああ。ダミーの定食屋だ」

 

 俺たちは暖簾をくぐり、店内へ入った。油の匂いと、常連客らしい数人の男たちの話し声が響いている。

 カウンターの奥にいた親父が、胡散臭そうな目で俺たちを見た。

 

「いらっしゃい。何にする?」

 

「ステーキ定食。二つ」

 

 俺がそう言うと、親父の目の色が微かに変わった。

 

「焼き方は?」

 

「弱火でじっくり」

 

「……奥の部屋へ行きな」

 

 親父の顎がしゃくった先、店の奥にある個室へ入ると、そこは窓一つない殺風景な小部屋だった。

 扉が閉まると同時に、足元から微かな駆動音が鳴り、部屋全体が急激に下へと沈み始めた。この部屋自体が、巨大なエレベーターになっているのだ。

 

「このエレベーターで地下まで降りる。ここから先は、ただの武闘家やゴロツキの集まりじゃない。プロ顔負けの殺し屋やスナイパー、毒使いもいる。警戒を怠るなよ」

 

「承知している」

 

 カストロの顔が引き締まる。

 

 やがて、長い下降が終わり、チーンという間の抜けた電子音とともにエレベーターの扉が開いた。

 その瞬間、むせ返るような熱気と、ねっとりとした無数の殺意が肌を撫でた。

 広大な地下のトンネル。そこには、すでに数百人の受験者たちが集まり、互いを値踏みするような視線を交錯させていた。

 

「番号札を受け取ってくれ。君は四百三番、俺が四百四番だ」

 

 丸いプレートを受け取り、胸に留める。

 トンネルの中を歩き出し、少し開けた場所で壁に背を預けた。

 俺は視線だけを動かし、会場の顔ぶれを確認していく。

 パソコンを叩くニコル、蛇使いのバーボン、蜂を操るポンズ、忍者のハンゾー。そして──。

 

「……ッ」

 

 隣に立つカストロの呼吸が、ほんの一瞬だけ止まった。

 彼の視線の先、トンネルの奥の暗がりに、壁にもたれかかってトランプを弄るピエロの姿があった。

 ヒソカだ。

 周囲の受験者たちが無意識に距離をとるほどの、異質で凶悪なオーラ。彼はただそこにいるだけで、圧倒的な死の気配を撒き散らしていた。

 カストロの拳が微かに震える。恐怖ではなく、二年間の屈辱を晴らさんとする純粋な闘志だ。

 

「落ち着け、カストロ」

 

 俺は低い声で釘を刺した。

 

「今はまだ、手の内を見せる時じゃない。あのバケモノを狩るのは、確実に倒せる盤面が整ってからだ」

 

「……わかっています、師匠」

 

 カストロは深く息を吐き、静かに視線を外した。流石の自制心だ。

 

「やあやあ、新顔さんだね!」

 

 ふと、横から妙に愛想の良い声が響いた。

 見ると、ずんぐりとした体型のおっさんが、愛想笑いを浮かべながら近づいてきていた。三十五回も試験に落ち続けている『新人潰し』のトンパだ。

 

「俺はトンパ。よろしくな。お近づきの印に、これでも飲んで──」

 

「いらん。他所へ行け」

 

 俺が口を開くより早く、カストロが冷たく一蹴した。

 その声には、武闘家としての鋭い覇気がわずかに乗っていた。トンパはヒッと短い悲鳴を上げ、ジュースの缶を持ったままそそくさと逃げていった。

 流石は前衛。こういう雑魚の処理は任せておいて正解だ。

 

 やがて。

 ウィィィン、と重苦しい音を立てて、再びエレベーターの扉が開いた。

 会場にいた何人かの受験者たちが、品定めするようにそちらへ視線を向ける。俺も同じように目を向けた。

 

 扉の中から現れたのは、三人。

 くたびれたスーツを着た背の高い男、レオリオ。

 民族衣装を纏った中性的な顔立ちの少年、クラピカ。

 そして──緑色の服を着て、背中に釣り竿を背負った、目を輝かせる少年。

 ゴン=フリークス。

 

 この世界の、絶対的な中心。

 彼らを見た瞬間、俺の胸の奥で、静かだが確かな高揚感が燃え上がった。

 流星街での過酷な幼少期。気の遠くなるようなバッテリーの充念生活。自身の出力不足を補うための、システム構築とレバレッジの設計。

 すべては、この瞬間に間に合わせるために積み上げてきたものだ。

 

「……来たか」

 

 俺は口元に微かな笑みを浮かべた。

 2000年1月。第287期ハンター試験。

 いよいよ、ここからが本番だ。

 

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