アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと?   作:村ショウ

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08.ツウロ×ト×ショウエネ

 

 ジリリリリリリッ! 

 地下トンネルの無機質な空間に、甲高いベルの音が鳴り響いた。

 受験者たちのざわめきがピタリと止む。トンネルの奥に設置されていたシャッターが重々しい音を立てて上がり、その向こうから一人の男が姿を現した。

 手足が異様に長く、口ひげを蓄えた顔には口がないように見える。第287期ハンター試験、第一次試験の試験官・サトツだ。

 

「お待たせいたしました。これより、ハンター試験第一次試験を開始いたします」

 

 サトツは淡々とした口調で告げると、奇妙な歩幅でスタスタと歩き始めた。

 

「私についてきてください。それが第一次試験です」

 

 説明はそれだけ。受験者たちは顔を見合わせながらも、慌てて彼に追従し始めた。

 最初は早歩き程度だったペースが、徐々に小走りになり、やがて完全な駆け足へと変わっていく。延々と続く地下道。景色が変わらない中での長距離走は、肉体以上に精神を削る。

 だが、俺にとっては予想通りの展開だった。

 

「師匠、随分と余裕ですね」

 

 隣を並走するカストロが、息一つ乱さずに声をかけてきた。

 純白の道着姿の彼は、武闘家として極限まで鍛え上げられたフィジカルを持っている。この程度のランニングなど、彼にとっては準備運動にすらならないだろう。

 

「念を使える人間が、こんなところで無駄な体力を使う必要はないからな」

 

 俺は淡々と返した。

 俺の肉体スペックは、カストロやゴンたちのようなバケモノには遠く及ばない。だが、それでも一般の受験者より遥かに涼しい顔で走れているのには理由がある。

 体表を覆う『(ケン)』によって筋肉の疲労を抑え、足元にはオーラを集中させることで、歩法を最適化しているのだ。顕在オーラ量が五百程度しかない俺だが、この程度の過負荷なし省エネ運用なら何時間でも維持できる。

 正面から体力勝負をするのではなく、いかに効率よく消耗を抑えるか。それが俺の生き残り方だ。

 

 走りながら、俺は片手で『空想電脳板(ファンタジータブレット)』を具現化し、画面を眺めていた。タブレットである以上、普通のタブレットに近い機能も再現されている。シャルナークの携帯が電話機能も使えるのと同じだ。

 自作の管理アプリには、現在の走行距離、心拍数、オーラの消費効率、そして『貯念口座(オーラバンク)』の残高などが表示されている。ペース配分を視覚化するためのツールだ。

 

「……ん?」

 

 不意に、横からひょっこりと顔を出した小太りの青年が、俺の手元をまじまじと見つめてきた。

 特徴的なサスペンダー姿。彼の手には、走りながら操作している分厚いノートパソコンが抱えられている。受験番号187番、ニコルだ。

 

「見ない型の端末だね。随分と薄くて軽量そうだけど、どこのメーカーの品だい?」

 

 ニコルは息を弾ませながらも、好奇心を隠せない様子で尋ねてきた。

 この時代、ノートパソコンはまだ分厚く重い。俺が片手で扱っている一枚板のタブレットは、彼の目には未知のオーバーテクノロジーに映ったのだろう。

 

「特注品さ。俺の『自作』みたいなものでね」

 

 念能力による具現化物だとは言わず、俺は適当にごまかした。

 

「へえ、自作か! 君もデータや情報を重視するタイプなんだね。僕もそうさ。このパソコンには、過去の試験のデータや受験者の情報がぎっしり詰まっているのさ」

 

 ニコルは得意げにノートパソコンのキーボードを叩いた。

 

「体力勝負に見えるこの試験も、ペース配分と情報管理が鍵を握る。君のその端末も、そういう用途なんだろ」

 

「まあ、そんなところだ。情報のない戦いは、ただのギャンブルだからな」

 

 俺が同意を示すと、ニコルは嬉しそうに頷いた。

 完全な同類というわけではない。だが、肉体派や戦闘狂ばかりが集まるこの殺伐とした試験会場において、「電子機器で情報を管理する」というアプローチをとる者同士、奇妙なシンパシーがあった。

 

「僕はニコル。お互い、無事に合格できるといいですね」

 

「リトクだ。ペースを崩さないように気をつけてな」

 

 俺が軽く応じると、ニコルは自分のペースを守るために少し後方へと下がっていった。

 

 彼の運命を、俺は知っている。

 この後、アモリ三兄弟の精神的な揺さぶりに屈し、彼は絶望の中で脱落することになる。

 助ける義理はないし、精神的な脆さを抱えた彼がこの先のハンター試験を生き残れるとも思えない。だが、前世のネット社会の匂いを感じさせる彼との短い会話は、少しだけ俺の緊張をほぐしてくれた。

 

 数十キロ地点。

 周囲の受験者たちの息が上がり、脱落者がポツポツと出始めていた。

 ふと、俺の横を小さな影が猛スピードで駆け抜けていった。

 

「ねえねえ、おじさん! そのカバン、重くないの?」

 

 スケボーを手に持った少年──キルアが、スーツ姿で滝のような汗を流すレオリオに無邪気な声をかけている。

 

「おじさんじゃねェ! 俺はまだ十代だぞ!」

 

 レオリオが怒鳴り返し、その横を金髪のクラピカが涼しい顔で走り抜けていく。そして、そのキルアもからかうように通り過ぎた。

 

 原作の主要メンバーたち。

 漫画のページ越しに見ていた彼らが、今、同じ空間で息を吐き、言葉を交わし、走っている。

 ゴンのあの底知れない無垢さと、野生動物のような身体能力。レオリオの泥臭い生命力。クラピカの冷徹なまでの観察眼。

 

 俺は『空想電脳板(ファンタジータブレット)』をしまい、静かに彼らの背中を見送った。

 

(……本当に始まっているんだな)

 

 感慨に浸りそうになる意識を引き締め、俺はオーラの配分を微調整してペースを維持した。ここで無駄に目立って、彼らの物語に不要なノイズを入れる必要はない。今はただ、確実についていくだけだ。

 

 やがて、長い長い地下道が終わり、果てしない階段が現れた。

 階段を駆け上がり、ついに地上への出口が見えた時、俺とカストロは集団の上位グループにつけていた。

 外に出ると、そこは深い霧に包まれた異様な湿地帯だった。

『ヌメーレ湿原』。通称、詐欺師の棲み処。

 最初にその洗礼と言わんばかりの騙しがあったが、ヒソカの挑発的な判定で見破られた。

 

「ここから先は、霧ではぐれると命を落とします。私から絶対に離れないように」

 

 サトツの警告とともに、第一次試験の後半戦が幕を開けた。

 

 湿原の道中は、奇妙な生物たちの襲撃と、濃霧による視界不良が続く。

 カストロは武闘家としての勘を頼りに、俺は原作知識と足元のトラップを避けるために、最低限である数m程度の『(エン)』を組み合わせることで、危険なルートを的確に回避した。

 

「師匠」

 

 湿原の中盤、後方から聞こえてきた悲鳴に混じって、カストロが低い声で囁いた。

 

「後ろの霧の中で、凄まじい血の匂いと殺気が膨れ上がっています。ヒソカが、動いているようです」

 

 カストロの拳が微かに握り込まれる。彼にとっては因縁の相手だ。今すぐ引き返して、霧の中で決着をつけたいという衝動があるのだろう。

 

「放っておけ。ただの奴の暇つぶしだ」

 

 俺は立ち止まることなく、前を走るサトツの背中を見据えたまま言った。

 

「あいつは自分の眼鏡にかなった獲物を『青い果実』として品定めしているだけだ。今ここで私たちが介入すれば、無用な消耗を強いられる。それに今ではないだろう」

 

「……承知しました」

 

 カストロは短く答え、己の闘気を再び内側へと沈めた。

 ヒソカの試験官ごっこ。あそこでゴンがヒソカに目をつけられるのは、原作における重要な分岐点だ。俺が下手に介入してヒソカの興味を逸らせば、今後の未来予測が狂いかねない。

 勝てる戦い以外はしない。それが俺のルールだ。

 

 やがて、濃い霧が晴れ、巨大な鉄格子の門が見えてきた。

 第二次試験会場、『ビスカ森林公園』だ。

 到着した受験者たちは、地面に倒れ込んだり、膝をついて荒い息を吐いたりしている。スタート時に四百人近くいた受験者は、半分以下にまで減っていた。

 俺は軽く肩を回し、カストロとともに木陰に陣取った。

 周囲を見渡すが、ノートパソコンを抱えたニコルの姿はどこにもなかった。やはり、最初の道中で脱落してしまったのだろう。

 

「随分と数が減りましたね。しかし、残っている者たちの中には一癖も二癖もありそうなものがいますね」

 

 カストロが周囲の受験者たちを鋭い目で観察しながら言った。

 

「ああ。だが、ここまではただの体力テストだ。本当に厄介なのはここから先だよ」

 

 俺は軽く息を吐き、衣服の下に隠した『携帯する蓄念池(モバイルオーラバッテリー)』の重みを確認した。

 

 第一次試験は、省エネと知識だけで無難に切り抜けた。

 だが、次に行われる第二次試験は、美食ハンターたちによる理不尽極まりない料理のテストだ。体力や戦闘力だけではどうにもならない盤面がやってくる。

 周りで疲労困憊している受験者たちを眺めながら、俺は脳内で次の手を組み立て始めた。

 

 俺の最大の武器は、手札の多さと準備だ。

 次なる課題に向けて、俺は静かに口角を上げた。

 





ハンター試験編は主人公の能力の出しどころが少ないのが難しい。天空闘技場まで主人公の火力部分はお預けかも…。
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