アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと?   作:村ショウ

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09.ニジシケン×ト×カイニュウ

 

 深い霧の立ち込める湿原を抜け、たどり着いた第二次試験会場『ビスカ森林公園』。

 広大な敷地の中にポツンと設けられた調理設備を前に、受験者たちは息を整えながら試験官の言葉を待っていた。

 

「おまたせ。第二次試験は私たち美食ハンターが務めるわ」

 

 巨漢のブハラと、露出の多い服を着た勝気そうな女性、メンチ。二人とも、プロの美食ハンターだ。

 

 ブハラが出した前半の課題は『豚の丸焼き』。

 この森に生息する世界で最も凶暴な豚、グレイトスタンプを狩ってこいというものだった。

 だが、原作知識のある俺からすればボーナスステージのようなものだ。ゴン達が豚の弱点である額を見抜き、大声でそれを叫んだことで、他の受験者たちもこぞって豚を狩り始めた。

 俺とカストロも手頃な豚を二頭見つけ、カストロの素早い手刀と、俺もオーラを込めた打撃であっさりと仕留めた。あとは備え付けの設備で丸焼きにするだけだ。

 ブハラの底なしの胃袋が豚を何十頭も飲み込み、前半戦は半数以上の受験者が無難に通過した。

 

 問題は、ここからだ。

 

「さて、後半は私よ」

 

 メンチが組んだ脚を組み直し、挑発的な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「私のメニューは……『スシ』よ! それも、スシはスシでも『握りズシ』しか認めないわよ」

 

 受験者たちの間に、困惑のざわめきが広がった。スシ。この世界において、それはごく一部の島国でしか知られていない極めてマイナーな郷土料理だ。

 

 誰もが作り方を知らずに立ち尽くす中、ほかの受験者を見て、余裕綽々と一人の男がニヤついていた。忍者のハンゾーだ。

 

 そんな彼が不合格判定を受けて、寿司の製法──酢飯に魚の切り身を乗せて握るという工程を大声で説明してしまったことで、事態は悪い方向へ転がり始める。

 

 見よう見まねで魚をさばき、酢飯を握りつぶすように固めたものを、受験者たちが次々とメンチの前に持ち込む。

 だが、結果は惨憺たるものだった。

 

「やり直し! こんなのただの魚の乗ったご飯じゃない!」

 

「米の炊き方も握り方もなってないわ! 不合格!」

 

「アンタも405番と同じね」

 

 メンチは次々と皿を弾き飛ばし、機嫌を急降下させていく。レオリオの番号が俺たちの影響でズレている以外は原作と同じだ。

 美食ハンターとしての彼女のこだわりは、一般の格闘家の受験者などには理解できない。いや、ただ試験課題を出されているだけではしょうがない。両者の間にある決定的な価値観のズレが、場の空気をどんどん険悪なものにしていった。

 

「ふざけんな! 俺たちはハンターになりに来たんだ! 料理人になりに来たんじゃねェ!」

 

 レスラーのトードーが怒鳴り声を上げるが、メンチは鼻で笑うだけだ。

 

 俺は少し離れた調理台から、その光景を静かに観察していた。

 メンチの理不尽さは、原作通りだ。このままいけば全員不合格となり、ネテロ会長が介入してくる。

 だが、俺の背筋には先ほどから嫌な汗が伝っていた。

 空気が、原作の記憶以上に危ないのだ。

 

(……マズいな)

 俺の視線の先、少し離れた大樹の陰。

 そこに寄りかかるヒソカの放つ殺気が、じわじわと、だが確実に膨張し始めている。

 原作におけるこの場面、ヒソカはメンチの理不尽な判定に苛立ちを覚えつつも、結局はトードーが暴れたことで静観をしていた。

 だが、今のヒソカは明らかに『退屈と苛立ち』の臨界点を迎えようとしていた。ゴンやキルアといった青い果実だけでなく、おそらくは俺やカストロといった「少し歯ごたえのありそうな玩具」たちが、くだらない料理試験でまとめて不合格にされようとしていることが、彼の機嫌を最悪の方向へ急下降させているのだろう。

 

 ヒソカが手に持ったトランプの縁に、薄くオーラが乗り始めた。

 あの奇術師がメンチの首を刎ねようと動けば、どうなるか。

 

 プロハンターであるメンチが簡単に殺されるかは分からないが、試験官が襲撃されれば試験そのものが崩壊する。おまけに、俺の後ろに控えているカストロが、ヒソカの殺気に反応して臨戦態勢に入りかけていた。

 

「師匠」

 

 カストロが俺の背後で、まだ臨戦状態じゃないと示すためか最低限の『(テン)』で維持したまま囁いた。

 

「ヒソカが、動きます。私が止めましょうか」

 

「……いや、待て」

 

 俺は小さく手を挙げてカストロを制した。

 ここでカストロとヒソカがぶつかれば、乱戦は避けられない。試験官の護衛という名目は立つかもしれないが、今のカストロの完成度をこんな不本意な形でヒソカに見せたくはなかった。

 

 ヒソカを動かさず、なおかつメンチの機嫌の暴走を止める必要がある。

 場の主導権を、ヒソカの殺気よりも大きな力で一瞬だけ奪い取る。

 

「やるしかないか。手の内を見せる浪費でしかないが」

 

 俺は小さく息を吐き、まな板の上に用意していた皿を持って前へ歩み出た。

 

「はい次! ……って、あんたもどうせ魚を乗せただけのご飯なんでしょうけど」

 

 イライラと貧乏揺すりをしているメンチの前へ、俺は無造作に皿を置いた。

 皿の上にあるのは、二つの握り。

 一つは、前半の試験で余った豚肉の端材を炙った『肉寿司』。もう一つは、この会場の奥にある洞窟の川で捕まえた、鰻のような奇妙な生物を焼いて、甘だれを塗った『鰻の握り』だ。醤油があったお陰で甘だれも作れた。とはいえ、味は脂が少なく鰻よりは穴子に近いが。

 メンチがそれを見て、眉をひそめた。

 

「……スシの基本は海鮮よ。肉を使うなんて邪道だし、淡水系の魚だってスシのネタとしては──」

 

「邪道?」

 

 俺は低く、ひんやりとした声でメンチの言葉を遮った。

 同時に。

 頭の中で『過負荷(オーバークロック)』のアプリを起動し、倍率を「8倍」に設定した。

 

 俺の体内から、暴風雨のようなオーラが爆発的に噴き出した。

 出力、約4000オーラ。上位のプロハンターが本気で威嚇した時と同等の、息が詰まるような圧倒的な『(レン)』の圧。

 

 試験会場の空気がビリッと震え、念を知らないハンゾーといった実力者たちでさえ、顔を青ざめさせて一歩後ずさった。大樹の陰でトランプを構えていたヒソカの殺気が、俺の放ったオーラの波に呑み込まれ、一瞬だが消えさる。

 

「唯一、母が食べさせてくれた寿司を否定するんですか」

 

 俺は目を細め、静かに怒りを押し殺したような演技でメンチを見据えた。

 心臓がオーラの放出の急激な変化でバクバクと鳴っている。コストは大したことはなくても、体を巡るオーラが変化すれば負担はかかる。とはいえ、8倍の過負荷は、64倍のオーラ消費だ。何もしない状態で毎秒64オーラ、堅なら128〜320というコストが口座から引き落とされていくのを自覚しながら、俺はあえてゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「寿司とは、元々は豚みたいに肥え太った人間が食べる高級な代物ではなく、職人のまかないから派生した庶民の食べ物だというのに、不出来だからスシではないと否定ですか」

 

 俺の前世の記憶。スーパーのパック寿司や、回転寿司で母親と一緒に食べた安っぽい肉寿司や甘だれの穴子。

 俺にとっては、それが『スシ』の原風景だ。今世の流星街の孤児院のシスターが作ってくれた不格好な祝いの飯の記憶も少し混ぜ合わせながら、俺は真に迫った声で演じ、語り続けた。

 

「今では子供の祝い事などでも、母が出してくれるものでしょうに! それを言うに事欠いて、邪道だからダメだと……?」

 

「母が死ぬ前にご馳走してくれた寿司を……!」

 

 ダメ押しとばかりに、オーラの圧をさらに一段階高める。

 最悪の場合に備えて、懐の蓄念池(・・・)に手をかけながら。

 

 メンチは目を見開き、額に冷や汗を浮かべて俺を見上げていた。彼女もプロのハンターだ。俺が放っているオーラがいかに規格外の質量であるか、肌で感じ取っているはずだ。

 そして、その後ろに立つカストロが、俺の言葉に合わせて微かに闘気を漏らし、いつでも抜刀できるような構えをとっていることにも。

 

 静まり返った森の中。

 ヒソカの注意は完全に俺に向いていた。彼の瞳に、ゾクッとするような歓喜の光が宿るのが見えたが、今は無視だ。

 メンチは俺の気迫に押されるように、皿の上にあった鰻のような生物の握りを一つ摘み、恐る恐る口に運んだ。

 咀嚼する音が、静寂の会場に響く。

 やがて、メンチはふうっと息を吐き、肩の力を抜いた。俺が放っていた重苦しい空気にあてられ、彼女自身の理不尽な怒りの毒気がすっかり抜けてしまったらしい。

 

「……味はまぁ普通。ただ、ちょっとパサついてるわね」

 

 メンチは冷静な声で、きっぱりと告げた。

 

「不合格」

 

 ズコーッ! という音が聞こえてきそうなほど、会場の空気がずっこけた。

 俺は内心で『過負荷』を即座に解除し、何食わぬ顔で一歩下がった。

 これ以上オーラや手の内を晒してたまるか。この一連のシリアスな流れで、ヒソカの殺気をそげたので良しとしよう。

 

「それは残念だ。まぁ、美食のプロなら仕方ないか」

 

 俺は悲しげな顔を作って引き下がり、カストロの横へ戻った。

 

「師匠……お母上の料理、無念でしたね」

 

「気にするな。ただの演出だ」

 

 カストロの純粋な同情に、俺は小声で身も蓋もない返事を返した。

 

 俺の介入によってヒソカの暴発は防げたし、メンチの理不尽な癇癪も収まった。

 だが、彼女の『プロの料理人としてのプライド』までは曲げられなかったらしい。結局、誰一人としてメンチを満足させる寿司を作ることはできず、彼女は高らかに宣言した。

 

「お腹いっぱい。ということで、第二次試験の合格者はゼロ! 試験はこれにて終了よ!」

 

 受験者たちから悲鳴と怒号が上がる。トードーが再び暴れようとした、その時だった。

 

「まあまあ、そう邪険にするものではないじゃろうて」

 

 空から、声が降ってきた。

 上空を覆う雲を突き抜け、ハンター協会のマークをあしらった巨大な飛行船が姿を現す。原作より早い気がするが、俺がオーラを出したことによる影響もあるかもしれない。

 

 そして、その遥か上空から、和服を着た小柄な老人が、パラシュートもなしに自由落下してきた。

 ズンッ! と地面が揺れ、土煙の中から一人の老人が歩み出る。

 ハンター協会最高責任者、ネテロ会長。

 俺は息を呑んだ。先ほど俺が『過負荷』で見栄を張った4000オーラなど、子供の遊びに思えるほどの、底知れない静かな深淵。

 全くオーラを放っていないのに、そこにいるだけで空間が歪んでいるように錯覚するほどの絶対的な『格』の違いだった。

 

 ネテロ会長の仲裁により、メンチの過ちが指摘され、試験はやり直しとなった。

 マフタツ山という巨大な渓谷へ移動し、深い谷底に張られたクモワシの巣から卵を奪い取るという『ゆで卵試験』だ。

 ゴンたちが迷いなく崖へ飛び込んでいくのを見届け、俺とカストロも後に続いた。

 

 上昇気流を読み、谷底から吹き上げる風に乗って卵を回収する。念が使える俺たちにとっては、身体強化とオーラの制御で容易にクリアできる課題だった。多人数が同じ糸に乗ってきても、自分の近くの巣の糸には『周』による強化もかけられるのだから。

 

 茹で上がったクモワシの卵は、前世で食べたどんな卵よりも濃厚で美味かった。俺はそれをかじりながら、安堵とともに長い第二次試験の終わりを噛み締めていた。

 


 

 第二次試験が終了し、受験者たちが三次試験会場へ向かう飛行船の中で休息をとっている頃。

 飛行船の一室に設けられた試験官専用の控室では、三人のプロハンターがテーブルを囲んでいた。

 一次試験官のサトツ、二次試験官のメンチとブハラである。

 

「ねぇ、どう思う?」

 

「今年の受験者のこと?」

 

 メンチの何気ない問いに、ブハラが確認する。

 

「一度全員落としておいてなんだけど、中々粒ぞろいだと思うのよね。サトツさん、どう?」

 

「そうですね。特にルーキーがいいですね、今年は」

 

 サトツがティーカップを傾けながら、静かに切り出した。

 

「やっぱり、そう思うわよね! 私は294番が光ってたんじゃないかと思うのよ。ツルツル君だからってわけじゃないけど」

 

「私は断然99番ですね。素質もありますし、きっと特殊な訓練を受けてきたのでしょう」

 

「99番は絶対生意気よ。それよりも……」

 

 メンチが組んだ足を揺らしながら、思い出すように目を細めた。

 

「あの404番の男……リトクとか言ったかしら。あいつの出したオーラは尋常じゃなかったわ」

 

 メンチの言葉に、隣で肉をかじっていたブハラが手を止めた。

 

「メンチ、殺されるかと思った?」

 

「まさか。……でも、背筋は少し凍ったわよ。プロのハンターでも、あそこまで重くて分厚い『練』を一瞬で引き出せる奴なんて、そうそういないわ。それに……」

 

 メンチは指先でテーブルをコツコツと叩いた。

 

「彼の後ろに控えていた403番の男。あのカストロっていう武闘家、ただ者じゃないわね。リトクのオーラに合わせて、いつでも私の首を飛ばせるように完璧な攻防の構えをとっていた。彼らが本気で暴れていたら、私たちもただじゃ済まなかったかもしれないわ」

 

 サトツは口元のない顔で、わずかに首を傾けた。

 

「44番に加えて、あの二人ですか。44番は明確な殺意と快楽で動くタイプですが、あの403番と404番のコンビは、不気味なほどに統率が取れていましたね。まるで、何かの目的のために周到に準備された刃のようでした」

 

「ええ。今年の試験は、危険な火種が多すぎるわね」

 

 メンチがコーヒーの残りを飲み干し、窓の外に広がる夜空を見つめた。

 

「でも、だからこそ面白いんじゃない。彼らがこの先、どんな顔を見せるのか……見せてもらいましょうか」

 

 飛行船は静かに、三次試験の舞台であるトリックタワーへと向かって飛んでいく。

 





次ではより主人公の活躍が出せるかも…?
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