勝利の女神:NIKKE ~Silent/Ratio~   作:zaq2

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Episode 1:Silent Zone

今回の任務は、表向きには単純な異常地点の調査とされていた。

 

ラプチリオンから報告のあった、ホエール級ラプチャーが不自然に進路を逸らす一帯。

その地点に関する他の報告書から、その場所が“情報の空白地”として年を追うごとにじわじわ広がっているらしいこと――そして、それらを総合的に検討した結果、「調査の必要がある」という判断が下された、というものであった。

 

任務として示されたのは、それだけだった。

 

(ただ、任務の話の時、副司令が「私が行けたのなら」とこぼしたその一瞬、表情が大きく変わったのが妙に印象に残っていたが……)

 

そして実際に現地へ赴き、座標位置へと近づいてみた時の率直な感想は――ありふれた光景だった。

 

少なくとも、そう見えた。

ラプチャーの残骸も、派手な戦闘痕も見当たらない。

風に揺れる木々と、崩れた地表と、ところどころ地肌から覗く古いコンクリート片。

日が低いせいか、あるいは日陰のせいか、遠目には木々の合間にうっすらと霧のようなものも漂っている――ただ、その程度で、目に入るものはそれだけだった。

 

それなのに、座標位置へ向かおうとすると――

 

「……またずれたわね」

 

今回、先頭を行くアニスが、手元の地図端末と前方の地形を見比べながら露骨に嫌そうな顔をする。

 

「今度は何よ。こっちはちゃんと真っすぐ進んでるつもりなんですけど?」

「シフティーがいないと、私たちって迷子になりやすいんでしょうか」

「そんなわけないでしょ……たぶん」

 

今回、アンダーソン副司令からの秘匿任務扱いとなるためか、サポート役のシフティーは不在となっていた。

まさか、それがこういう形で響くとは思わなかった。

 

そんな中、ラピは周囲へ視線を巡らせたまま低く答えた。

 

「やはり、何らかの干渉で進路判断が微妙にずらされています」

「近づこうとしてるのに、近づけてない感じですね」

 

ネオンが、少しだけ楽しそうにすら聞こえる声で言う。

 

その表現は妙に正確だと思えた。

方角を間違えたわけではない。方向を見失ったわけでもない。

それでも、気づけば微妙に逸れている。木立の間を抜け、浅い窪地を回り込み、目指しているはずの一点からじわじわと押し出されていく。

 

まるで、そこへ向かうという判断そのものが、少しずつ削られているみたいだった。

 

「ではでは、今度は私が先頭になりましょうか?」

「やっても無駄でしょ? 一番最初に“火力〜火力〜”って歌いながら先を歩いてたのはいったい誰だったの?」

「……おぉ、そうでした」

「その後に代わった私も同じでした」

「もう、どうすればいいのよ! これじゃあ一向に近づけないじゃない!」

 

アニスが声を荒げた。

確かに、カウンターズの面々で順番に先頭を試したが、どれも同じ結果だった。

ただ一人、まだ試していない者がいることを除いて。

 

[俺が前に出る]

 

短くそう告げて、一歩前へ出る。

 

「え、指揮官様が?」

 

[試していない者が試してみるのは、間違いじゃないだろう。最短ルートを頼む]

 

「確かにそうなんだけど……今から最短ルートで進む方角だと」

 

アニスが半眼になって進行方向へ視線を向ける。

その先にあったのは、鬱蒼と生い茂った藪と木々だった。

 

「あの生い茂った藪の中を突っ切る形になるんだけど?」

 

[……]

「……」

「……」

 

[だ、大丈夫だ。問題ない!]

 

そう気合いを入れ、腕をクロスさせて藪の中へと突き進んだ。

 

   *   *   *

 

先頭に立ってしばらく突き進むと、それまでの不自然なぶれが嘘みたいに薄くなっていた。

ラピが小さく息を吐く。

 

「……干渉が薄い?」

「ほんとだわ、なんで今なのよ」

 

アニスが舌打ち混じりに言う。

 

「完全に消えたわけじゃないけど、さっきまでよりずっとマシ」

「やっぱり師匠には特別な何かがありますね!」

 

ネオンがきらきらした目で言うが、振り返らなかった。

そもそも、擦り切られていく両手の影響もあり、そこまで余裕がなかった。

 

そうしてしばらく進み続け、ようやく座標地点へ辿り着いた時、四人は揃って足を止めた。

 

そこにあったのは、鬱蒼と茂る木々の中、森が不自然に開けたともいえる場所に佇む、巨大な円柱状の人工構造物だった。

 

高さは一階建て程度。

だが横幅が妙に広く、パっと見でも数十mはありそうでもある。

そしてそれは地面へ半ば沈み込むように建っているともいえる。

まるで、大きなトーチカとも呼べそうな、そんな古い軍事設備にも見える、奇妙に曖昧な外観をしていた。

 

風雨に晒され、蔦や苔に覆われてもいる外壁には、浅い意匠が残っている。

十字にも花弁にも見える印。宗教的なレリーフにも、旧設備のマークにも、どちらとも取れる意匠だった。

 

「……なんでこんなとこに、こんなものが?」

 

アニスが素直にそう言った。

 

「古い軍事施設ですって言われても信じられるやつですね」

「指揮官、手の方は大丈夫ですか?」

 

[ん? ああ、擦り傷程度だが、傷はもうふさがって出血は止まっているようだ]

 

「そうですか。ですが、気をつけてください」

 

[……ああ、わかった]

 

言われている意味は理解しているので、それ以上は答えなかった。

だが、アニスとネオンも少しは心配していてくれたのか、安堵の表情を浮かべていた。

 

[まずは、あの設備とその周辺を調べていこうか]

 

「ラジャー」

「はい、師匠」

「了解」

 

そうして、各人が散開してその建造物周辺を調べ始めた。

 

   *   *   *

 

「外壁に扉らしき継ぎ目は見当たりません」

 

ラピが構造物の周りを一周してきて、そう報告する。

 

[偽装している扉がある可能性は?]

 

「否定はしませんが、もしあったとしても、その開ける方法がわかりません」

「それもそうね」

「えー……じゃあ、どうやって入るんです? 火力でもぶつけてみます?」

 

ネオンがそう言いながら、外壁を見回す。

その問いには、誰もすぐには答えられなかった。

 

外壁は滑らかで、ひび割れの隙間すら少ない。

長い年月を経ているはずなのに、まるでいまだに“閉じること”だけは忘れていないみたいだった。

 

[その手段は最終手段としておこう。その前に、今度は周辺にまで調査範囲を広げてみよう]

 

「わかりました」

「おっけー」

「はい! 師匠!」

 

手分けした後、状況はすぐに変わった。

あの建物以外の人工物が一つだけ見つかった。

それは、少し離れた斜面側へ回り込んだネオンが茂みの中から見つけた物だった。

 

「師匠! こっちです! たぶん換気口のダクトらしきものが見えました!」

 

案内された先には、蔦と根に半ば埋もれた格子状の蓋で閉じられた開口部があった。

崩れた土砂に半ば隠されるように、人工的な吸排気路の縁が覗いている。

向きから鑑みれば、あの建物に通じてもいそうである。

 

[あの建物の近くに存在するとなると関連はありそうか……]

 

ラピが膝をついて確認する。

 

「風が流れています。使われているのか、それともまだ通じているのか……大きさは人一人が通れる程度。そんなに広くはありません」

「そもそも蔦や根が絡まってて、それどころじゃ……」

 

アニスが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「このままじゃ、入る前から引っかかるわよ」

 

[強行突破すればいい]

 

「どうやって? こんなに絡まってたら――」

 

すっとネオンへ視線を向ける。

 

[ネオン。いまこそ、その持てる火力の力で突破口を]

 

「!!」

 

ネオンの目が一瞬で輝いた。

アニスが半眼のまま肩を落とす。

 

「なんか、すごくデジャヴを感じるんだけど……」

「はい、師匠!!」

 

ネオンが胸を張る。

 

「不肖ネオン、師匠のご期待に応えましょう!! とぉりゃぁ!!」

 

次の瞬間、ネオンの火力が火を噴いた。

そのたびに蔦がちぎれ飛び、絡みついていた根が千切れ、塞いでいた植物ごと格子まで吹き飛んで、焦げた植物の匂いが一気に広がった。

 

「やはり火力! 火力はすべてを解決する!!」

「……」

 

ネオンが誇らしげに振り返り、アニスが半眼のまま何か言い返しかけて、やめた。

ラピは無言のまま、開いたダクト開口部を再確認する。

 

「これなら侵入することは可能です」

「……ほんと、あいかわらず火力だけはすごいわね」

「えっへん!」

 

ネオンが無駄に胸を張る。

焦げ跡の残る開口部の奥は暗かった。

さっきまで植物に埋もれていたせいで、そこだけぽっかりと古い空気が口を開けているみたいに見える。

 

ラピが、ある程度内部を覗き込み、短く言った。

 

「特に問題はなさそうですが、どうしますか?」

 

このまま任務を続行するべきか、それとも、いったんここで引くべきか――

 

[次、再び来れる確証もない。だから侵入して調査しよう。侵入の順番だが……]

 

「私が先行し、次にネオン、アニスと続き、指揮官は最後尾を」

 

アニスがすかさず言う。

 

「やっぱりデジャヴを感じるんだけど……臭くないわよね?」

「むぅ、狭所ですから火力が使えないのが……」

「こんな狭い所で使わなくていいわ!」

「むむむ……」

 

ネオンはなぜか悔しそうだ。

 

[ダクト内であるなら、先ほどの干渉は受けても外れる事はないだろう。ここからはラピの判断でいい]

 

「了解」

 

ラピは短く頷くと、迷いなくダクトの奥へ身を滑り込ませた。

ネオンがその後に続く。

 

「行ってきます! そしてたぶんすぐ戻れません! そんな予感がします!」

「それ、いま言うこと?」

 

アニスが呆れながらも続き、最後に身を屈めてダクトへと入っていった。

 

   *   *   *

 

ダクトの内側は暗く、乾いていた。

金属の擦れる音と、自分たちの服が壁に触れる音だけが狭い空間に反響する。

前方を照らすわずかなライトが、時々、古い埃を白く浮かび上がらせた。

 

やがて、先にかすかな人工光が見えた。

 

「出口です」

 

ラピの声が、低く返ってくる。

 

一人ずつ、慎重にそこを抜ける。

 

ダクトの先に広がっていたのは、礼拝堂だった。

 

外観からは想像できないほど広い空間。

高い天井。朽ちかけた長椅子。壁面に残る色褪せた装飾。

多少は劣化し、崩れているはずなのに、奇妙なほど静かで、そこだけ時間が薄く残っているみたいだった。

 

「なんでこんなところに礼拝堂があるのよ……」

 

アニスが小さく呟く。

 

[確かに、礼拝堂にしか見えないな]

 

誰も答えなかった。

答えられない、という方が近い。

 

その部屋の空気というか、空間そのものが、どこか荘厳で神聖にすら感じられたからだ。

そして、一番目についた正面の祭壇だけが、遠目からでも不自然なほど整っていた。

 

その上に、何かが安置されているようにも見えた。

周囲を警戒しながら祭壇へ近づく。

 

近づいて確認してみれば、飾り気は少ないが、何かしらの道具やアクセサリーが置かれており、その中でも目を引いたのは、丁寧に作られた木製の古びた小箱だった。

それぞれに積もる埃は薄い。長く忘れ去られていたというより、時々誰かが触れていた気配があった。

 

「木箱ですね」

「けっこう古いわね」

「危険物かもしれません」

 

[祭壇に祀られているんだ。爆発物ということはないだろうが……]

 

そっと手に取ると、軽くはない。金具はくすみ、木の表面には細かな傷が走っている。

 

[普通の小箱……?]

 

「オルゴールっぽいですね。底の裏にゼンマイらしきものがあります」

 

ネオンが少しだけ身を乗り出し、カチカチとゼンマイを回し始めた。

 

巻き終わった後、ゆっくりと蓋を開ける。

 

中の機構が、かすかに引っかかったように軋んだ。

だが、鳴らない。

 

「壊れちゃってます?」

 

いや、鳴ろうとして、その手前で止まったようにも見えた。

歯車がぎこちなく一度だけ動き、それきり沈黙する。

 

仕方がないと、小箱を元の場所に戻そうとした、その瞬間――

 

「うごかないで!」

 

鋭い声が、礼拝堂の奥、入口らしき扉の方から飛んだ。

全員が反射的に振り向き、構える。

 

入口側の向こう。

淡い光の中に、銃口をこちらへ向けた白銀の髪の少女が立っていた。

 

細身の身体。

白と淡い青を基調にした、修道服を思わせる衣装。

静かな空間の中で、その姿だけが不自然なほど鮮明に浮かび上がって見える。

 

その視線は此方へ向いてはいたが、ほんの一瞬だけ、手元の小箱へ落ちた。

 

「それに、触らないで」

 

礼拝堂の空気が、そこでさらに張りつめた。

 

 

 

〇遺失物

・観測・異常記録01

【観測データ:汚染区域】

対象区域外縁において、侵入行動の自発的中断および進路逸脱を継続確認。

複数対象に共通して、一定距離以降の接近維持に失敗する傾向を示す。

 

観測範囲内に物理的遮断要因は認められず、区域境界付近では微弱な異常波形のみを検出。

当該現象は、障壁形成ではなく、認識干渉または忌避誘導に近い。

 

補記:計器上の異常値との対応は確認できないが、境界近傍にて白色の靄状物を視認したとの報告あり。

 

 

 




作者からのこめんと:
シスターキャラ いいよね……
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